003 現地人と師匠
西の門の方向はNPC達の住宅区になっているようで色々な種族の家族がいる。耳を傾けると今日の夕飯の献立の話や、ここ最近の国政、変わったところでは夫の浮気の話なんかもしている。
ここまでくると頭上のアイコンがないとぱっと見どちらかわからないな……。
「あ、ごめんなさい……」
そんなぼんやり周りを眺めてたせいで足元に注意がいってなかったようで獣人族の子供にぶつかってしまった。その時に持っていたお使い中の袋も落としてしまったようで袋の中身がばらけてしまう。
「いや、俺が不注意だっただけだから謝るなら俺のほうだ、ごめんな」
なるべく子供が怯えないように姿勢を低くしつつばらけてしまった野菜を拾う。トマトに似たようなものやキュウリに似たようなものと色々と気になるがまた食べる機会もあるだろう。
「ケガとかないか?」
「うん、ないよ!」
拾い終わるとある程度警戒も解けたのかにこにこと子供が話しかけてくれる。
「おにいさん異界人でしょ?、お母さんに異界人は怖い人が多いって言われてたからお兄さんが優しくてよかった!」
ああ、だからさっきからこっちに来る目線が怖いわけだ。ぶつかった瞬間から周りの喧騒が少し小さくなったのもそのせいだろう。
「おにいさん名前は?」
「俺はクオンだ、君は?」
「僕ウィルド!、現地人のウィルドだよ!」
現地人、NPCというよりもこっちの世界で暮らす原住民の総称なんだろうか。
「それじゃあクオンおにいさんまたね!」
そういうとNPC、いや現地人のウィルドは家のある方向へ走っていく、周りの視線も柔らかくなったがそれがむず痒くなり門へと向かう足を速めた。
西の門を出ると南のほうと変わらず草原が広がっていた。ただし魔物の種類は違うし奥には森が見えている。初心者が多いようでおっかなびっくり戦っている者が多い。
「こりゃ森のほうへ行った方がいいかな」
試しに少し戦ってみようかと思ったがどうやら人が多い関係で魔物の数も少なくなっていて効率が悪そうだ。
あきらめて森へと歩くが周りを見れば変わった種族のプレイヤーの姿が見られた。
鬼、吸血鬼、あれはスライムか?。
魔剣を持ったプレイヤーもちらほら見かけたがどうも癖が強いのか苦戦しているようだ。
「さてと、前情報なしだし死に戻りは嫌だし慎重に行くか」
自分にそう言い聞かせ黒い靄をまとい森へと入る。
警戒しつつ歩いているとパキリという枯れ木が折れる音と少ししてぺしんという間抜けな音がして弓矢が飛んできた、それを避けて先行して上げているAGIで突っ込む。
「るぁ!」
チュートリアルで出会ったゴブリンの弓兵版がそこにいたためそのまま大鎌を振るい狩る。ゴブリンアーチャー(仮)のHPを確認すれば入りが甘かったようでギリギリHPが残っていた。
「闇の矢よ貫け、ダークアロー」
そんなHPを飛ばすためにも短い詠唱で済ませて急造の魔法で仕留める。そのためMPは多く持っていかれたようだが狙い通り倒せたようだ。
これから森に入るため簡易解体だけしてしまいそのまま奥へ入る。
その後もちらほらと別の武器を持ったゴブリンを見かけては倒したりしていると途中で少しだけだがどっちの方向に敵がいるか狭い範囲で分かり始めた。
気になってステータスを開くと、
□----------------------------------------------------------------□
・気配を微かに読む者 Lv1
気配を機敏に感じ取る者の称号
魔物が近くにいる場合や攻撃が来た時に微かに気配が読めるようになる
□----------------------------------------------------------------□
という称号が生えていたので群れ狩りのほうを外し付け替えておく。
「さてと、いったん帰りますかね」
周りの敵があらかたいなくなるのを確認してそうつぶやくと、
「ひぃ……、や、やめておくれ……!」
と奥のほうから小さく婆さんの聞こえた、気になって全力でその声の下方向へ駆けると声を出した本人であろう老婆が一人と、それを襲おうとしている人より二回りほど大きい大剣を持ったゴブリンもどきがいた。
そのゴブリンもどきは俺がたどり着くと老婆を殺そうと大剣を振り上げたところだったため老婆とゴブリンもどきの間に入る。STRにある程度振ってるとはいえ全力で振りかぶった一撃を単純に受け止めきれるとは思っちゃいないので大鎌の刃とは逆の部分を当てて横へと受け流す。ギャリリリ!、と上手く流せたようで錆びた大剣と大鎌がこすれ合う音があたりに響く。
「婆さん大丈夫か?」
受け流し、しびれた腕を気にしつつも後ろの老婆をちらりと見る。
どうやら現地人のようで異界人ではないということを頭に入れ気合を入れなおす。というのも移動中に兄貴に聞いた話、現地人は異界人と違ってリスポーンができないからだ。
「あ、あぁ……。すまないね……」
老婆は腰が抜けて足もひねったのかケガをしていてずりずりと手を使い後ろに下がる。
Gurooooooo!!!
