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◆ 7・秘密の大岩 ◆


 月も上り、星が煌めく夜。


 やる気に満ち溢れた第二王子が待っていた。

 ヴィンセント王子こと只の痛い少年は、珍妙な恰好をしている。ひと昔前の僧侶が着るようなローブを頭から被り、おとぎ話の魔女が持つような杖を手にしている。


「王子。……何ですか、その恰好……」


 思わず問いかけたのも仕方ないだろう。


「変装だ。コンクエストの婚約者と一緒にいるのはまずい……」


 そして私にも布一式を差し出してきた。

 仕方なく受け取り、お揃いのローブを頭から被る。

 少年の行動は読めないし痛いが、一応は王子らしい政治的な理由をあげてくれた。納得する。心に余裕のない私は返答すらしたくない。すでに疲れているせいだ。


 何せ数十分前は棺で寝ていたのだから――。

 城の地下――カタコーム階。弑逆された王墓を宿にしたのだ。じめじめした薄暗い室内、石棺。それだけの部屋で、まさに棺の上に眠った。


 寝る場所も汚らしい床ではなく骸骨の入った石棺の上だ。柔らかなクッション一つなく、カエルに用意させた毛布一枚にくるまった。

 カエルには正気を疑われたが「あんたには理解できない事情がある」の一言で黙らせた。


 色々あったのだから、ゆっくり眠りたい。色々なハードルを越えねばこの場所には辿り着けないし、衛兵の数も多い。そこに出るとしたら精々幽霊か、悪魔転生ミランダくらいなものだろう。

 そして幽霊ならば、お互い死んだ経験者同士だ。語らっても良かった。



 回想していると、ヴィンセント王子は懐から四つ折りの紙を取り出す。


「これにサインを。僕とあなたが何の関わりもない赤の他人で、本当に関わり合いになるつもりはないって書いてる」



 それにサインする時点で、関わりありますって事にならない?

 いや、むしろあんたら兄弟、やっぱ兄弟だわ。証文とるなよっ!!



「移動中に書くわ。で、王子、案内してくれるんでしょ。すぐにして、もう背中は痛いし、あちこち痛い」

「カエルには言ってきたんですか?」

「ううん、ちょっと別の事をお願いしてきたから。こっちの行動は知らないはずよ」


 現状、信頼にたるカエルだ。安心してアホな悪魔ルーファと天使の密偵なヘクター・カービーを頼めるというものだ。

 動かない王子に痺れを切らし、仕方なく紙を受け取る。

 ホッとした顔をして王子は歩き始めた。




 王の城からも程近い、白亜の大神殿。

 縦にも横にも大きな建物だ。女神像は誰でも観覧礼拝できる場所にあるが、内部は多くの扉が設置されている。各々にあった――許された――レベルまでしか開かれない仕組みだ。


 武装した神官兵も王子の来場をさっさと通す。王子は私を護衛と説明し、奥へ、更に奥へと招かれていく。

 ヨーク家の令嬢としても入ったことがない部分にまで足を踏み入れている。

 予想される横槍やアクシデントに心を震わせていたが、事はとんとん拍子に進む。


 そうして、幾つの扉が開いたかも数えやめた頃。

 大きな岩があった。



 建物の中にいきなり岩! しかも人間よりずっと大きいし、……光ってる??



 岩には不思議な文様が時折何かに共鳴するようにパチリパチリと輝く。


「秘密の大岩って呼ばれてる。この中での事は外には伝わらないし、意味がない事になるんだって聞いてる……聖女様に。入口はこっち」


 王子は岩の置かれた横合いに空いた穴を指さす。よほどの大柄でなければしゃがみ込んで忍びこめる寸法だ。



 なんて不用心な。



 王子の後を続き入った部屋はカタコームの数倍は古い石室だった。

 そしてイノシシの儀式部屋と同じく、どこもかしこも乱雑に白いペンキで塗られている。所々剥げているし、刻まれた文字も地色が出ている。


「え」


 私は目を疑った。

 中心――イノシシと同じ場所――そこにいたのは、夢のような記憶で見た娘。

 名前すら思い出せないが、事実として残っている。緩やかな金髪が肩に腰に流れ、空色の瞳は虚ろで虚空を見ている。

 聖女にふさわしい、シンプルな白いドレス。両手は台座に置かれ、脱力したように座っている。


「どういう……」


 たった一言の質問さえも戸惑ったまま紡げない。

 彼女は天使で、私の前世で、私の中に在るはずだ。


「聖女様だ……ずっとここから世界を守ってくださってるんだ」

「聖女?」



 いや、彼女は……天使。



 混乱のあまり言葉を失う。


「彼女、と、話したんだよね? 王子は」

「うん。僕がコンクエストになるのを待ってくれてる」


 要領を得ない回答に首を振る。



 いや、愕然としててもしょうがない!

