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◆ 9・名 ◆


 風と光。

 目を閉じると同時に身体がガクンと重くなる。

 瞼の裏まで白く染まる感覚。


 ホワイトアウトから目を開れば、カエルの顔が映る。

 馬車の中だ。

 おまけに狭い床には人が折り重なるように乗っていて、当然のようにミランダの姿もあった。オリガのやっつけ仕事を察してか、カエルが溜息をついた。

 気持ちはわかる。



 持って帰れと……? 要らないのに。



「おい! お前らどこいってたんだよ! 肉から離れてたから驚いたぞ。また腹減りタイムかとドキドキしたぜ」


 怒鳴り声はルーファの物で、よく見れば小指に巻き付いていた蛇が腕を伝って登ってくる。


「どういう意味よ」

「だから、お前らの魂だけ抜け落ちてたんだよ!」


 謎の発言を繰り返すルーファを後回しにして、カエルに向き直る。

 今はカエルの呪いの方が問題だ。

 オリガの話では行きはマーキング、帰りは呪い付与――。


「アレックス、呪いは……?」


 内心の動揺を押し隠して聞くも、カエルは平時と変わらない素振りだ。


「受けたけど」

「どんな?!」

「ある事象にまつわる意見を封じられた、って感じかな? ボクのは通称『プレピナポ』の呪いらしいよ」

「え?」

「プレピナポっていうのは古代語で……うーん『言えない』って意味らしいね」



 ナゾナゾか?



「その事象について今後発言する機会もないだろうし、そんなに困らないかな。実害は出てないし、多分……出ないよ」

「いや、呪われたんだよね?! ただでさえカエルになってんのに、プラスで、しゃべれない系が追加されたんだよね?」

「一つの事柄においてね。あぁ、あのオリガがエルキヤ達の事を言えなかったのはそういう事なのかな」


 一人納得するカエルに私の方がイライラがたまる。


「それより、チャーリー。このままだとボクたちが訴えられそうだし、馬車を止めて彼らに説明しよう」


 足元に積まれたミランダ達。



 確かに、このままってわけにはいかないわ。

 でもなんて説明する? 誘拐犯、この場にいないし! こいつらロクでもない事やらかして、町は惨状だし! かと言って役所に突き出しても証拠らしいものは……。



「カエル、なんて説明するの? これ、取り繕えると思えない」

「そこはまぁ……うまく」


 カエルは御者に声を掛けて止める。

 御者もそうだが、外を見ても驚いた。あれから時間は体感分きっちり流れていたらしく、陽が陰っている。

 馬車も随分と市街から離れていた。

 草原と整備されていない雑草の生えた林道。見覚えは全くない。


「どこ、ここ」

「俺様がちゃーんと、命令があるまで走らせろって言っといたぞ!」


 得意げな蛇を握りしめる。


「はぁ??」


 馬のための休憩時間をいれたとしても予想以上の行程を突き進んだ事になる。

 カエルは現状に諦めてでもいるのか、さっさと御者と二人でミランダ達を外へと連れ出し並べていく。

 原っぱに並んでいく人々は死体のようだ。



 説明はカエルに任せるとして、魔王の事はルーファから聞きださないとよね? なんせ獄に住んでたわけだし、どの魔王でもいいから紹介してくれないかな。

 それに本当に私たちが言う、あの魔王は獄にいるのか……。



「ルーファって、まぁまぁの悪魔だったよね?」


 唐突な質問に、蛇は一度くねりと手の中で身体を揺する。


「いや、俺様は相当かなりめちゃくちゃ凄い!」


 どうやら先ほどのくねりは胸を張ったつもりらしい。


「具体的にどこが優れてるの? 他の悪魔より凄いトコあげてみてよ。そうね、5つ」


 ルーファは胴体の大半を掴まれているにも関わらず頷く。


「カッコイイ、強い、賢い、……まじめ?」

「マジか、ルーファ」


 頭を抱える。

 ルーファがバカな子である事は分かり切っていた。もっと直球勝負で聞くべきだったのだ。下手に外堀から埋めて本題に入ろうなどとしたから、私の苦労が増えてしまった。


「あ! 生まれながらに完璧!」

「あ、もういいです。あんた、魔王と知り合いだったりしない? ほら、前にちょっと話したでしょ? 悪魔と手を組みたいわけよ、私。それで、魔王から味方につけたいのよね、紹介してくれない?」

「一緒に天界攻めよう同盟って事か?」

「そうよ」


 ぶっちゃけた作戦に、彼は言葉を捜すように口を開けたり閉めたり繰り返す。

 やがて――。


「いや、お前さ。確かに俺様、悪魔の大半は地上じゃなくて天界が目的って言ったけどな。中には過激派もいるんだぞ?」

「過激派?」

「それに、手を組むっつったって、お前が獄界に来るなら死なないとだぞ? 肉持ちの人間が行ける場所じゃないしな」


 死ねばループスタートで0に戻るのだから、ムリな選択だ。


「第一、俺様……獄界に行けるなら飢えたまま人界彷徨ってねぇし。帰ってるし」



 そんな問題もあった……!

