【第12話:妙な料理】
(´・ω・) おはようございます。あるいはみなさんこんばんは。
休日出勤のストレスを晴らすために書きました。読んで下さい。
「ひい、灯りも無い山道を行くってのは予想以上にキツイもんだねぇ」
カリバさんは川への緩やかな坂を上り、イリの家を通り過ぎて『壁の滝』の方に進んでいく。どうやら、滝の方に用があるようだ。それとも…人目を避けるためだろうか?
先日の激流で荒れた川原を、カリバさんと白狼はまるで重さのないもののようにすいすいと進んでいく。わしのような年寄りにはついていける速さじゃない。しかし、迷いの無い足取りからして行き先は予想通りだろう。
「はあ、はぁ、何てぇ運動させるんだいあの人は…………って、えっ!?」
もうすぐ『壁』に行き着くと思ったところで、遠くに砂粒のように見え隠れしていたカリバさんが見えなくなった。
「(ひぃっ!)」
いや違う、見えなくなったんじゃない! 大きくなったのだ! いきなり大きくなったので目線が追いつかなかった。カリバさんが居た辺りには大きな…足? そこらの森の木よりも長く、太く、筋肉の張ってゴツゴツとした。大木のような足しか無かったのだ。
顔を上げると、星影を遮る黒く大きな影……夜の黒雲のように大きな影が立ち上っている。
「(な、なんてこった…やはりイリの言ったとおりだった。カリバさんこそあの時の『森の人』だったんじゃ)」
ゴトン、ゴトゴトン…ゴト、ゴト、ザリザリッ……
巨大な影が『壁』と星空を背景にして、重い音を立てながら川原を動き回っている。
ザリ、ザリ、ザリ、ガサガサガサガサガサッ……バキバキバキッ、ドザァッ、ドザァッ…
そして、川の脇の森に歩いていったかと思うとおもむろに立木を何本か引き抜いて、また川原に戻ってきた。
「(カリバさんは一体何を…あっ!)」
不意に炎の輝きが目を焼いた。川原にしゃがみ込んだカリバさんの手から、先端が赤く…根元が青い不思議な炎が噴き出し、積み上げた木とカリバさん自身を淡い光で浮き立たせている…。
赤い炎が木に移され、バチバチという音と共に明々とした炎が、白い煙が立ち上がった。
「(焚き火かい…それにしちゃあなんて大きな焚き火だ。まるで家一軒燃やすかのようじゃないかい)」
カリバさんは始めはふうふうと息を吹いて火を煽っていたが、やがて巨大な焚き火の脇に腰を下ろすと、どこから出したのか畑一面分はありそうな大きな…柄付きの板のような物を取りだし、パッタパッタと軽快な音を立てて扇ぎだした。
扇ぐ度に炎は大きくなり、カリバさんを、そして背後の『壁』を、周囲の森までも明々と照らしている。
「ありゃぁ団扇かい!? 何て大きな、いや、カリバさんの手にはあれでちょうどいいのか」
なんてえ尺度だ。何もかもが大きすぎる、体も持ち物もやることなすことも全て。
そりゃあ里の近くではできっこない。里から離れたこの壁の辺りでももしかしたら里の皆に気付かれかねないと思った。大人のほぼ全員が酔いつぶれて乱れ狂っているから何とかごまかせるかも知れないが…。
「けど、なんでこんなとこまで来て焚き火なんか…料理するって言ってたけど、あんなでかい炎で骨を材料に何を作るって言うんだろうねぇ…?」
「わうん!」
「ひいいっ!?」
いきなり耳元で鳴かれてびっくりした!
そういえば、カリバさんに付いていた白狼のことをすっかり忘れていた。
「んんぅ!? だぁあれか、いるのかぁい?」
「ひいいいいいいっ!」
カリバさんに気付かれた!
どうしようどうしようどうするどうなるどうするどうなる!!??
