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プロローグ

 県内随一の私立高校に入学したのはほぼ意地によるものだった。元々勉強はできる方だったけれど、内申点はあまりよくなかった。それでも合格してこの場に立っているのは、努力の結果としか言い様がない。


 意地になった理由なんてたくさんあった。

大学院に行く兄、自宅からは遠いその高校に行けば、その近隣の学校に通う兄と二人で暮らせると言われた。

同じ歳の従姉妹が第2志望としてそこの特待を狙っていた。昔から仲は良いけどなかなか会えない従姉妹と、同じ学校に通いたかった。

勉強ができると言ってもそこそこで、第1志望が国立のその従姉妹や、大学院にまで行く兄と比べられることに、少しだけ腹がたっていた。

そして何より、あたしは地元から離れて、違う世界に行きたかった。あたしの“趣味”はいずれ身を滅ぼすだろう、わかっていた。









 入学早々にアドレス交換をするのはもはや一種の儀式かもしれない。これから仲良くしましょうの合図。

 男も女も、イベントごとでは開放的だ。


「蒼井未奈、よろしくね」

「よろしく〜ミナでいい?」

「いいよいいよ全然!」


 当たり障りのない会話。探り合う腹の内。女の子のおしゃべりはいつも軽くて甘くて好きだし、男の子はそれで単純で楽しい。

 でも、あたしが人間関係を上手く築けるのはこの最初の一歩だけだ。毎年夏休み頃には、完全な上辺のグループが出来上がっている。けれど今回はもっと慎重に行きたい。たくさん友達を作って、あの“趣味”よりもっと刺激的で、それで虚しくないものを、見つけたい。



 程よく打ち解けた頃に、あたしはスカートを翻して、浮き足だった教室を後にした。

 同じ学校に入学した従姉妹からクラスを知らせるメールが届いていたから、早速会いに行くために。

 騒がしい廊下を歩きながら携帯を開いて、新しく男の子の名前の並ぶアドレス帳を眺めて、つい少し笑う。この中で誰が一番、傷つけがいがあるかな、なんて。場所が変わっても相変わらず考える事が同じだ。


(せっかく新しいところでやり直そうとしてるのに、これじゃあまるで意味がない) 


 自嘲して携帯を閉じると、ふと男の子と目があった。

背の高い、なんだかさわやかそうな雰囲気の男の子。彼は挨拶をするように微笑んだ。

あたしはもはや癖といえる笑顔で彼に挨拶を返した。


(…この人はどんな顔で傷つくのかな)


 笑顔とは裏腹、人から言わせれば物騒かもしれない感想を抱きながら、あたしはその男の子とすれちがった。否、すれちがおうとした。


「ねぇ」


 掴まれたのは、腕だけじゃなくて多分心もだった。ふりほどこうとすれば、ふりほどけた。

 真っ直ぐにあたしを見ながら引き寄せて、男の子はあたしを呼んだ。


「君、何組?」

「…ご、五組」

「名前は?」


 ちょっと、と小さく声をあげて、ようやくその手を離してもらった。


「いきなり何?」

「ごめん、君の名前が知りたい」

「はい?」

「知りたい」


 ともすれば手でも握ってきそうな勢いで、彼はあたしに詰め寄った。

 男に言い寄られることに戸惑うなんて野暮ったいこと言えないけど、さすがにこんなに熱烈なのは始めてだ。


「…蒼井、未奈」

「ミナさんだね、わかった。ありがとう」

「ちょっと待って、」


 今度はあたしが彼の腕を掴む方がだった。振り向いた彼の顔は、ずっと変わらない、さわやかな微笑だ。


「そっちの名前、教えなさいよ」

「…思ったより声が低いんだね」

「ほっといて」

「新山宗司、よろしくね」


 終始変わらないその表情にぞくりと感じるものがあった。

何故あたしに声をかけたのか、わからない。あたしも、何故わざわざ名前を聞き返したりしたのか。


 ただ、あたしの中の最も汚くて、それを消したくてここまできた心が、彼の笑顔以外を見たいと望んだ。

 新山宗司の傷ついた顔を、渇いた心が切望した。


 それは、あたしがそう簡単には変われないことを表していた。


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