【第13話:妙な告白】
……カリバはとんでもないヤツだった。
リウロに連れられて対面した時は、たまたま現れた単なる人の良さそうな商人か冒険者くらいに思っていた。体中ケガだらけだったが。
それからリウロの手伝いで里中を動き回っているのを目にした時には、小器用に何でも真面目にこなす存外に便利なヤツだとも。
フリスビやらブーメランやらボーラやら今まで見たこともない遊びを持ち込んで、里の童らもカリバのことを面白い兄貴分だとすっかり懐いている。
しかし、イリからカリバがあの『森の人』じゃないかと打ち明けられてからは考えが変わった。
リウロが仕留めた大イノシシも実はカリバがやったと薬師の婆様に臭わせられ、その後の宴会でイリが持ち込んだビールもスペアリブも、そして今朝方の“とんこつそうめん”も、今まで知らなかったものがどんどんと持ち込まれてそれらが全てカリバがらみというのがどうにも怪しい。
そもそもが始めに相談を持ち込んだはずのイリも、疑いを共有して深刻そうな顔をして帰っていったリウロも、そして『知恵袋』の婆様すらすっかりとカリバに取り込まれたかのように和気藹々ととんこつそうめんを囲んでいる様を見ると、もう里長たる俺の心も壊れる寸前だった。
まるで…まるでカリバは、『森の人』が現れて怯えそうになっていた里の者の目を逸らすために、または、実際に不安を抱えていた者の心を慰めるために誰かが遣わした存在のようだ。
昔々、俺がまだガキだった頃、里にいた老教戒師が言っていた『壁の上の街』、そこから見ていた誰かが本当にプグサの里のために遣わした……そんなことが本当にあるのだろうか。
吉兆なのか凶兆なのかは分からないが、『森の人』が現れたあの日、『壁の滝』周辺が大きく崩壊し、崩れた土砂によって『壁の上」に続く道ができた。
きっといつかそう遠くない日に、里の者があの『壁の上』に挑む事になるだろう……そうなった時に、いったいこの里はどうなっていくのだろう?
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「リウロ、きょうはホップさがしにいく。くるか?」
“とんこつそうめん”とやらを里のみんなで堪能し、朝からすっかり満ち足りた表情で野良仕事に散っていく皆を尻目にカリバが言った。
「お、おう…。ところであの鍋はいいのか、放っておいて?」
「だいじょうぶ、みんないいひと。だれもとらない」
イヤそういうことじゃなく!
「(お前の正体がばれないか、ってことだよ!?)」
「ああそういうこと? だいじょうぶ…じゃないかな? きっと」
「わしが見ておくよ。人気が無くなったらさっさと片付けとくれ。乾いてるそうめんの束の残りもわしのとこで預かっておくよ。で、ホップとやらの当てはあるのかえ?」
最後まで炊事場の片付けをしていた婆様が言った。何だよ、年の割に耳が良いなぁ。
結局、真っ白な茅のようなそうめんの束も、茹でて皆で食らっても半分近く残ってしまっている。それを片付けてもらえるのはありがたい。
カリバはちょっと首を傾げ、傍らのブランカを見てから言った。
「んー、たぶんできるとおもう。じしんないけど」
「一体何する気だよお前?」
「ブランカにがんばて、もらう」
「わうん?」
森に向かいがてらイリの家に大樽を戻しにいく道中でカリバに聞いた。
「ブランカに何をやらせる気だよ、お前?」
「いぬ、おおかみ、とてもはながいい。ひとよりとおく、においわかる。ビールのにおいかいで、ホップさがしてもらう。な、ブランカ?」
てくてくと後をついてくるブランカを振り返ると、ぷいとそっぽを向いた。
