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第十話 唐突のシリアス展開、からの久々天使


「ま、ままままままままま待ちわびたぞぉ我が眷族ぅ!」


 う、う~ん?


 目的地に着き、中に入ったのはいいものの、今日の先輩は何かおかしい。いつもしている赤髪のカツラをしていないし、カラコンも入れていない。そこには(背は小さいが)普通にかわいい女の子がいた。

 ただ、その顔を赤く火照っており、緊張と動揺の念が見て取れる。


「せ……師匠、どうしたんですか?」

「どうもしてない! 緊張なんかしてないから本当だから!」


 え、え~と。


 いや、まあ確かに別れ方が別れ方だったしな……。そうなるのも仕方がないとは思う。


「して眷族! その女は何者なのだ?」


 先輩が指をさした先には件のポンコツ忍者銀髪メガネ美少女婚約者(仮)がいた。

 マジでお口チャックしてる……。


「あ、え~と、ですね」


 ここに来る前は適当なことを言って、この場をやり過ごせればいいと思っていた。先輩の態度が、恥じらいの表情が、その行動の間違いを指摘しているように思えた。

 だから、俺は先輩にはせめて真実をすべて話そうという思いが一瞬頭をよぎっていた。けれど、そのまま説明しても逆効果なだけだろうという気がしていた。

 だってそもそもが「この子は国から送られて来た忍者で俺の女関係を清算しないと俺の命が危ないから告白は一旦諦めてくれ」だなんて信じてもらえるわけもないからだ。そんな言い訳じみた真実を話したところで、告白をしてくれた相手に余計失礼というものだろう。

 だから俺は、偽りを貫くことにした。


「師匠、この間の、返事なんですけど……」

「へ? ……え!? は、ひゃい!」


 先輩はがちがちになっている。制服のスカートを手で強く握りしめ、目を閉じて俯いている。そんな先輩を見ると、言葉が詰まる。

 けれど、俺は勇気を出して切り出した。



「俺、実は、この人と交際してるんです。だから師匠とは付き合えません」



 先輩は驚いた表情になると、涙を浮かべた目で亜沙理の方をちらりと見た。


「……こんな、こんな美しい恋人が、眷族にはいたんだな。私なんかが、太刀打ちできるわけもない」


 先輩の両目から涙が溢れだす。


「おか、しいな。我の大好きな眷族に恋人がいたのなら、それは師匠として喜ばしいことのはずなのにな」


 先輩は鞄も持たずに俺達の間を通り過ぎ、ドアの前に立った。


「気にして、ないから。我、いや、私のことは気にしないでくれ。部室にもしばらく来ないでいいから……。本当に、大丈夫だから」


 先輩はそれだけ告げると部室を後にした。

 あの日のように、俺は亜沙理の存在も忘れてその場にしばらく固まってしまっていた。











「いや~色々飛ばし過ぎですよ馬鹿ですかあなたは」

「す、すまん」


 その後、亜沙理は「そろそろ帰りましょう」と言い、俺を靴箱まで引っ張ってくれた。いつもの彼女のように早口で罵倒してくれるのも、彼女にとっての優しさなのだろう。

 亜沙理の見せる優しさに、俺は少し救われたような気持ちになった。けれど、そんな気持ちを亜沙理にだけは知られたくないから、俺はやせ我慢をして苦笑する。


「はぁ、やっぱり私が助けなきゃダメダメじゃないですか。告白を正式に断るのは、もっと先の予定だったのに」

「本当にすまん。今回は俺の落ち度だ。でも、後悔はしてない」


 俺は表情を見られないように、うつむきながら靴を履く。


「……あなたって、結構自分勝手ですよね」

「悪かったな。どうせ俺はガリベン童貞野郎だ。いつも自問自答ばっかしてるからこんな風になっちまったんだよ許せ」

「別にそこまで言ってないですけど……。ただあなたが自意識過剰な危ない人だってことはよく分かりましたけど」


 亜沙理は呆れた顔をしながら靴を履き、そして振りかえった。


「いつまで下を見ているつもりですか、ヘタレ主人公さん」

「う、うるせえよ」

「はあ、仕方がない人ですね」


 そういつもの愚痴のような言葉をこぼすと、亜沙理は俯く俺の首に腕を回した。


「大丈夫、ですから」

「え……?」


 不意を突かれた俺は、亜沙理の言葉が耳に届いたが、その意味を捉えることはできなかった。


「私は仕事を失敗したことがありません。これまであらゆるミッションをこの手で攻略してきたのです。ですから……ですから、私は、あなたの、味方、ですから。あなたがどうなろうと知ったことじゃないですけど、傍にずっといますから」


