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第二十一話 魚介のカレーといんすたぐらむ

 

 スイカを食べた後、夕食づくりということになった。会長が「合宿と言ったらカレーなのだ!」と子供のように騒いでいたので夕飯はカレーになった。食材は魚中心のシーフードカレーを作るようだった。

 一時間ほどして、カレーは出来上がった。「出来上がった」というのも料理ができる人が会長以外にいなかったのだ。俺も手伝いをしたが料理は基本野菜を切って焼いて焼き肉のタレかけときゃええやろの男料理しか基本しない俺が手伝える範囲は限られていたし、先輩は何もできないようでスマホいじってたし、亜沙理は味見専門だった。


 というわけで重ね重ね会長には礼を言って俺たちは料理にありついた。


「う、うまい! 美味いですよ会長! 俺こんなカレー食ったことないです!」

「ふむ。最初は魚介でカレーなど邪道だと思っていたが……、これはなかなか美味だな」


 一つ一つきちんと調理された魚やタコはルーに出汁としても機能しているようでとても味わい深い。


「(パクパクパクパクパクパク)まったく、カレーと言ったらビーフですよ。魚なんてありえない(もぐ)です。ところでおかわりいいですか?」


 おかわり最速記録を叩き出した亜沙理を指さして会長は俺に耳打ちしてきた。


「あの子はあれか、つんでれとかいうやつなのか?」


 会長は使い慣れない言葉を口にしてみたかったようで目をキラキラさせているがきちんと訂正しておいた。


「会長、デレのないツンデレはただの嫌な奴です。会長は決して真似しないでくださいね」



 ◇



 夕食をとってから人生ゲームやトランプなどをした後、俺たちは明日帰るというのに睡眠することにした。会長が「初めて夜更かししたのだっ!」と喜んでいたが零時には切り上げたので会長の異常な健康生活ぶりを痛感した。

 女子は三人でリビングを使うようで俺だけ個室を用意してもらった。三人は気にしないからっていう態度だったけど俺が願いこんでそうしてもらった。あの人たちに囲まれて正気を保てる自信は俺にはない。

 個室なのでみんなのことを気にすることなく電気をつけた。机があったのでそこに参考書を広げた。一時間ほどでさすがに体力的にも限界が来たようなので切り上げた。本当はノルマをクリアしたかったが仕方がない。体を壊すわけにはいかないしな。

 俺は布団を敷くのもはばかれてそのまま机に突っ伏した。そのまま落ちていくように俺は眠りについた。



 ◇



「弟子……起きてくれ、頼む……」

「は……へ?」


 体を揺すられて俺は目をさました。電気がついている。そういえば消し忘れてそのまま眠りについたんだっけ。

 俺の横には先輩がもじもじして立っていた。しかも浴衣姿で。一体どうしたんだろうか。


「先輩、その恰好どうしたんですか? というかどうしたんです?」

「といれ」

「はい?」


 ラブコメ主人公ではないが聞きなおさずにはいられなかった。


「皆眠りが深いようで起こしてもおきてくれなかったのだ。その、いっしょに来てくれないか?」


 ああ、そういうことか。

 先輩は意外と怖がりなのだ。こんなことが前にもあった気がする。


「わかりました。急ぎましょう」



 ◇



 リビングからトイレへの距離がままあったのはこの別荘の広さがうかがえた。

 トイレに着き、五分ほどで先輩は出てきた。


「すまなかった。助かった」

「いえいえ、では戻りましょうか」


 俺が振り返り自室に向かおうとすると、小さな抵抗にあった。先輩が俺の服の裾をつまんだのだ。


「ど、どうしたんですか?」


 先輩は顔を上げないまま、小さな声で応えた。


「少し歩かないか。話がしたいのだ」


 玄関には月光で照らされているだけだったから暗くてその表情は少ししか見えない。顔を赤らめているように見える。

 そして、声が少し震えていた。



 夜に出歩くなんてルール絶対主義の会長が知ったら発狂しそうだと思ったが、夜道は案外暗くなかった。街灯が白く灯っていたからだ。

 俺たちは道路沿いに並んで坂道を歩いた。先輩は相も変わらずスマホを眺めている。注意すべきだろうか……。いや、俺以外に人もいないし、まあいいか。

 ……。

 …………。

 ………………。

 どこまで歩くのだろうか。

 目的地など決めて歩いていたわけでもなかったので四、五分くらい散歩するだけだと思っていたが、もう歩き始めてしばらく経つ。正確な時間は分からないが十分はとうに過ぎているだろう。


「痛っ」


 俺が質問しようと先輩を見た瞬間、スマホを凝視していた先輩は倒れた。


「せ、先輩!?」


 どうやら小さな段差に気づかなかったらしい。

 俺が先輩を支えると手に握っていたスマホが地面に叩きつけられた。幸い落ちたのは画面の方ではなかったらしく、液晶が割れるなんてことはなかった。


「先輩大丈夫ですか?」


 俺が先輩のスマホをとって渡そうとしたところ、その画面が目に入ってきた。

 何行もある文字列。メモ帳のようだ。見えたのは題名と「③弟子を夜、散歩に誘う」という文と、「④弟子に――――――――、

 ばっっと先輩が俺の手からスマホを奪った。


「み、みた?」

 先輩は俺の顔を伺いながら問うた。俺は何も答えられなくなってしまった。

 だって、④と、そのメモの題名には……。


「しっぱいしてしまった……、いや」


 先輩は慌てているようだったが俺から言葉をかけることはできなかった。あたふたした先輩はやがて俺の手を握って言った。


「もうすこしだけ、我のわがままを聞いてくれないか?」


 断ることなどできるわけもなく、俺たちは再び歩き始めた。



 ◇



 あれからすぐに目的地についた。そこは坂道の頂上で、小さなバス停だった。

 そこからは大きな満月の光を乱反射する海が一望できた。

 隣にいる先輩が一歩、また一歩と近づいてくる。

 俺はうんともすんとも言うことができずにただ綺麗な景色を眺めているだけだった。


「弟子よ、綺麗だな」

「はい、先輩この場所ってどうやって知ったんですか?」

「さっき「いんすた」とかいう凡人共が愛用するアプリで調べてな。最高にかっこいいお主と話をするにはちょうどいい眺めだ」


 先輩はわざと遠くを眺めているようだった。何気ない言葉に緊張の色が伺える。


「少し、思い出話をしようか」

「思い出話、ですか?」

「去年の期末試験の話だよ。忘れたとは言わせんぞ」

「うへえ、思い出したくないです……」

「まあまあ、ちょっとは辛抱してくれ」



 ちょうど一年前の期末試験前の出来事は完全に黒歴史だ。


 そう、あのとき先輩が俺のことを叱ってくれたから、俺は自分自身を顧みることができたのだ。


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