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【第14話:妙な雲行き】

 ……時折顔を上げて風の匂いを確かめながらブランカが歩く。


 昨夜豚骨を煮た焚き火跡は、燃え滓ごとショベルで砂利を削り取り、木を引っこ抜いた穴埋めにしておいたので気付かれることはなかった。

 ブランカは『壁の滝』まで遡り、そこでややしばらく風の匂いを確かめて、流れから顔を出した岩の上を跳びつつ対岸に渡った。そして、壁沿いに東の方に向かって歩く。

 ガレ場を避けて十分ほど歩いた場所に、それはあった。


「へぇーーーー、まるで立ち上がった畑だなぁ」


 俺の後をついてきたリウロが感嘆の声を上げた。

 長い年月で積み上がった脆いガレ場の上、日当たりの良い南向きの岩壁一面にホップらしきものが貼り付いて群生していた。

 道案内をしてくれたブランカを撫でてやると、フンと鼻を鳴らして得意げな顔をしている。


「ここまできたらブランカでなくてもわかるね。ホップのにおい」


「そうだな、あのビールってぇ酒の匂いがする。なんかすっきりするって言うか、目が覚める感じの匂いだよなカリバ」


「いいにおいね。いいさけができそうよイリさんも」


「だけどよ…、どうやって花を取るんだ?」


 薬師の婆様が見かけていても採れなかったはずだ。

 ホップの蔦は岩壁に貼り付いて縦に延びている。ざっと10m相当の蔦の(・・・・・・・・)上半分(・・・)に花がついていた。積み上がったガレ場の上に上がってもリウロ達には到底手が届かない。リウロはそれを言っているのだろう。


 根元から切って岩から引きはがしてしまえば楽に採れそうだが、ホップは確か多年草だ。一度切ってしまうと同じくらいまで成長するまで何年かは採れないんじゃなかったか?


「こまったね、つたをぜんぶきったらだめね。にどととれなくなりそう」


「壁沿いを探したら他にも見つかるんじゃね? 今はこれを全部引っぺがして来年は違うところの花を採れば…」


「それやったらダメ、きっとしっぱいするね。いきてるものは(・・・・・・・)たいせつにする(・・・・・・・)。それがだいじよ」


「じゃあどうすんだよ? 壁をよじ登って一つ一つ採れってか? そんなことやってられねえよ」


「あうん」


 俺達の悩みをよそに、ブランカはもう仕事は終わったとばかりに手近な木陰まで歩いていって気怠そうに寝転んだ。


「「うーーーーん…」」




 ガレ場の手頃な石を拾って壁に投げつける。


カツン!


 もっと大きい石を拾って投げつける。


ガツン!


 リウロが呆れたような顔をしてこちらを見ている。ブランカも迷惑そうに顔を上げた。


「何やってんだよカリバ。とうとう自棄(ヤケ)にでもなったんか?」


 構わず一抱えほどの岩を両手で抱え、思いっきり頭上に振り上げ、サッカーのスローインの要領で思いっきり、、、、、投げる!!


ドゴォォン!!


「うわぁぁぁっ!? 何だよその威力? 壁ごと全部ぶち壊す気かよ!?」


 岩が炸裂した壁に大きな凹みができたがただそれだけ。壁はそれ以上崩れる気配はない。

 さすがのブランカも起き上がって紅い()を剥いてこちらを見ている。腰と尾を下げたへっぴり腰だ。


「わかった、このかべだいじょうぶ。あがれるようにするからあっちいってて」


 滝の方を指さして言った。


「大丈夫って何だよ? カリバ、お前一体何しでかす気だよ!?」


「おわったらよびにいくから、たきのとこでまってて。あと、だれもこっちこないようにみはってて」


「ったく、大事なことは何にも言わないでよう…。おい行くぞブランカ、ここにいたら何か危なそうだ」


「あ、リウロ」


「何だよ!? まだなんか」


「これあげるからおとなしくしてて。おいしいよ」


 家にあった●加せんべいの大袋を取りだし口を破ってからリウロに手渡す。辺りにほんのりと醤油の香ばしい香りが漂った。

 これでしばらくは大人しくしていてくれるだろう。


「なんかあれば美味いもん渡せば済むと思いやがって……、え、これ何? 軽くて良い匂い、板みたいに硬いけど食えるのかよ」


ガリッ! バリッ、ボリッ、ボリッ…


「うめえ…美味えよ。しょっぱいけどほのかに甘くて香ばしい…ておい、ブランカ? おい、おいお前も欲しいのかよ!? ああ、一枚やるからあっち行け! それっ!」


 リウロがせんべいを一枚フリスビイのように放り投げた。滝の方に向かって小さな円盤が飛んでいく。それを追いかけてブランカが矢のように走りだした。


「ったくよう。何なんだ一体……」


 ぶつくさ言いながらリウロも行ってくれた。これでよし。






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 ……言われたとおり滝のとこまで戻ってきたけど手持ち無沙汰だ。


