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2 賢者バグド!

 「こ、ここは……」


 俺が再び目を覚ました時、そこは見慣れない部屋だった。

 既に日が昇っているのか、窓からは日の光が差し込み部屋の中を明るく照らす。

 俺は体に掛けられている毛皮の中から右手を外に出すと、何度も指を動かし体の様子を確かめた。


 よし、もう体は動くみたいだ。これならもう大丈夫だろう。

 今問題なのはここがどこかだということだ。

 そう言えば意識を失う前、確か老人が……


 「ほう、ようやく目が覚めたか」


 「……うわぁぁぁぁ!! い、今どこから現れて」


 「ハハハハッ、当たり前であろう! この家は儂の体同然、いつでも好きな所に移動できるのだよ」


 「……いやいやいや、当たり前の意味が分からん」


 そうだ、この老人。俺が意識を失う前に助けてくれたあの老人だ。

 先ほどの言葉の意味はあまり分からないが、よく見ると足からは根の様なものが床へと生えている。

 どうやらこいつも人間ではないみたいだな。


 俺は目の前に突然現れた老人の姿を見つめながらも体を起こす。

 毛皮から出た俺の体は服を脱がされ植物の葉の様なものが張られていた。どうやら老人が手当てをしてくれたようだが……。


 「これは?」


 「それはこの森にあるセスティアの木と言う植物の葉でな、大気から魔力を吸収する効果がある。それを使ってお前さんの魔力欠乏を治療したのだ」


 「魔力、欠乏?」


 「……やはりお前さん、この世界の人間ではないのだな?」


 老人は先ほどとは違い真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 深緑のその目は、見つめ続けていると心を見透かされるような感覚に陥ってしまうようだった。

 これは正直に話した方がいいだろう。 


 「どうしてそれを?」


 「やはりそうか。お前さんを始めて見た時から感じてはいたが、確信したのはその右腕にある紋様だ」


 紋様……? な、何だこれは!!

 俺が自分の右腕に視線を移すと、老人の話した通り肩から肘の辺りまで青く紋様が刻まれていた。

 驚いている俺の姿に、老人は小さく笑みを浮かべた後話を続ける。


 「それはこの世界では転異紋と呼ばれるものだ」


 「転異紋……」


 「うむ。この世界とは異なる世界から来た者の体には必ずその紋様がどこかに刻まれるのだ。だがそれは人の目には触れぬように注意するのだ。さもなければお前さんの命に関わることになるかもしれん」


 「注意する? 確かにこんなものが体に入っている奴は警戒されるかもしれないが、命に関わるなんて言いすぎじゃないか?」


 「……いや、必ずそうなる。よし、お前さんの今後のために少し話をしてやろう」


 老人はそう言うと、右手を広げたかと思うとそこに一冊の古い本を出現させた。

 魔力と言う言葉があったから魔法の存在も考えはしたが、実際目にするとやっぱり驚くな。

 

 老人が取り出した本。その中身は見たことも無い文字が書かれてはいたが不思議なことに俺にもその言葉を読むことが出来る。

 さらに本に描かれている絵は生きいるように動いているのだ。


 驚きの連続に言葉を失う俺を尻目に、老人はあるページを開き口を開いた。


 「これじゃ。よいか? この世界ではその転異紋は忌み嫌われておる。記録によると最初の転異紋を持つ者が現れたのは1600年前。転異紋を持つ者は総じて桁外れの魔力を有していてな、人々も最初は転移者を喜んで迎えていた」


 老人は本の文字をなぞりながら話をしていく。

 その説明通り、本に描かれている絵は転移紋を持つ人物の周りをまるで踊っているような動きをしていた。


 「だがその転移者はすぐに本性を見せたのだ」


 「本性??」


 「うむ。その強大な魔力を使い悪事の限りを尽くしたのだ。やがて人間や亜人の連合軍によって倒されるがその戦いでも多くの者が命を落とした。その後も転移者は幾度もこの世界に現れたがその度世界は闇に覆われた。魔王や魔人と言われる者はこの転移者のなれの果て。まぁ、極たまにではあるが勇者と呼ばれた転移者もおるが、そんな彼らも徐々に迫害を受け姿を消したという」


 本の絵は転移者が人間の姿でなくなり人間達を食べていくものへと変化していく。

 その絵を老人はどこか悲しげに見つめていたのだった。


 なるほどな……。だからこの転移紋はこの世界の人達に忌み嫌われているということか。

 

 「話は分かった。そう言うことならこの転移紋は隠すようにするよ。だが俺にはあんたの話にあったような膨大な魔力もなければ悪事を働こうとする気もない。ただ元の世界に戻りたいだけなんだよ」


 「ハハハハハッ、何を言っているか。お前さんは既に自分の力を体験しているであろう! 普通の人間には闇狼ダークウルフ大地竜ランドドラゴンを殴り倒すことは出来んわい!!」


 老人は本を閉じると、この日一番の笑い声を上げた。

 俺もその言葉で昨夜の出来事が脳裏に復活する。迫りくる巨大な狼に異形の生き物、そんな奴らを殴り飛ばした自分の力。

 あれこそが魔力というものらしいのだ。


 「あの光が、魔力……」


 「そうじゃ。だがな、今のお前さんは魔力を使っているだけ。それではすぐに魔力は底を尽きるだろう。さらに転移者が本当の魔力を発揮するにはこの世界で一月ほど暮らして初めて発揮できるのだ。つまりお前さんはまだまだヒヨッコということだな、ハハハハ」


 「……ぐっ、何か腹立つな」


 「まぁ、そう言うな。ここで出会ったのも何かの縁じゃからな、この世界で生きていけるように儂が色々教えてやる」


 老人はそう言うと、再び手のひらから何かを作り出した。

 それはどうやら衣服らしい。

 あれ、ということは俺のスーツは?