普段は『知恵袋』としてもてはやされてはいるが、こんな時にはどうしたら良いのかわしにも全く分からない! 考えばかりが空回りして体全体が震え、どうにも抑えが効かなくなって硬い岩の上にへたり込んでしまう。
ズン…ズン…ゴトン…ズズン…ズズン…ゴトン…
足取りからして押し殺してはいるが大きな足音があっという間に近付いてくる。大きいせいで歩幅の一歩一歩が長いのだ。
「んんーー? あーあ、やくしさまぁかぁー」
へたり込んだわしを屈み込んだカリバさんが見つめている。大きくなると一声一声も間延びするのか、掛けられた声は想像以上に穏やかで、そして、優しく聞こえた。
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……結局、わしは何もできずにカリバさんにさらわれて、焚き火の近くに部屋一つ分ほどもあるクッションを敷かれ、その上に丁寧に座らされた。
下の毛も生えてない小娘でもあるまいし、男の人にあんなに慎重に、包み込むように優しく扱われるなんて……何だか無性に気恥ずかしかった。
わしはなんであんなにカリバさんを怖れていたのだろう? カリバさんは、初めに会った時から何一つ変わらない態度で接してくれているのに。
やはり、カリバさんの秘密を暴いてやろうとしたことが後ろめたかったのだろうか…。
「ブランカぁ、こぉれくうかぁ? うまいぞぉ」
辺り一帯にイノシシの骨を煮込んだ時の、まるで膠を作る時のような独特の臭いが漂っているが、カリバさんも白狼も気にする様子はない。
カリバさんは茹でたイノシシの骨から丁寧に削り取った肉やら軟骨やら筋やらを小皿に盛って白狼に差し出した。小皿とは言ってもわしらには大皿に盛られた肉の山にしか見えないが。
クッションの傍らで尻尾を振って待っていた白狼も、貰って当然と言わんばかりの態度で齧りつく。ハグハグくちゃくちゃと美味そうに食べる音が続いた。
「なんだい? 結局ブランカにやる餌のために大きくなったってのかい」
優しい目で白狼を見守るカリバさんの目がこちらを向いた。
「ちぃがうよぉぉ、つくるのはぁ、こぉれからさぁ~」
そう言ってカリバさんはキレイに実を剥がされた骨を小枝をつまむようにポキポキと細かく折り砕き、新たに水を張った小鍋に放り込んでいく。カリバさんには小鍋でもリウロの獲ったイノシシが丸ごと入るくらいの巨大な物だが。
そして、どこから取り出したのか一抱えほどもある巨大な丸い物を取りだし、これまた巨大なナイフで切り込みを入れて茶色の皮を剥き小鍋に放り込む。それに、岩みたいなゴツゴツした塊を一つ…丸い物もゴツゴツした物も、どちらもクセの強い、鼻と目を突くくらいのキツイ臭いがした。
「タぁマネギとぉ、ショウガをぉ、ひとぉつずつ~」
そして、小鍋をそのまま熾火に掛けた。火事と言ってもいいくらいの大きな火だが。
「こぉれでぇ、あぁさまぁでぇ、にこめばぁいいぃぃ~」
「朝まで!? そんなに時間をかけて骨を煮込んで、いったい何ができるんだい?」
「い~いものだぁよぉ。おたぁのしみぃぃ、おたぁのしみぃぃ~」
人が何人も丸ごと煮込めそうな小鍋の中で、あっという間に水が湯になって沸き立っている。あれだけの強火で煮込むと骨まで柔らかくなるのだろうか…?
「さぁてぇ、やぁくしさまぁにはぁ、なにをぉはなせぇばぁ、いいぃんだろうねえぇ?」
「あ、ああ、教えてくれるのかい…。じゃあねぇ…カリバさんよ、あんたは一体全体何者なんだい? どこから来なすった?」
「ああぁ、そぉれはねえぇ…………」
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焚き火の前で座り込み、大きな手で何やらちまちまと細工物らしき事を始めたカリバさんと、一晩掛けていろいろな話をした。
カリバさんは、体が大きいだけで実はただの人間だということ。
彼は確かに『壁』の上の方からやって来たが、その前は全く違う世界からこの世界に落ちてきたのだということ。
彼の世界に居る『神様』という存在が、彼の『元々の記憶と持ち物』をこの世界に持ち込むことを許してくれたということ。例えば先ほどいきなり手から赤い火青い火を出したのも、ライターとか言う便利な道具の力だということ。