ゴブリンもどきは獲物の狩りを邪魔されたのがさぞ嫌だったのか苛立ったように叫ぶと大剣を水平に構え薙ぎ払う。
後ろの被害を考えると避けられないと判断して今度はがっしりと構えてその攻撃を持ち手の部分で受ける。体重の差や単純なSTR量の差があり受け止めきれずに数歩後ろに下がるが何とか受け止めることに成功した。
「どきやがれ!!!」
そのまま受け止めた大剣を上へと弾く、それと同時に大鎌の刃を体を捩じり相手に当てる。相手も避ける頭はあるようで後ろにバックステップをして回避した。ただ少しだけ掠めたようで敵の二本もあるHPバーは軽く削れていた。
「異界人様、もうHPがないじゃないかい、こんな老婆ほおっておいて逃げてもいいんだよ?」
「さすがにそれは夢見が悪すぎるって、の!」
あちらから仕掛けられて接近されたら話した意味がなくなるためこっちから仕掛ける。大鎌を掛けながらそのままの勢いで左下から右上へと振るう。さすがに受け止められたがこれで距離は離せた。あとHPが減ってるのは現在進行形でかかっている呪いのせいが大半だ。
相手もそのまま上へ弾こうとするのでその前に逆に体をひねり力をいなす。バランスを崩した相手にひねった体のまま蹴りを入れる。体術系の称号がないためかはたまた威力不足だったのか少しひるむ程度で済んでしまったがその隙を逃さず魔法を放つ。
「我が闇よ、這い、進み、食い破れ、ダークスネーク!」
狙い通り闇の蛇は相手の脇腹を食い破り後方へと抜ける。
「もう一撃!」
大きくひるんだ相手に力任せの横なぎを放つ。そしてそのまま後方へ大鎌の重さを利用して下がり相手のカウンターを避ける。
GuGuGururururuuuruuuuruuuruuuruu!!!!!!!!!
HPバーの一段目が飛んだせいか、はたまた攻撃が当たらないせいか先ほどより怒りのこもった鳴き声をする。すると奥から手下らしいゴブリンが三匹わいてきた。頭が悪いのかそれだけ怒っているのか俺だけしか狙うことしかしないようだ。
「俺も本調子だが、当たれば終わりだ」
ぶわりと先ほどとは違った赤黒い靄に切り替わる。疲労感もピークだが集中が上回っているのか前ほどは感じていない。
「しっ!」
まずは面倒な後方支援タイプの一番後ろに隠れているアーチャーに攻撃を開始する。途中他三体に邪魔されるがさっきより上がった動体視力で避けきり駆ける。そのまま慌てて弓を構えるが遅い。頭と胴を切り離しまずは一体を仕留めた。
後ろを振り向く前に嫌な予感を感じ全力で横に避ける。確認すると手下のゴブリンたちが無理やり持っている武器を投げて攻撃してきていた。武器の無くなったゴブリンを難なく狩りつつ体制を立て直す。
正直ヒヤッとしたが反省は後ですることにしてデカ物と再び対峙する。
Gugyaaaaaaaaa!!!