 まずこれが本物かどうか、で、明らかに人形みたいなのにちゃんと喋れたってのも気になる。それに……それに、これが本物の天使なら、私は……、箱庭の刑の意味は……?

 いや、今は考えるな! また1から探せばいいのよ、そうよ……っ。



「どうやって話したの?」


 思ったより冷静な言葉が口から滑り出た。

 王子は聖女に近寄り、跪いて、スカートの裾に口づける。

 絵画的な美しさを感じたのも一瞬。操り人形が急に動き出すように、娘がガクンと身体をゆすり起こした。立ち上がろうと藻掻き、雄叫びのような声を上げる。


「ヴヴヴヴアァァァァァアアアアグッッ!!!!」


 尻もちをつく。

 流石に度肝を抜かれた。

 可憐な身体からの絶叫、狂ったように瞳孔が開いた目、涎の垂れた口。


「聖女様、ありがとうございます!! がんばりますっ」


 喜色の笑みと声。

 彼は嬉しそうに微笑んでいる。



 この現状、見えてないの?! 狂信者?!?!



「ほら、聖女様が話しかけてくださってるんだから、早くこちらへ」


 王子に言われても歩ける気がしない。だが、何をしにきたのかまでは見失っていない。へたり込んだまま、ズリズリと両手を頼りに進む。

 スカートの裾に口づける。


 同時に広がる白と緑のコントラスト。

 彼女の背後には森がある。

 彼女の前は白い空間。

 オリガだ。オリガの空間だった。


 娘は穏やかな笑みで私を見ている。


「ようこそ、シャーロット・グレイス・ヨーク」



 この声……。



「そうだ、オレだ。言ったろう? この女、エルロリスはオレが封じたと」



 エルロリス……!! そうだ、思い出した!!!!



 そういえばそんなことを言っていた。だがソレは私の魂に封じただのなんだのであって、こんな物理的な手段とは思ってもない。


「私と、彼女は別物?」

「あぁ。言ったろう。コレは、ヘクター・カービーと同じさ。人の形を与えられているだけの肉でしかない。魂はお前の中に、肉はココに封じたのさ。おかげで、あの天使も己の身を切り分けて、ここの守護者に鳩を使わせたって話だ。聞いた事あるだろう? お前の婚約者が連れてるモリガミってやつだ」


 ルーファの話と違う。

 ルーファの話では、モリガミの鳩は『朝』にあたる神だといっていた。


「ハハッ! お前はまだ気づかないのか? お前ら兄妹が作った珠がエルキヤとエルティアなんだよ!」

「え、珠が? あの珠?!」



 そういえば、神が生まれたとかなんとか。



「そうだ。その珠こそがエルキヤとエルティアになった。天と獄に分かたれたのはお前らのした事だ。昼と夜となったのは人間が後付けでそういう神話にしただけの事。まぁ偶像が先か崇拝が先か。そんな話さ」

「待って待って! それって、じゃあ何で夜を天に戻そうとしてるのよっ、悪魔は」


 ルーファはエルティアが好きだから戻してやりたいと言っていたのだ。


「あぁ。エルティアたちは人格を得ている。元々一つだったものが元に戻ろうとしているだけだ。それは悪魔にも言える。切り捨てられた部分で、元の居場所を追われたモノだからな」

「それって、一応聞きたいんだけど天界に戻して大丈夫なの?」

「お前、世界に神は必要と思うか?」

「……いや、実感0だけど」

「聖女と魔王は神から滴り落ちた雫だ。無性で人間でも天使でも悪魔でも、まして生物さえ認定できない存在だと、オレは思ってる。そして天使。こいつらもまた超越した存在だ」


 そこで言葉を切ったオリガは笑う。


「ずっと、オレは天使を殺せるか心配だった。見ての通り、天使は不老不死。このエルロリスの抜け殻はオレが再利用させてもらっているが、流石に肉と魂を切り離して時間がたちすぎた。エルロリスの寿命も近そうだ。殺せると知れてオレは嬉しい」



 オリガが殺したいのは、あのおっさん天使?



「なぁ、お前は最近のエルシアを見たんだったな。どうだ? 年老いてなかったか? 身を削って『朝』を作ったんだ。悪影響がでているだろうよ」


 そうして美しい天使の顔をしたオリガは、悪い笑みを浮かべた。



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