◆ 29・悪役令嬢が死ぬ理由(前) ◆
エイベルは、ひたすら『実録・オリガの徒然日記』を読み上げている。
普通に話すよりもずっと流暢ながら。抑揚のない無感情な声だ。
人の日記って……こんなに痛いもんか……。
オリガの日記は日々の天気から嫌いな食事まで多岐に渡った愚痴だった。本当に些細な事での愚痴を延々と書き連ねている。
とは言え、時々は『アデレイド戦記』とリンクする部分もある。いわば幕間のようなものだ。
結局『アデレイド戦記』の外伝らしきモノは発見できなかったのだから、この日記に懸けるしかないというのに現実は辛い。
私は寝転がったまま、時々は夢の世界に旅立っている。
「オネーサマ」
やばっ、寝てたのバレた?!
「人が来る」
「ひ、ひと?! え、ココに? 今?」
「もうちょっとしたら、だけど。三人来る」
隠れる場所などない。
本を積み上げて隠れても、なぜ本が出ていたのか不審がられるだろう。
散らかしたままの本を適当に棚に押し込めば、エイベルもそれを倣う。
どうする……っ、どうする!?!?
ここで捕まれば言い逃れなどできない。確実に牢屋送りだ。
天を仰ぐように見上げ、呆然とする。
この世界軸、結構……長く頑張ったよね……。またゼロに戻るのは、勘弁したいわ……。
「オネーサマ?」
「……エイベル、私を抱えて上に張り付いて! えーっと、天井よ!」
エイベルは首を傾げる。
「早く……!!」
「でも、おそい」
ドアが開く。
私は何も行動できず、その音と、相手の顔を見た。
もちろん相手も私を視界に入れ、瞠目する。
互いに一瞬の思考停止タイム。
互いに全員が顔見知りである。
第三王子キャメロン、我が家を襲撃し私の顔に風穴を開けようとした大男と――エイベルに殺されかけた偽アレックスだ。
互いに互いを認識したと同時に、停止する私とキャメロン。
ヤバい……!!
言い訳など浮かばない。
キャメロン側の背後に控えていた二人が同時に剣を抜いて飛び掛かり、エイベルは飛び出る。一人の剣を蹴り飛ばし、もう一人の剣を素手で掴み折る。
「え、エイベル……っ!?」
弟は平気だと示すように折れた剣を握りしめる。パラパラと金属片が零れ落ちた。
どんな手してんのよっっ!!!!
「どーして婚約者殿がココにいるのかなぁ。コレって、不法侵入……だよねぇーえ?」
睨み合う護衛組を無視し、キャメロンが間延びした声をあげる。
「とは言え、対応に困るなぁ。しかも覚醒前なのに、ウチの部下は勝てないっていう最悪の状況だしぃー」
「覚醒……って」
まさか、魔王って知って……?
「やだなぁ、バカじゃないんだから分かるって。秘文を読めるヤツが魔王か聖女なんだから、フローレンス嬢が聖女騒動で捕まってる以上……ソッチの坊やが魔王でしょ」
エイベルよりも年下のはずだが、王子は子供とも思えぬ皮肉げな笑みを浮かべていた。
「第三王子にだって、横の繋がりも下の繋がりもあるからねー」
彼に取り巻きがいない事は先刻承知だ。
横の繋がり……偽アレックスがいるって事は反教団側? それにあの襲撃者がいるって事は、キャメロンは……私の命を狙ってる事にも?
でも、なんで?
無言の私に、彼は肩を竦める。
「魔王と聖女の姉ってなればーぁ、おのずと……アンタが悪役な事も分かっちゃうよね?」
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