◆ 30・聖女捕獲作戦(余) ◆
ペロリと唇を舐め、少女はバケツを下ろした。
私は膝を抱えて座っている。悲鳴が耳にこびりついて離れない。
「ごちそうさまでしたぁ!」
元気な声が空虚に響く。
今の確実に……罪を重ねた気がするわ……。終わりだわ、悪の道だわ、いやいいのか? あぁ、なんて事……、このガキいったいなんなの……っ、もう何もかもからフェードアウトしたい……。
「ねーねー、チャーリー。わたしのつばさ、みーて! おおきくなったよ!」
言われるままに顔をあげれば――確かに一回りほど大きくなっている。
「わたしがおおきくなっていくと、できることがふえるよ! どんどんちょうだいね」
なによ……、聖女育成の次は堕天使育成なの? どれだけ人を働かせる気よ。
「できる事が増えたっていうなら、フローレンスの居場所くらい分かるわよね? どこにいるか教えてよ。ついでに捕まえ方もね」
「セイジョなら、カメのシタイのそばにいるよ?」
「……わかる、の……?」
フローラは頷く。
「つかまえ方もかんたんだよ、セイジョはがんじょーだから、あしをきりおとしてコンパクトにしてフクロにつめちゃえばいいよー!」
吐き気がもりあがる。
なんなの……マジで……、堕天使が猟奇すぎる……!
「ふ、フローは、強いわ……うん、強いのよ……。私よりも強いんじゃないかなって思うのよね、だからちょっと、ソレって無理な気がするわね」
「んー……、じゃあ、けがれた血をかけて、うごけなくしちゃおう?」
問うよりも早く、彼女は続ける。
「けがれた血っていうのはぁ、アクマの血! いまちょうどいるよね? あのコの血をつかお!」
「……まさか、アレックスの?!」
ルーファと身体をチェンジしているアレックスの事だと思い至った。
「あー、そんななまえだったっけぇ……んー、なまえはむずかしーよ。わたしたちはあんまりそーゆー分かりにくいナンバリングしないから」
ナンバリングって……。
ん?
んんん??
「名前、……難しいの? 天使……、元天使には?」
不安が渦巻く。
彼女と同じように、人名が苦手な人物が間近にいるのだ。
それは欠点であり、ただの個性のようなもので――今までは気にもとめていなかった要素。
「うん、むずかしーし、よぶいみもわからないし、おぼえられなーい。しらなかった?」
「……私の、父を……、知ってる?」
決定的な質問に、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「もちろんよ、チャーリー。はいいろをかんするダ天使! とってもゆうめいだよ!」
お父様……堕天使だったの。
という事は、だ。
天使や堕天使が心を読める特性を持っているのだとしたら、父も同じだと考えられる。謎の情報源のほとんどが心の声を盗み聞いた結果かもしれない。
「教えて、フローラ。お父様……っ、灰色の、天使は何をしようとしているの?」
彼女は宙を見上げて、呟いた。
「〈 資格足らず 〉」
その声は厳かで、老婆のような声だった。