カリバさんが人並みに小さくなれるのは、『神様』がくれた『“手加減”』の能力だと言うこと。しかし、あくまでも手加減であって、慌てていると元の大きさの力が出てしまうということ。
確かに、あの大きなイノシシは薪雑把で叩き潰された小ネズミのように、無残に口と尻から内臓をはみ出させていた。
カリバさんがそれだけリウロたちの身を案じていたのだと分かる。やっぱり根っからの善人なのだろう……。
カリバさんが川の水を別の器に汲んでかなり煮詰まった鍋に足し、大きな手の中にハシという細長い棒を二本持って鍋の中身を念入りに掻き回している。掻き回されている鍋はガランガランと硬い音を立て、中の骨がまだ硬いままだと分かる。
「それ、いくら煮たって骨は柔らかくはならないんじゃないかね?」
「ちぃがうよぉぉ、こぉれ、ダぁシとぉってるんだよおぉ。おいしいぃ、スープになぁるぅ」
「ダシ? なんだいそりゃあ」
「けものとかぁ、とりとかぁ、さかなのぉ、ほねとかぁ、すじとかぁ、あたまぁとかぁ、かたぁいとこでもぉ、ながぁくにこむとおぉ、おぉいしいあじがぁ、でるぅんんだよぉ。からだにもぉ、いいぃんんだよおぉ」
確かに、さっきの膠のような嫌な臭いから、だんだんと柔らかい得も言われぬ良い匂いに変わってきたような気がする。
「“縮小”」
カリバさんが何事か呟くと、伸ばした大きな指の先に黒い物が出てきた。カリバさんは大きなハシをその上にかざし、先から水滴を一つ落とし込む。
「これぇ、あぁじみぃ、してぇ」
わしの前に差し出されたぶっとい指先には、白っぽい汁が満たされた黒い器がちょこんと乗っかっていた。湯気の立つ汁の表面は、炎に照らされた脂がテラテラと光っている。その湯気は、癖はあるが良い匂いと言って良いものだった。
器を両手に取って見る。黒い器は見た目よりも薄く、軽い。汁の熱が伝わって温かい。
わしは熱気を放つ汁をフウフウと吹き、恐る恐る口に含んでみた。
「……美味い」
脂の多そうな見た目に反して、柔らかい脂と肉の滋味が口中に広がる。まだ塩味こそ無いが、骨と一緒に煮込んだあの野菜らしきものの匂いもきつすぎずちょうど良い。そして、喉から腹中に広がる温かさ……ビールとやらを飲んだ後の冷えた腸に染み入るようだった。
こちらを覗き込んでいたカリバさんの顔が得意げに笑み綻ぶ。
「これぇ、イノシシだぁけどぉ、“とぉんこつスープぅ” おさけぇのぉんだあとにぃ、おいしいよおぉ」
「ああ、美味いもんだねぇ…。でもカリバさんや、これ、灰汁は取ったかね?」
柔らかく笑っていたカリバさんの顔が顰められる。
「あああああ、わぁあすれぇてたぁぁぁ」
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…………まったくもって狂った大宴会と言わんばかりの夜がすっかり明けた頃、里中に新たな匂いが漂ってきた。
「……なんだろねぇ、この匂い? とっても腹に堪える美味そうな匂いがするよ」
昨夜は里の皆と笑って酒を飲んでいたランが起き出してきた。
今まではどちらかというと人付き合いが悪く、里の誰かと一緒に食事なども採ることがなかったランが、俺がすごく立派になったと皆と酒を酌み交わしつつはしゃいでいたのだ。そのせいだろうか、今まで背負っていた陰のようなものがすっかりと抜け落ちたような顔をしている。
ドアを開けて外を伺うと、あちこちの家から里の衆が姿を覗かせて、気の早い者は既に匂いの元の方に歩き出している。里の炊事場の方だ。
「なんか炊事場の方で起きてるらしい。ちょっと行ってみようぜ」
またカリバか…。
炊事場の脇に人が十人も入れそうなほどの柄付きの大鍋が置かれ、炊事場では薬師の婆様が普通の大鍋で白い何かを煮炊きしている。里中の良い匂いはその巨大な鍋から漂ってくるものだったのだ。
「さぁ、イノシシのほねでつくったおいしいスープだよ! みんな、おさけいっぱいのんでごちそうたべて、おなかつかれてるでしょ? うつわもってきて! おいしい“とんこつスープ”だよ~」
柄杓を振り回して声を上げているのはやっぱりカリバだ。昨夜酔っ払ったイリに絡まれ続けた俺を助けずに、どうやらとんこつスープとやらを作るのに行方を眩ませていたらしい。
しっかしあんなでかい鍋で、どこでどうやって作った? そもそもどこから持ってきたその鍋は?
