◆ 3・メイドのミランダ、リターンズ(前) ◆
眼鏡のツルまでもが、パラパラと床に落ちる。
どれほど強い力で握りしめているのか、心配になってくる。
私がルフスに連れられ帰宅した時、彼女はいなかった。なんでも『災害』に巻き込まれて帰れなくなっていたのだとか。
ずっと私の身の回りの事は彼女がしてくれていたというのだから、忘れてしまったことはとても残念だ。
この一週間も根気よく私の面倒を見てくれていただけに不思議な光景だ。
「ミランダ、どうしたの?」
血走った目。
荒い呼吸。
「やっぱり……あんた、記憶あるんじゃないの?」
押し殺した声。
「あんた、あたしが……誰だか分かったよね??」
「ミランダ、じゃないの?」
「ええ、そう、そうなのよ、ミランダ、そう、あたしは『メイド』で『ミランダ』なのよ、ねえ、なんで、あんたはそれが、わかったっての??」
良く分からない。ミランダがミランダなら大丈夫なのでは? どうしてこんなに気にしてるんだろう。あぁ、もしかしたらすごく親しい人で、ルフスのように愛称があったのかもしれない。
考えてみよう、ミランダ。ミラ? ミラーダ? ハウスメイド、メイ? どれもが正しい気も……あ! もしかしたら!
「ごめんなさいっ、ミランダ! あなたのファミリーネームを覚えていないのっ。親しくもない私にファーストネームで呼ばれるなんて嫌だったかしら? でも私は、こうしてあなたにいつもお手伝いをしてもらえて、とても嬉しいの。良かったらこれからはミランダと呼ばせてもらえないかしら? そして良かったら、私の事もアーラと呼んでくれると嬉しいわ」
ミランダは変な顔をした。
何かを間違えてしまったらしいが、どこを間違えたのかは分からない。彼女は眼鏡を床に叩きつけると、エプロンから新しい眼鏡を取り出して、かける。
「……失礼いたしました。私、記憶喪失のお嬢様に名乗っておりませんでしたから」
すました口調で彼女が言う。
「あ、そういえば……」
もしかしたら鏡の自分に話しかける行為が、記憶を刺激しているのかもしれない。鏡に向かって話しかけている効果が出ているなら嬉しい。
そうなら……どんどん元に戻っていけたらいいな。私はきっと、思い出さなきゃいけないんだと思う。だって、可笑しい事がいっぱいだから……。思い出して『普通』に戻らないと。
そうしたら……。
着替え終わった頃、図ったようにノックの音がする。
扉をリズミカルに叩く人物に思い至り、頭を振る。
そう……早く『普通』を思い出して、彼を受け入れないと。
ミランダが扉を開ける。
白髪に赤い瞳をした男は秀麗な顔の下に、最高の織物で作られた衣装をまとっている。違和感を感じるものの、これが正しい世界なのだと己を納得させる。
彼はこの国の第一王子、プリンス・オブ・コンクエスト――コンクエスト公アレクサンダー=ルフス・カール・ジェームズ。
先日まで悪い魔女に呪われていたという彼は、聖女の導きで呪いを解いたのだという。
「今日も早いのね?」
「お前に早く逢いたかったんだ、アーラ。おはよう」
微笑む『婚約者』に私も挨拶をする。
「おはよう、ルフス。素敵な朝ね」
屈託のない笑顔で朗らかな挨拶。それが正しいシャーロット・グレイス・ヨークだ。それが望まれた姿、未来の王子妃、ひいては聖女の姿だろう。
たとえ、彼が私の翼をもぎ取っていたとしても。
彼を支えなければならない――。
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