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第二十二話 赤の彼女の、秘めたる想い

 

 高校に入ってから初めての期末試験前。俺は上位十名に入らなければならないというプレッシャー、連日の生徒会の多忙な業務、オカルト研の活動で潰れる寸前まで来ていた。


「弟子よ、以前ともなく死にそうな目をしているがきついのなら帰ってよいのだぞ? 我は好きでやっているだけだから」

「い、いいえ! 大丈夫ですので!」


 俺はこのとき、とにかく全部うまくやらなきゃっていう焦燥感だけで動いていた。毎日のように勉強で徹夜をし続けた。当然二人で切り盛りしている生徒会の業務が終わることもなく毎日生徒会室には通い続けた。オカルト研究会も「全部に全力」というモットーからさぼる気にはさらさらなれなかった。

 活動である詠唱の構築を進める。ノートをいっぱいの文字が埋まるのを確認して少し安心した瞬間。

 ガタガタガタッ!

 自分でも鳴った音の正体が分からず混乱した。しかしその発生源が自分というのを知ってからは、俺の意識はすでに無くなっていた。



 深い深い海の底に沈んだと錯覚するように深い眠りについていた俺は、手に感じる暖かさとともに目を覚ました。


「お、起きた! だいじょうぶか、どこか悪いところはないか!」


 先輩が顔を近づけてくる。強く強く手を握っている。

 はっとして気づいた。真白なベッドに天井。ここは部室でも自室でもない、病室だ。

 背中に悪寒がはしり、ぞっとして俺は先輩に問うた。


「先輩……、今何時ですか?」

「時間? え~っと、あ、今はあれから四時間経って十時だな」


 動機が激しくなる。俺はぼんやりとした視界のまま立ち上がって鞄を探した。


「勉強しないと……、参考書……、鞄は……」


 ふらつく俺を支えて先輩は言った。


「何をしているのだお主は。横になるのだ」

「……だ、ダメです。もう三日も無いんですよ……このままじゃ――」


 パン!

 俺が言いかけてたその時、頬に強烈な痛みがはしった。俺はいったい何が起こったのかも分からず、起きて初めて先輩の顔を見た。


「お主は大馬鹿者だ! 私がどれだけ心配したか、分かっているのか!?」


 顔に生温かい水滴がつく。これが一滴目ではない。先輩は俺が起きてからずっと泣いていたのだ。俺はそんなことにも気付けていなかった。


「お主にとって勉強がどれだけ大切なのかは分かる! けど、けどな我は……、私はお主がいつ目を覚ますのか、不安で不安で仕方がなかった! お主の母親とも連絡はつかないし、お主はずっとうなされているし! お主が死んでしまうのかと思って不安だったのだ!」


 業務時間はまだだから母さんが出ないのは仕方がない。他のバイトなら分からないが、塾の仕事をするときは絶対に携帯の電源は切っている。

 それにしても先輩の反応は大げさだと思った。だって俺なんて心配されるような人間じゃない。これまでも自分自身で認めるほど人間関係は浅い。

 先輩は俺に抱きついた。その体温は冷たく、震えていた。


「お主は……、お主を心配する人の気持ちの理解が浅すぎる! あの氷の会長がここ最近何回我にお主のことで相談しにきたと思っている! 私だって、日に日にやつれていくお主のことを考えなかった日はない! お主なら結果は出せる! 我が保障する! だから、だからもう今日は休め」


 一人称もめちゃくちゃで、でも魂のこもった言葉は俺の中にあった漠然とした不安を溶かしていく。

 先輩の体温を感じながら俺はだんだんと再び眠くなっていった。先輩の腕に抱かれながら意識が遠のいていく。

 そういえば、高校に入学してからは、友達が少ないのはいつものことだけど浅い人間関係とはまったく言えなかった。他人に心を開くのが苦手で、誰よりも責任感が強い会長や、好きなことにまっすぐで、表には出さないけど実はすごく寂しがりな中二病の先輩。そんな彼女たちが放っておけなくて、自然に二人とは友人以上の関係を築いてきた。



