◆ 19・ヘクターとフローレンス(前) ◆
虚無だ。
世界に救いなんてない。
二度と目を開けたくないし、鳥の鳴き声も鐘の音も聞きたくない。
世界をシャットアウトして、ひたすら目を閉じる。
どうせ後少しすれば、ミランダが入ってくるのだ。
もう嫌だ……、本当に嫌。
一度越えられたからって何度も越えられるなんて幻想だ。
痛いものは痛いし、辛いものは辛い。
仮に越えられたって、地獄を越える事に変わりない。
皆は平気でも私はムリ……。
「……ぁぁ、ホント嫌……」
目覚めと同時に、またゼロに戻ったのだと気付いてしまった。
今までで一番進んで、上手くやれた世界だったと思う。
それが一瞬の気の緩みで失ったのだ。
起こしたヘクターよりも、己の無能さに絶望する。
気を抜いちゃダメだったのに……。
ヘクターと約定があるから、なんて事で安心して、彼の脅威を忘れていた私が馬鹿なのよ。
今更後悔しても遅いのに、後悔と自虐は終わらない。
「おはよう、お姉さん!」
一瞬の思考停止――からの怒声。
「はぁぁぁ?!?!」
飛び起きる。
何でヘクターの声?!
そこはミランダの声じゃないの?! いや、アイツ悪魔だわ! つまりループ外にいるわけで……いや、待って?!
周囲を見回せば、狭い石室にヘクターとフローレンスがいる。
私は石の台座に寝かされていたらしい。
窓のない薄暗い部屋が、暗くないのはあちこちに灯された直置きロウソクのお陰だ。
「どういう……事?」
てっきりヘクターに殺されたんだと思った。
明らかにリスタートには程遠い場所だ。少しの安堵と不安が襲い来る。
ゼロに戻らなかったのは良かったけど……これって、どういう状況?
拉致された事は間違いないが、縛られてもいない。
「フッフッフ、混乱していますね!?」
「……えぇ、まぁ……」
意地を張っても仕方ないので応じる。
ヘクターは満足そうに何度も頷いた。
「実を言うと、我々も困っています!」
「はあ? ……何に?」
「お姉さんを生かすか殺すか、ですよ! いやぁ、まだ結論が出てないのに、起きるから。お姉さん……起きるの早い!」
「いや、ちょうど良かったわ!! 寝てる間に殺されるとこだったの?!」
「ハッハッハッ!」
笑うヘクターに寒気がする。
チラリとフローレンスを見れば彼女は黙したまま、目を閉じている。
「フロー……、私が本物の姉って分かったわよね??」
今縋れるのはこの妹だけだ。
「そう、ですね……多分、お姉様、本人な気がします」
いやいや、何でそんな不安そうに! 自信持てよ!! 本物の姉だわ!!!!
「でも、……やっぱり一度、殺します」
え?
「待って? 意見が割れてって、まさか……っ」
ヘクターが生存側なの?!
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