 ブランカは一枚目の円盤をバリボリと噛み砕き破片を散らして食っていたが、この味も気に入ったのか二枚目は伏せた両手の間に器用に挟み込み、表面の土色が薄くなるくらいに大事に大事にペロリペロリと舐め回している。

 俺はと言えば川沿いの大岩の上に腰掛け、もらった円盤をバリボリと囓りながらぼんやりと様子の変わった滝を眺めている。


 以前の滝はほぼ真上から真っ直ぐに水が流れ落ち、滝壺はいつでも白い飛沫を散らせて輝いていた。

 ガキの頃は滝壺に近付くと引き込まれるから絶対寄るなと言われても、大人の目を盗んでどこまで泳いで近づけるか年の近い悪ガキ共と度胸試しをしたもんだ。しかし、仲間が一度深みに引き込まれかけてからはそんなことはしなくなった。


 今の滝は、壁の上から下までがゴツゴツとした岩の斜面に変わり、上の川から(こぼ)れた水はまるで白い薄布を被せたかのように岩の表面を広がりしゃあしゃあと音を立てて滑り落ちてくる。以前の激しさはないが滝全体が白く輝き、壁の上に人を誘うかのような風情を見せている。

 時折、上から流されてきた魚が流れの岩の上を跳ね、身をのたうたせながら段々と下の流れまで落ちてきて川に飛び込む。そのまま滝の下でじっと動かずにいたと思ったら、すいっと流れに乗って下流へと泳ぎ去って行った。

 ふと、先ほどのカリバとの会話が思い浮かんだ。




『……かんたんにいうと、おれ、まえのせかいにいられなくなった』


『リウロ…まちがってもおれみたいになっちゃダメ。ランさんイリさん、きっとかなしむよ』


『あと、カリバさま(・・・・・)、いっちゃダメね。おれカリバ。ただのカリバ(・・・・・・)




 上の川の魚と下の川の魚、どっちも魚には違いないと思うのだが、やはり魚も同じ流れの仲間が恋しいのだろうか。いなくなって悲しんでくれる仲間がいるのだろうか。

 でも、あの魚はもう二度と、上の川には戻れないだろう。


 ……カリバは実は、元の世界(・・・・)に帰りたいのだろうか?




「あうん」


 へにょへにょに柔らかく白っぽくなった円盤を名残惜しそうにはぐはぐと平らげてブランカが寄ってきた。


「三枚目かよ。お前もホント贅沢だねぇ、分けてやるのがもったいない味だってのに」


 三枚目の円盤を遠くに放る。素早く駆け寄ったブランカが跳ね上がって口で受け止め、その場に蹲ってまたペロペロしだした。


「コレ全部食い終わったら、カリバの様子でも見に行くか…」


カリッ、ポリッ…


「美味いもんだから、もっと時間を掛けて食った方がいいかなぁ…」


カンキンキンキンキン…カーン、カーン、カーン……


 遠くから、何か金物を打つような音が聞こえてくる。

 カリバは独り、一体何をしているのだろう…






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






「なんだぁ、こりゃあ……?」


 いつの間にか戻ってきたリウロが、俺の足元(・・)で声を上げた。

 