「なんか嫌がってるみたいなんだけど…」
「えっ…!? ブランカいうこときく! おまえかしこい! えさいっぱいあげたろ? いうこときいて!?」
ブランカはなおも顔を背け続ける。そのくせ足取りは変わらないのだから器用な犬だ。
イリの家の前で大樽を下ろした後、カリバはブランカに哀願するように言った。
「たのむよ~、またおいしいのあげるから~」
ぷいっ。
「ね~、●ゅ~るあげたろ? ねこかんたべただろ? おねがい~」
ぷいっ。
「逃げないってことは、他になんか欲しいものがあるんじゃねーの? 知らんけど」
困った様子のカリバについ口を挟んでしまった。コイツはブランカに馬鹿にされてはいる。しかしブランカも逃げずに何かを黙って訴えているような気がしたのだ。
「むーん? むむむむむ……」
カリバがブランカの前に座り込んで、腕を組んで考える…考える…考える…
「ラーメン? いちばんさいしょにくちなめたときの、あのあじ?」
ブランカの顔がぎゅんと向いた。紅い瞳が強く何かを訴えている。
「ばうっ!」
立ち上がって尻尾を振り出した。どうやらカリバは正解を引き出したらしい。
「ラーメンかー。それたべたらオマエいうこときくか? ぜったい?」
「ばうっわうっ!」
「やれやれ…。まーしょうがないね、たべさせてやるから、ちゃんとイイコするね」
そう言って立ち上がったカリバはすたすたと川原に向かって歩き出した。しっぽ振り振りブランカが後を追う。俺も仕方なく後をついていった。
「“縮小”」
川原で座り込んだカリバが何事か呟くと目の前にどちゃっと何物かが落ちてきた。
鉄製らしき綺麗な片手鍋とピカピカツルツルした色鮮やかな何かの包み? 金属でできた玉杓子? 細い木の棒二本と四角い平べったい箱のようなもの…一体何事が始まるんだ?
「リウロ、これにみずくんで」
片手鍋を渡されて、言われるままに川の水を汲んでカリバに戻す。
カリバは鍋を箱のような物に載せると何事か手を動かした。
ぼうっ!
「えええええええ!?」
薪もくべないのに鉄らしき箱から青い炎が噴き出し鍋の底を炙る。
「これ、ガスコンロ。おれのせかいのどうぐ」
「ガス…コンロ? お前一体どこからこんな……」
言葉に詰まった。
俺とランにくれた“甘い石”、イリを虜にした“ビール”、里で皆に振る舞った“とんこつそうめん”、何もかもこんな風に何も無いところから引っ張り出したんだコイツは!
「……おまえは、やっぱり『壁の上の街』の人なのか? こんな、何も無いところからいろんな物を創り出すのがお前の『能力』なのか?」
カリバが柄にもなく真面目な顔をして俺を見た。いや、真面目な顔って言っていいんだよな?
それとも、悲しそうな…寂しそうな…?
「ちがうね。おれ、もともとこのせかいのひとじゃない、ちがうせかいのひと。だしたものもぜんぶ“おれのもの、おれがおぼえているもの”だけね。なんでもじゃない」
「…………」
「ぜんぶはなすとながくなるから、かんたんにいうと、おれ、まえのせかいにいられなくなった。このせかいにくるおわびとして、“俺の物は俺のモノ”と“手加減”だけもらってきた。むこうのせかいの“神様”に」
「“神…様”?」
「そう、かみさま。こっちのせかいにもいるよ、 べつのかみさま」
あの時の! カリバの言葉!
『でも、いのちとるのかわいそう。しかたないけどごめんねはだいじよ。見られてるから』
『命を大切にする存在、みんな』
今まですっかり思い違いをしていた! あれはてっきり“里の大人みんな”の意味かと思っていたのに!