策も尽き力任せに上から振るわれる大剣を避ける。避けたときに地面に大剣が刺さったようで俺はその隙に勝負を終わらせに走る。
「我が闇よ、大鎌を纏いて真価を示せ、ダークサイス!!!」
首に狙いを定め相手の懐に潜り込みとっておきの魔法を発動させる。大鎌に魔法を纏わせ威力を底上げしてそのまま首を刈る。HPもさすがに首が飛べばなくなりそのままゴブリンもどきは前に倒れて動かなくなる。チュートリアル中に思いついてはいたが土壇場で成功してくれて本当に良かった。
HPとMPがぎりぎりまで減っていて倒れそうになるのを我慢しつつ老婆の安否を確認する、が、
「いない?」
いたはずの老婆の姿はそこにはなかった。
逃げてどこかに行ってしまったかとため息をつきかけたときにパチパチと乾いた拍手の音が響く。音の発生源はどうやら木の上のようで確認すると、そこには白い長髪で赤い目をした魔女という言葉がそっくりそのまま当てはまる格好をした女性がそこにはいた。
「さすが異界人、かしらね」
「だれ……、いや、さっきの婆さんか?」
よくよく見ると顔のパーツは似ている部分がありこの女性がそのまま年を取ればああなるんだろうと感じられた。
「女性に婆さんは失礼じゃないかしら」
「……悪かった、お姉さん、でいいか?」
ええ、と満足そうに頷く女性は敵意はなさそうだった。
「さて急な提案なんだけど私の弟子にならないかしら?」
彼女はそう言ってにっこりと笑った。その笑みはこっちが警戒してるのが馬鹿らしくなるような無邪気な笑みだった。
「いや、急に言われてもな……。それに名前すら教えてもらってないぞ」
「あ、そうね。弟子のことよりも自己紹介が先だったわね。私はミネルバ、"千色の魔女"ミネルバよ。ミルってよんでちょうだいな」
「自己紹介してくれればいいって事じゃないんだが……、まあいいか。俺はクオンだ」
「クオンくんね。それでどうかしら?」
「だからどうって言われても俺は異界人だからこっちの常識すら分からない、だからミルがすごい人なのかもわからないし、メリットすら見えてこないんだが?」
それにうまい話には必ず何かあるんじゃないかと疑ってしまうのが俺の性分だ。
「あら、以前に来た異界人とはまた別なのね」
ぽつりとミルがつぶやくのが聞こえる。きっとβプレイヤーのことだろう。
「確かに何もわからないなら疑っちゃうのもしょうがないわね」
そういって後ろを向くとミルはあーでもないこーでもないといいながら頭を悩ませながら色々な魔法を試している。その中には毒々しい沼を作り出したり、土から金属を取り出してナイフを作ったりと聞いたこともない魔法がポンポンと出てきている。
「悪いが魔法主体で戦う気は俺はないんだが……」
「あら、そうなのね。でも近接と一緒に使ってる余裕とかなかったでしょう?」
何をするか決まったらしくうんうんと頷きながらこちらに向き直る。
「だから弟子になってくれるのならそのもったいない状況の解消と、魔力の扱い方のイロハを教えてあげるわ。これでもこの世界有数の魔法使いなのよ」
そういうと彼女はかかとを軽く地面に当てて短く何かをつぶやく。
その瞬間、ミルを中心として闇が広がった。それに包まれた空間は新月の夜よりも暗い黒に塗りつぶされる。そしてそんな黒い空間では不思議と音すら聞こえなかった。
音も光もない空間では不安だけが俺の中を支配する。このまま一生ここにいるのではないかという考えがよぎった瞬間背筋に嫌な汗が滴る。
平衡感覚すら若干不安になりそうなときにその暗闇は消えまぶしい光が俺を照らした。
「こんなふうに闇の魔法の上位だってぱっと使えるようになるわよ」
ふふんと得意げに女性らしい胸部装甲をそらして自慢げに語る。
……少し目で追ったのは不可抗力だと思う、とりあえずは、
「よろしく頼む、師匠」
「任せてちょうだい。それでなんだけど詰込み型かコツコツと伸ばすのとどっちがいいかしら?。あ、異界人が自分たちの世界へ帰るのは知っているからどちらでもいいわよ」
「それじゃ詰込み型にしてくれるか?、コツコツってのも時間がもったいない気がするしな」
「うんうん、なら十日間みっちり頑張りましょう。ああ、安心して頂戴、古代の魔道具の中に一時的な時間の加速をするものがあるから現実では一時間もかからないと思うわ」
もともとこの世界は現実世界の1分が3分に設定されているから現実世界の20分で十日こちらで過ごすことになるのか……。精神的な面など色々と大丈夫なものか心配はあるがこうして発売されたということは大丈夫なんだろう。
「ただし、使い捨てのものだから何度も使えるとは期待しないで頂戴ね」
「高価なものなんだろ、いいのか?」
「いいのよ、初めての弟子に使うって決めてたものだし。それじゃあ行きましょう?」
いや、俺が初めての弟子なのかと突っ込もうとしたときに手をつかまれた。瞬間景色が一変する。