【第10話:妙な神様】
(´・ω・) 皆様こんにちは。あるいはこんばんは。
本日もご笑納下さい。
……ここ数日の経過からもしやとは思ってはいたのだが、俺のことはやっぱりばれてしまっていた。
もともと学者でも何でもない俺が、妙にこの世界の言葉の覚えが良い、というか僅か数日で会話が通じるようになってきたのは、元世界の神様に言われていたある条件が満たされつつあるということだったのだろう。
それは……この世界の神様の成長だ。
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『……ところで、私から君にお願いが一つあるんだよ。ついでだけど君にはねぇ、この子の面倒を見てほしいんだよね。簡単に説明すると、向こうの世界の神様の育成だ。』
「……」
神様の隣りに出現した、おぼろげな…影のような光のような存在が、相づちを打つようにチカチカと瞬いた。
え、何コレ?
『……向こうの世界の神様の育成だ。』
「いや、二回言わなくてもちゃんと聞こえてますけど…」
『向こうの世界の神様は誕生からの年月はほどほどなんだけどまだまだ幼くてね。私のような全能と言うにはほど遠い、まだまだひよっこのような存在なんだ。要するに、私の友だちになるには権能も意志力も足りないんだよ』
「はぁ…」
『私は、意志ある存在として、いろいろなことを分かち合い交歓できる同格の友だちが欲しい』
「えーなにそれシンジラレナイ…」
『かといって、私の複製のような存在では困るんだ。世界にはその世界ごとに生粋の、世界に根ざした神様が必要なんだ。その点、君はこちらの世界でも少数派の宗教観的に無節操な日本の人間だ。どこかの宗派の教えに凝り固まった認識を持ち合わせていない、私にも向こうの世界にも自由度のある非常に都合の良い存在なんだ』
「……それって、私でなくとも無宗教の人とかでもいいんじゃ?」
『まだ独り立ちもできないのに“神は死んだ、神など存在しない”などという認識を世界に広められたらマズイじゃないか。ほんのりと、漠然と、曖昧に、けれど神の存在自体は信じているという人じゃないと』
「けど、神様を育てると言ったって私、坊さんにも教主様にもなれませんよ? 第一そんなガラじゃない」
『だが、それがいい!』
もしかして神様ってマンガの神様も兼ねてる? ●●先生も召されてるし……
『君は君のまま、向こうの世界で思いのまま振る舞ってくれていい。ただ時折、“畏怖されるべき存在が常に自分を見守ってくれている”的なことを人々に匂わせてくれれば。後は向こうの世界で独自の宗教観が育ってくれるだろう』
「“お天道様は見ている”とか“神の見えざる手”ってやつですか…ハリウッドでもあるまいしそんな器用な演出、私には」
『まぁ、そこまで深刻に考えなくてもいいよ。できる時だけでいい。ただし…』
「まだなんかあるんですかぁ~!?」
『“君自身が神に祀り上げられないように”これだけは気をつけてね。さぁ、そろそろ私との交感も消える。理力が共にあらんことを!』
「そんなあああああああああああああああーーーーーーーー」
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……神様は映画の神様も兼ねていたのだろうか?
とりあえず、神やら悪魔やらに祀り上げられてしまう前にこの里からの引き際を考えなければならない。しかし、この里はこの世界で最初に俺という人間を受け入れてくれた場所だ。リウロもランさんも他の人も皆優しく、純朴な人々ばかりが住むこの場所に、既に愛着らしきものが生まれつつある。
「はぁ、まずはリウロとの約束を果たさなければならないなぁ」
まずは美味い酒…ビールの材料を見つけなければ。
酒造りの娘が居るという事は既に醸造の技術はあるのだろう。そして普段の食事を見るに、基本的にこの里は麦を食している。麦で造る酒と言えば、まずはビールだ。中世辺りだとエールになるのかな? 違いはよく知らないが。
リウロとの会話の中で、ホップがあれば美味い酒ができると漏らしてしまった。元世界のビール工場でホップの実物を見たこともあると。
この辺りの気温は体感的に涼冷でホップの生育にも適しているから、たぶん似たような植物が存在するだろうとあたりを付けたのだが、さて、どこから探すかなぁ。まずはこの辺りの植生に詳しそうな薬師の婆さんのところで聞いてみようかな。
昨夜の残りの麦粥を朝食で平らげ、リウロに声を掛けた。ランさんもこちらの様子を伺っている。
「リウロ、きょう、しごとなにするか?」
「ああ、俺は今日は畑の手入れだ。なんか端の方の畑が獣に荒らされてるらしいし、その見張りも兼ねてな」
「そか。きょうおれ、やくしさま、はなしきく、いくいいか?」
