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第十二話 天使とカップでぐるぐるぐる


「ど、どうしたのかなぁ? お母さんはどうしたのぉ?」

「シジミさん、あなたのその気持ち悪い言い方だと完全に犯罪臭しかしないんですが」

「うるせえよじゃあお前がやれよ! てかお前なんで呑気に俺のアイスまで食ってやがるンだよ!」


 亜沙理はどさくさにまぎれて俺のチョコソフトまで食いやがった。まあ俺の金じゃなくて今回のデートの金は国が出してくれるらしいから何とも言えないのだが、今更にもこんなことに税金を使っているのはアホの極みだと思った。


「お兄ちゃん怒っちゃらめだよ? ゆいの飴ちゃん舐めていいから」


 そう言うと少女はポケットから飴玉を取り出し、俺に手渡した。

 天使だ! 天使がいるぞ!


「これだ! これが優しさだ亜沙理ぃ! ほらこの子のことをよぉく見てお前は優しさを学べ!」

「会って数日の女子高生にそこまで罵倒するセリフを吐けるあなたこそ優しさを学んでみては?」

「ああいいよ! お互い頑張ろうな!」


 と、そんな茶番はさておいて。

 再び少女に細かい事情を聞いた。

 少女の名前は如月唯。今日はお母さんと二人で出かけていたが、はぐれてしまったらしい。


「お母さんね。ゆいがネッキーのぬいぐるみを買おうとしてたら迷子になっちゃったんだよ!」

「うんうん。なるほどなぁ」


 つまりこの子が買い物しているときに、もしくは買い物する前に迷子になってしまったのだろう。この子が。


「よしっ! じゃあお母さん探すか!」

「うん!」

「いやいや、普通に迷子センターに届けるのが最適解ではないですか?」

「そ、そうだな!? 迷子になったお母さんがそこで待ってるかもしれないもんな!」

「いやいや、迷子になったのはこの子でそのお母さんというわけでは……」

「お前めんどくさくなるからこれ以上喋るな!」


 ゆいちゃんはきょとんとした表情で交互に俺達を見ると、呟いた。


「……コーヒーカップ、乗りたい」










「いいですか、絶対手を離してはいけませんよ」

「うん!」

「………………………………」


 俺達のいたベンチからコーヒーカップまで、そう距離はないようだった。俺達はその道中ポップコーンを買い、三人で手をつなぎ横並びで歩いていた。


「どうしたんですかぁシジミさん。もしかして美人妻の幸せ家族みたいだと思って少し興奮しましたか? 残念! それは妄想です!」

「は、はあ? 別にそんなつもりねえし! 大体お前なんかロクな嫁にならねえだろ!」

「心外ですね。まあ当然、家事・仕事・家計・将来設計ぐらいは男の人に任せますけどね。ほら、男女平等の時代ですし」

「それは絶対男女平等じゃない。というかそれお前ただのヒモだから!」


 時々、唯ちゃんが頭の上にハテナマークを付けて俺達を交互に見るのも仕方がない。

 俺は少々照れくさくなりながらも、苦笑いをして手をつなぎながら歩いた。亜沙理も何だか話す言葉を見失っているようで俺達はゆっくりと歩いた。









 コーヒーカップにて。


「らああ!」


 うんうん。


「かわゆい」


 そこには体を精一杯使ってコーヒーカップのハンドルを回す天使がいた。けれどスピードはさほど出ていないようで緩やかに回り続ける。


「いいか亜沙理、これが可愛さってやつだ。女の子は決して見た目だけじゃないんだよ。こういう可愛さこそ男心をつかむっていうかね」

「へぇ~~~~。あなたにとっての可愛さというのはコーヒーカップをどれだけ早く回せるかということなんですかそうですか」

「なんでそうなるんだよ! お前の思考回路が知りたいわ!」

「そういうことなら私こそが一番かわいいと証明しましょう」

「話聞いてる!?」

「さあ、私の忠実なる僕達よ! 存分に働きなさい!」


 亜沙理が指をパチンと鳴らすと頭上から筋肉ムキムキの男たちが降ってきた。


「あ、どうもシジミさん」

「え、あ、この前の漫画とかラノベとかを屋根から降ろしてくれた……」

「ええ、いつも親方がお世話になっております」

「あなたも大変ですね」

「分かりますか……」


 ゴツイ男の人は少し涙を浮かべる。亜沙理はその男の背中を平手で叩いた。


「仕事をしなさい」

「……はい」


 うわあ、悪魔がいる。

 男は立ったままハンドルを握ると、ゆいちゃんにきちんと許可を取ってから体勢をとる。

 服越しでも筋肉に血管が浮かび上がる。


