ナイフと素手
堅牢な鎧に身を包み、重厚な武器を携えた歴戦の冒険者たちが集い、喧騒で賑わう酒場。
酒精が煽る酒宴の最中のその一角。
そこだけは一触即発の剣呑な緊張感が場の空気を支配し水を打ったように静寂だった。
その中で一際周囲の視線を集める獣人の少年、シャルディムは屈強な男三人と対峙する。
歴戦の鎧を身に纏い、その手には魔物すら一撃で屠る大剣―――ではなく、ナイフ。
店内での取り回しを考えての事だろう。
対するシャルディムは純白の狩衣に紫紺の袴姿で、しかも素手。
誰もが小柄な少年に憐憫の眼差しを向け、男たちには血と暴力による狂宴を期待の眼差しで煽る。
何故、この様な状況になったかというと、男たちが一人の踊り子に執拗に絡んでいるのが醜悪で見るに堪えず、その内の一人の後頭部を掴んでテーブルに叩き付けたのが事の始まり。
先に手を出した事も、喧嘩を打った事にも後悔は無い。寧ろ当然。看過など在り得ない。
店灯に照らされた白刃が怪しく光り、息をするのも憚られる程の張り詰めた空気が重く圧し掛かる。
男たちの中でリーダー格と思しき一人が口を開く。
「おい、ガキ。今ならまだ、泣いて謝れば半殺しに留めてやる」
低く沈んだ声音。そこに嘲笑の色は無く、ただ憤怒と殺意が籠る。
シャルディムはそれを鼻で笑うと、
「冗談。そんな事するくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ」
剣呑な空気もどこ吹く風。軽佻浮薄に嘲笑する。
それが合図となり、三人の男たちが眼前に殺到する。
「死ねぇぇぇぇっ」
リーダー格の男がナイフを突き出そうとする。交差した手でそれを受けると、前方に押しやりながら相手の右脇腹の下に潜って回れ右。屈強な体躯がくの字に折れ、極まった腕が上方に差し出される。それを、何の躊躇いも無くへし折る。乾いた挫折音が響いた。
「ぐあああああああああっ!」
絶叫。その様子に二人の足が止まる。
骨折の激痛に堪らず手からナイフが零れる。その瞬間に前方へと押しやると、男が床に転がった。まず一人。
踵を返すと間髪入れずに左手の男に迫る。
「―――」
右手のナイフが突き出されるよりも、言葉を発するよりも早く左手で抑え付けると外側に押しやりながら喉元に肘をブチ当てる。
「………っ」
身体を密着させた状態から更に一歩踏み込んで足を絡めると、そのまま左に倒す。
相手が床に転がると右手が膝元に来たので、膝を支点にへし折る。
「ぎゃああああ―――」
絶叫が響くよりも早く鼻っ柱を踏み砕いた。残るは一人。
「あ、あ………」
最後の一人はすっかり戦意喪失し、恐怖に縮み上がっていた。
だが、得物を向けた相手を無傷で返してやるほどシャルディムはお人好しではない。
身を屈めながら駆け出し一気に距離を詰める。
ナイフを持つ右手首を掴み上げ、肩を入れ込みながら踏み込みと同時に腕を突き出す。すると相手はバランスを崩して後方に吹っ飛ばされた。
「がはっ!」
食事中のテーブルに背中を叩き付け、テーブルごと床に落ちた。
辺りは再び静寂に包まれる。恐怖と緊張ではなく、呆然と絶句によって。
屈強で鳴らす大の男たちが挑み掛かったのは、まだあどけなさを残す少年。
ナイフまで持ち出したにも拘らず、素手で一瞬の裡に制圧された。
誰もが目の前の光景を信じられないという風に目を見開いて驚愕した。
「喧嘩するんなら、もっと相手を選ぶんだね」
そう吐き棄てると周囲の視線も意に介さず、自分の席へと戻って行った。