救えオアシスの光、集う英雄たち・9
食事の席に着いて少し待つと、ギルドとの打ち合わせを終えてアインとソフィーリアがやって来た。向かい合うエルゼターニアとセーマの隣にアインが、同じくハーモニとリリーナの隣にソフィーリアが座り、三対三で対面する形になる。
そうしてテーブルに先んじて注文しておいた料理が数々並び、いよいよ昼食の用意も整った。一応アインが、エルゼターニアとセーマ共通の知り合いであるということもあり音頭をあげる。
「さて! まずは遠路はるばる来てくれたエルちゃんとハーモニのお二人、お疲れ様でした」
「いえいえ! こちらこそ、突然の依頼にも関わらずご協力いただいて感謝しきりっす、本当に……またこうして、助けていただけるなんて」
座りながらも深く頭を下げるエルゼターニア。アインにしろソフィーリアにしろ、あるいはセーマにしろリリーナにしろ本来であれば今回の件についても関わり合いなどないはずの者たちだ。王国に住む彼らに協力を要請し、しかも断られずに済んだのも単にマオと友人だったため、『オロバ』が絡んでいるためでしかない。
だからこそ余計に感謝の念が強まる。藁をも掴む想いの自分たちに、快く救いの手を差し伸べてくれた英雄たちへ、エルゼターニアはひたすらにありがたいことだと思わずにはいられなかったのだ。
そうして頭を下げている彼女に、セーマが声をかける。
「エルゼターニアさん、どうか頭をあげてほしい」
「セーマさん……」
「正しいことをしている人たちが困っているなら、助けたいと思うものだよ。俺もアインくんも、俺たち自身が君たちの助けになりたいと思うからこうして助力させてもらうんだ」
穏やかに諭すその声音は、見た目よりも老成している。優しく、それでいてどこか物悲しさも漂う深み。
達観さえしているように思えるセーマの言動は、やはり『勇者』として戦争を駆け抜けたがゆえなのだろうか。エルゼターニアとて理解の及ばない、大英雄の心境の奥深さである。
次いでセーマの隣、アインが言う。
「それにさ。『オロバ』と戦う僕らはもう仲間なんだ。仲間が助けを求めているなら助けるし、そこに必要以上の感謝だなんていらないよ」
「アイン、さん」
「……そう言う僕も半年前、魔剣騒動ではセーマさんにたくさん助けてもらった。魔眼事件で僕がエルちゃんを助けた数じゃ利かないくらい、本当に多く、色んな場面でね」
瞳を閉じる焔の英雄。思い浮かぶはかつての記憶だ。
去年の夏、通り魔行為をしていた亜人に殺されかけていたところを助けられて、セーマと知り合うこととなった。その頃から既に彼はアインを気にかけており、何かにつけてよく世話になっていたものだ。
多くを教わり助けられながら、水の魔剣士や風の魔剣士との戦いを切り抜けてきた。いつだってセーマは傍で見ていてくれて、優しく、そして強かった。憧憬と尊敬は日増しに高まっていったし、彼が『勇者』であると知ってからはもはや、師匠として仰ぐ程になっていた。
そして『オロバ』大幹部バルドーとの最終決戦。星の端末機構として覚醒するに至った、『焔魔豪剣』のターニングポイント。
アインはそこで、セーマから次の時代を託された。邪悪なる『オロバ』の打倒を、新時代を切り拓く新たなる英雄として任されたのだ。いつだって一歩、踏み出した先に未来があるとエールまで貰って。
決して忘れ得ない、アインの現在を形成した原点。偉大な師と過ごした、輝かしい日々。
それらを踏まえてエルゼターニアへと告げる。
「だから今度は僕が助ける番なんだ、きっと。そしてセーマさんから託されたものを、これからの時代の英雄たちに伝え広めていきたい……『勇者』から直接志を受け継いだ、それも僕の使命だと思うから」
「い、いやいやそんな大仰な。別に俺のことは気にせずに……」