「……その神様ってのに頼めば、お前みたいに…カリバ様みたいになれるのか?」
カリバは一瞬、ほんの一瞬、怒ったような目つきで俺を見て…とても悲しそうな顔になった。
「…なれないね。かみさまは、みてるだけ。でも、だれかにみられてるってしんじてると、ひとはきっとつよくなれる。かしこくなれる。やさしくなれる。まちがったことしなくなる。」
「……」
カリバの言葉は、今まで聞いた大人の言葉の中で一番、重かった。
「あと、カリバさま、いっちゃダメね。おれカリバ。ただのカリバ」
「……」
いつの間にか、コンロの上の鍋がボコボコと音を立てている。
川のせせらぎと風が木の葉を揺らす音、そして湯の沸く音……カリバがおもむろに落ちていた包みを取り上げ、バリッと音を立てて破る。そして中に入っていた白いぐちゃぐちゃ絡まった物を湯の中に落とし込んだ。
「リウロ…まちがってもおれみたいになっちゃダメ。ランさんイリさん、きっとかなしむよ」
俺はそれ以上、何も聞けなくなった。
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「リウロ、たべてみる? これ、おれのすきなあじ」
黒い器に取り分けた分以外を全て石の器のような“どんぶり”に盛ってブランカの前に差し出すと、涎を垂らして待っていた白狼は何も考えずに鼻先を突っ込んだ。
「きゃん!?」
「まてまて、あついぞ? だれもとらないからあせるな」
思いっきりかぶりを振って恨みがましくカリバを睨んだ後、ブランカは熱さも気にせず茶色の汁をベロベロと舐め取り始めた。白い尻尾がブンブンと振り回されている。よっぽどのお気に入りだったのだろう。
カリバが作った“ミソラーメン”とかいうものは“とんこつそうめん”と似た汁物だったが、その味わいはまたひと味違う、今までに味わったことのないものだった。
「カリバ、ラーメンってのはこのぐにゃぐにゃの細いやつのことだろ? ミソって一体何だ?」
「んー、みそはマメとしおとカビでつくる、おいしいあじのもとね」
「はぁ!? カビって…食べ物が腐る時のあれだろ? 黒とか青い粉みたいな…」
「カビはくさるだけじゃないね、しろいカビきいろいカビはおいしいものもつくれる。おさけつくるのもカビよ。イリさんのいえでにおいしてた」
「あれってカビの臭いなのかよ!? イリんとこの酒種ってのはカビなのか!?」
「カビのなかまつかう。こうぼ。むぎをにたしるにこうぼいれる。ほっとく。さけできる。カビとカスをとりのぞく。のこったのがおさけね」
「はぁ~~知らんかった。じゃあなんでわざわざホップなんて探すんだよ? そもそもここに来たのはホップ探しに来たんだろ?」
「つくるとき、こうぼといっしょにホップいれる。いいにおいつく。いいくさりかたする。おいしいビールできるね。ホップじゃなくてちがうやくそういれる、ちがうにおいのエールっておさけになるね」
「へぇ~~、そうなんだ」
「イリさんのとこ、やくそうにおいしなかった。こうぼだけでつくってる? あまりいいおさけできてないね」
犬みたいに嗅ぎ回ってると思ったらそんなことまで考えてたのかよ! すげえなカリバ。
「そうなんだよ。亡くなった親父さんほど良い酒ができないってイリは悩んでた。だから俺…」
カリバが俺を見る目が意地悪くなった。
「やっぱりリウロ、イリさんのことすきなのね。Youけっこんしちゃいなyo」
顔がカッと熱くなった。
「だーかーらー、何で誰も彼もそんな話しになっちゃってるんだよおおおおおおおおおおお!?」
「バレバレよ、リウロ♪」
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…どんぶりの底までメンも汁も綺麗に舐め取り、熱かったのか塩辛かったのか川の水を飲んですっきりした顔のブランカが戻ってきた。声を掛けていないのに俺達の前にぺたりと座り、顔を上げてフンと鼻を鳴らした。
「まんぞくしたか? これでいうこときいてくれるか?」
「わん」
カリバは手早く出した物をどこかに片付けイリの家に踵を返す。家の前に置いたままの大樽を倒してブランカに念入りに匂いを嗅がせて言った。
「おぼえたか? このくさのにおいさがす。きっとこのもりのどこかにある。さがしてブランカ」
「わうっ!」
ブランカが紅い瞳で俺達を見据えて大きく吠えた。おお、やる気だ。
鼻を高く上げ、首を巡らせ風の匂いを嗅ぐようにスンスンと鳴らす。そして、川上に向かっててくてくと歩き出した。
「やった! ブランカいうこときいた。リウロいくよ、さがそう。まわりよくみてね」
「わかった。どんな花を探せばいいんだ?」
「おやゆびくらいのまるいはな。みどりのはなよ。ばあさまとれなかったから、きっとたかいところにあるね」
「上か、木の花かな? あまり遠いとこじゃなければ良いんだけどなぁ」
しかし内心、俺はカリバのあの悲しげな顔が今も忘れられずにいた。
あの顔は、一体…………




