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【第1話:妙な旅商人】

(´・ω・)  なろう読者の皆様、初めまして。

もしやおなじみの皆様は、どうもこんばんは。


ついついネタを思いついたら我慢できずに上げてしまいました。

どうぞ、ご笑納下さい。

 ……日が中天に差し掛かろうという頃に、のんびりとした足取りで街道をやって来たのは、妙な旅商人だった。


 山のような荷を一人で背負ってやって来たということは、『剛力』か『無疲労』の能力持ちだろう。

 街の周辺を徒歩で移動する商人は多いが、こんな辺鄙なところに来る行商はたいていが馬車持ちだ。そういうのは野獣や盗賊の襲撃を避けるため、たいていは護衛付きの商隊を組んでくる。

 

「ほーう、里の周囲は毒草と茨。変わったもんで防壁を作ってるんだな、ここいらは」


 この里は元々、愚王ハンキムの内乱で落ち延びた兵の一族が造った里だ。男も女もそれなりに死線を潜った強者(つわもの)が多かったから盗賊などの襲来は起こったこともない。それよりも畑や子どもを狙う獣の方がよっぽどやっかいなのだ。

 この生け垣で里を囲うようになってから食害も減り、ようやく暮らしも安定してきた。ざっと二十年ほど前の里長(さとおさ)が『知恵持ち』だったからできたことだ。そのことは近郷の者ならよく知っている。

 そのことを知らないこの男は、どうやらよっぽど遠くからやってきたらしい。

 わしは門番としてそいつに声を掛けた。


「あんたぁ、どっちから来なすったね。この辺りじゃあ見ない顔だな」


「ああ、北のピョンタの里から順にざっと五つ…いや六つか、それだけの里を渡ってきたよ。ここがレイガンの里でいいのか?」


「ああん? あんたレイガンに行きたかったのか? それなら一つ前の分かれ道で間違えたな。ここはミョウドの里だあ。こんな痩せた畑しか無い外れの貧乏里まで来るとは運の無いこった。」


 男は後ろを振り返り一人ごちた。


「あ~あ~、やっぱりブランカの言うとおりだったか。おっかしいなぁ? ソチャンの里で買った地図では確かにこっちの道だと思ったのに」


 あうん!


 男の後ろにいたものが一声吠える。それは眠たそうな目をした大柄な真っ白い狼だった。皮編みの首輪を付け、馬に乗せるような振り分け鞄を背に乗せている。使役用の狼犬(ウルフドッグ)だろう。


「わかったよ、俺が悪かった。晩飯はちゃんといいものやるからそんな目で見るなよな」


 狼犬と話すなんてやっぱり変わっている。まるで人に話しかけているようだ。


「それはあんたの狼犬かね。連れ込むのは仕方ないが、里のもんに悪さしないようにしっかり見といてくれよ。鶏を放し飼いしとるもんもおるしな」


 男は山のように荷を付けた背負子(しょいこ)をおろしながら見張り小屋の前の岩にどっかりと腰掛けた。狼犬も背負った鞄を器用に背負子の側にずり降ろした。そのまま男の足下に伏せて目を閉じる。


「はいよ。ブランカは賢いし俺のやるものしか食わない。命令しないと狩りをしないし命令しても気が向かなきゃあ鼠一匹取ろうとしない横着者だ。はしこい鶏なんか目も向けないさ」


「そうかね。まぁ、こんな里でよけりゃちょっとは商売っ気をだしとくれ。なにせ馴染みの行商ですら一月ごとにしか来てくれないような田舎だからな。どんなもんでも買うやつは居るだろうよ。あんたは何を持ってきた?」


「ああ、テンサイっていう寒いところでも育つ根菜の種とか、途中の里で仕入れた塩やら干し魚とかいろいろな。ああ、川魚じゃないぜ、ここらじゃめったに手に入らない海魚だ。ひと味もふた味も違うぜ」


「ほー、そりゃ珍しい。塩も欲しいが海魚なんてのもオツだな。後で寄らせてもらうから、塩と海魚をいくらか取り置きしといてくれ。里の真ん中に広場がある。そこならみんなも寄りやすいだろうよ」


