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5 竜人の少女

 「この子は一体……」


 年は12,3歳だろうか。髪は長く深い青色、ただ首には鎖がかけられボロボロの布切れを1枚だけ身にまとっている。

 生気を感じられないその少女は、目の前に現れた俺の顔をじっと見つめていた。


 「ハハハハッ、ショウ様はこいつがお気に召した様子ですな! これは少し前に奴隷商から買い付けました竜人の女なのですが1度も口を利こうとしない。ですので早く処分したいと思っていたのですよ」


 「奴隷商……。つまりこの子は奴隷、という訳ですか?」


 「そうですよ? 私は商人ですので奴隷も取り扱っているのですよ」


 奴隷……。この世界は奴隷制があるのか。

 ルーピンの様子からこの世界の人達は奴隷の存在に違和感はないんだろうが。


 俺が答えに窮していると、ルーピンが手を叩き笑みを浮かべ話を続ける。


 「ではこの女はショウ様に差し上げましょう!」


 「はっ!? い、いやいや私はいいですよ!!」


 「遠慮なさらずともよいのです。確かにタダで差し上げるには惜しいですが、あなたのそのお力。いずれ大きく名を上げることは間違いないでしょう。その時に私を贔屓にして頂く、その投資と思ってくだされ」


 別にお金の問題じゃないんだけどなぁ……。

 でも俺がここで断ればこの子はこれからもこの檻の中で鎖に繋がれている。

 それは流石に不憫に思うが……、はぁ、俺ってつくづくお人好しなのかもしれないな。


 俺はルーピンの申し出にしばらく考えた後、小さく息を吐き答える。


 「……分かりました。ではこの子を譲って頂きます」


 「ハハハハッ、もちろんですとも! おい、そいつを檻から出すんだ」


 「はい」


 ルーピンの言葉で、生き残っていた護衛の兵士が荷車から少女を連れてくる。

 荷車から出された少女は、あまり食事を与えられていないのかかなり痩せていた。


 よく見ると想像以上に状態は悪そうだな。

 

 少女を連れ俺の元にやってくる兵士。

 だがその兵士は俺の側まで来た瞬間、ルーピンにも聞こえない小さな声で呟く。


 「お前、悪いことは言わない。早くこいつを連れて逃げるんだな。命の恩人を危険には晒したくない」


 「えっ……、それはどういう」


 「ではこれがこの女の所有書になります」


 「あ、そうなんですね」


 ルーピンがやってきたせいで話を聞きそびれたが、さっきの言葉は何だったんだ?

 兵士は既に俺達の元から少し離れた場所でこちらを見つめている。

 

 「はぁ、やっぱり厄介ごとに首をつっこんじゃったのかな」


 「何か仰いましたかショウ様?」


 「い、いえ何でもないですよ、アハハハハハ」


 俺は安易な行動を少し後悔しつつ、ルーピンから少女の所有書を受け取った。








 「それにしてもあなたは本当にお優しいのですね。この少女を譲り受けたのはあのような場所に置いておくのが不憫に思ったからでしょう?」

 

 馬車から少し離れた場所まで移動した俺に、グルッドが笑みを浮かべる。


 「……お前は鋭いのかアホなのかよく分からないな」


 「フフフッ、主のお考えはであれば手に取るように分かるのです!」


 くそ、何だか誇らしげな表情が無性に腹が立つ。

 まぁいい。それよりも今はこの子のことだ。

 少し傷もあるみたいだし、まずはそこからだな。


 「……回復ヒール


 俺が目の前の少女に右手をかざすと少女の体はうっすらと光に包まれ体の至る所にあった傷は徐々に消えていく。

 

 「これは……」


 「何だ、やっぱり喋れるんだな。……よし、回復ヒールで体は元に戻ったみたいだな。次は食事か」


 少女は自分の体から痛みが消えていくことに驚いたようで、何度も自分の体を確認していた。


 確かバグドからもらったアイテムの中にあれがあったはず。

 そう言えば俺も食事を取るのを忘れていたし、丁度良かったかもな。


 「あったあった。この袋にバグドが食料を入れていてくれたはずだ」


 俺は腰に付けているアイテム入れの中から小さな袋を取り出した。

 これはバグドの製作した魔道具といわれるもので、帰らずの森に自生しているセスティアの木の皮を元に作ったもの。

 この小さな中にかなりの物が収納できるようになっているのだ。


 「……すごい。こんなに沢山の食事、初めて見た」


 「主! 私も頂いてもよろしいですか?? このようなものを見せられては我慢が……」


 俺が袋の中から肉やチーズ、それを元にスープを作り並べ始めると少女は目を輝かせ、グルッドはその大きな尾を左右に振る。

 

 「お前、俺の魔力があるから食事を取らなくても生きていけるんだろ?」


 「そうですが食べれない訳ではありませんので!」


 す、凄い力強い目だ……。

 まぁ食料はまだまだあることだしな。


 「分かったよ、好きなだけ食べろ。君も遠慮しなくてもいいんだぞ」


 「で、でも私は奴隷、です……。ご主人様より先に食事を取るのは……」


 「ハハハハッ、そのような事を気にする我が主ではないわ! いいからお前も食べろ、この肉美味であるぞ」


 「お前は少し遠慮を覚えた方がいいかもしれない」


 「なっ!!」


 「……フフフフッ」


 俺達のやり取りを聞いていた少女はようやく笑みを浮かべた。

 

