島へ
ボブの勤め先が、俺の目的の人工島だったらいいんだが。
まあ、時間はたっぷりあるし、あんまり期待しないでおこう。
俺はママとの別れの挨拶もそこそこに、ボブの車に乗り込んだ。
助手席に乗り込んで、シートベルトを締める。
「チャイルドシートは用意していないが、構わんね」
俺は口元を歪め、問題ないことをアピールする。
「ポート63へ」
ボブがハンドルに向かってそう言うと、車が走り出した。
「どうして分かった? 私がスロープ社の専務であるということが」
いや、そこまでは知らなかったが。
とはいえ、只者ではない感じを出しておくのは必要なことかもしれないな。
「簡単だよ。ここが『西海岸』だからね」
「なるほど…… どこまで知っている? 誰から吹き込まれた?」
「全部推測さ。誰もボブの仕事のことは詳しくは知らないってね」
ボブは驚いたようだった。
「ジョニー、本当はいくつなんだ?」
俺は呆れた風に肩をすくめると、指を四本差し出す。「4歳さ」
「なるほど天才児。これは貴重な人材に出会ってしまったようだな」
「4歳だからね」
「欲しいものはあるか?」
「スーツを一着。あとはサングラス。ビシッと決めたいからね」
「用意しておこう」
「でもなんで?」
「きみはしばらく家には帰れない。我々の研究を手伝ってもらうからね。天才児としての頭脳、存分に発揮してもらおうじゃないか」
「4歳なのに?」
「安心しろ。性的な意味で刺激的なお姉さんはいない」
「分かった」
車はポート63と呼ばれる目的地に到着したらしい。何の変哲も無い埠頭だった。
ボブが自動運転から手動に切り替えて、とある倉庫の前に徐行して近づいた。入り口の近くにあるブースから警備員っぽい人が出てきて、ボブの素性を確認すると、倉庫のシャッターが開いた。
中には一台のコンテナが開いて置かれていて、車はその中に入って行った。
「さて、ここから一時間ほど、この狭くて暗いコンテナの中だ」
「やれやれ」と俺は言った。真っ暗なのでニヒルな表情をしてもボブには見えないからね。
車が盛大に揺れた。たぶん、コンテナが船に乗せられたんだろう。
前は船酔いはしないタイプの人間だったが、転生して初めて船に乗るので、酔ったりしないか少し心配だ。まあ、吐けるものは胃袋に無いので、車を汚すことは無いと思う。
ボブは誰かに電話している。
「ああ、ジョニーですけど、お利口さんにしていますよ。……ええ、それで、私たちすっかり意気投合しましてね、数日預かりたいと思うんですがどうでしょうか? はい、妻も喜んでましてね」
どうやらママと連絡を取っているらしい。そんな断らなくても、俺が後で叱られるだけだから放っとけばいいと思うんだけどね。
「ええ、なるほど。うーん、そうですか。……たしか、換気扇が壊れかかってると言っていましたよね? ええ、もちろん。妻もジョニーを気に入ったみたいで。換気扇に関しては、私たちが直しますよ。はい。全部出しますんで、大丈夫です……」
とまあ、こんな感じでボブは交渉しているのだが、要約すると、ダイナーの換気扇の修理代を全部持つからジョンを数日貸してくれ、といった内容だった。
ママもパパも、こういう条件には弱いと思う。
車内はゆらゆら揺れていた。
「お母さんからオッケーを貰っておいたから」
「ママの弱点をよく知ってるね」
「人間、カネさえ積めば何でもするもんだ。ジョニーの働き次第では、換気扇を最強にしてあげよう」
「親孝行、やっちゃいますか」
そして、コンテナが開いた。明るくて目が眩んだ。
人工島に到着したのだった。