7 明かしてしまった秘密
「それで協力って言っても何をしたらいいんだ?」
俺の言葉に、ヘンデルは真剣な面持ちで答える。
「……実は今ルーピン達はこの村の人達を奴隷として捕らえているんだ。本当は応援を呼び奴らを捕らえたいんだが、今からでは到底間に合わない。そこで」
「捕らえるのを手伝ってほしいと……」
ヘンデルはその言葉に小さく頷く。
やっぱりこの村には元々村人たちがいたのか。これでグルッドが教えてくれた違和感も納得がいった。
つまりルーピン達は貧しい村を狙い人攫いを行い奴隷として売りさばいていた、という訳か。
「グルッド、お前確かこの村には俺達以外の匂いがするって言ってたな? その人数は分からないか?」
「そうですね……。何やら匂いが掴め切れないのですが恐らく、、20人といったところでしょうか」
グルッドは匂いをたどるように鼻を動かすが、正確には掴めないようだ。
ただグルッドの言葉を聞いたヘンデルが口を開く。
「それなら奴らが村人を捕らえている魔法道具のせいだろう。捕らえられた村人たちは恐らく奴隷の鎖を付けられているはず。あれは装着者の魔力を抑え、全ての気配を感じさせなくするもの。匂いだけでそれだけ感知できるのは、流石は闇狼と言ったところだな」
「ふっ、分かり切ったことを言う人間だな」
ヘンデルの言葉に、グルッドは笑みを浮かべる。
だが奴らはそれだけの人数を一体どこに捕えている?
恐らくは戻ってきたという、あのルーピンの部下が俺達がここに到着する前に村を襲ったんだろうが……。
ヘンデルは俺の考えを察したのか、床に膝を落とすとマントの中から一枚の紙を取り出し目の前に広げる。
そこには手書きで簡易ではあるが、この村の地図が描かれていた。
「今俺達がいるのがこの家だ。ルーピン達はここから少し離れたこの位置にいる。そして村のはずれ、ここにもう一つの馬車が止まっているのを確認した」
「なるほど、その馬車に村人を乗せルーピンは俺達とアマリリアに向かうということだな」
「ああ。こちらの馬車は夜の内に村を離れ、後日ルーピンの元に到着すると言ったところだな」
俺もヘンデルの広げた地図を見つめていると、俺の服を掴むメルの力が一層強くなる。
メルも奴隷としてこういうことを経験しているのかもしれない。
その時の感情が戻ってきてもおかしくないか。
「……ごめんメル。嫌な事を思い出させてしまったか?」
俺がメルの頭に手を置くと、メルは何度も首を左右に振った。
「い、いえ! でもこの村の人達はまだ間に合うかもしれない、私と同じ目に合わせたくない。そう思うと……」
「そうか。メルは優しいんだな」
「そ、そんなことは……」
「ハハハハハッ、メルよ! 心配には及ばないぞ!! 何せ我が主が手助けを約束されたのだ、失敗など起こるはずがない。村人たちは必ずルーピン達から解放されるだろう」
おいおいおい、何でお前が得意げにそんなこと話すんだ。
ほら、メルも羨望の眼差しをこっちに向けてるし……。
はぁ、こうなったら本当に失敗なんて出来ないじゃないか。
「この馬鹿犬……。でもまぁそうだな、ここまで知ってしまったんだ放っておくわけにはいかないだろう。それでヘンデルさん、村人達を助け出す方法なんだが少し耳を貸してくれるか?」
「あ、ああ」
ヘンデルは俺の言葉に耳を傾けるのだった。
村のはずれ。
森の中には木々で巧妙に隠され、側まで近づかなければ分からないように1台の馬車が停められている。
その周りには多くの男達が周囲を警戒するように武器を手にしている。
そこに部下に守られたルーピンが笑みを浮かべやってきた。
「……ククククッ、いやこの村は中々じゃないか。22人しかいない割に女も子供も粒ぞろい。男どもは、まぁ労働奴隷にでもすればよいか」
馬車の扉を開けたルーピンの目の前には首に鎖を装着され怯えた様子の村人たちが並べられている。
中には抵抗したのか体に傷を負っている男性の姿も見てとれた。
「ではお前達はすぐにでもここを出発しろ。だが王国軍の検問があるとも限らん、幻影魔法は忘れずにな?」
「分かっておりますとも。出発次第魔法を馬車に施し、人目にはただの荷を積んだように見えるようにいたします。それよりもルーピン様、新しく雇ったあの護衛の兵士にはこのこと伝えずとも良いのですか?」
「あぁ、あいつか。剣の腕を買って雇ったがどうも信用できん。あの時死んだ兵士と共に死んでくれれば金を払わずに済んだものを……」
「ハハハハ、それではルーピン様が殺されていたかもしれないではないですか」
「確かにその通りだ」
部下の言葉にルーピンが大きく笑い声を上げると、しばらくして部下は頭を下げ馬車に乗り込み出発の準備を始める。
ただルーピンの計画が成功しようとしていたまさにその時、彼らの前に土の壁が生み出されたのだ。
「な、なんだ、何が起こった!?」
「このまま行かせると思ったか、ルーピン!」
「お、お前は……」
突然現れた土壁に動揺鶴ルーピンだが、それが目の前に現れた男、ヘンデルの仕業と気づくのにそう時間はかからない。
「なんのつもりだ!? 雇ってやった恩を忘れたのか?!」
「どこまでもおめでたい奴だな。この期に及んでそんなことを言うとは……」