 「さぁ、まずはこれを着るがいい」


 「あ、ああそれは分かっているんだが、それよりも俺が着ていた服はどうした?」


 「あぁ、あれか。あんな見慣れぬもの、自分が転移者と言っているようなものだからな。既に燃やしてしまったわ、ハハハハ!」


 「……まじかよ。はぁ、何かもう怒るのも疲れて言葉が出てこないよ」


 「ハハハハハッ、そう喜ばずともよい! さてそれでは私は準備があるのでな、お前さんも早くその服を着て外に出てくるのだぞ」


 老人は大きく笑い声を上げると現れた時のように床へと吸い込まれるように姿を消した。

 俺はと言うと、就職が決まった時に奮発して購入したお気に入りのスーツが燃やされていしまったという事実に落ち込むしかなかった。

 ただ、いつまでもそうはしていられない。

 この世界で生きていくにはあの老人の助けは必要。


 俺は大きく息を吐き、ベッドの隣に置かれている服を手に取るとそれらを身に着け部屋の扉へと進むのだった。










 俺は外に出ると自分が出て来た家へと振り返った。

 どうやら俺がいたこの家は、ひと際巨大な大木をくり抜いて出来ている物らしい。

 家の周囲は不思議なことに何も生えておらず50m程の空間が広がっていた。


 「……ようやく来たか!」


 その空間の先にいた老人は、待ちかねたかのように声を上げる。

 だが先ほどのやり取りからまだ10分も経っていない。ここまでの反応をされるようなものなのかは疑問だが、俺はもう一つ気になっていたことを尋ねてみることにした。


 「なぁ、聞きたいことがあるんだが、あんたは一体何者なんだ?」


 老人はまるでその言葉を待っていたのか、更に笑みを浮かべ得意げに口を開く。


 「フフフッ、やっと聞いてくれたか。儂はこのモスルの大森林の主にして森の賢者 バグド。そう言えばお前さんの名前も聞いておらんかったな」


 「バグドか。俺の名前は羽間翔一はざましょういち、翔一が名前だ」


 「ショウイチか……。ふむ、ではこれよりお前は公ではショウと名乗るがよい。ショウイチと言う名はこの世界では聞いたことがない。念のためだ」


 そうか、翔一という名前はこの世界だと聞かない名前なのか。

 確かに無用の疑念を抱かれないようにするためにもその方がいいかもしれない。


 俺はバグドの言葉に小さく頷く。


 「分かった。それでバグド、これから俺は何をすればいいんだ?」


 「……そうだな、まずはお前さんには魔力の制御方法を教える」


 魔力の制御方法。

 昨夜のように意識を失うようなことはもう避けたい。

 そのためにもこれを覚えるのは必須だな。


 バグドは右手に自分の背丈と同じ程の杖を出現させると、その杖の先端を空へと掲げる。

 

 「よいかショウイチ。魔力と言うのは己の体に流れる命の源、制御なく使えば自分を傷つけることになる。そこで必要となるのがこの魔力を具現化させる方法だ。これをこの世界では魔法と言う」


 そう話すバグドの杖には、見る見るうちに巨大な水の塊が生み出されていった。

 

 「こ、これは……」


 「これが魔法だ。お前さんが昨夜使って見せた攻撃は魔法を使うための第一歩と言ったところ。魔法とは自身の魔力を媒介に大気中にある魔力を集め具現化するもので自身の魔力は魔法を出現させるきっかけに過ぎないため、魔力消費も抑えられるのだ」


 「……つまり魔法を覚えれば魔力欠乏の心配をすることなく、尚且つ自分の身も守れるということか」


 「ハハハハハッ、その通りだ!」


 バグドは俺の言葉に満足したのか、作り出した水の塊を一瞬で消滅させる。

 そのため辺りは水飛沫で美しい七色の虹が映し出された。


 これが魔法……。やっぱりこういうのは不思議とテンションが上がるんだな。

 それに魔法を覚えれば俺がこの世界に飛ばされた時に目にしたあの地面の模様、それに近づくことになるかもしれない。

 ならやってやるさ。このバグドから学べるものすべてを身に着けてやる。


 「それで? どうするのだショウイチ?」


 バグドは笑みを浮かべながら俺に尋ねる。

 その顔から、バグドは俺がこれから口にするであろう言葉が分かってるのだろう。

 その上で、俺はその言葉を口にして見せた。


 「……ああ。魔法を俺に教えてくれ、バグド!!」


 その言葉に、バグドは再び笑みを浮かべるのだった。


 


 


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