 男は岩に腰掛け、水筒から水を飲んでいる。ここら辺で見るようなぐにゃぐにゃの革袋じゃなく妙に細長い筒状だ。作りがいいのか型崩れもせず水を滴らせ続けている。


「あんた、それはいい水筒だな。それも売り物かね?」


 ぷはっと一息ついて男がこちらを見た。


「あー、悪いがこれは非売品だ。譲るわけにはいかないな。勘弁してくれ」


 男が片手を眼前に切るようにする。ここらでは見ない仕草だが、断りの合図なのだろう。

 男は年の頃は二十歳を少し越えたくらい。実直そうだがどこか間の抜けたような顔立ち。あまり良い造作では無いがさっぱりした感じなのは男の黒髪が特に短い…頭がまるで四角く見えるくらいに短く刈り込まれているからだ。散髪に金を掛けられるくらいには儲けているのだろうなとも思う。革のチュニックに膝丈の黒い脚衣、茶色のごつい半長靴は飾り気は無いが堅実さを感じさせる。

 男は寝そべる狼犬にも水筒を含ませ、丁寧に頭を撫でている。

 なんだありゃ? まるで童か女を相手するかのように手を掛けている。狼犬の方も目を細めてまんざらでもない様に見える。


 …やっぱり妙な旅商人だ。






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 ……今日の夜番に門を任せて広場に向かうと、男の周りには人垣ができていた。男、女、童、年寄り、みんな笑みを浮かべている。男はよほどの商売上手らしい。


「おう爺さん、やっと来たな。塩と干し魚はとっておいた。さあ買っとくれ」


 男は何やら見たことも無い木箱を持っている。塩はその木箱での量り売りらしい。


「あんた、その箱はなんだい?」


「ああ、これは(ます)っていうんだ。塩やら酒やら決まった量を正確に量り売りするのに必要だから俺が造った(・・・・・)。これでも商人だからね。量る度に多い少ないって客に文句を言われないように工夫してるのさ。塩はこの枡一杯分で大銅貨二枚。種も仕掛けも無いからね、どんだけの量かちょっと持ってみなよ」


 男が塩入りの蒲簀(かます)と枡を預けて量ってみろという。言われたとおりに塩を掬ってみると、サラサラでなくシャラシャラと澄んだ音を立てて大粒の塩が溢れた。


「あんた、この塩は上物じゃないか。こんな大粒の塩をこんな田舎で売るなんて何考えてるんだ?」


「ああ、いいんだよ。売れなきゃまたしんどい思いをして持ち帰るんだ。それよりは割安でも売った方がよっぽどいいのさ。さあ爺さん、どれだけ入り用かね?」


 枡二杯分もあれば家にある壷いっぱいになりそうだ。それでしばらくは食事の塩に不自由しない。それが大銅貨たった四枚? べらぼうに安い。


「ああ、二杯分おくれ。いま家から金と壷を持ってくるからちょっと待っておれよ」


 人垣から笑いが弾ける。里の者も革袋やら壷やらを持って塩を買い取ったらしい。金に不自由している家は物々交換したのか、男の側には足を縛られた雄鶏と野菜が並んでいる。男や年寄りの中には我慢しきれなかったのか、買ったばかりの干し魚のヒレやら尻尾やらを千切っては口に運んでいる者もいる。

 あの狼犬はどうしたのかと目を脇にやると、人垣から少し離れた場所で白い姿が伏せており、里の数少ない童たちは恐れ気も無く撫でたり抱きついたり、長い尻尾にはたかれたりしている者もいる。唸りもしないということは、あの狼犬は男の言うとおりとても賢いのだろう。


 わしは足取りも軽く家に向かった。






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 夕暮れ近くなり商売を終えると、男は広場の片隅の、商隊が馬車を止める空き地で泊まり支度を始めた。里の者が数人うちに泊まれと誘いを掛けたが、男は愛想良く、けれど固く辞退した。


「こいつがいるからな。野宿の方が何かと都合がいいんだよ」


 わうん!


