4 初遭遇!
俺達が帰らずの森を出発して1日。
最初こそ道もなくただ東へと向かい進んでいただけだったが、ようやく整備された道が現れ始めた。
まぁ、道と言っても俺が見慣れているアスファルトで舗装されたものではなく、岩や石、植物などを取り除いただけの簡素なものではあったが。
「それにしても流石に疲れてきたな。これからはこの道を進めば街に着くだろうし、少し休憩でもしていくか?」
「ハハハハッ、そうですね。ここまで人の領域に来ればモンスターの襲撃の可能性も少ないでしょうし」
俺の言葉に、グルッドは笑みを浮かべ答えた。
背に乗る俺へと顔を向けたその額にはゴルフボール程の模様が浮かんでいる。
これは出発する直前、俺と契約を結んだ際に刻まれた契約紋だ。
モンスターを契約獣とする場合、お互いの体に傷をつけその傷を合わせることで血を混じり合わせる。
この血の契約でモンスターは主人の命令には服従、逆に主人から魔力を分け与えられるようになるのだという。
この契約紋は俺の左手の甲にも浮かんでいる。
まったく、右腕の転移紋といいその内俺は全身紋様だらけになるんじゃないか?
「ショウイチ様、どうかされましたか?」
俺が自分の左手に刻まれた契約紋を見つめため息を付いているとグルッドが心配そうに尋ねてきた。
「いや、なんでもないよ。それよりもグルッド、今はいいがもし誰かに会った時はそのショウイチ様って言い方はやめろよ?」
「それはなぜでしょうか?」
「お前も知っているだろう? この世界では俺みたいな転移者は忌み嫌われている。面倒なことにならないためにも翔一という名前は隠しておきたいんだ。この世界での俺の名前はショウ、それでいいな?」
「なるほど、理解致しました。ただ私にはショウイチ様を別の名で呼ぶことなど考えられません。ですからこれから2人の時以外では主と呼ばせていただきます」
「うーんなんだか恥ずかしい響きだけど……、まぁ別にそれでもいいか。よし、それじゃあやっぱりもう少しだけ先を急ぐか」
「はい、我が主!」
こいつは契約獣だし、こう呼ばれても別に変には思われないか。
俺は再び笑みを浮かべたグルッドの姿に笑み浮かべ返すと、彼の腹部を足で軽く蹴った。
その合図でグルッドは前方へと視線を戻し、一気に加速。西の都 アマリリアへと急ぐのだった。
だがしばらくするとグルッドは徐々に速度を緩め、唸り声を発し始める。
これは闇狼のスキル 危機感知の能力によって何もかの存在を察知したときに出る行動だ。
「グルッド、何か感知したのか?」
「はい、前方に10ほどの魔力を感知しました。これは恐らく人間、いかがいたしますか?」
人間……。この世界では初めて遭遇するんだ、友好的な接触にしたいものだけど……。
俺はグルッドの言葉を聞き彼の背から降りるとしばらく考えた後、上空を飛ぶ1羽の鳥に視線を移した。
あれは恐らく猛禽類の一種だろう。ということは視力はいいはずだ。
魔法の訓練もかねてやってみるか。
「……知覚共有」
これはすごいな。まるで遠くのものが目の前にあるように見える。
ただこの知覚共有は強制的に他の生き物の感覚を共有しているため魔力消費が大きい。
グルッドが感知した方向はあっちのほうか……。
俺は上空の鳥からの視覚情報を頼りに更に前方へと目を凝らす。
しばらくすると、グルッドの言った通り6名の男達の姿を捉えることが出来た。
ただ彼らは1つの馬車を囲い込み今にも襲い掛からんとしているのだ。
くそ、あいつら盗賊か!
馬車の周りには2人の兵士、それといかにも高そうな服や宝石を身に着けている男が1人。
流石に放っておくわけにはいかない。
「……グルッド! この先で盗賊が商人を襲っているみたいだ、すぐに向かってくれるか!?」
「了解しました!」
俺は知覚共有を解除、すぐさまグルッドの背に飛び乗る。
グルッドも大きく雄たけびを上げ、とてつもない速度で駆けだすのだった。
「へへへへっ、そろそろ観念したらどうだ??」
「う、うるさい! この荷は私の物、1つたりともくれてやるものか!!」
「……まったく、なんで商人って生き物はこうも金にがめついんだろうなぁ。荷と金さえ置いていけば命は助かるって言うのに」
「ひ、ひぃぃぃぃ! お、お前達何をしている?! さっさとこいつらを倒さんか! 何のために高い金を払って雇っていると思うんだ!!」
馬車を囲う大柄な男達、そしてその手にある剣や斧などの武器を向けられた商人は彼を警護する兵士2人に声を荒げる。
「くそ、倒せって言われてもな……。こいつらただの盗賊じゃない、多分兵士崩れだ」
「そうだな、奴らが身に着けている装備、あちこち欠けてはいるが王国軍で支給される武器に防具だ。こりゃ流石に俺達2人じゃ荷が重いぜ」
「ごちゃごちゃうるさい奴らだな。こんな主人に雇われた自分の運の無さを後悔するんだなぁ!!」
盗賊は大きく笑い声を上げると、一斉に商人たちに襲い掛かる。
盗賊達は6人、それも王国軍で鍛えられた元兵士達。対して商人を守る兵士は腕には自信があったが流石に2人だけでは分が悪かった。
しばらく切り合いになった後、1人の盗賊が馬車の商人へと剣を振り上げ襲い掛かったため兵士の1人が止めに入ろうと向かい、商人の身代わりとなりその身に剣が突き刺さる。
