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◆ 17・呪と愛の狭間で(前) ◆


 当然、拳は空を切る。

 天使兄妹は不思議そうな顔で私を見ていた。


「くぅっ!! 殴られてよっ!!」

「言ったろう? オレは天使、触れるのも触れないのもコッチの思うがままさ」

「何なのよ、何がサービスよ! 何一つサービスになってないし! 疑問しかないし!」


 叫べば、少年天使は顎を撫でる。

 それはいかにも老人じみてみえた。


「いいだろう。たまにはオマエの話を聞いてやってもいいかな。一つ、質問に答えてやってもいい」



 どれだけ偉そうなんだ!!!! そうか、天使様だもんな?!



「そうだよ。オレは天使様だからね」

「……じゃあ教えてよ。私って本当に天使だったの? だとしたらそっちのソレはなに?」


 最早つっこまずにエルロリスを示しながら質問する。安易に天使や神の名は口にできないと経験則で理解しているからだ。

 良い質問だとでもいうように、彼は何度も頷いた。


「成程成程。オレは寛大な天使だから質問が二つでも文句は言わない。オマエにしては考えてるしね? では答えてやろう」


 エルロリスの周りをくるりと回り、彼は言う。


「魂と肉は本来別々に存在しうる。条件さえ整えられれば、どの肉に入る事も可能といえるね。そして魂と肉をつないでいるモノ、それが神の『呪』だ。呪い、だよ」

「ほう……ん? つまり? いや待って、呪い? 今、呪いって言った?」

「ほぼ『呪い』だろ? 肉なんかに縛り付けられるなんてさ。単一で存在しえない不完全な存在。ソレが人間だ。呪いはたまにバランスを崩し、魂の思うままに体が動かせなくなる事もある」


 そこで少年天使は、私の手を取った。

 またも世界が見える。スライ先輩とライラが何かを言い合っている。内容は声が小さくて聞こえない。フローレンスが女神像に向かって祈りを捧げていた。


「見てごらん? 女神像に祈る聖女。とてもきれいな姿だと思わないか? 聖女、ヒト、彼らの祈り。果たして神はその声を聞くだろうか? 答えはNOだよ。そう、『ヒト』が神を愛すようには……神は『ヒト』を愛さない。神は只、そこに在るのみ」



 いや、全然わからないんですけど?? いや、神が人間愛さない関連は納得だわ。だって愛されてるって感じること、ほぼない! 生き延びた時にちょこっと思うくらいだし!?

 とりあえず、天使は呪いを受けてないから肉がないって事かな?



「天使エルロリスは、魔女オリガによって『肉』に縛り付けられ、ヒトの魂に混ぜ込まれ、練られ、シャーロット・グレイス・ヨークとして、誕生した」

「言えるじゃん。ってか、それは、なんか聞いたような気がするわ」


 オリガからすでに聞いた話だ。それに見た記憶でもある。その事を読み取ったのか少年天使は緩く首を振る。


「オマエが、我が事のように経験した遠き時代の過去は全て、エルロリスの記憶だ。まざった部分で、本来はないものだった。さて、どうしてオマエは生まれたのだと思う?」

「え? 今度は謎かけ!? そりゃまぁ……産まれたから生まれたんでは?」


 天使は曖昧に笑う。


「魂は、いつ出来るだろう? 歩む道の中で生まれた心が魂か? 神の愛はヒトに必要か? いいや、ヒトはいつとて勝手に生まれ、勝手に消え、勝手に祈るものだ。ヒトは単一では存在しえぬが、己で歩む道を定められる存在だ」



 ん? なんか褒めた??



「あの肉に縛り付けられたエルロリスは、紛れもないシャーロット・グレイス・ヨークだ。さて、オマエはいつ生まれたのだろう」


 ポカンと口を開ける。

 彼の発言はまるで、私がシャーロット・グレイス・ヨークではないと言っているようなものだ。



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