 ってか、死ぬのは勘弁だし……どうしよう。



「悪魔パワーで5人目の魔王見つけられないの? あの、勇者と戦う、聖女に討伐される奴よ」

「……結論だけ言う、できるけどしない」

「なんで?!」

「俺様が悪魔だからだよ。自分の陣営の事だぞ、さらけださないぜ!」


 軽く言い、少しだけ苦みを含ませる。


「大体、聞いた話じゃ歴代悪役の傍に出現するって言われてんだ。お前は見つけられるし、むしろ見つけなきゃいけないし、何より……エルティアの為に、な」

「いや、意味わかんないんだけど?!」

「俺様、まだ幼いからなぁ。うまく人語つかえねぇ」

「300歳でしょ! 何言ってんの!」


 へらりと誤魔化すルーファは明らかに何かを隠している。


「あぁ、でも祈ればいい。お前の中にいる天使が反発するかもしれないが……悪魔に祈ってみたらどうだ? 別に悪魔だって、お前らと違って一段上の、モノだからな。願いを叶える事ができる存在だからな」



 悪魔に願い? ってか、私の中の天使?!



「どういう事? あんた、私の中の天使に気づいてたの?」


 手の中でルーファが震える。

 ミスを犯したのだ。


「な、なんの話だ?」

「いや、無理あるでしょ! あんた……知ってたのね?! 私が……」



 私が? 名前、なんだっけ? あの天使……、おっさん天使も、おっさん天使の妹の名前……私のかつての、名前。



「気にするな。人間のお前には、重すぎる名だから思い出せないだけだ」


 ルーファの沈んだ声で我に返る。


「どういう事?」

「思い出せないのは名前だけだ。俺たちは、一段違う場所にいるからな。特殊で、特別なんだ、名前が」

「名前が?」

「名前が、だ。名前に縛られるんだ。俺の名前も正しくは伝えられない。伝えてもお前は覚えてられないしな? それはオマエが、このセカ……っ。……俺たち悪魔は記憶を持ってるんだぜ? 昔の。上にいた奴らは上の記憶を。ココにいた奴らはココの記憶を」



 いや、しんみり話してるけどさ。ココだの上だの、全然はっきり言わないからモヤモヤしかないし、一緒にズーンと落ち込む事もできないし?

  まぁ、私は空気が読めるので浸らせてさしあげるが……もちょい具体的に話してほしいな。



「でさ、命と引き換えにされそうだけど、悪魔に祈るってどうやるの?」

「お前、俺の話……」

「悲しいよね、前世のゴタゴタと死に戻りは! わかるよ?! 私その事に関しては一過言も二過言もあるからね?!」

「うん、もういいわ。で、えーっと、悪魔への祈りか。あー、一般的には人間と豚の血に塗れて、頼みたい悪魔の名前言えば大体OK」



 ハードル高!!!! アバウトな説明なのにハードル高いわっ。流石にそんな理由で人殺し、どうなの?! いや、そこに大災害起こした犯人いるんだし、こいつらを使えば皆ハッピーなのでは?



「魔王の名前って言ったけど、ルーファのお勧めは? 4人のうちの誰?」

「……火は強硬派だからな、風がいいんじゃねぇかな」



 ん?



「魔法使う時の精霊名、アレが魔王の名だ」

「いや、そうじゃなくて。魔王の名前は言えるのに、ルーファたちの名前は言えないのね」

「真の名前じゃないしな」



 成程、豚が用意できたら風の魔王に祈って、協力体制を築いて……悪くない道じゃないの!



「ちなみに口添えしてくれるよね?」


 ルーファはまたも口をムニムニ動かし、首を振った。


「俺様な。面倒だから言っちまうけど、火と水の間に生まれたんだよ。だから火と水以外に口出しできねぇ。ちなみに水も強硬派、しかも効率重視。地上ぶっ壊して再生させるとか言ってたし」

「……魔王やばいな……」

「おう。やっと分かったか、人間! って、まぁ俺様も大昔は人間だったんだけどな」

「へぇ。あぁさっきの前世の」

「そうそう、俺様、元勇者だったんだぜ!」


 思考が止まる。



 は?

 なんて????




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