◆ 4・デキるカエル ◆
「ごきげんよう!! 本日の主役、ご登場よ!」
私は威勢良く部屋に入った。
掴みくらい元気にいかねば、心が萎えて永遠に中に入れない気がしたからである。
室内はザッと見回しただけでも危険に溢れている。大理石の角張ったローテーブルや額縁が尖った絵画は付き飛ばされた拍子の事故死に最適だし、ふかふかソファでの窒息死もありえる。陶器の花瓶での撲殺も、赤々と燃える暖炉で焼死、側にある火かき棒で刺殺も追加しておこう。
何より毛足の長い臙脂の絨毯には腹を抑えて座る蒼白なスライ先輩、ソファに腰掛けているカエル、俯いて立つライラ――こちらは長い黒髪が顔を完全に隠してしまっている――は、危険分子そのものだ。
ともあれ、三者三様の体だが、さすがに突っ込むしかないだろう。
「なんで被害者と加害者放置してるの!?」
「あ、いらっしゃいっ、チャーリー。君も来たんだね、驚いたよね、やっぱり」
カエルは立ち上がり、出迎えるように駆け寄ってこようとするのを手で制する。ライラはこの王子が好きなのだから、彼女の前で親しくする事は死を意味する。
ましてルーファの言うように、キッカケで殺人OK側に秤が傾いているなら猶更だ。
「ボクが見つけたから、急いで隔離したんだ。血の片付けとかあったから、ミランダを借りたよ」
「それはいいけど、どういう事? なんでライラは先輩を?」
ライラが顔をあげる。
日に焼けた肌に勝気そうな黒い瞳――これで泣いたり困惑してでもいれば、普通のご令嬢だが。
「ごきげんよう、チャーリー。素敵な誕生日ね」
満面の笑顔で彼女は言った。
かつて私を刺した時も同じ言葉を言った。
彼女は淑女の鏡のような態度で、いつも超然としている。刺した瞬間もめった刺しの最中も、笑みの高貴さは変わらなかったのを覚えている。
「ちゃんとお祝いしたかったのに、先輩を刺したら殿下に連行されちゃったわ」
心底困っているといった風情に、王子よりも王子らしいモテ男が舌打ちする。
先輩にも恨みがあるならあるで、別の日にしてほしかったというのが本音だ。
「ライラ……なんで先輩を刺したの?」
「……チャーリー。あたしね、親友の誕生日だから早起きしてあなたの家に行ったのよ」
あ、まだ親友とは思っててくれたんだ?!
「そうしたら、三人でこそこそしてるじゃない? 珍しい人までいたしね。ねぇ先輩、聞こえちゃったのよね、うん、盗み聞きとか言わないで、声が大きかったから聞こえてきちゃったのよね、先輩が『あたしの弟』を『篭絡』して『自殺』させるってね」
約束の同意書の時かーー!!!
待て待て待てっ、そんなゼロから百みたいな位置にルートとっちゃうの?! シスコン先輩の妹と、ブラコン親友の弟が付き合ってたって???
今知りましたけど!?
そもそもライラがカエル好きって気付くの遅れて死にまくったのも、ライラのブラコン度が強火すぎた所為で……。
いや……知ったのは今だけど、たしかライラの弟が彼女出来たのは一年前の事。先輩が知ったのも今日ではない。
って事は……この二人の衝突は私のループ人生とは無関係のトコか。
つまり? ライラvs私の生存戦はまだ残ってるって事?
言動には……気をつけよう。
「うん、それは仕方ない」
私は同意した。
人生大体の事は同意しておけば丸く収まるのだ。何がキッカケで殺人衝動爆発に繋がるか分からない――が、スライ先輩が吠える。
「言葉の綾を本気に取るなっ」
「人刺して正当化してんじゃねぇよっ。俺のエンジェルに手を出してタダで済むと思うなよ、お前らの家なんか借金だらけにして潰してやるから覚悟しとけ!」
「生徒会長は頭はイイのに、バカですね。ここから生きて出られると思ってるんですか? あたしのスィートハートを篭絡とか、死ぬ覚悟できてますよね?」
カエルは嘆く。
「万事この調子だよ、チャーリー……困ったね……」
この状態は弟妹と仲が悪いカエルにとっても普通に精神攻撃受けているようなものだろう。
勿論、弟妹の事で二人が争うのはナンセンス等という言葉は禁句だ。
恐らく逆上どころか意味すら理解してもらえない可能性がある。むしろ断定でいい。
先輩の方は今日知ったけど、ライラの弟大好き病は昔からだし……。
二人とも家族を好きすぎるだけの事で……うん、ほんと何で今日問題起こした?? このままじゃ、この部屋血の海で終了なんじゃ?