「何という立派な心がけだ、アイン……! 主様をかくも敬うその姿勢、さすがは新時代の英雄なだけのことはある」
「いやあの、リリーナさん?」
顔をひきつらせてセーマが、明らかに思い入れが強すぎる友人を宥めようとして……感激してアインを誉めそやすリリーナにツッコミを入れた。
いくら何でも過大評価が過ぎるのだし、何よりセーマからすればアインに教えたことなど大したものでなく、彼が大成したのは彼自身の才覚と努力、そして人徳によるものなのだと思っているからだ。
正直に言えば自分のような『勇者』よりもよほど立派で、真に尊敬されるべきはアインであるとすら思う。
そんなセーマに、照れ臭そうに笑ってアインは続けて言った。
「あ、はは……いえその。僕がしたいんですよ、そういうの。託されたものを、次へと託していくっていうか。エルちゃんならきっと、しっかり受け取ってまた、誰かに繋いでくれるとも思いますし」
「わ、私が……!?」
思わぬ言葉にエルゼターニアが瞠目する。師を敬うアインの気持ちは痛い程に分かったが、よもや自分も関わってくるなど予想外のことだ。
率直に言えば戸惑いがある。もちろん光栄であるし、尊敬するアインにそこまで買ってもらっていることも嬉しいが……その彼がこうまで意識しているセーマの志を、果たして自分などで受け止められるものなのだろうか。
不安がる少女に、勇者は苦笑いして労りの言葉を投げた。
「エルゼターニアさん、あまり気にしないで……そんなこと言われても困るに決まってるんだから」
「は、はあ……いえ、そのう」
「アインくんもそうだけど、俺の意志とかそういうのは引きずらないで、とにかく自分の道を行ってほしい。隠居は隠居なりに適当に生きていくんだから、君たちは君たちでやっていかないと」
さあ、それじゃあ食事がてら本題に入ろう──そう言って食べ始めるセーマ。
アインとは裏腹の姿勢に正直、助けられた心地にもなりながらエルゼターニアは、けれど『勇者』セーマの志について多少の意識を持ち始めつつ、食事を始めるのであった。
状況を説明する傍ら、食事を堪能する。この食事処の料理は肉が多めでボリュームもたっぷりの冒険者仕様とでも言えるレパートリーで、今回も野菜や魚はそこそこに、やはり肉をメインとして一同は食べていた。
「中央オアシスがそんなことになってるなんてねえ……ユートピアか。誰にとっての理想郷なんだか」
「少なくともそこに住まう民ではないっすね、きっと。恐らくは『魅了魔眼』で洗脳されているんでしょうから」
「ひどい魔眼……人を意のままに操るなんて、『オロバ』は何てものを」
エルゼターニアとハーモニから今回の件について、改めての経緯を説明されてのコメント。セーマは呆れ返ったようなトーンであるし、隣ではリリーナも閉口している。アインの向かいではソフィーリアが慄然として『魅了魔眼』の恐ろしさについて呟きを漏らす。
「それに『不死魔眼』か。自殺でも発動するならそりゃ、積極的に使うとなれば色々と歪むことになるだろうなぁ」
「攻防隙のない運用ができる能力ではあるのでしょうが……そう何度も死ぬというのはぞっとしない話ですね」
「炎の鳥……僕の焔とどちらが上なんだろう」
同様に『不死魔眼』についても述べていくセーマたち。リリーナもそうだが、その魔眼の能力面での瑕疵の無さを認めはするものの、反面あまりの非人道さに眉を潜めている。
一方でアインはもっと単純に、かの魔眼により発生する炎がどれ程のものかを気にしていた。焔を操る能力を持つ者として、似通った相手をどうしても気にするものなのだろう。
エルゼターニアが厳しい顔つきで言う。
