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◆ 20・生贄会議(中) ◆

 運ばれてきたものは、フルーツの盛り合わせに焼き菓子、飲み口が六角形の縦長グラスだ。

 生贄にされかけた人間としては安易に手をつけるわけにもいかない。ましてこの館の人間が、指示した可能性があるのだ。

 幸い、対面に座しているのはヨーク家の娘である私のみ。他は後ろに立っているのだから、食す義務があるのは実質、私だけだ。


「さぁ、召し上がれ」


 微笑む男の額には汗が浮いている。

 グラスには濁った黄色い液体。手に取れば、甘酸っぱい芳香が柑橘系である事を伝えてくる。チラリと見た男の額から汗の玉が一つ、スルリと滑り落ちる。



 嘘が下手なの? いかにもヤバいって感じが出てるんですけど?



 液体を見つめ、微かに揺らす。


「とても良い匂いですね。お酒でしょうか?」

「いいえ、果実の搾り汁を飲みやすくした物です」


 酒ならば苦手だと言って断ろうと思っていただけにガッカリする。


「お嬢様、御父上から託された文を」


 先輩が建前の文言を口に出す。

 とても良いタイミングだ。私もありがたく先輩の建前を理由に、グラスをテーブルに戻し居住まいを正した。


「そうでした。ご配慮いただいた事は誠にありがたいのですが、ご当主様にはいつお目通り出来ますか?」


 横でガリガリゴクリと飲食の音。



 え?



 いつの間にやら、横に立っている弟の魔王様は次々、焼き菓子やジュースを口に運び、咀嚼し嚥下する。



 いやいや、あんた礼儀的にも失礼すぎるし……って、そうか、一戦に一食だったっけか! でもマズい……最大戦力が、毒殺とかマジで笑えないっ! いや……これでもこの子は魔王だ、仮にも魔王様なんだっ、魔王ともあろうものが人間の作った毒にヤラれるとかない、よね?



 生唾を飲み込み、動揺を押し隠す。チラリと振り仰いだアレックスは、ルーファの顔に似合わない柔らかな微笑みを浮かべている。

 私の視線に気づき、合図でもするように瞳を瞬かせた。



 何か仕掛ける気ね?



 彼は一礼し、私の側に跪く。


「シャーロット様、失礼致します」


 先ほどまで私が持っていたグラスを手に取り、一口含む。大人の沈黙すら気にならないように、エイベルは食べ続けている。

 グラスを見つめる無言のアレックスは、令息へと向き直る。


「カシム・クシュム・カミール・シャプール・スィナン・ティメル・アララ・カドリ・ヨルク殿」


 淀みなく滑らかに彼は令息の名を口にした。


「こちらには不純物が混じっているようです。申し訳ありませんが、お取替え願えますか? 何やら手違いがあったのでしょう」


 令息は急に立ち上がり、後ずさる。


「お嬢様の意向は、こちらのご当主様との会談です。幸い、大事には至っておりませんし、『ミス』を取り立てる気もありません。お互い、些末事と流しましょう」



 流すのか……。この様子じゃ、やっぱり毒か何かは入ってて、エイベルには効かないのね。



「あぁ、でも一つだけお伺いしても?」

「なん……だ」


 イケメンの破壊力は素晴らしいものがある。いつものカエルの顔でやっても不気味さがあるが、ルーファの整った顔を使う事で冷酷さが垣間見えている。


「ヨルク伯は、ご存命ですか?」




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