 残り二日となったとき、俺は先輩と会長に謝り活動を試験が終わるまで休むことを伝えた。二人は快く了承してくれて、活動自体を休むこととなった。生徒会の業務も、もう終わったあとにすればいいほどの量しか残っていないようだ。おかげでその後の期末試験ではぎりぎり十位以内に入ることができた――――――



 ◇



「ふふっ、あのときとはお主も我も、かなり変わったな」

「俺、そんなに変わりました?」

「変わったなんてもんじゃないさ。死んでいた目もかなりましになったぞ」


 確かに、今の俺は一年前とは考え方はかなり変わったなと思う。漠然と不安にならないように時間とノルマを決めて勉強するようになったし、先輩や会長には相談だってする。

 俺にとってはこの思い出は黒歴史であり、それと同時に宝物でもあるのだ。彼女たちのおかげで変われたのだと、強く実感できるから。

 俺と先輩は並んで海を眺める。心のなかは暖かな気持ちで満たされている。生暖かな潮風が吹く。先輩の髪の毛が揺れる。先輩がもっと近くに寄る。顔は紅潮している。何度も下を向いては、俺の表情を窺う。一度目を閉じ、一呼吸いれてからまた見つめた。


「我は――――、いや、今はやめようか」

「え?」

「私は、四寺見君、あなたに救われて友の大切さを知った。鈍感なあなたは分からなかったと思うけど、私は毎日あなたといられるだけで幸せだった。あなたの声を聞いて、あなたの笑顔も困った顔も、全部、ぜんぶが好きになったんだ」


 語る彼女は今にでも泣き崩れそうだ。それでも勇気を出して、気持ちを伝えようとしている。


「だから、あなたが幸せなとき、辛い時、私を傍に置かせて下さい。一緒に笑って、一緒に泣いて、そんな毎日をこれからも、学校を卒業して大人になっても、私と続けさせてください」


 それは今どきの女子高生の告白というにはあまりにも――――、


「わたしと、つきあってください」


 重く、それでいて魂のこもったものだった。

 彼女は眼を逸らさない。すごく怖がっているのに、その心眼はぶれない。


「ありがとうございます」


 気持ちを伝えることがどれだけ大変だったのだろう。

 スマホのメモは一瞬しか目に入らなかったけれど、きっと、この瞬間のためにここに来るまで、来てからも何度も読み返しては計画を書きつづったのだろう。

 俺は鈍感だから、彼女に無理をさせてしまった。そして彼女はその無理に答えてくれた。

 だから俺も、ありふれた言葉でも、嘘でもない、自分の言葉で気持ちを伝えなければならない。


「俺は……、俺だってずっと幸せでした。先輩とともに過ごす時間は俺にとってすっごく大切なものです。でも――、」


 ここまで言って、彼女はそれでも苦笑するのみだ。俺は一呼吸入れて彼女の瞳を見る。


「でも、俺には大切な人がいます。そいつは先輩に比べれば性格も悪くて、時々本当に見てるだけで不快になるようなやつですけど、俺が何でこんなに惹かれてるかなんて自分でも分からないんですけど、ほっとけないんです」


 視線は、逸らさない。


「俺はあいつを幸せにしたいんです。だから先輩とはつきあえません」



 全部伝えて。


 先輩は泣くことも、逃げることもなく、ただただ安堵したような表情を見せた。逆に俺は不意を突かれたようでどんな顔をすればいいか分からなかった。


「ふふ、なんだその間抜けな顔は。まさか、この我が泣き叫ぶとでも思ったのか?」

「え……、いやそういうわけじゃ……」

「答えは分かっていたんだ。今日はそのすり合わせというか、最終確認をしたかっただけなんだ」

 そういう彼女の表情は心の底から晴れ晴れしたように見える。

「私、夢ができたんだ」

「夢、ですか?」

「そう、果てしなく滑稽で壮大な夢。あなたのおかげでできたんだ。いつもまっすぐで、何でもかんでも背負い込むようなあの時のあなたをみて、抱いた夢だ」


 彼女の瞳は宝石のように輝いている。夢を見る人のまっすぐなまなざしだ。


「私は、世界中の、私のように他人と関わることが苦手な人達を、辛くても相談できずに戦っている人達を、出会ったときのあなたのように支えらる最強のカウンセラーになりたい。最初はたぶんうまくいかないんだ。でも私の仕事で助けられた人達の口コミでどんどん有名になって、相談にくる人がうんと増える。やがて日本中の人達の支えになって、国境も超えて人助けをするんだ。そしてその隣にはいつも、困った顔をしたあなたがいるんだ」