 男は辺りから手際よく石を集めて(かまど)を作り、里の者からもらった薪に火を点けた。

 火が(おこ)る間に背負子から数本の棒と天幕を取り出してあっという間に組み上げ、里の井戸水を張った鉄鍋を火に掛け、雄鶏と野菜を手際よく捌き始める。

 その手管は、旅商人と言うよりも熟達した冒険者のものだった。


「あんた、すごく手際がいいな。『剛力』持ちは力加減が下手で不器用なヤツが多いと聞いとったが、まるで街の料理人みたいだ」


「ああ、もともとサバイバルキャンプ(・・・・・・・・・)が趣味だったからな。独身貴族(・・・・)で料理も上手になったし。あと、そもそも俺は『剛力』持ちじゃないぜ」


 何とはなしに料理の様子を覗いていたわしにイヤな顔一つせずに男は言う。男の言うことの前半は意味が分からなかったが、後半がわしの興味を引いた。


「あれだけの荷を運んどいて『剛力』無しかね。じゃああんたの能力は『無疲労』か『持久力』あたりかのう?」


 男は料理の手を止め、ちょっと困ったような顔をした。


「いや、俺にはそういう能力は無いよ。強いて言えば、俺がこれまで生きてきて得た知識や経験、体力、財産の全てが俺の能力みたいなもんかな。他のヤツには無い『俺の物は俺のモノ(・・・・・・・・)』ってこった。あとは、神様が俺を見守って(・・・・・・・・・)てくれる(・・・・)、それだけで充分だよ」


「……そういうものかね」


 正直、わしには男が何を言っているのかよく分からない。能力が無いだと? 経験と知識だと? 神様が見ている? そんなものであの山のような荷を運べるのだろうか?


「まぁ、そんなもんさ」


 手際よく首をはね羽をむしり(わた)抜きした丸鶏をぶつ切りにし、沸いた鍋に骨ごと放り込む。

 肉が煮える間に鶏の残骸をかき集め、見たことの無い白くひらひらした袋(・・・・・・・・・)に押し込んで口を縛り鞄にしまう。


「このあたりに捨てたら獣が寄ってくるからな。帰り道で森にでも埋めておくよ」


「あの狼犬は食わないのかね?」


 天幕の傍らに寝そべる白い狼犬がちらりと顔を上げこちらを見た。そしてまたつまらなそうに顔を伏せる。光の加減か一瞬光ったその()は、真紅に見えた。


「あいつは口が(おご)ってて、だいたいが俺と同じものを食う。躾の仕方を間違えたんだよ」


 鍋に刻んだ野菜を放り込みながら男は苦笑したが、その顔はなんだか嬉しそうに見えた。






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 ……夜中に森の獣が何やらざわついていたようだが、翌朝は何事も無く晴天が広がっていた。


 わしは万一のために幾度かこっそり様子を伺っていたが、男は別に盗みに走ることも無く、天幕の下で狼犬に寄り添いぐっすりと寝入っていたようだ。

 早朝のうちに昨夜の残りもので手早く朝餉(あさげ)を済ませたのか、日が梢の上に昇る頃には竈の始末も終えてすっかりと出立の用意を済ませていた。


「よう爺さん、世話になったな。いや、長老様と言うべきかな」


「呼び方なんぞどうでもいいわい。こっちこそ上物の塩やら珍しい海魚なんぞを分けてもらってたいそう世話になったよ。テンサイとやらも次の作付けの時に試してみるぞい」


「そうかい。互いに良い商いだったってこったな。またこっちに来ることがあれば寄らせてもらうよ」


 すっかりと荷を減らした背負子を軽やかに背負うと、男は来た道を戻り始めた。何も背負わない狼犬が気怠げに後を追う。空になった振り分け鞄は背負子にまとめてあるらしい。

 里の門に着くと、男は振り返って笑いかけた。


「達者でな。この里も神が見守り下さるように」


 そういうと、あっさり踵を返して歩き出す。

 わしは何も言えずにその男を見送った。


 やっぱり、妙な旅商人だ。最後の言葉が『神が見守り下さるように』とは。


 そういう教えを説く『教会』というものが所々にあることは知っている。しかし、幾たびも続いた愚王暴君の世がその教えを弾圧し、今は細々としかその教えが伝わっていないことも知っている。