うまく、安全に、合理的に、解決法を考えないと……。
「ライラも先輩も、そんなことして弟や妹に知れたら嫌われますよ」
出てきた言葉は使い古され摩耗した言葉だった。
あまりに寒々しく意味のない説得で、木枯らしが吹いた気さえする。
「知ってもらおう」
カエルが漏らす。
「え、馬鹿なの???」
思わず本音が零れる。
「でも、チャーリー考えてみてよ。まだ大事にはなってない事だし」
「え、なってるよね???」
「ボク治癒魔法は出来るから」
「じゃ何で先輩完治させないのーー!!!!」
思わず叫び、口を抑える。
騒ぎを聞きつけられて人が来ては元も子もない。
「治癒、もう四回使ってるんだよ。ライラの方には結界も張ってるんだ」
「え……いつの間に?!」
言われても分からないが、ライラがずっと同じ所に立っているのはそうした事情なのかと納得もいく。
然し、他者に分からぬ隔絶結界はかなりの高度魔法だったはずだ。
「……あの『託宣』があるから武力系はからっきしだけど、その分、他の事は……ね。白魔法系とか補助系とかは得意なんだ。ただ結界は持続エネルギーだから魔法解くまで魔力持っていかれるし、治癒術と併用は結構きついんだ。それで、彼女の説得が終わってから本格的に先輩の回復しようと思って」
魂さえ洗われた気がする。
カエルの癖に、流石は王子、王族の鏡じゃないっ。
言われてみれば……今までのルートでも魔法は大体得意そうに使ってたっけ。武力ゼロの勇者有りならあんたの性根がもう勇者だよ。むしろ私はあんたを勇者に推そうじゃないのっ。
「カエル……あんた、勇者なりなさい」
「せめてカエル呼びの時は語尾に王子つけて……チャーリー」
「でも説得って、どうやって」
カエル王子の願いを無視して聞けば戸口を指し示す。
「それは彼らの弟妹に頼もうと思って呼んでる。もうすぐ来るはずだよ」
「え?! このカエル、馬鹿なの??」
「だからチャーリー……せめて王子を……」
「このカエル王子、馬鹿なの?」
「何回言うんだよ……だってこれは、この二人の問題じゃないよ。彼と妹、彼女と弟の話だよ、当事者同士で話し合ってもらった方がいいでしょ」
いや、危険すぎないか?!
「チャーリーが来て、逆に良かった。君は……知っておくべき事もあると思うしね」
意味ありげな言葉に眉根を寄せる。
このカエルことアレックス殿下は昔からそうだ。
一見、気弱で無害――だが一度として彼を『かよわく』思った事はない。
初めて会ってからしばらくの間は、おかしなカエルの少年に憐れみよりも侮蔑の方が上だった。
あの嵐の日で変わった……。
あー、ダメダメ! あんな黒歴史思い出しちゃっっ!!!!
いや私の人生黒歴史しかないけど……うん、ダメ、忘れよう。十六の誕生日より以前の事はループに実質絡まないんだし?!
忘れろ忘れろ忘れろ!!!!
「思わせぶりな事やめて。なんかあるなら、今言って!」
「えぇ……、そんな事言われても。ライラの事はライラが言うべきだろうし」
そこでライラは驚いたようにカエルと私を見る。
貴族然とした笑みが剥がれ、迷子の子供のように瞳を彷徨わせた。
「……驚いたわ。殿下がそんな事まで知ってるなんて……この場の全員殺して、断頭台に乗るか悩ましいわね」
「大丈夫、そんな事しなくても君は平気になるよ」
カエルは妙にしっかりとした口調で告げ、ソファに座る。
「飲み物も食べ物もないけど、ゆっくり待とう。君達の愛する弟妹の到着を。その間に、ライラはゆっくり覚悟を決めて、先輩は落ち着いて……チャーリーは」
「私は関係ないでしょ?」
私の取る行動は円滑な話し合いの誘導、もしくは殺戮ショータイムからの放置逃亡な二択である。
割って入って止められる自信などどこにもない。そして武力ゼロの王子にも無理だろう。
「あるよ。……君は何が見えてなかったかを考えるといいかも?」
意味ありげな言葉に、今度は何も返さなかった。
そう、このカエルは意外と只のカエルじゃない。
最悪な託宣から武力ゼロだったり、補助や回復系スキルは磨かれていたりと新事実が判明しても尚――変わらずに、変なヤツだ。
だが、やる男なのだ。
それが、私の長い人生で伴侶ルート最多賞を取った男なのだ。
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