「おなかすいてるひとは、やくしさまのとこで、そうめんももらってね。“とんこつそうめん”おいしいよぉ~」
婆様は沸いた大鍋で白い物をぐつぐつと煮ては木製のフォークとスプーンを両手で扱い煮えた物を取りだしては隣のザルに載せている。うぇ、なんだあれ? 長くてぶっとくて…白い地虫? そして空いた鍋に後ろから真っ直ぐで真っ白な茅のようなものを折り取っては放り込んでいく。
『おい、カリバがまたなんか変なことしてるぞ』
『でも、良い匂いだぜ。なんか俺ぁ腹減ってきたよ。昨日あんなに食ったのにな』
『かあちゃん! あたしあれ食べたい! 器取ってくるー!』
『うわっ、薬師様の煮てるあれ、地虫じゃないの!? あんなもの食べられるの?』
人垣はだんだんと増えてくるが、口々に戸惑いの声を上げるだけでなかなか食べようとする者はいない。しかし、一人の小娘が人垣を搔き分けて器を差し出した。
「カリバ! スープちょうだい!」
「は~い、まだあっついよぉ。ふーふーしてねぇ」
ニコニコ顔のカリバが柄杓を大鍋に突っ込んで、ぐるっと一混ぜしてからまだ湯気の立つ汁を器に注ぐ。
「ありがとー。どれどれー? ふー、ふー……」
小娘が白いスープの満たされた木の器を口に当て、ずずっと一啜り……そして目を見開いて叫んだ。
「おいしーーーいい! これ、肉のスープ? 骨ってこんなに美味しくなるの!?」
人垣が大いにざわめく。そんなに美味いのかと娘の母親もスープを貰い、一口、二口…。
「ほんとだわぁ、この白いスープ肉の形は見えないのに、ホントに肉の味と、野菜の匂いもするわ!?」
「そうでしょう? おいしいでしょ。ほんとにほねとやさいだけよぉ」
カリバが柄杓を鍋に突っ込みグルグルと勢いよく混ぜると、底の方から白い塊がぷかりと浮いてくる。器用にそれを柄杓で掬い取り、皆の前に突きだして見せた。
『おい、これ、本当に骨だぞ!?』
『折れたところから中が見えるが、スカスカになってる』
『あれだけ混ぜても、肉らしいものは浮いてないぞ』
柄杓を持ったままカリバが得意げに言った。
「そうだよぉ、ほねをいちどにてくさいにおいとる。くっついたにくとかすじをはずして、きれいにしたものをバキバキにわって、やさいといっしょにもいちどぐつぐつにこむね。ひとばんほど」
『一晩!? カリバ一晩中ずっと骨を煮込んでたのか?』
「そうね、うまいものにはほねみをおしんじゃダメ、ほねだけに」
人垣からドッと笑いが弾けた。
『じゃあ、あの…そうめんとかってのはどうなのさぁ? あれって、地虫?』
皆の目が婆様の茹でていた白い物に集中する。ぐてっとして、長くて、白い。地虫か蛇の仲間と言われても信じてしまいそうだ。
「むしじゃないよぉ。あれ、むぎをこなにひいて、みずとしおとまぜてこねて、ほそーくほそーくのばしたもの。むしじゃないよ! おいしいよ!」
人垣が更にざわめく。人の良さそうなカリバにいくら言われても、やっぱり死んだ地虫に見える、真っ白の。
カリバも困ったような顔をして人垣を見ている。
「リウロ、これ」
いつの間に器を取りに戻ったのか、ランが器とフォークを俺に差し出した。ランはあの甘い石のことを知っている。突拍子もないものでも、カリバの言う美味いモノは間違いないと信じている顔だ。そんなら自分で食ってみてほしい…とは言えなかった。
「じゃあ、俺が食ってみるよ。婆様、それ入れてくれ」
「あいよ」
婆様が両手のスプーンとフォークで白いものを器に盛る。
「リウロ、それかして」
カリバが白い物の上からとんこつスープを注ぐ。
器の中に白いそうめんと白いスープがなみなみと満たされた。
「たべるすぐはダメ、ちょっとまぜて」
フォークでそっとかき混ぜる。スープ自体、ちょっとトロッとしたような手応えがある。そして、混ぜることによって美味いはずのスープがしっかりとそうめんに纏わり付いた。
「いいよ、たべて」
期待に充ち満ちた顔をするカリバ。おい、そんな俺を追い詰めるようなことすんなって。
人垣の視線が一気に俺の手元口元に集中する。いつの間にか居たイリも俺の顔を見つめている。
スープの絡んだそうめんはつるつると捉えづらい。手こずってフォークに刺した太いものを、恐る恐る口に運び、噛み締める。噛み締める、噛み締める……。
皆の期待が一気に高まった。
「……美味いよ、普通に美味い。てか、とっても美味い! 確かに良い麦の味がする! それとスープの肉の味が混ざって…美味いぞぉ!?」
わあっと人垣が一気に弾けた。
それぞれが自分の家に向かい、手に手に器とフォークを持って駆け戻ってくる。まるで腹を空かせたガキの集団だ。
『入れてくれ!』
『ちょうだい!』
『わしらもいいかのう…』
『おい、並べよ! カリバと婆様は一人ずつしか居ないんだ!』
「は~い、ちょっとまってねぇ~、じゅんばんよぉ~♪」
「ちょいと! だれか鍋持って手伝いにおいでー! こんなに集まられちゃ茹でるのが間に合わないよ!!」
そんな様子を見ながら、里長のジョンは一人頭を抱えていた。
「ああああ、とうとう薬師様までカリバに取り込まれちまった……いったいどうしたら……」
(´=ω=) はー、ねむねむ。