 「ほら、いいから食べるんだ」


 「は、はい! では頂きます!!」


 やっぱりお腹は空いていたんだな。

 少女は1度食べ物を口にすると、せきを切ったように目の前の食事を口に運び始める。

 

 その様子に俺も食事を取り始めるが、しばらくして少し落ち着いた少女へと気になっていたことを尋ねてみることにした。


 「あのさ、君のことはなんて呼んだらいいんだ? 名前くらいはあるんだろう?」


 「……いえ、私に名前はありません。奴隷にされた時に記憶を魔法で消されたみたいで……。ですからご主人様の好きに呼んでいただければ」


 そうだったのか。うーん、でも名前っていわれてもなぁ、俺そう言うの一番苦手なんだよ。

 でもいつまでも君とか言う訳には行かないし……。

 ……青い髪、青、海。


 「それじゃあ、メルはどうだ? 君の髪の深い青、それで海を思い出したからある言語で海を意味する言葉から取ってみたんだけど」


 「メル……、私の名前。えへへへへ」


 どうやら気に入ってくれたようだな。

 大学の時フランス語を履修していて助かった……。


 「所で今更なんだが、竜人ってなんなんだ?」


 俺のその言葉に、肉の塊をたいらげていたグルッドが得意げに話し始める。


 「そう言うことでしたら私が説明いたしましょう! 竜人と言うのはこの世界で妖精族エルフと並び最古の種族と言われる者達です。竜人は今は滅んだとされるドラゴンの末裔と言われておりましてその力は小国であれば滅ぼすほどです」


 「そ、そうなのか?! でもそんなに凄い力を持っているなら何で奴隷になんてなるんだ?」


 「それはこのメルがまだ力を覚醒していないからでしょう。竜人は代を重ねるごとに力が弱まっており、ドラゴンの力を覚醒させるものは今や一握り。大半の者は長寿ということを除けば他の能力は人間と大差ないと言われております」


 グルッドの言葉に、メルは何度も首を縦に振る。

 

 なるほど、だからこそルーピンもメルを俺に渡すことをすんなりと決めたのか。

 竜人に妖精族エルフ。やっぱりこの世界はファンタジーの世界そのものか、それに近い世界だということがはっきりしたな。


 「……おい、お前達まだいたのか」


 俺は背後から聞こえた声に振り返る。

 そこにはあの護衛の兵士が木に背中を預けこちらを見つめていた。


 「あなたはさっきの……」


 「俺は忠告したぞ? 早くここから、いやあいつらから離れろと」


 「あいつらと言うのは、ルーピンさんの事ですか?」


 「ああ。先ほどあいつの仲間が戻ってきた。準備ができ次第出発することになるだろう。だからその前にだな……」


 「おやおやこんな所におりましたか。ショウ様、そろそろ出発したいと思うのですがよろしいですかな?」


 だが兵士の話の途中でまたしてもルーピンの邪魔が入る。

 そのことに気が付いた兵士は小さく舌打ちをすると、ルーピンに頭を下げその場を後にしていくのだった。


 あの兵士、悪い奴ではなさそうだが一体何を言いたいんだ?

 このルーピンという男、もしかしたら何か裏があるのかもしれない。


 「……分かりました。では行きましょうか」


 「ではそう致しましょう! ハハハハッ、西の都までよろしくお願いしますぞショウ様!」


 ルーピンは大きく笑い声を上げ馬車へと戻っていく。

 馬車の周りには兵士の言った通り、数人の男の姿も確認することが出来た。


 少し違和感はあるが、西の都までに道案内がいるのはありがたい。

 ここはまずは彼に付いていくか……。もし何か起きればその時にグルッドの最速で逃げても遅くはないだろう。


 俺は先ほどの兵士の言葉、そして自分の後ろに隠れルーピンの姿を怯えたように伺うメルに一抹の不安を覚えるが、この不安は後日現実のものになるのだった。










 ルーピンの馬車の中。

 

 「よろしいのですかルーピン様? あのような得体のしれない者を連れて行くなんて」


 先ほど戻ってきたルーピンの部下は馬車の小窓から後に続く闇狼ダークウルフに乗る少年を見つめながら尋ねる。


 「心配するな。あの小僧は必ず役に立つ。それよりも手はずはどうなっておる?」


 「それは抜かりありません。ここより先半日程行ったところに小さな村がございました。見た所中々の上物を見ることが出来ました」


 「ほう、それは良いことだ。これでまた大金を稼げるというもの、他の者達にも日が落ち次第計画通り動くように伝えてくれ」


 「……了解しました」


 ルーピンと部下は互いに笑みを浮かべると馬車の後方へと視線を移す。

 そこにはメルをつないでいた鎖と同じもの、そしていくつもの武器が布で隠されていた。

 


 

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