 腐った王が立ち、戦乱内乱が史上何度も巻き起こったこの世では、権力にいかに従うか、またはいかに抗うかが生き残りの鍵だ。どこかで見守っているという神なんてものに縋ろうと思う者は少ないだろう。この里も抗い続けて落ち延びた者達が、己の能力頼りに必死で築いたものだ。


 男の影が街道の彼方に消える頃、遠くの森がにわかにざわめき始めた。

 ざわめきは徐々に里に近付いてくる。わしは門の傍らにある半鐘を打ち鳴らし里に警戒を促した。鐘を聞きつけた里の男が手に手に剣や槍を持ち集まってくる。

 その頃には男の消えた方から鹿やら狐やら鼠やら、大物小物が逃げ惑ってくるのが見えていた。


「あっちで何かあったな。ハグレでも出たか? 皆は手分けして里を守れ。わしはあの男が心配だから(・・・・・)様子を見てくる」


 わしは背後に言い残して槍を手に、彼方に向けて駆け出した。




 ……里のある平野と森の境目あたりでようやく男の姿が見えた。

 先ほどからの獣の逃走は目にしているはずなのに男の足取りは変わらずのんびりと、何もない野を行くかのようだった。白い狼犬もその後ろをゆっくりと歩いている。


 声を掛けるべきだったが休まず走り続けて息が切れた。寄る年波にはかなわない。

 声を掛けるために一息つこうと足を止めると、男の前の森から立派な枝角をした牡鹿が飛びだした。そのまま男の横をひょいと通り過ぎ、わしの横をもあっさり駆け抜ける。その体には幾筋もの爪傷と血糊が滴っていた。手負いだ。何かに追われている。


 グオオオオオン!


 下藪をかき分けて男の前に飛びだしてきたのは大熊だった。

 まずい、あの大きさ。たぶんハグレだ。

 前に突っ立っている男と同じ高さに頭がある。立ち上がれば軽く男の倍より大きいだろう。身の丈四、五メテレくらいの『大型化』した灰色熊だ。

 あれほどのハグレにいきなり襲われれば、里の一つは軽く平らげられてしまう。


 わしは覚悟を決めた。あの男がこちらに逃げてきたら殺してでも止める(・・・・・・・・)。その後は男とわしを平らげて熊が満足することを祈るだけだ。

 もう声は出ない。槍を持つ手に力が籠もる。


 男は大熊に驚き、一歩も動けずに立ち竦んでいた。不思議なことに狼犬も身動き一つしない。あのまま食われてくれればよし。動くようならこちらも動かなければならない。

 息詰まる時は一瞬だったか、それとも一刻だったか。ようやく男が動いた。


 おもむろに背中から荷を降ろし、チュニックを無造作に脱いで一歩前に歩み出したのだ。狼犬はチュニックと背負子の肩帯を器用に咥えすたすたと男から離れていく。

 戦うにしては男は無手、そもそもあの男は初めから長剣や槍の類いは一つも身に帯びていなかった。身に付けているのは料理に使っていた鉄むくのナイフ一振りのみだったことに思い至った。

 おもむろに白狼の真紅の双瞳がギロリとこちらを見た。まるで「動くなよ」と言わんばかりに。


 グアアアアアアアアアアアッ!!!


 生きの良い獲物が自ら向かってきた喜びか、ハグレはのっそりと身を起こし半裸の男を見下ろして吠え声を上げた。地に響くほどの咆吼は、きっと里にまで届いていることだろう。


「引き上げてくれんかね? そうじゃないとちょっとばかり痛い目を見るぞ」


 男の声は変わらず穏やかだった。里の童に言い聞かせるような、優しい声音(こわね)だ。


 フゴッ、フゴッ、フゴッ…


 全く怖じけない男の様子に戸惑ったのか鼻を鳴らして首を傾げていた大熊だったが、その口がゆっくり開き、涎がたらりと滴った。


 グオッ! グオオオオオオオオオオオオ!


 右腕を力強く振り上げ、のっそりと熊が歩み出る。


「あっ!?」


 思わず声が出た。そして絶句した。


 グオオオオ、、、、、、、、、、、、、


 大熊の咆吼も途切れ、絶句した。




 ズズン…ズシン…………………




 静かな、しかし圧倒的な重い響きと共に、わしと大熊の目の前に、巨大な茶色のごつい半長靴(・・・・・・・・・)が現れたのだ。しかも二つも!