「私は……あの『不死魔眼』だけは絶対に、何としても無効化しなければならないと考えます。ことによると『魅了魔眼』なんかよりよっぽど残酷で恐ろしいあの魔眼は、造られたことそのものが間違いだと思うんすよ」
「そうだね。そこは、君の言うとおりだエルゼターニアさん。何度でも蘇るから何度でも死んで良い、なんて能力はこの世にあっちゃいけない」
同意してセーマも頷いた。元より『不死魔眼』の対処を請われている立場であるというのもあるのだが、何よりもやはりその力のおぞましさ、恐ろしさを理解しているのが大きい。
かの魔眼の使い手、シーラについて想いを馳せる。エルゼターニアから少しばかり聞かされただけではあるものの、セーマにはある程度、彼女のパーソナリティーについて推測できるところがあった。
「魔眼を持つシーラという子も、最初からそうも容易く自殺できるような子じゃなかったろう。死んでも生き返るという能力を得て、実際に使っていく内に生命倫理が狂ったとは十分に考えられることだ」
「でしょうね。ある意味で、己の生も死も等しく無価値になったのかもしれません……完全に単なる魔眼発動のキーとして、彼女は自分の首をナイフで掻き切りました」
「……悲しいことだ、間違いなく。この世でたった一人、そのシーラだけは生きても死んでもいない。どうでもよくなってしまった命を無意味に使い潰して、自分を貶めている」
沈痛なものを瞳に浮かべ、未だ会ったことのないシーラを悼むセーマ。『不死魔眼』により強制的に己の命を無価値にさせられた少女の現状は、彼からしても地獄を思わせるものだ。死ぬことこそが望ましい力など、断じて認めるわけにはいかない。
だからこそ、と勇者は呟いた。
「止めなきゃな、その子は。俺ならいくつか手立てが思い浮かんでるから、そっちは任せてほしい。『不死魔眼』、二度と発動できないようにしてみせるさ」
「助かります……! そちらさえ抑えてもらえれば、後はこちらのもんっす!」
シーラと魔眼を封殺できると断言する彼に、エルゼターニアは強い安堵と共に感謝を述べた。対中央オアシスユートピアにおける一番の懸念点であった『不死魔眼』がセーマ預かりになった今、己らが為すべきことは分かりきっている。
考えている計画について、ハーモニから説明がされる。
「セーマさんにシーラを相手してもらっている間に、私とエルはアインさんとソフィーリアさん、そして『クローズド・ヘヴン』のオルビスさんとファズさんと例の関所を突破しようと思います」
「それなりの数、兵士がいますが……アインさんならそこは問題ないと思います」
「だね。『オクトプロミネンス・ドライバー』でも『イグニスボルケーノ・ドライバー』でも、多数を相手取るやり方はいくらかある」
力強く答える焔の英雄。言葉通りで、アインは遠近も数の如何も問わない高水準のオールラウンダーだ。特に多数の敵を相手とする場合、面単位での制圧さえ可能な手札を持っている。
関所から、あるいは敵の本陣に至るまでを彼が主体として突破すれば、エルゼターニアたちは消耗もなく敵の首魁、『閣下』なる者の元にまで辿り着けることも夢ではないだろう。
アインは一つ頷いて、不敵に笑った。
「よし、そういうことなら道中は僕が引き受けるよ。移動も『オクトプロミネンス・ドライバー』で──」
「……いや、ちょっと待ってほしいアインくん。少しばかり提案があるんだ」
「セーマさん?」
不意の言葉にセーマを見るアイン。軽く思案しながらの彼は、それでもふむと一人、何かを納得したように息を漏らし、顔を上げて一同を見回す。
そして告げるのは、思いもよらない話であった。
「これはここだけの話なんだけどね……王国南西部から中央オアシスへと、大森林を経由せずに行き来できる隠しルートがある。そこを使って中央オアシスの背後を突こう。いわゆる、奇襲だね」