「ああ、昨日の話だな。イリのためになるんなら是非やってくれ。何かあったら俺にも教えてくれよな」
「わかった、がんばる」
少々ぎこちないながらもリウロとランが微笑んだ。
薬師様の家は独特の雰囲気を放っていた。
他の家は日中は採光と換気のために窓の鎧戸を大きく開け放しているのだが、保管庫を兼ねている薬師様の所は少しだけしか開いていない。その小さく開いた窓からハーブのような、森の匂いらしきものが漏れて周囲に微かに漂っている。
「こんにちは、やくしさま。すこしおねがいあるですが」
ノックをして声を掛けると、どこか遠慮がちな婆さんの声がした。
「あ、ああ、カリバ…さん。どうしなさった? まだ体が痛むのかい? まあお入んなさい」
「おじゃま、します」
予想通り中は薄暗く、据え付けの薬棚や天井から下がるドライフラワーから漢方薬のような様々な匂いがする。鼻をひくつかせてみたが、俺には何がどの薬草なのかの判別は無理だった。
小さなテーブルの前の、これまた小さな丸椅子を勧められて腰掛ける。
「で、どうしなすったね? どっか痛むのかい? それともまさかこの婆を口説きにでも来たってのかい?」
「ちがうね。おしえてほしい。やくそうのこと」
「つれないねぇ…。薬草かい、いろいろあるよ。あんたの傷に効く薬から腹痛の薬、熱を下げる薬に眠り薬、中には毒になる物もあるねぇ。どんなことが知りたいんだい?」
はて、ホップをどう説明したものか…たしかビール工場での解説で覚えている限りでは…
「えーと、いいにおい、にがいあじ。すこしのむ、おなかにいい。ほそいほそい、き? つる? にできるみどりの、まるいはな…ある?」
「あんた…薬師顔負けの知識だねぇ。そこまで知ってりゃあ自分で探せるだろうに」
「おれ、このあたりしらない。そんなはな、ある?」
「さてねぇ…緑で苦くて丸い花…? そんな物があったろうか……」
婆さんは立ち上がって薬棚の引き出しをあちこち覗き始めた。ごそごそと開けたり閉めたり、時折ドライフラワーを取り出しては小さなテーブルの上に並べていく。
どれも丁寧に採取されて、しっかりと乾燥、保存されていると窺える。しかし…バラのようなもの、小さなスズランのようなもの、色づく前のアジサイのようなもの、キクのようなもの……結構いろいろあるもんだがホップらしき物は無い。他の特徴と言えば…
「…あ、おすのはなとめすのはな! めすのはな! ほしい」
薬師様が振り返ってギロリと睨んだ。
「そんなことを知ってるんなら早く教えとくれ! 雌雄異花か…それで丸い雌花…見たような気もするが、取ってあったかな…?」
再びがさごそやり出したが、やがて諦めたように振り返った。
「残念だけど今は取ってないねぇ。たぶんそれらしき物は森で見たことはあるんだが、高いところに付いてたからわしじゃ採れなかったんだと思うよ。ところでそんな物を何に使うんだい?」
「それ、ホップ。おいしいおさけ、つくるにつかう。リウロ、イリにあげる、いった」
困り顔だった薬師様の顔が柔らかくほころんだ。
「へぇ、そうかい。リウロは昔からイリが好きだからねぇ。いよいよくっつきたくなったのかねぇ、まぁ良いこったよ。しかし困ったねぇ…力になってはやりたいが、今んとこは力になれそうに無いね」
「わかった。このちかく、ある。しっただけたすかる」
「ああ…まぁ、リウロの力になっておくれでないかい。それと…」
薬師様の顔が真顔になった。あ、これは……
「カリバさん、わしらは…あんたのことを信じていいんだよね?」
「…………いいよ、まかせて。神様もきっと俺を見てるし」
「え? ちょ? なにを…」
ワンワンワンワンワンワン!!
突然外でブランカが吠えだした。
『弓使いの爺様呼んでこい! 急いで!』
『槍使いは今無手だ! 早く槍を持ってけ!』
『イノシシだーー! デカイのが畑にーー』
畑!? 今はリウロが……
「やくしさま! どうもありがと! おれいく!!」
「あ、ちょっとカリバさん!?」
丸椅子を蹴倒しドアを開け放して飛びだした。
「ブランカ! リウロは何処だ!? 追っかけろ!」
「ワン!」
ブランカは俺の勢いに紅瞳を瞬かせ、一声吠えて駆け出した。
さすが狼だ、普段はだらけているがいざとなると猛烈に速い。
しかし縮小した俺も身の軽さでは負けてはいない。慌てふためく人々をサッカーのステップで避けながらあっという間に家並みを走り抜け、里の門を飛びだして西側の畑に向けて大回りで駆け抜ける!
里の三倍ほどの広さの畑、その西端にいくつかの人影があった。
「リウローーーーー!」
吠えながら畝を越え野菜を飛び越える! 色の変わりかけた麦を搔き分け直線を曳いて走り抜ける。
いつの間にか俺はブランカを追い抜いていた。
あれはリウロと、子どもたちだ!
