第十六話 オカルト生徒研究会、発足!!
翌日。案外俺たちは先週と同じように、いや、先週が特殊だったからあまりにも普通な学園生活を送っていた。まあ今からその平凡な時間も終わるわけだが。
放課後、俺は二人を生徒会室に呼んだ。会長はともかくとして、先輩は約束の場所に対して少し不服そうだったが無理を言って聞いてもらった。
しかし、まあ……、
俺もこの一週間でだいぶ変わってしまったもんだと思う。確実に以前よりもがめつくなったという自信ならある。
生徒会室との距離が徐々に近くなる。すると遠巻きに聞きなれた声がきこえてきた。
「どうして君がいるのだ!? 私にはシジミくんとの約束があるのだぞ!」
「お主こそどうしてここにいる。我は我が弟子どの密談のためにはせ参じたわけなのだが?」
はあ、帰りたい……。
俺の中にある自信なんて吹き飛ぶくらいの難関が待ち受けているのを感じ、俺は後ずさりする。今になって言い訳がぐるぐると頭の中を廻る。断られたらどうするつもりなんだ。そもそも余計なお世話じゃないのか。
俺は頭をブンブン振る。意味のない思考を無理やり切ると、俺は再び歩き始める。
ドアのノブに手を置く。俺は数度深呼吸をしてゆっくり開けた。
「あの~~」
「「遅い!」」
あなたたち本当はめちゃくちゃ仲がいいんじゃないですかね。
「ところで。相談どはなんのことなんだい? シジミくん」
二人同時で罵倒を五分ほど聞かされた後、ようやく口を開くことを許された俺は、二人と同じように会議用の小さな丸テーブルを囲み椅子に腰をかける。
俺は三人の顔を時計回りに見ると、意を決して切り出す。
「実は会長と師匠に折り入って頼みがあってきたんだ」
「「頼み?」」
「頼みというのはですね。亜沙理をオカ研と生徒会に入れてほしいってことなんですけど」
「「お断りします」」
「即答かよ! てかやっぱりあんた等仲良いんだろそうなんだろ!」
いくらなんでもシンクロし過ぎじゃない?
「いや、意味わからんぞシジミ君、私は君たちにイチャコラを見せつけられながら生徒会の業務に追われるとかいう半ば拷問じみたことにたえなければならないのかい?」
「我の趣味の傍らでイチャイチャされたら我はうっかり呪い殺してしまうやもしれん」
うんうん。二人の意見は至極真っ当過ぎて反論の余地もないな。
「イチャイチャは絶対にしないと約束します。それでも駄目ですか?」
二人は顔を見合わせると、頭の上にハテナを浮かべていた。
「そもそも亜沙理君の加入にそこまでこだわる理由はなんだ?」
「あやつがそんなにオカルトに興味があるようには思えんが……、まあうちオカルトしてないけど」
俺は言葉に詰まる。流れでなんとかなるやろの精神で、というかもっと自然に加入させられると思っていたから自分で自分の言葉足らずさに愕然とされる。
一瞬言うかどうか迷ったが、この二人に小手先のことを話したってすぐに見破れられると思い直す。俺は俺の心の中にあるすべてを彼女たちに伝えることにした。
「亜沙理は……、あいつは先輩や会長が思うように口は悪いし最低のやつです。けど、あいつは可哀そうなやつなんです。あいつは今までの人生でほとんど友達も家族もなく、他人とあたりまえに関わるってことができなかったんです。あいつは当たり前を知りません。でもそれはあいつじゃなくて、環境とか偶然とかのせいでそうなってるんです。だから俺は、あいつに当たり前を経験してほしいし、普通に友達も作ってほしいし、あいつに青春させてやりたいんです」
はぁはぁ、と短く息を吐く。自分でも恐ろしいくらい早口で言った俺は話しているうちに顔は下を向いていだ。二人を見上げる。二人の表情は不満そうで、どこか悲しそうだった。
俺は膝をつき、頭を下げる。土下座の姿勢をとって、何度も繰り返し頼む。
「お願いします。俺に力をかしてください」
すると先輩は俺の肩に手をあて、目線を俺に合わせる。
「なあ、どうしてお主はここまでする?」
前にも同じ質問を、同じ人に投げかけられた。でもあの時とは違う気持ちがこの胸にはある。
「私からも聞きたいのだ。君は、その……、本当に彼女を愛しているのか? 少なくとも、学校にいる間の君たちは、正直茶番にしか見えなかったぞ」
げ、ばれてる……。まあ確かに不自然だったもんなあ。「ネズミーランドウェェェェエイ!」とか叫んでたらそう思われるのもおかしくはない。
俺は少し考えて、それでもなるべくはやく、先輩の顔を見て答えた。
「俺はあいつを愛してます。だからあいつを幸せにしたいんです」
二人は少しだけ驚いた顔をした。続けて会長はやはり寂しそうな顔をし、たいして先輩は何事でもないというように冷静な表情になった。