ヘンデルはそう言うと身にまとっていたマントをはぎ取る。
美しい鎧を身にい付けているヘンデル、その胸元に輝く首飾りにルーピンの表情はみるみる悪くなる。
「そ、その紋章は……! まさかお前は保安部の犬か!!」
「ああ、そうだ! ついに尻尾を掴んだぞルーピン・ハデス! 罪のない村人を奴隷として売りさばく、万死に値する!!」
「ク、クソッ!! まさか保安部の犬が紛れ込んだとは……。こうなったらお前達、相手は1人だやってしまえ!! お前さえ消えれば目撃者は他にいないんだ、これからのことは何とでもなるのさ」
ルーピンの言葉に周りにいる部下たちは一斉に武器を手に取った。
ヘンデルに対する部下は9人。普通に考えれば勝ち目などあるはずはないが、ヘンデルは笑みを浮かべ腰の剣を手にする。
「盗賊が襲ってきた時は小隊がバレるのを恐れてこの力を使うことが出来なかった。だが証拠を掴んだ以上正体を隠す必要もないからな、本気でやらせてもらうぞ」
保安部は王国軍でも精鋭揃い。その1人が相手なためルーピンの部下達も容易に動くことが出来ない。
だがそんな彼らを尻目に、ヘンデルの体が光に包まれていくと次の瞬間にはその姿が消えていた。
「ど、どこに行った!?」
「……こっちだ」
「ぐあっ!!!」
最前にいた部下は、目の前に現れたヘンデルの斬撃を受けその場に倒れ込む。
「……移動術 神速。保安部お得意の魔法か」
「流石は良く知っているな」
ルーピンの言葉にヘンデルは笑みを浮かべ答える。
神速。それは身体強化の一種ではあるが魔力を移動する瞬間の足にだけ集中することで可能となる高速移動術。
全身に魔力を纏う身体強化と違い魔力消費を極端に抑えることが出来る反面、より高度な魔力操作が必要となるため使用出来るものは少ない。
「くそっ、だが神速は速いだけだ! お前達、奴を取り囲み一斉に攻撃しろ!! 奴に動きまわるスペースを作らせるな!!」
『はっ!!』
ルーピンの言葉で動揺していた部下たちは気を取り直し、ヘンデルを囲い込むように移動する。
周囲を完全に包囲されたヘンデルの額にからは一筋の汗が流れ落ちた。
……流石はルーピン・ハデス。すぐに次の手を打ってきたか。
奴の言う通り神速は移動するだけ、攻撃ではない。それに加え俺の魔力量は多くはない。
隊長なら魔力の集約場所の変更も瞬時に出来るだろうが、今の俺にはそこまでの魔法操作技術もない。
でも、これでいいんだ。これで……。
ヘンデルは大きく息を吐くとゆっくりと剣を収める。
その姿に部下達からだけでなく、ルーピンからも声が上がった。
「な、何をしている!? そうか、流石の分の悪さに諦めたんだな??」
「……いや、ただ俺の役目はここまでなだけだ。後ろを見て見な」
ヘンデルの言葉に自分の後方へと視線を移すルーピン。
そこには馬車から村人達を連れ出し自分を見つめている、闇狼えを従える少年が立っていたのだ。
「ショ、ショウ様? なぜここに……」
俺の存在に気が付いたルーピン、言葉が出てこないようだ。
これが俺達が立てた計画だ。いくら俺やグルッド、そしてヘンデルが強いと言っても村人達を人質にされれば手を出すのは難しくなる。
そのためヘンデルが派手に動き回り注意を逸らしている間に不可視魔法で姿を消した俺が村人達を助け出す。
馬車に敵がいたのでは扉を施錠する鍵を破壊する音で気づかれたかもしれないからな。
「……くそ、そういうことか!! せっかく色々としてやったのにこんな風に仇で返されるとは! だが何故だ!? 奴隷たちには奴隷の鎖を装着していたはず、この鍵がなければ取ることも出来ず、無理に外せば装着者の命は」
「ああ、これのことか??」
声を荒げるルーピンに、俺は右手に持っている破壊された奴隷の鎖を見せる。
「ば、馬鹿な! どうやって破壊して……」
「えっと確か破壊って魔法だったかな。あいつに教わった魔法だけどこんな使い道もあるとは知らなかったよ」
ルーピンは未だに信じられない様子だ。
だが俺が目の前に破壊した奴隷の鎖を投げると、拳を震わせ更に声を荒げる。
「……くそっ、こうなったら保安部はどうでもいい!! お前達この男を殺せ!!」
『おぉぉぉぉぉ!!!』
「人間風情が……。我が主に手を出せると思うなぁぁ!!」
ルーピンの言葉で部下たちは一斉に攻撃を始める。
だが瞬時に俺の背後のグルッドが目にも止まらない速さで移動。部下達を一瞬で屠ったのだった。
流石はグルッドだ。これで残すはルーピンだけか……、ッ!!!!
「……ご、ご主人様!!」
「……くそっ、メル!!」
それは村人達に預けていたメル、そこへ向かい飛んでいく斧や剣。
どうやらグルッドにやられる前に部下たちが投げたものだが辺りは暗い。
そのため反応が遅れ既にメルのすぐ側まで到達している。
ダメだ、今魔法であれを破壊したらメルまで巻き込んでしまう!
……間に合ってくれ、身体強化!
ガンッ!!! 森の中には金属音が響き渡る。
それは俺の右腕、その装甲に敵が投げた斧が命中した際の音。
間一髪でメルを守ることに成功したが、その衝撃で破壊されることは無かったが装甲がはずれゆっくりと地面に落ちる。
月明かりに照らされる俺の右腕。そこには忌み嫌われているという紋様、転移紋が刻まれていた。