「……ぐあっ!」
「ちっ、余計な真似しやがって。まぁいい、死ぬ順番が少し入れ替わっただけだからな、次は逃げれないぞ!!」
「ひぃぃぃぃ、た、助けて……」
「こ、この野郎がぁぁぁぁ!!!」
仲間を目の前で殺され、怒りに燃える兵士だが他の盗賊に邪魔され前に進むことが出来ない。
その間にも商人には盗賊の持つ剣が迫り、遂にその剣先が体へと突き刺さろうとしたその時。
辺りに凄まじい雄叫びが轟き、盗賊達は同時にその手を止めるのだった。
「な、なんだ今の声は!」
「分からねえ。だがあんな雄叫び、動物が出せるものじゃねえぞ」
「ってことはまさかモンス……」
動揺する盗賊達だが、次の瞬間彼らの間を何かがすり抜けたかと思うと商人を殺そうとしていた盗賊の目の前に1人の青年が現れていたのだ。
「ふぅ、間に合った……とはいかないみたいだな」
俺は側に倒れている兵士の1人から血が流れているのを確認し、目の前の盗賊へと視線を移した。
でかいな……。俺は175cmはあるけどこいつは190cmはありそうだ。
「……何者だお前は? もしかしてこいつらを助けに来たって言うんじゃないだろうな??」
「だとしたらどうする?」
俺がそう呟くと、一瞬の間の後盗賊達からは大きな笑い声が起きた。
「ハハハハハッ、これはとんだ救世主様だ! よく聞けよ小僧、お前もまだその年で死にたくはないだろう? だが邪魔をするなら本当に死ぬことになるがいいのかな?」
「ガハハハハ、はやくやっちまえよ! 坊やには世の中の理不尽さってものを教えてやるのが大人の役目ってもんだぜ」
坊やか……。確かに今の俺の姿は17~8歳、そう呼ばれても不思議はない。
でもな、でもな……。
「なんだ、今更怖くなっても遅いぜ。まずはお前から殺してやらぁぁ!」
「お、おい何してるんだ、早く逃げろ!!」
盗賊は俺が何も言わないことに気を大きくしたのか手に持つ剣を振り上げる。
その光景に護衛の兵士も慌ててこちらへと走り出そうとするが到底間に合いそうもなかった。
しかし次に彼らが見たのは予想外のもの。
鈍い音と共に後方10m程吹き飛ばされ、完全に意識を失っていた盗賊の姿だったのだ。
「……世の中の理不尽だって? 万年社畜人生の俺にそれを言うなよなぁぁ!」
俺は握りしめた拳を盗賊達に見せつける。
そこで盗賊達もようやく気付いたのだ。先ほど吹き飛ばされた盗賊、その右頬に俺の拳と同じ形の跡が付いていることに。
「こ、こいつパンチだけで……。や、やばいバケモンだ!!」
「人をあそこまで吹き飛ばすなんて、人間業じゃねえ! 恐らく魔法使いに違いないぞ!」
「おい、しっかりしろ……、だめだ完全に気を失ってる。お前ら早くこいつを担いで逃げるぞ!!」
「……そう容易く逃げれると思うのか人間共。ここからは私が我が主に変わって相手をしてくれる」
「ひぃぃぃぃ、闇狼?! 何でこんな所にモンスターが!」
吹き飛ばされた盗賊を担ぎ上げ今にも逃げ出そうとする盗賊達。
だがその前にグルッドが立ちふさがり道を塞ぐ。
分かるよ、うん。
そんな化け物が目の前に現れたら驚くよね。
「では行くぞ人間共」
「お、お助けをぉぉぉぉ……」
その後、しばらくの間盗賊達の悲痛な叫び声がその場に響き渡ったという。
「……それで、お怪我はありませんでしたか?」
「え、ええ! あなたのお陰で助かりました!!」
気絶した盗賊達を全員縄で縛り上げた俺の言葉に、商人は体の前で手を組み声を荒げた。
グルッドはきちんと手加減していたらしく、盗賊達に死人は1人もいなかった。
まぁ、仲間を殺された護衛の兵士だけはまだ納得していない様子だけど。
「ところであなたは一体何者ですか? その強さにそちらの闇狼、只者ではないことは分かりますが……」
「ハハハハ、た、ただの通りすがりの旅人ですよ。こいつはグルッドと言って私の契約獣です」
「なんと、闇狼が契約獣とは! これはこれは何とも……」
俺の言葉に商人は目を輝かせグルッドを見つめる。
その羨望の眼差しに何故か頬を赤らめるグルッドを無視する俺だが、商人は思い出したように話を続け始めた。
「おっと、紹介が遅れました! 私、西の都で商人をしておりますルーピン・ハデスと申します。差し支えなければあなたのお名前も教えて頂けますか??」
「おれ、いや私はショウと言います。西の都に向かい旅をしている所、あなた方が盗賊に襲われていましたので……」
「なるほど、それは何と幸運な事だったでしょう! さらに西の都に向かわれているとは……。そう言うことでしたら私、都まで案内させていただきましょう。さぁさぁこちらに!」
ルーピンはそう言うと、俺の手を取り馬車へと案内し始める。
意外と強引な人だな、そう考えながらも馬車に到着した俺はその荷車の中身に驚いた。
「お礼と言っては何ですが、気に入ったものがあれば差し上げます」
そう話すルーピンの先にはいくつもの宝石、高そうな敷物や織物、陶器に食器類。他にも様々なものが積み込まれていたのだ。
その中でも俺が驚愕したのは一番奥、頑丈な檻の中に入れられていたものだった。
「これは……」
そこには鎖に繋がれた1人の少女がこちらを見つめていた。