「わかった。弟子よ。我はお主の力になる」
「ほ、本当ですか! でもなんで……」
「理由など聞くな。お主と同じことよ」
そういう先輩の顔は、照れてる様子もなくただただ自信に満ち溢れているようだった。
「本当に、君はそれでいいのか? だって、君はシジミ君のことを……」
「当たり前のことを聞くでない。我はもとより、此奴の力になれるのならなんだってすると決めておるのだ。此奴は嘘を吐かなかった。だから私は此奴を助ける。それに……」
「それに?」
「私はあきらめたつもりは欠片もないぞ。此奴を誰よりも愛しとるという自信があるからな」
すると先輩は俺と目線を同じにしたまま、はっきりと聞こえる声で言った。
「我はお主を、熊島四寺見を愛しているぞ。世界中の誰よりも」
ドクンと心臓が跳ねる。俺の顔はきっとひどく赤くなっているはずだ。なのになぜ、こうも恥ずかしげもなく先輩はこんなことが言えるのか。
「ちょっ、ちょっとあなた!」
会長が顔を手で隠し、耳まで真っ赤にしている。こういうところは会長はうぶなのだ。
先輩は振り返ると、会長に身長の割には大きな胸を見せつけるように挑戦的な姿勢をした。
「生徒会長殿にはその頼りがいのない胸と同じように自信がないらしいな。ああ、結構結構、お主のことなど眼中にないからな」
「んな……!」
会長は先輩のきっつい右ストレートに撃ち抜かれたようだった。しかしすぐに立ち直り俺の方を向いた。
「シジミくん!」
「は、はい!」
「私は君のことが好きだ! だがな、君のやっていることをすぐには認められん! 君は……、君こそ最低なやつだ! 告白をした女性に、他の女を、それも自分が愛しているというような女をたすけてやれだと? ふざけるな!」
それは、そうだ。俺は彼女たちのことを少しも気遣っていない。それどころか、俺は亜沙理の気持ちだって聞いていない。
だからこれは、俺の自己満足でわがままだ。
「はい、俺は最低なやつです」
「ふん。だが君という男だからな、そんなことは分かった上で頭を下げたのだろう? この一途め!」
会長は怒っている。けれど、やはりその声はただの怒りではなくて、悲しさをまとっていた。
「けど、けど、私がこうやって自分の意見を話せるようになったのも、君のおかげだ。こいつもだが、私だって君に助けられた。だから私も力を貸す。これは君のことが好きだからだとか、そういうことじゃない。これはつくった借りを返すだけのことだ。勘違いをするな」
この「勘違いするな」には一切のデレの要素は入っていない。重みのある、彼女の言葉だ。
「その後は……貸し借りのなくなったその後こそが、本当の勝負だシジミ君」
「し、勝負?」
「君が一途なのは分かった。ならば、その一途は私に捧げてもらう」
そんなことを真剣な表情で言ってくるもんだから、俺は心底怖くなった。彼女は、いや、彼女たちは本当に魅力的な女性だ。そんな彼女たちに言い寄られて、これから先、一人の女の子を追い続けるなんて、自分にできるのだろうか。
「ふん、貴様も言うようになったではないか。ならば、話は決まったな」
先輩が話をまとめようとしたところ、会長は何か思いついたようだった。
「それにしても、亜沙理君がオカルト研に行ったり、生徒会にいったりするのってめんどくさくないか? コミュニティを変えても会う人は一人しか変わらないし」
「ああ、では我も生徒会に入ることにするぞ」
「「え……、えぇぇえ!」」
「何を二人ともそんなに驚いておる。もちろん業務もしっかりやるぞ。そっちの方が効率いいだろう?」
「それはいつだってうちは会員募集だけど……、あなた研究会はいいの?」
「ああ、それならオカルト生徒研究会っていうのはどうだ? これで万事解決」
「するかぁ!」
と、会長はつっこみ、俺も俺で「それはどうなの?」とか思ったが結局そういうことになってしまうのは何日か後の話。数日後には生徒会室の前に看板が掲げられているとは、そのときの俺は知る由もなかった。
と、そんな未来のことを知らない俺たちは、解決策を再び考え始めていた。
「ああ、そうだシジミ君。こっちのことはいいが彼女にはきちんと伝えなくていいのか?」
「へ?」
「今すぐ説明した方がいい。話しづらいことを先延ばしにしても、いいことなんて一つもないからな」
「そう、ですね。分かりました。行ってきます!」
俺は亜沙理に何も伝えていない。「亜沙理のため」という思いはあるが、正直これが最適解なのか。彼女を納得させられるのか、見当もつかない。
俺は二人に頭を下げると、緊張で震える指握りしめ、走って亜沙理を探しに出て行った。




