貧乳
俺はジョン。ケツにピラニアが刺さって死ぬ。
生き延びるため、死の根本の原因を断つために、この人工島に上手いことやってきたというわけだ。
俺の乗っている車は、ボブの命令による自動運転で人工島を徐行して周り、綺麗な感じの駐車場に停まった。
降りると大きなビルがあって、エントランスに向かって4歳の足で一生懸命歩いた。
入館証みたいなのを渡されて、エレベーターに乗っている途中で、ボブが言った。
「この島はレーダーにも航空写真にも映らないし、船から肉眼で確認することもできない。完璧な隠蔽がなされている」
「さすがだ」
「潜水艦や船舶はこの辺りに近寄らないように潮の流れとかその他いろいろを工作してある」
「すごいね」
連れて行かれたのはボブの私室だった。俺はデスクの前にあるソファに腰掛けた。
「そして、ここの情報も完全に秘匿されていた」
「だろうね」
「なのにどうして、この存在に気づいたのか…… 私は少し恐ろしいよ。4歳児の推理力がね」
「俺より優れた4歳なんて、いくらでもいるさ」と言って、肩を竦めた。
ボブはデスクからホログラフィック・ディスプレイを立ち上げて、ドキュメントのアイコンを掴むとプリンターのアイコンに放り込んだ。
引き出しから数枚の電子ペーパーを取り出して、俺の前のテーブルに置いた。
「当然、文字は読めるんだろう」
「ああ。ママには内緒だが」
「その資料には、ここの施設で行われている研究の全貌が書かれている。24時間で白紙になるから、それまでしっかりと読み込んでくれ」
「オーケー」
「ジョニーには部屋を用意してある。専用の秘書をつけるから案内してもらってくれ。明日の朝、会議を行うからきちんと起きるように」
俺が表紙に目を通している間に、部屋に女が入ってきた。
ガリガリにやせ細っていて、すらりと背が高い。金髪をなで付けるみたいに後ろでくくっており、顔は頬の肉が痩けていて骨張っている印象だ。眼鏡の赤いウェリントンはそこそこ似合っている。
ジャケットの下に着ているドレスシャツは、みぞおちが見えるんじゃないかというぐらい開いている。ちなみに貧乳だ。
「きみがジョンくんか。私はマリー。よろしくね」
「よろしく。きみと親しくなりたい。ジョニーと呼んでくれ」
「ジョニー」
「マリー」
俺はクリアファイルに収納された電子ペーパー数枚を前に抱えた。
促されるままに部屋を出て、マリーについていく。
歩いている間、彼女の下半身を眺めていた。
ローファーからさるすべりみたいに伸びた脚、ぴったりしたスカートの中で規則正しく揺れている細いお尻。
「今夜、一緒にディナーでもどうだい?」と俺は言う。
彼女は立ち止まって俺を見下ろしながら、にやりとした。
「ジョニー、離乳食は済んでるの?」
「4歳さ」
「そう。もう少し仲良くなったらね」
俺は軽く頷いた。ま、これは社交辞令みたいなもんだしね。
用意された部屋には、簡素なベッドにソファとテーブルが備え付けられているほかに、そこそこ新しいインテグレイテッド・デスクがあった。ホロモニターも付いている。
インテグレイテッド・デスクには、死者の脳からニューラルマッピングをした極めて強いAIが搭載されているはずだから、大体の作業はこの机でやることができそうだ。
「これは良い椅子だよ、マリー。脳の良きパフォーマンスは、良き椅子によってのみ生み出され得るからね」
「ジョニー、お目が高い。一応、生体工学に基づいて作られている高級品よ。4歳には大きすぎると思ったんだけど」
「きみの膝に乗ればぴったりさ」
「面白くないジョークね」
マリーは眼鏡をクイッとやり、俺からクリアファイルを取り上げて、デスクの上に置いた。
「このデスクの統括AIの名は、えーと」マリーは手に持っていたバインダーに目を落とした。「B-SOA、だって。呼びかけてみて」
「ブ・ソア」
「ご用でしょうか、ゲスト様」
なるほど。
AIの音声がどこから聞こえてきたのか、はっきりとした場所は分からなかった。
俺はよじ登るみたいにしてデスクの椅子に座り、後ろに回転させてマリーの方を見た。
「それじゃ私は仕事の引き継ぎがあるので、これで。何か用件があったら、ブ・ソアに言いつけて頂戴」
「オーケー」
そしてマリーが部屋を出て行き、俺は一人取り残された。
とりあえず資料に目を通しておくか。
たぶん、ここでやってることは、人間強化用のアデノウィルスの開発だと思うんだけどね。