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第二十三話 お城の中の会長様

 

 次の日。まるで何もなかったかのように俺達四人は再び海で遊んだ。夕方になると、走って駅へ行き、電車に乗り込む。皆は疲れて眠っているようだったけど、俺は昨日のこともあって眠れず、亜沙理もなぜか起きていた。


「赤座さん、変わりましたね」

「やっぱり何か分かるのか、そのメガネで」


 亜沙理のメガネはしばらく前に新調してもらったらしい。見た目は銀から黒ぶちへ。食い意地だけの女がオシャレに目覚めたかと思ったがそうではないらしい。


「ええ、数値は以前と変わらない、いや、むしろ少し上昇していますが質は変わっているようです。これなら事件には発展しないでしょう」

「うーん、何度説明聞いてもよくわからんなそれ」

「理解力が乏しいのですよ。さすがラブコメ主人公」

「それ今あんま関係ないだろ」

「関係大アリです。ラブコメ主人公は信頼するな、これはママの言葉です」

「その人の教育間違ってるよ。てか、そのママってのがお前の育ての親なのか?」

「ええ、ママは育ての親であり、上司なのです! ママは本当にすごいのですよ!」

「へえ」


 亜沙理の目が妙に輝いている。よっぽど尊敬しているのだろうか。


「まあ、お前のママの話はいいや。で、次どうするんだよ」


 俺は亜沙理に問うた。赤座先輩の感情の質は変化したらしい。とは言っても告白を促すように俺達が何か動いたわけじゃない。月見野会長に関してはどんな作戦でいくつもりだ?


「……考えたのですが、私達から何かする必要はないかなって思います。作戦としては「何もしない」が最善かと」

「それはどうして?」

「告白ってその場のノリとか、誰かに流されてするものじゃないと最近思うのです。本人がやると決めたときにやらなければ、何も変わらないと思うのですよ」

「……お、おう」


 最近の亜沙理は何かが変わってきた。前より人間らしくなったというか(前から人間ではあったが)、人の心を読むようになったというか。

 あ、あれ、亜沙理の話を聞いてるとなんだか眠くなってきたぞ。疲れがどっときた感じがする。

 うとうとしてくる。意識が段々と薄れていく。


「ですから、急ぐ必要もないので自然に任せましょう。きっと大丈夫です。私は作戦遂行までずっと一緒にいますから」


 亜沙理の、何かを必死に隠そうとしているようならしくない笑顔と懐中時計を眺める姿を最後に、俺は眠りに落ちた。



           ◇



「このままの経過なら約束の日には間に合いそうね。わかっていると思うのだけれど、あなたには次の任務もあるわ。期待してる」


 月の光も届かぬ部屋に、氷のような声が少しだけ漏れている。隣にはバイトで疲れ、家に帰っても家事をしていた、ここにきてからというもの私が尊敬してやまない人が眠っている。私は彼女を起こさないように努めて静かな声で話す。電話の相手は、これまた私の尊敬する女性だ。


「……お言葉ですがボス、赤座絵里はともかく月見野楓はまだ質の変化を見せていません。プラン通りに行くかは分かりません」

「それをどうにかするのがあなたの仕事でしょう。と、言いたいところだけど、心配しなくても大丈夫だわ。彼女も兆しは見せている。放っておいても質が変わるのは時間の問題よ。あなたの今の任務は期日までになるべく彼女の好感度数値の質を変えることだわ。それ以上は望まない。帰って来なさい、私達の家に」


 私は、私の口から出そうになった言葉に驚いた。「いやだ」「ここにいたい」だなんて子供のわがままを。私は唇を噛み踏みとどまると、ゆっくりと応えた。


「了解しましたボス。今年のクリスマスに帰還します」


 手に持つ懐中時計を強く強くにぎる。私は通話を切り、布団へと突っ伏した。枕に染みる液体の正体は、私には分からなかった。



          ◇



 あれからの俺たちの学園生活と言えば、それはもう浮き沈みもなく平凡なものだった。いつもみたいに皆で集まっては馬鹿なことをした。十一月に行われた文化祭では会長と先輩は大活躍だった。会長はもちろん役員として最高の文化祭にしてくれたし、なんとクラスの推薦もあってミスコンに出ることになった先輩は優勝。自信満々だった亜沙理はすごく悔しがっていた。

 そして今日は期末テストの前日であり、二学期最後の学校の前日でもある日。しかも日本中の恋人たちが浮き立つ日、クリスマスイブだ。期末試験前ということもあってオカルト生徒研究会の活動は休止していたが、今日は会長の提案で勉強会をすることになった。ちなみに今日の授業は午前で終わったため、こうやって昼の二時に合流することができた。

 場所は会長の家。というか豪邸。最後にミニクリスマス会やプレゼント交換をするらしいので可愛くラッピングされた箱を片手に亜沙理と俺の二人は会長の豪邸に赴いた。先輩は少し前についていたようで、俺達を待っていたみたいだ。


「す、すごいですね……、もはや城ですよコレ。あの残念会長の親ってなにものなんですか」

「超有名校であるうちの学校の総理事長とからしいが、にしてもこれは危ない仕事でもしてるんじゃねえか……?」


 厳格な会長の父親とは少し面識があるのでありえないことだとは思いつつもつい本音が漏れてしまった。


「これこれ、お主等あまり無礼なことを言うと護衛に殺されるかもしれんぞ」


 まさかそんな御冗談を……、と思い城を見ると、そこには窓から顔をのぞかせ銃を構える男の姿がちらほらと見受けられた。


「ここって日本ですよね?」

「我も最初に来た時はさすがに腰を抜かしたわ。もう顔見知りだけど」


 そう言って前にも一度来たことがあるらしい先輩は男達に向かって手を振る。男達はにこやかになり手を振り返した。

 この先輩ってなかなかの大物なのでは? というか会長と先輩仲良すぎでは?

 そう言おうとしたが、となりの亜沙理さんが柵をよじ登って侵入しようとしていたのでそれを止めるのに精一杯になった。



 その後、チキンでコミュ障の俺たちはダチョウ○楽部の要領で(「あなたが行って下さい」「お主が行くのだ」「お前が行けよ」「では私が」「いやいや我が」「じゃあ俺が」「「どうぞどうぞ」」)俺がインターフォンを押すことになった。震える手を抑えながら押すとポップコーンのように弾んだ会長の声が聞こえてきた。


「よく来たのだ! 入ってくれっ!」


 今日の会長はウキウキのようだ。よほど皆で集まるのが楽しみだったようだ。



           ◇



 学校の体育館ほどの巨大な玄関、石像やら絵画やらが配置されたそこを通過して俺たちは東側の奥の一室に招かれた。そこは、まあ規格外というほど大きくはなく、俺の家のリビングほどであったので「ここは会長の部屋ですか?」と聞いたところ「ここは三つめのもの置きだよ」と応えたので驚いた。なんでもあの父親に感づかれないように一番奥のこの部屋を選んだらしい。


「正面には隠れキッチンもあるからそこでメイドが何でも作ってくれるぞ! 今日は宴なのだ!」

「会長、初めてあなたのことを尊敬しました」

「いや二人とも今日勉強会だからね!? クリスマス会じゃないからね!」


 会長はにこにこしながらティーセットを用意し始めた。まさかパーティ強行かと思ったが紅茶を注いだら予定通り勉強会となった。亜沙理がやけにがっかりした表情をしていたが会長の目には映っていないようだった。


 どれだけ浮足立ってもそこらへんをしっかりするのが会長らしくて俺は少しほほえましい気持ちになった。


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