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プロローグ

 キーキーと甲高い音をあげて、列車が止まった。乗客の波がホームに流れ込んだ。その中に一人の少女がいた。都会なんだ、と言わんばかりにパクっと開けた口に周りの人がクスクス笑ったりするが、やはり大部分はただ無視する。なにせ、何度も見てきた光景である。

 少女も大して目立つ容姿はしていない。どれぐらいかというと、もっとも印象的なのはそばかすだと言えるぐらい。そばかすを除いては、顔は凡人。整っているけど、見るほどではない。更に、上手く着こなせない花柄のワンピースにゆるい三編み。そして、その素朴なイメージにまったく合わない赤いハイヒール。

 ヒールはどう見ても新品に違いない。人だらけの、薄暗い駅の中でもピカッと光っている。何度も丁寧に磨かれてきたように。おそらくは頻繁に履く靴ではない。実に、少女もまったく慣れていな様子でよろよろと歩いている。手には、やはり古びたスーツケースを持っている。その重さも原因の一つであろう。

 都会の駅は田舎とは比べ物にならない。分かっているつもりだったが、結局現実は彼女の想像を遥かに超えてしまった。ホームを降りてから、少女はとりあえず佇んだ。どこに行けべいいのかまったく分からないその偉大な空間に彼女を待っている人がいる。だが、どうやって探せばいいのやら?

 ようやく自分が通りすがる人の邪魔になっていることに気づき、動き始めた時まではどれぐらいの時間がかかったのであろう。とにかく、とりあえずは一歩ずつ前に進むことにした。

 不安に襲われながらも、立派な内装、洒落た装いをした人々、その眺めにワクワクせずにもいられなかった。自分はこれから、この世界で生き抜かないと。だが、それができたら、どれだけ輝かしい未来が彼女を待っているのか。不安と期待とで、少女の胸がいっぱいになった。

 その時だった。背後から声をかけられたのは。「そばかすのお嬢さん!」、と。

 振り向いたら、そこに一人の青年がいた。こちらを見ながら、ニコッと笑っていた。

「やっぱり履いてくれたんだ」、とそっと言いかけた。

 少女はそんな彼の視線を追った。その先にはきれいに輝いている赤いヒールがあった。ヒールは、少女が巣立ちの際に姉から貰った物である。お金がいつも足りないというのもあって、結局中古を買うことになった。だが、姉は心を込めて、全力で磨き、新品にさえ見えるほど手入れしてくれた。その鮮やかな赤を見ながら、少女は誇らしげな姉、からかう弟、笑いを堪えないでいながらため息をつく母を思い出した。

 どう考えても、この家族画に見知らぬ青年の入る余地がまったくなかった。

 少女は混乱した。ツッコめばいいのか、丁寧に説明すればいいのか。笑っていればいいのか、咎めた方がいいのか。都会に来て初めての日なので、最初から人間関係で失敗するのは流石に気が向かない。

 途方に暮れて、口を開きかける。年が近そうので、やはり笑うとしよう。だが、言うよりも速く、青年が急に距離を縮み、顔を覗き込んだ。

 「今度は言わせないぞ」

 これではもう咎めるしかない、と少女は判断したその瞬間。無口にされてしまった。

 人違いのせいで奪われた初キスほどの残酷なことはない。それを運命ととらえる人がいるかもしれない。大抵の人がナンパだと判断するに違いない。少女にとっては、運命だの、ナンパだの、そんなこととまったく関係ない物語の始まりであった。



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