 楽しそうに笑う先輩から逃げたくなる。その願いをかなえてやることはできないから。


「ふふ。また困った顔をしているな。その顔も好きだぞ」

「か、からかわないでください」

「からかってなどいない。それに、お主は一つ勘違いをしている」

「な、なんだっていうんです?」

「我は、お主のことを諦めてなどいないぞ? これからもそのつもりでおれ」

「は? え、ええーーーーーー!? これだけやっても諦めないんですか!」

「当たり前のことを言うでない。お主、我がどれだけお主のことを好いているか、ここまで言っても理解できなかったのか? とんだ鈍感男だな」


 俺は絶句した。彼女があまりにも自然にそんなことをいうものだから。


「これからもずっと、卒業して大人になったとしても、きっと私はあなたに恋してる。あなたがあなたの大切な人と幸せになって結ばれたら、そのときに綺麗さっぱり諦める。その瞬間が来るまでは、この夢を追い続けるよ。まあお主がいなくてもカウンセラーの夢は捨てないから気に病むなよ」


 そう語った彼女は帰りの道を歩き始めた。俺は彼女の後ろをついてゆく。先輩は思い出したように振りかえると、俺の隣に並んで歩き始めた。


「嫌な思いをしたのならすまない。でも、今だけは、隣にいさせてくれないか?」



 隣り合う先輩にかける言葉が見つからない、

 鈍感が過ぎる俺でも分かる。先輩はごまかそうとしているが我慢している。その時折泣き崩れそうになる肩をそっと抱いてやりたくなる。俺のためにここまでしてくれた先輩の力になりたいと思ってしまう。

 けど、俺は手を伸ばすこともなく、ただ黙って隣を歩き続けた。もう決めたことだから。

 会長の別荘について、俺達は一言二言交わしてそれぞれの寝床に向かった。



          ◇



 彼の答えは分かっていた。

 彼がどれだけ彼女のことを想っているか、そんなこと、とうの昔から理解していた。

 けれど思考の中でなく、それが現実のものとして自分を貫くとなかなかにきついものがあった。

 隣に並ぶ彼を見る。彼には意識して前を向いて歩いているような印象を受けた。

 ふふ、また困った顔をしているな。

 悪戯してやろうか、と一瞬思ったがやめた。この時間を、誤魔化したものにしたくはなかった。

 一歩、一歩、彼に近づく。きっと彼は気付かない。

 私は今、どんな顔をしているのだろう。頬の辺りが、妙に熱い。

 彼の困った顔を見る。そしてやはり、力になりたいと思う。そしてそれ以上のことも、求めてしまう。



 好きだ。愛している。一生隣にいたい。私の魂が、彼を求めている。



 明日からはいつも通りの私達。いつも通りの日常が待っている。

 あんなに恥ずかしいことをしたのに、なぜかそこには絶対的な自信がある。そんなに簡単なことで私達の関係は壊れたりしない。そしてなにより、彼がそれを絶対に望まない。

 彼のことを信頼している。きっと誰よりも、他の誰よりも私が一番信じている。

 彼はきっと気を使って私の日常を守ってくれる。だから、彼のことを愛しているんだ。

 彼のおかげで夢を持てた。彼が努力する姿に憧れたから。だから私はこの夢を追い続ける。もし彼と一緒になれなくても、追い続ける。その覚悟ならある――けど、



 ――けど、ああ、でもきっと、家に帰ったら布団の中で泣いてしまう。


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