初恋
俺はジョン。今4歳で、16年後くらいの死の運命に抗おうとしている。
でも、今日はデートなんだよね。生き延びる以外にも大事なことって、たくさんあるからさ。
転生してみて最近気づいたたことがあるんだけど、人間の欲望は大まかに二種類に分けると思う。理性が発する欲と、肉体が発する欲があるのだ。
実際には、これら二つは複雑に絡み合って俺自身の欲望として発現しているんだと思うけど、転生すると当然元の肉体からは切り離されるわけで、その時に持ち出されるのは理性に基づいた欲望だけになってしまうんだよね。
すると、肉体から出る欲と支え合って成立していたやつは、全部消えてしまうのだ。
例えば、転生前の俺は人の足の匂いが好きで、それはもう嗅ぎたくてしょうがない性欲を持て余していた。古めの漫喫、足臭い中でするゲームは最高だし、ティッシュの置き土産をよく残したものさ。
それが、今は全くない。どうしちゃったんだ俺ってくらい全くないんだよね。
逆に、現在はデートしたい欲みたいなのがある。肉体に引っ張られてるんだろう。
「暇な時っていうのは、何もすることがないってことなんです。やることがないんだったら、ぼーっとするしかないじゃないですか。だから仕事がない時は、ぼーっとしてます。他にすることもないですし」
デート相手のメアリーが言ったのだった。
俺たちは貨物船のコンテナの中に車ごと入って、ゆらゆら海の上を揺られている。
「俺はなんでもいいから考え事をするかな。赤ちゃんの時によくやってたし」
そんな他愛のない会話をして、俺たちは本土へと上陸した。サメリア合衆国西海岸のポート63といえば、The Dead In The Water の前日譚である三作目にもちょろっと出てくるんだよな。
で、メアリーは、今日1日服を見て回りたくなったらしい。
「最近お洒落にこだわるようになったので、今日も垢抜けてるでしょう? そんなふうに誰かに言ってみたいです」
「協力するよ」
「スローピアっていう大型のショッピングモールがあって、いろんなショップがあるんですが、そこに向かえばいいでしょうか。車だから、歩くより早く着きますし、自動運転にすれば運転しなくて済みます」
「いいじゃん。行こうよ」
メアリーが行き先を設定したので、車は勝手に走り始めた。
「あなたが成人したら、大人ですね」
「それがどうかした?」
「もし私が今4歳なら、ジョニーさんと同い年じゃないですか。あと20年生まれるのが遅ければ、私は20歳若かったんです」
「同い年だったら、出会ってなかったんじゃないかな。俺はこの歳の差に感謝してる」
モールにはすぐ到着した。
意外にも、メアリーは車庫入れが上手かった。
車から降りた。
歩いて駐車場を突っ切って、エレベーターを使って上がろうと思ったのだが、歩いてるうちにだんだんとメアリーの歩調が遅くなっていく。
俺は追い越した彼女に振り返り、肩をすくめた。
悠々と歩み寄って、手を取る。
「メアリーさ、もしかして、ブティックに着ていく服を着てない、みたいに思ってる?」
彼女は俺の手を両手で握り、しゃがみこんだ。
「羞恥心のせいで恥ずかしくなってきました」
「大丈夫。一緒に見て回ろうよ」
しばらく沈黙し、深呼吸を挟んで、メアリーが立ち上がった。
「……大丈夫です」と彼女は言いながら、握った俺の手に指を絡めてくる。「あなたは天才ですね。なんでも分かっちゃうみたいです。そういう天才的な男の子と一緒にいると、きっと、私のことなんか何でも分かってしまうんだろうなって……」
こんな調子で緊張したりビビっていた彼女も、何件も服屋に入って服を眺めているうちに、どんどんリラックスできるようになってきた。
そこまでバキバキにお洒落した人がうろついてないというのもデカかったのかもしれない。
彼女が服を鏡の前で合わせてみたり、試着したりする。
俺はだいたい褒める。で、それに合わせると良さそうなものを提案する。
生来の提案好きだからか、なんか俺も普通に楽しい。
そして気づいたのだが、メアリーは結構着痩せするタイプだ。
上下合わせて四日分くらいの買い物をした。
ファストフードでランチを済ませて、俺たちは公園みたいになっている正面玄関口の外に出た。
荷物を置いて、ベンチに並んで腰掛ける。
この時刻、お昼寝の時間だ。疲れているわけでもないのに、睡魔が襲ってくる。困った4歳児の宿命。
歩道を挟んで向かい側の芝生で、高校生くらいの男女が向かい合って座っていた。というか、あれはほぼ対面座位だ。
それに比べれば、俺たちはずいぶんと初々しく見えることだろう。並んで座って手を繋いでるだけだぜ?
そして、俺はうとうとしている。
「私たち、こんなふうにイチャイチャし続けていれば、いずれ恋仲になってしまうと思います」
「うん…… ふぁーあ」
「大きなあくび! さては息をたくさん吸って吐きましたね?」
茶化すみたいにメアリーは言ったが、やがて優しい声色で俺の体を抱き寄せた。
「眠たい時に目を閉じると寝てしまいますけど、目を開けていると、ずっと眠いままなんです」
「なるほど」
「膝に頭を乗せると硬くて痛いですから、柔らかい私の太ももに頭を乗せてください。これが膝枕なんです。私も昔は4歳だったので、母親にしてもらったことがあります。彼女は今でも私のお母さんです」
俺は優しく引き倒されてしまった。
瞼が重い。
太ももに頭を乗せて仰向けているのに彼女の顔は見えず、真正面でスウェットの歪んだ青ハリネズミが俺を見ている。
太陽すら、遮られて。
「あなたが私の彼氏で、私があなたの彼女だって想像すると、私たちはまるで恋人同士みたいですよね」
俺は小一時間のお昼寝をしてしまった。
「水着って不思議ですよね。着たまま水に入れるんですから」
このセリフは夢で聞いたんだっけ?




