婚約解消バトル、その2。
夏休みはようやく四分の三が過ぎた。
「ベルン、やっぱり婚約解消しようよ~」
「ヤダ」
婚約解消のためのこの会話は毎日行われている。
自分でもよく毎日飽くことなくその話題を口に出来るなと思う。
忍耐と、優しさで出来ているベルンの顔と瞳が、日一日と険悪になっているにもかかわらず、だ。
そのうちきっと爆発するのは目に見えているけど、こちとらこれから先の怠惰な人生がかかっているのだ。
ベルンのことは嫌いじゃないけど、ベルンと結婚しちゃった時の面倒と、ヒロインとベルンがひっついた時の面倒と、その後に続く面倒を、たった一枚の紙切れに名前を書くだけですべて回避できると思うと、今持てるすべての力をもってしてベルンにサインさせたいと思ってしまうのは御愛嬌だ。
「ねぇ、べス。もし僕と婚約解消したら、侯爵家はどうするの? べスが跡取りでしょ。僕以外の人、今から見つけられるの?」
ベルンの言い分ももっともだ。
だが、案ずることは無い。
「心配してくれてありがとう。侯爵家の方はもう私に期待していないみたいだから大丈夫だよ。この間叔父さんとこの次男と面会して、いざとなったら彼に継いでもらうんだって。あっちも乗り気で、毎日勉強しに来てるよ」
ゲームでは家の父と母もかなり悪いことをして、エリザベスと一緒に断罪されていたけど、今の父と母はただの倹約家だ。断●離を長い時間をかけて家族でしているうちに、侯爵っていう地位に興味がなくなったらしい。
国と領民のために真面目に仕事はしているけど、私が結婚したら家督を誰かに譲って、あちこち遊びに行くことを考えるのが今の楽しみだって、夫婦仲良く腕を組んで言っていた。
そんな二人が守っている綺麗な状態の侯爵家なら、従兄にも心配なく渡すことが出来る。
うん、なんの問題もない。
「もうここに来れなくなるんだよ? 暑いの苦手でしょ。死んじゃうよ、それでもいいの?」
ベルンの声が、若干震えているような気がする。
侯爵家継げないのがショックなのか?
ベルンなら、公爵になった方がいいと思うけど。
「あー、そうだけど、婚約解消したら、涼しい国に移住しようと思ってるんだ」
「え?」
ベルンらしからぬ、まぬけな声だ。
こう言っちゃなんだけど、ベルンを見た瞬間から断罪のことだけを考えて生きてきたこの国にあんまりいいイメージがない。無駄に暑いのも嫌いだ。
私個人に力があればとっくの昔に出て行っていた。
子供だったし、先立つものも、生きる知恵もなかったから実行しなかっただけで、今ならそのすべてが整ってる。
両親も婚約解消したら、好きなようにしてもいいと言ってくれた。
ベルンがサインさえしてくれれば、私は自由なのだ。
どこへでも行ける。
国にも故郷にも、すべてのモノに愛着がありまくる前世の記憶に比べたら軽いもんだ。
ベルンが思うより、私は強いのだ




