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短編

少女「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」 キモオタ「い、いたずらでお願いするデュフっ」


時は10月末日。

俗にいう「ハロウィン」である。

子供たちは家々を周り、住人へと菓子か悪戯かの二択を迫る。

だが、誰が好き好んで子供の悪戯を望もうか。

大概は、子供たちの要求に従順に菓子をやり、その喜ぶ姿を微笑ましく思うものである。


さて、ここにハロウィンの仮装をした子供が一人。

そこそこに広い日本庭園を有した、屋敷の前に立っている。

漆黒のクロークを身にまとい、プラスチック製のジャックオランタンのお面を被っているため、その表情はうかがえない。


だが目的は明らかで、菓子を求めるその小さき指が屋敷のインターホンへと伸びたのであった。


「はい、どちらさまでしょうか……?」


突然の来訪に玄関先に現れたのは、実に薄暗い男であった。

髪を乱雑に後ろ手に束ね、その顔は無精ひげに覆われている。

子供は、男の顔にギョッと驚くも呼吸を整え一息に声をあげた。


「とりっく おあ とりーとっ!」

「……なに?」

「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ!」

「……やってみせろ」


ハロウィンの暗黙の了解を意に介さず、男は答えた。

男には子供に菓子をやる気など毛頭なかった。

男は、ここ何年かの某所での乱痴気騒ぎや、広告代理店による陰謀論、その他もろもろの理由でハロウィンが大嫌いであったからだ。

さらに言えば、男は幾分か捻くれた男であった。


しかし、子供は仮面の奥で口角をあげる。

そう、広い世間には少なからずそういう捻くれた大人がいることを子供なりに知っていたのだ。

そうやって、子供の困る顔を見て楽しむ大人を、逆に困らせる。

それが子供の楽しみでもあった。

そう、この子供もまた大分に捻くれた悪ガキであったのだ。


「さあ、イタズラの始まりだっ!」


悪ガキは、ひときわ大きな声をあげクロークをまくり上げる。

男の目に映るは、既に火が放たれた数多の爆竹。


これらが乾いた音と共に弾ければ、当然、男はのけ反って驚くであろう。

やもすれば、腰を抜かしてひっくり返るかもしれない。

加えて、放たれる火薬のにおいは玄関から廊下を通り居間へと達するであろう。

男は、子供を舐めた代償に今日一日は火薬臭い部屋で過ごさねばなるまい。

火薬の煙をくゆらせながら、自身の愚かな行いを悔いるがいい。


だが、悪ガキの狙いはいとも容易く瓦解する。


一閃。

男の腰に差された愛刀・国綱が光り、悪ガキの体を横なぎに払ったのだ。

悪ガキは、思わず腹を抑える。迫り来るであろう激痛に、その額からはドッと冷や汗が湧いて出てくる。

だが、痛みはいつまでたってもやってこない。

それもそのはず、男の刀は悪ガキの体を避けて振るわれたのだ。


何のために。

それは、既に弾けていてもおかしくないはずの爆竹が、沈黙を保ち続けていることを思い返していただければ明らかであろう。

そう、男の刀は爆竹の導火線のみを切って落として見せたのだ。


そのことを理解した悪ガキは、したたり落ちる冷や汗を拭い。喉の奥をググんと鳴らした。

この男、一筋縄ではいかぬ。だが、ここで引けるほど悪ガキは大人ではなかった。(当然のことであるが)