 慌てて見下ろすと、リウロはビクッと身じろぎした。その横にいたブランカも逃げこそしないものの尻尾は怖々と垂れ下がっている。


「なんだよぉ、びっくりさせるなよ。センベイ、もうたべちゃったの?」


「あ、ああ。あれセンベイっていうのか。美味いもんだな。二十枚入ってたけど全部食っちまった。ブランカが八枚、残りは俺が全部」


 透明の大袋を振り上げて見せながらリウロが言った。


「うまいでしょう。あれ、むぎとにてるコメっていうものをこねて、ショウユをつけてやいたもの。このあたりじゃ、てにはいらないよ」


「そんな大事な物をくれたのかよ。ありがとなカリバ。で、コレは一体何よ? 壁に橋ができてらぁ…」


 リウロの手から大袋をつまみ取って(・・・・・・)、俺にも分からない何処かにしまい込む。この世界にはまだ早すぎる素材(ゴミ)だものね。


「これ? これかべにあしばつけたね。これで、たかいとこでもはながとれるよ」


 正面の岩壁には、岩壁に五寸釘を打ち込んで、その辺の立木を何本かナイフで削ぎ取り作った生木の板を渡した通路(・・)がついていた。

 この世界の人間に合わせて50cmと1mの高さに二本。板が簡単に外れないように、釘の部分はしっかりとタコ糸で縛って固定してある。通路に上がるために通路の端の部分にはガレ場の石を積み上げた階段も二列(こしら)えた。ホップが生えていたのは差し渡し5mほどだったので、作業量としては大したことは無い。


「コレ、上がってみてもいいか?」


「いいよぉ、ためしてみて」


 リウロが石段に歩み寄り、高い段差に苦労しながらもえっちらおっちらと登っていく。登りづらい所は俺が小さな石を見繕って段の間に嵌めていく。これで降りるときには少しは楽になるだろう。


「うぉおおおおおお! (たけ)ええええええええ!」


 上の段に辿り着いたリウロが歓声を上げる。その構えは、ちょっとへっぴり腰だ。


「リウロ、おちないでね。したはいわばよ」


「落ちねえよ! 試したくもねえ。今まで木登りしたときだってガレ場で岩に登ったときだってこんなに高くまで上がったことねえよ。すげえなぁ高いって…あんなに遠くまで見える。まぁ、カリバの見ている(・・・・・・・・)景色に比べたら(・・・・・・・)まだまだ低いけどな」


 俺はまだ“原寸(actual)”したままだった。リウロの立っている通路も、まだ俺の腰の上ほどの高さでしかなかったのだ。


「リウロ…こわくないの?」


「怖いよ! 高すぎて足が震えそうだよ!」


「そうじゃない。おれが(・・・)…こわくないの?」


 強がる素振りを見せていたリウロが、ふと真顔になった。


「怖く、ねえよ。大きくても小さくても、カリバはカリバだろ。ただのカリバさ(・・・・・・・)


 リウロの顔は真剣だった。正直に答えてくれていた。


「ありがと……リウロ」


「なーに泣きそうな顔してんだよカリバ! そんなでかい図体して気の小さいやつだなぁ。お前はいつものように知らん顔してニコニコ笑ってりゃあ良いんだよ! それだけでお前はお前だって誰だって分かってくれるんだよ!」


「ありがと、ありがとねリウロ…」


 手の甲で目を拭う。


「それよりよぉ、やっぱこれ高すぎるわ! なんか掴まるとこでもないと怖くて花なんて採ってられねえよ! 何とかしてくれよカリバ」


 俺は苦笑した。


「わかった、なんとかする。いっかいおりてはなれてて」


 リウロがへっぴり腰で石段を降りる。

 俺は記憶の中から三寸五分の丸釘を選んで引っ張り出し、渡した板の(へり)に柵のように間隔を空けて打ち込んでいく。


コンコンコン……コンコンコン……コンコンコン……


 そして、打ち込んだ釘に引っ掛けるようにして順に釣り用のテグスでガイドロープをピンと張っていく。端から端まで丁寧に、糸が緩んで(たる)まないように、誰も通路から落ちないように腰をかがめてちまちまと慎重に作業を行う。