 大熊はいきなり目の前に現れた巨大な物が何か分からず、ゆっくりと顔を上に上げていく。

 もっと、もっと、もぉっと上に。

 目を剥いた大熊の顔がほぼ真上を向いて、ぽかんと開けた大口の端から涎が垂れる。熊の大口は閉まらなかった。


 離れて見ていたわしからは、大熊の驚愕(きょうがく)も狼狽も、そしてその理由も手に取るように分かった。


 深い森のどんなに歳経た大樹よりもさらに高みに黒髪の男の顔があった。その辺の森の木などは男の半身にも届かない。まさに、見上げるような山のごとき巨躯が、そこに立っていた。

 男の顔は足下にいる大熊を見下ろして、困ったように笑っている。


「どぉうするうぅ? まぁだやる気かぁい?」


 大熊の咆吼に負けないほどの低い大声(・・・・)が、やっぱり優しげに問い返した。

 この声も里にまで届いているだろうか? そもそもこれだけの巨体なら充分里から見えているのではないだろうか?


 グオ、、、、、、


 大熊は一声絞り出して、振り上げていた右腕をブンと半長靴に振り下ろす。かなりの力が籠もっているはずなのに、端から見ていると童がぺちんと大岩を叩いたようにしか見えなかった。


 グボォッ!!!


 地響きと共に半長靴が持ち上がり、足を(つつ)く鶏を追い払うかのように、よいしょとばかりに大熊が優しく押しのけられる。


 ガッ!? グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!???


 恐怖の叫びを上げる大熊の体はそのままふわりと森の上まで持ち上がり、そのままふんわりと見えないほど遠くに飛ばされていった。


 パキッ、パキパキパキ…… ドォン…


 森の奥から大熊が落ちた音が微かに聞こえた。そして辺りは静まりかえった……




 ……わしが大熊の飛んでいった方を見て呆けているうちに、いつの間にか男の巨躯は消えていた。


 森に進む街道の果てに、いつの間にか男と白狼が連れ添って歩み去って行く。

 木々の合間に消えていくその姿に、わしは何も言えないでその場に突っ立っていた。

 背後から、里の男衆がかけ声を上げて近付いてくるのが聞こえてくる。


 あれは夢か何かだったのだろうか?


 しかし、男が最後に立っていた地面には、途方も無く重い物が乗っかっていたという、くっきりとした巨大な靴跡(・・・・・)がいくつも残されたままだった。






   ◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 …あいつは妙な旅商人だった。


 特に目立つところも無い、痩せた土地の辺鄙な里にふらりと現れ、たった一日の商いをして、現れたときのようにふらりと去って行った。


 しかし、あの日からこの里は変わった。

 身に付けた能力に奢らずに、培った経験と財産全てを元にして、豊かな暮らしを築くことに皆が躍起になった。

 男が残していったテンサイもこの地には合っていた。テンサイは葉は美味くもないが家畜は喜んで食べ、その根は白く太く実り、しかも甘みがあった。初収穫の時は汁物の実としてたいそう人気となり、後年には根の絞り汁を煮詰めると黒糖が作れることが分かり、一気に作付けが増え、そして定期の行商人に卸すことで金を稼げるようになった。

 そして、暮らしが豊かになると共に誰ともなく呟くようになる。


「なぁに、きっと神様が見守って下さるから」




 あのハグレ熊は空を飛んでよっぽど怖い思いをしたのか、二度と里近くには姿を見せなかった。

 あの日、里から遠くに見えた男の影と街道沿いに残された大きな足跡は、里の者に深い畏敬の念を植え付けた。神というものを信じ出すくらいには。




 わしは変わらず門番として日がな街道を眺めつつ、あの妙な旅商人…ガリバ? ガリバーとか言ったか、がまたひょっこり姿を見せないものかと思っている。


 ……まぁ、神様が見守って下さっている。いつかまたあの男にも会えるだろう。



(´・ω・)  ここまでお読みいただいて、誠にありがとうございます。

ストックが一切無いので本作は不定期更新となります。

まぁ、某所の方も不定期更新なのですが。


よろしければ、またご覧頂ければと思います。ではでは。ノシ

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