「ふんっ!」


 男がハンドルを勢いをつけて回した結果。

 ハンドルが外れた。

 同時にカップは高速に回り始めた。


「なんでこうなるんだよぉ!」


 絶叫苦手の俺は吐き気を催しながら唯ちゃんをみた。


「わぁあ!」


 うん。すごく楽しそうだし、かわゆいからこれはこれでいいか。








「ふう、一件落着です」

「どこがだよ。なにも落ち着いてはないぞポンコツ!」


 当たり前のことと言ったら当たり前なんだが、ハンドルをぶち壊した責任を遊園地の人から問い詰められた。亜沙理はそれを、今後国が全面的にこの遊園地を支援するという条件、というか半ば脅迫に似た何かで黙らせたのだ。


「ほんとにこうなると夢の国もクソもねえな」

「何か言いました?」

「お前がラブコメ主人公になってどうするんだよ……」


 俺は落胆しながらも次の予定を考え始めた。唯ちゃんの手を握る。これから唯ちゃんとどこに行こうか。唯ちゃんだけが俺の癒し……。



「あのっ、すみません!」



 振り返ると、そこには黒いロングのさらさらな髪。焦った表情でこちらを見る。


「えっと……どうしました?」

「あっ、お母さん!」


 ぱぁっと表情を明るくさせると唯ちゃんは俺の手から離れ、その女性に抱き着いた。

 俺の唯ちゃん……ってか、


「ああ、お母さんですか」

「はい! 申し訳ありません! うちの子が迷惑かけていないでしょうか?」

「迷惑なんてそんな……とても素直で良い子でしたよ」


 俺は唯ちゃんの頭に手を置き、


「今度は迷子になっちゃだめだぞ」

「迷子になったのはおかあしゃんらよ?」


 そういえばそんな設定あったわ。

 唯ちゃんはお母さんと手をつなぎながらも、もう片方の手を何度も振っていた。俺たちは、それに応えるように手を振って唯ちゃんと別れた。










「はあ……」

「どうしたんですか? 溜息なんかついて」

「いやな、俺の唯一の癒しがなくなったと思ったら憂鬱で死にそうになっただけだよ」

「重度のロリコンですかそうですか。もう主人公の風格すらなくなってきましたよ」

「最初からそんなものはない」


 俺たちはあらかたの絶叫マシーンを堪能したが、まさかの二週目に入っていた。最低の気分だったが、二週目はそこまで急ぐわけではないみたいで、ファストパスは使わず、普通に並んでいた。


「なあ亜沙理、この遊園地の閉園時間って何時だっけ?」

「えーと、確か五時くらいでしたっけ。子供の安全を第一にするというこの遊園地の方針だとか」

「あと二時間くらいか。ここの待ち時間が一時間として、次にどこ周る?」

「適当に人気のない絶叫系に行ければいいですけど」

「お前は絶叫系から離れられないのか……、まあいいけど、ほら、な」


 俺はさりげなく親指を後ろに向ける。


「気づいていましたか」

「ああ」


 ついさっきまで色々とあった所為で忘れかけていたが、後方の気配は依然健在だ。よもやこんな時間までついてくるとは思っていなかった。


「ああ、そういうことですか」

「え……」


 亜沙理は自分の指を俺の指に絡ませてきた。いわゆる恋人つなぎという状態だ、白くてやわらかい肌の、ひんやりとした感覚に、つい敏感になってしまう。


「ど、どういうことだよ!」

「いえいえ、行くアトラクションがあまり恋人らしくはないですからね。少しでも印象付ける必要があるかと思ったのでしょう? なに顔を赤くさせているのですか?」

「べ、別に赤くなんかしてねーし!」


 こんな痴話喧嘩をするのも、少しだけ照れ臭くはあるのだけれど。

 性格に難ありな女の前でも、それが銀髪で眼鏡で美少女だとしたら男はドキドキせずにはいられないのだ。特別な意味など、そこにはない。


「はあ……」

「ど、どうしたんだよ。お前まで溜息ついて」

「いえ……別に……」


 亜沙理はそう言ったけれど、その後どんなアトラクションに乗っても、彼女のその憂鬱ぎみな表情が変わることはなかった。俺は気持ちの悪さなど忘れ、ただただ彼女のことが気がかりで仕方がなかった。だって彼女のことを、俺は何もしらない。指に感じる彼女の温度の意味を考える。彼女の、その子供が何かを羨ましがるかのような、それでいて、それに手が届かないと分かっている大人の諦めのような表情の意味を、考える。けれど、結論はでない。






 だから、閉園間近、俺は彼女にある提案をした。


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