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◆ 28・なぐりあい(前) ◆


〈ミランダと、戦うの?〉



 悲しそうな元天使の声を無視する。

 武器は最初から持っていない。

 母は私にも斧の扱いを覚えさせようとしたが、結局覚えなかった。それはフローレンスの物となった。今彼女は手斧を二本構えている。

 剣の扱いならライラの方が上だし、オールラウンダーという意味ではスライ先輩が一番上だろう。

 私は流行のを脱ぎ捨てた。


「〈 スコターディ 〉」


 闇の呪文を唱える。

 ミランダは炎の魔王に捧げられた贄だ。対抗するなら土か水が本来の方法だろうが、室内――加えてスライ先輩の闇の壁が場の属性を決めさせた。

 私とて、かつての死に戻り世界線では傭兵の真似事をした過去がある。

 信用は父に買ってもらったとはいえど、それだけで傭兵はできない。



 このミランダは知るはずもない事ね。

 衝撃すらも吸収してやろうじゃないの!



 彼女の体が、泥から抜け出るように全身の姿を現した。

 人間らしく生成したつもりかもしれないが、手も足も槍のように尖っている。簡単に串刺しENDが待ち構えていそうな形に、身震いがする。

 拳を握りしめた。


「ミランダ、はっきり言って私、そこそこは……そこそこは! それなりに出来るタイプだからね」


 冷笑と共に彼女の足が地面を蹴る。

 同時に私の軸足が絨毯(じゅうたん)をを(えぐ)る。


 ルーファの口笛。


 彼女の爪が私の喉を掻き切るより早く、私の蹴りが頬を掠める。半回転の蹴りは、彼女を動揺させたらしく、地面に下した足に合わせて、続いた拳に体勢を崩している。

 それでもバックステップで下がる彼女に、拳は届かない。

 更に、反対の足が捻りを加えた蹴りを繰り出す。

 驚きに染まる顔が蹴りでぶれ――そのまま床に叩きつけた。


 足に残った確かな衝撃。

 すぐに体を起こした彼女は腫れた頬を抑え、呟く。


「な、に……?」


 ミランダの驚きは当然だ。侯爵家のお嬢様ともあろうものが、よりによっての肉弾戦だ。意味が分からなくて当然だった。

 勿論、母の斧教授も中々に可笑しいが――。



〈シャーロット、強いのね……〉

 いや……そうでもない。



 私は、色んな死を体感してきた。

 いきなりの爆死から、モンスターに踏みつぶされる事も、毒死も、首吊りに焼死。だが、現状は不意を突かれたわけでもない。正々堂々の試合形式なら負ける気はしない。



 私が何回、あんた用に修行の旅に出たか知らないでしょう?

 あんたに撲殺され、ただただ……死から逃れてきたわけじゃないのよ? 生き残る為に出奔した時は修行だってしてんのよ。

 あいにくと魔法の才能が薄かった私は、スレイ先輩やヘクター・カービーの突然ぶっぱなし魔法に対抗手段ゼロのままだけどさ。肉弾戦ならどんどん来いよ!



「私、殴り合いは結構得意な古流派なのよね」



 ちなみに師匠は王家顧問の武術指南役だったりする。

 カエルが放棄した武力の余波で暇を持て余していた彼は、快く教えてくれた。



 今度あったら礼を言おう。




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