ならば、と悪ガキはクロークの内ポケットに手を伸ばす。


そこには、事前に仕込みを済ませたメントスコーラが忍ばせてあるのだ。

ここで、改めて屋内にて行うメントスコーラの危険性について説明する必要もあるまい。

だが、しかしポケットに伸ばした腕に、男の手が重ねられる。

必然、手の動きを抑えられたことで、悪ガキはポケットの中身を取り出せなくなる。


「微かに香る甘いライム。……メントスコーラであるな?」

「な、なぜ、それを?」

「ふむ、確かにライムの香りだけでは、いくら鼻が利いたとてコーラであるとは私でもわからない。しかし、そこにイタズラという要素が加われば答えは一つであろう」


悪ガキはどこか男を舐めていた。

なぜならば、メントスコーラとは巷の陽キャ達の遊び。

広い屋敷に住まう、無精ひげを生やした陰気な男に、その知識があろうとは思いもしなかったのだ。


だがしかし、男はメントスコーラをよく知っていた。

それもそのはず、男は陰気であるがゆえにネットに精通していた。

当然、メントスコーラ程度のことはYoutubeで既に学んでいたのだ。


悪ガキの腕から、力が抜けていく。

勝利を確信した男は、抑えていた悪ガキの腕から、そっと手を外した。

仮面さえ無ければ、捻くれた悪ガキの悔しさに歪んだ表情を拝めるであろうに。

男は、その薄暗い欲望に悪ガキの仮面へと手を伸ばす。


仮面に、男の手が触れる。

そこで、男は悪ガキの肩が小刻みに震えていることに気が付いた。

仮面の奥からは、微かにしゃくりあげる声が聞こえてくる。悪ガキはこともあろうか、泣いているのだ。

男は激しく動揺し、伸ばした手がピタリと止まる。


しかし、悪ガキの仮面は暴かれてしまう。

当然、男の手によるものではない。では誰が。

それは、悪ガキ自身の手によってだった。


仮面の下から現れたのは、美しい一人の少女であった。

少女の頬は紅潮し、目からは一筋の涙が零れ落ちた。


「お主、女であったのか。あいや、すまなかった。女子とは知らず……」


言い淀む男に、少女は首を横に振って見せた。


「いいえ、違うの。ごめんなさい。私が悪かったの」

「何が悪いことがあろうか」

「イタズラなんかで貴方の気を引こうとした」

「な、なにゆえ……」

「貴方と、いえ、『パパ』と遊びたかったから!」


ずがーん。

男の脳天に雷が落ちたがごとき、衝撃が落ちる。

転瞬、男の灰色の脳みそが急速に回りだす。


『パパ』とは一体誰だ。俺には、子供どころか妻すらおらぬ。

否、女子は俺のことを父と呼び慕った。彼女の表情に偽りなどあるはずもない。

では誰との子であるか。そういえば、先日、積み重なる孤独に耐えかねレンタル彼女なるサービスを利用した。


更には、オプションで手までつないでもらったではないか。

つまり、この目の前の女児は、その時出来た子に相違ない。


賢明なる諸君に、説明は不要であるが、手をつないだぐらいで子供はできぬ。

しかし、そうした常識が覆るほどの衝撃が、混乱が、男を襲ったのである。

そして、美少女の涙がそれを誘った。


そう。すべては、悪ガキの仕掛けたイタズラであった!

悪ガキは、メントスコーラの敗北から物理的なイタズラでは男に適わぬと察し、手法を変えたのだ。


広い屋敷なれど、手入れの行き届いていない廊下。

既に日が、天頂にあるというのに髭も髪も整えていない男の姿。

そして、浮世離れした人相ながらメントスコーラの知識を有していた男のネットちから

それらの要素から、屋敷の主が男やもめの陰の者であることを読み取り。

最も効果的であろう、イタズラを即座に考え出したのだ。


「パパ……そうか、俺もいつの間に父となっていたのだな」

「ねえ、パパ」

「どうした?」

「……とりっく おあ とりーと!」

「ははは……しばし待て我が娘よ。戸棚に菓子があったはずだ。もってこよう」


そうして、悪ガキは男から菓子を受け取ると即座に踵を返した。

男の混乱も長くはもつまい、目的の菓子も手に入れた以上、長居は無用であった。


「娘よ。今度は、母さんも連れてきなさい」


男の寂しげな声を背中に、少女は左手を広げ掲げて見せた。

男への別れの挨拶であろうか。否、これは万歳である。勝利を得た喜びが、抑えきれずに発せられたのだ。

片手でのみ挙げられた奇妙な万歳。しかし、しかたがあるまい。

なぜならば、その小さき右手には男から勝ち取った落雁が握られているのだから。



~~~


~~~~~



「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ!」


さあ、次に悪ガキの前に現れたのは力士と見紛うほどの大巨漢。

曇った丸眼鏡の奥に光らせるは、妖しき欲望。


「い、いたずらでお願いするデュフっ」


さてさて、次の相手も只ならぬ雰囲気。強大な壁を前にして悪ガキの全身が、闘志で燃え上がる。


さあ、イタズラを始めよう。




HAPPY HALLOWEEN!!


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