 彼女の体温が伝わってくる。首の部分が、むずがゆいけれど、あたたかい。銀色の髪には夕日が反射してオレンジ色に輝いている。その輝きが、きっと俺には眩しすぎたんだ。だから、こんなものが出る。


「ぅ、あ、あああああああああ!」


 彼女は一言も話さなかった。夕日が傾ききるその時まで、俺は彼女に回した腕の力を緩めることができなかった。










「はい、どうぞ」

「あ、ああ、ありがとう」


 ひとしきり泣いた後、俺はふらつきながらも亜沙理に支えられて校門の外まで出て行った。そこで亜沙理はタピオカを二つ買い、俺に一つ分けてくれた。亜沙理に聞くと、彼女のお小遣いは国から支給されるので無尽蔵らしい。ならばなぜ俺に奢らせたのか、まあ直談判する気力もないからいいのだけれど。

 カフェオレの甘ったるくて、ほんのり苦い風味が口の中から離れない。


「お前が、こんなに気をつかえるやつだなんてな。知らなかったよ」

「当然です。私はIQ五十三万のスーパー忍者。仕事は完璧にこなす主義で生きているので」


 亜沙理は自信満々に胸を反らす。にしてもIQ五十三万ていうワードすごく頭悪そうだな。


「あ~はいはい、どうせ俺はヘタレですよ」

「ええ、よく分かってるじゃないですか。あなたは言われたこともできない糞ヘタレ主人公ですよ。小学校教育からやり直した方がいいです」

「そこまで言う!?」

「まあ冗談はさておいて」

「冗談……」


 俺は亜沙理のことを分かった気でいた。けれど、そもそもがまだ出会ってから二日しか経っていないわけで、彼女の底なんて掴められるわけもない。一緒にいて謎の安心感はあるけれど、ころころ変わる亜沙理の心を知ることはできるのだろうか。


「しかし、あなたの行動もあながち間違いじゃなかったのかもしれません」

「どういうことだ?」

「あのロリ中二野郎、赤座絵里の好感度レベルは百六十に達していました」

「ひゃ、百六十!? それって……」

「ええ、月見野楓を最優先目標にしていましたが、これは今後の作戦を一部変える必要があるみたいですね」

「具体的にはどうするんだ?」

「当面の作戦は変更なしでいきます。今週の日曜日、「ドキドキ! ラブラブデート大作戦」を実行します。変更はその後で」

「なあ、その作戦名が古臭くてださいという発想は抱かないのかIQ五十三万さん」











 真夜中。もう完全に俺の家に馴染んだ亜沙理は母さんの部屋で眠っている。俺は自身の部屋で日課の勉強も終え、夜の風にあたりながら一人黄昏れていた。


「どうにか、しないとな」


 俺が考えていたのは、もちろん会長と先輩のことだ。亜沙理は自分の仕事の為に動いている。なら、俺はどうだ? 俺は何のために? 俺は、俺が死なないためにも、きちんとこんな事態は終わらせなければならないというのは分かっている。俺だって死ぬのは嫌だ。


 でも、それだけじゃない。



「全てのことに、全力で生きろ」



 これは俺の恩師の言葉であり、俺のモットーでもある。

 じゃあ俺は、会長や先輩としっかり向き合えていたのだろうか。いや、きっとできていなかったのだろう。そうでなければ、俺がもっと二人に対して理解ができていれば、こんなことにはなっていなかったはずだ。

 後悔は尽きないけれど、今は俺にできることをするしかない。

 俺は二人に、俺の、本当の言葉であの日の答えを示さなければならない。

 作戦や外的要因が関わらない、俺自身の言葉で。

 そのために、今は偽りを貫くことに全力で取り組んで見せる。




 俺は意志を固め、就寝に入った。


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