 作業が終わる頃には、すっかりと目を濡らした涙は乾いてしまっていた。


「リウロ、できたよ! あがってみて!」


「何だよその蜘蛛の糸みたいなの!? 切れないのか?」


「だいじょうぶ! これ、このせかいのどんななわよりもがんじょうね。ぶらさがってもきれないよ」


「下がらねぇよ! そうしてそんな危ないことしなきゃなんねえんだよ!?」


 文句を言いながらもリウロが石段を駆け上がり、腰の高さに張ったテグスを掴んでガシガシと揺する。


「こんなに透き通って綺麗な紐なのに、全然動かねえ、びくともしねえ…すげえな」


「これ、テグス。さかなつりようのがんじょうないとね。きれないし、のびない。ただ、ひにはよわいから、ここでたきびしちゃダメよ」


「しねえよ! こんな高いとこで!」


 リウロが笑っている。俺も嬉しくなった。


「それと…この杭、全部鉄だろ? この板を載せてるのも全部ぶっとい鉄の杭だ。こんなすげえの一度だって見たこと無い。お前、どんだけ金持ちなんだよ?」


「んん? なんで?」


「鉄のものは高いのが当たり前だろ! ナイフだって剣だってはした金じゃ手に入らねえよ。それをお前、どんだけたくさん鉄を使ったんだよ…この柵の杭一本潰すだけで鉄の大剣一本造れるんじゃねえのか?」


「あーーー、そうなの? でも、たいしたことないよ? でかいごすんくぎで20ぽん、ちいさいさんずんごぶで40ぽんくらいかなぁ?」


 笑っていたリウロの顔がピシリと固まった。


「よ、四十……」


「それだけたかいなら、さとのみんないがいには、ここはひみつだねぇ」


「里の者にだって秘密にしたいくらいだよ! ええーーー、でも、俺一人でこんなたくさんの花をどうにかしなきゃなんねえのかぁーー!?」


「まー、だいじょうぶよ。たぶんなんとかなる」


「ほんとに…なんとかなるのかよぉ……???」






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 ……その夜、薬師様の家に集まった面々は、一人以外みな顔を強張らせた。


「「「「「え、ええええぇぇぇぇぇーーー」」」」」


 ニコニコしているのはカリバだけ。


「はぁ!? そんなことみんなが信じると思ってんのかよ?」


「でもねぇ、カリバさんの言うことなら、信じても不思議じゃ無いんじゃない?」


 リウロとランは他の里の衆よりもカリバとの生活が長い。その二人ですら意見が割れている。


「でも、せっかくホップを見つけたんでしょ? 私、早くそのホップでビール造りに挑戦したいわ」


 イリはもう気持ちが今秋の酒造りへと向いている。多少不満があろうが反対のしようも無い。


「『壁』以外何の取り柄もなかったこの里がようやく日の目を見られそうなんだ。多少の方便は仕方ないんじゃないかね」


 薬師様もなぜか乗り気だ。あの思慮深い『知恵袋』がどういう風の吹き回しなんだか…?

 しかし、里長の俺としてはどうしても……


「俺は反対だ…。例え上手くいこうと行くまいと、里の者達の心と生活が一旦は掻き乱される。どうにか…例えば、黙ったままでいられないのかね?」


「ないしょにしたままだと、きっといつかふまんがでるね。リウロとイリさんだけずるいって。そうなったらふたりともかわいそう。どうせなら、みんなまきこんでみんなのひみつにしたらいい」


「でもよぉ、カリバ。お前はそれでいいのかよ? お前はお前(・・・・・)だろ? そんな嘘ついて、お前の本当の気持ちはどうなんだよ!?」


 カリバは……いや、カリバ様(・・・・)は、変わらず笑みを浮かべながら言い切った。


「いいのよ。いまここにいるひとたちが、ほんとのわたしのことをしっていてくれてるだけで、わたしうれしい。このさとのひとたちがしあわせになってくれれば、もっとうれしい。ちょっとうそつくことぐらい、本物の神様(・・・・・)だって許してくれるね」


「「「「「…………」」」」」


「ジョンさん、あしたみんなあつめて。そこでわたし、みんなにいうから」


 皆が俺の顔を見つめている。何だよその顔は…俺を悪者にする気か?


「……分かった。明日の朝、里の皆を広場に集めるから、そこでやってくれ」






『なんだい里長様も。いきなり朝から緊急の呼びだしってのは?』


『なんか、重大な知らせがあるからみんなに聞いて欲しいって』


『わざわざ童たちまで呼びつけるほどの話なのかねぇ。一体何なんだろ?』


『あ、ジョン様とカリバだ。あれ? カリバなんか変な服着てる。あれって何?』


『さあねぇ、カリバさんがまた何かしたのかねぇ…?』






「みなさーーん、おしらせがありまーーーす! じつはわたし-、酒の神様のお遣い(・・・・・・・・・)でーーーす!!」




『『『『『『『『『『…………、はあぁぁぁぁぁぁ!??』』』』』』』』』』

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