リウロが背中に子どもたちを守りながら短槍でイノシシを威嚇している。
でかい。日本で飼われている家畜の豚は人間よりも2~3倍くらいでかいが、あのイノシシはそれ以上だ。突っかけられたら大人でも跳ね飛ばされて圧死する。
リウロは前足で地を掻き突っ込もうと隙を狙うイノシシの鼻先に短槍を小刻みに突きだし、なかなかその切っ掛けを与えない。槍は苦手だと言ってたのにやるじゃないか。
リウロとの距離はこの世界であと50m相当、実寸約5m、間に合う!
ピギャーーーー!
焦れたイノシシが大きく吠えた。
リウロの背後の子どもたちが圧に負けててんでに逃げ出す。マズイ!!!
いち早くリウロの右方に逃げた子、、、フリスビイをジャンピングキャッチしたあの足の速い子に向けてイノシシが一気に追いすがる。
突きだしたリウロの短槍が空振りそのまま手を離れたと思ったら、脚衣の後ろに差していたアフリカ投げナイフを右手で振りかぶり、全力で投げつける。
鋭い切っ先が尻に刺さった! と思った瞬間、木でできたナイフはぱかんとあっけなく砕け散った。
イノシシのスピードは落ちない。
尻の痛みに火が付いたように牙を振るいながら子どもに向けて突っかける。
リウロの横顔が絶望に染まる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!!!!!」
リウロの後方、突進するイノシシの右側面から、思い切り勢いを付けて、、、、、
インステップキックを太い胴体の真ん中に叩き込む!!
ボォゴオオォォォォォッ!!!
白い三本線のサッカーシューズが、空気の抜けかけたゴムボールを蹴り抜いたかのようにべっこりと腹の肉に食い込み、
ブギュウッ!?
潰れたボールから空気が噴き出るような声を上げてイノシシが前方に吹き飛んだ。
どおん、どん、どん、ゴロゴロゴロゴロ……
イノシシの巨体が畑の向こうの草地まで転がっていく。
止まったと思ったら、横たわったまま苦しげに前後の足をバタバタと振って藻掻き苦しんでいる。
グッ、グボッ、グゲッグッ、グッ、グッ……
吐きたくても吐けない、そんな苦鳴を漏らしながらイノシシが藻掻く。
俺は足を振り抜いた姿勢のまま、左を向いてリウロに叫んだ。
「リウローーーーー! やりーーーー! とどめーーーーーーー!!」
口を開けてポカンとしていたリウロが慌てて短槍を拾ってイノシシに向けて駆ける。
俺もその横を合わせて駆ける。
「か、カリバ…これ……」
俺達の足元のイノシシは既に虫の息だった。
いや、正しくは息をしたくてもできなかった。
苦しげに開いた口の中いっぱいに…そして痙攣する尻尾の下の穴から…充血して真っ赤な内臓がでっぷりとはみ出ていたのだ。
「どんだけの…力で…」
「リウロ?」
「はっ、はいいいいい!?」
「これ、かわいそう。とどめ、さそう?」
「はいいいいいいいい!!」
リウロは短槍の穂先をイノシシの顎骨の後ろ…首筋に当てると、体重を込めてずっぷりと突き込んだ。
足の藻掻きも止まったイノシシはびくりと一瞬痙攣し、目を見開き……そしてゆっくりと目を閉じた。
「リウロ、もいっかい」
「ええっ!?」
「こんど、ここ」
俺はしゃがんで豚の胸を指先で探り、分厚い皮と肉の下の肋骨の隙間に指先を当てる。
「ここ、ふかく。ながくくるしめる、よくない」
槍を引き抜いた首筋からはたらりとしか血が漏れない。もう既に心臓は止まっているのかもしれない。
リウロは慎重に穂先を肋骨の隙間に合わせ…再度、ぶっすりと突き込んだ。
『リウロ! 大丈夫か!?』
『子どもたちは無事か!?』
『イノシシは何処に行った?』
槍を押し込んだままのリウロの背後、遠くから里の人々の声が響いてくる。
イノシシは完全に事切れていた。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
イノシシに手を合わせる俺にリウロが聞いた。
「カリバ…なんだその構えと言葉……おまえの里の習わしか?」
「これ? いのししかわいそう、ころしてごめんね、さようなら、のことば。たいせつね」
「かわいそう、って…コイツが襲ってきたんだけど……」
「でも、いのちとるの、かわいそう。しかたないけど、ごめんねは、だいじよ。見られてるから」
「見られてる、って、誰……に?」
「んーーーー、みんなよ。みんな。命を大切にする存在、みんな」
「…カリバ……ホントにお前って……何なんだよ……」
「さぁ、なんだろうね? ……神様じゃない、何かね」
(´・ω・) こないだの雨で一気に雪が減りました。
4月並みの気温って……良いのか悪いのか?




