救えオアシスの光、集う英雄たち・8
王国南西部の冒険者ギルドには施設内に食事処がある。基本的には冒険者が多く利用する性質の店であるのだが門戸は開かれており、一般町民でも普通に利用することもできる場所だ。
とはいえやはり冒険者向け。外出して肉体労働も多くこなす層を想定しているため、どちらかと言えば肉類のメニューが多い。格安でボリュームもたっぷりだがバランスよく食事をしたいなら他の店を利用した方が話が早い、そのようなところであった。
そんな食事処へとやって来たエルゼターニアとハーモニ、そしてセーマ。アインとソフィーリアは少し遅れてやって来る──今回の件についてギルドとも多少、やり取りがあるのだ。
さておきセーマは店内を見回した。既に彼に付き従うメイドが一人、場所を取っておいてくれている。時間帯もあり賑やかな店内を見渡せばすぐに見つかったので、そちらに向かって歩きだす。
エルゼターニアが、若干の戸惑いも見せつつ呟いた。
「メイドさんって……マジなんすね。大森林にある『森の館』にてハーレムを築いているって話は、前からお聞きしていましたけど」
「ん、まあそうだね。分不相応ながら、大勢の人たちに世話してもらってるのは事実だよ。はっきり言ってしまえば皆を愛しているし、皆からも愛されている」
あっさりと噂を認めるセーマ。王国南西部の国境、大森林内にて『森の館』を構え、亜人の美女たちを大勢囲っている──事実だ。何ら齟齬はない。つまるところハーレムであるし、その中にはエルゼターニアの友人マオや、ハーモニの師匠アリスもいる。
一瞬、複雑な表情を浮かべるエルゼターニアだったがすぐにそれを隠す。セーマやマオの男女関係について、当人らが同意しているならば口を挟む権利などない話だ。元より亜人とは多夫多妻を慣習とする種族も多いのだし、人間の尺度で量りきれるものではない。
かつて温泉村にてマオと過ごしていた時、たまに彼女は相方だという男について話していた。それがセーマのことなのだろう。
ならば余計、要らぬ口を挟むことはできない。内容はほとんど惚気でしかなかったし、聞いていて独り身が寂しく思えてくる程に、彼を語るマオが幸せそうだったからだ。
総合的に鑑みてエルゼターニアは、苦笑いと共に呟く他なかった。
「何と言いますか……モテモテさんなんすねえ。うちの上司が聞いたら泣いて悔しがるかもっす」
「いやいや、こればかりは縁のものだよ。彼女らには救われている、本当に。あの戦争から、こうして平穏な日常に至れたのも俺一人じゃ無理なことだった。感謝しているよ」
しみじみ語るセーマ。戦後しばらくは諸事情あって放浪していた身の上だが、こうして王国南西部に身を落ち着けたのはつい半年前のことだ。彼の帰る場所を護り続けていてくれたメイドたちのお陰で、ようやく幸福を取り戻せたのである。
そうしたことを語りながらも、件のメイドのところに辿り着く。店の奥、長いテーブルを確保してくれている彼女に軽く手を振れば、メイドは立ち上がって深く、一礼した。
蒼窮を思わせる透き通った青髪、空の色とでも言えるだろうか。それを肩口まで伸ばした、絶世の美女だ。一同の中で一番背の高いセーマと比べても頭一つ分、なお長身でスレンダーだ。メイド服に白いマフラーを首に巻いた特異な出で立ちで、得物であろう剣を腰に提げているのが不思議と似合っている。
全体的にクールな印象の、それでいて歴戦の雰囲気も感じさせる美しいメイドである。彼女の傍にまで近付いて、セーマがまずは言った。
「お待たせリリーナさん。今日は後から来るアインくんとソフィーリアさんに加えてハーモニさんと、そしてこちらの『特務執行官』エルゼターニアさんが一緒だよ」
「はい。ハーモニの気配はしておりましたのである程度、予想はしておりました──久しぶりだな。共和国での活躍は耳にしたよ、頑張っているみたいで何よりだ」
「リリーナさん! ご無沙汰してます、ありがとうございます!」
美女メイド、リリーナにハーモニが頭を下げた。元より旧知らしく、エルゼターニアがぽかんとする程に相方が礼を尽くしている。
そう言えば、と思い返す。『森の館』には亜人でありながらも冒険者をしているメイドもいるという話だ。内一人は世界的にも有名で、最強のS級冒険者として知られている。
思い至り、エルゼターニアはその名を呼んだ。
「……『剣姫』リリーナ様!? 世界最強の冒険者の!?」
「む。世界最強はともかく、『剣姫』などと言われてしまっているのは事実か……お初にお目にかかりますエルゼターニア殿。わたくしはリリーナ。『森の館』にて至尊なる主セーマ様にお仕えするメイドが一人にして、末端ながら冒険者稼業も少しばかりしている者にございます」
優雅に一礼。メイドとして相応しい態度と共に名乗りを告げたリリーナに、動揺を隠せないエルゼターニア。
本物の『剣姫』だ。世界一の冒険者の名を知らない人間は早々いない。何しろ亜人の身にして100年前から活躍し続ける剣士の中の剣士で、かの戦争においても多大な活躍をしたことで名声が広く知れ渡っている。
慌ててエルゼターニアも、己が名乗りをあげた。
「あわ、あわわわ……! え、エルゼターニアと申します! き、共和国治安維持局の『特務執行官』っす!!」
「お噂は予々聞いております。若い身空でありながら人々を守るべく奮闘していらっしゃるとか。そのお志、深く敬服いたします」
「そ、そそそそんな……! もったいないお言葉っす、本当に、はい……!」
冷や汗すらかきながら答える。世界最高の冒険者、生ける伝説とさえ言える本物の『剣姫』を前にして、平静でいられる程エルゼターニアも大人ではない。
『剣姫』の冒険者活動は少なからず逸話として世界各地に知られている。美しく強い女剣士が、様々な難事件に果敢に挑戦する冒険譚。多くの魅力的な仲間と共に打ち立ててきた華々しい伝説は、そのすべてとはいかないにせよいくらか書籍にさえなっている程だ。
エルゼターニアも幼い頃、『剣姫』の冒険を題材にした絵本にいくつも出会っている。勇気と慈愛で正義を為す最強の冒険者リリーナの名は、その頃から既に知っていたのだ。
そのリリーナ本人が今、目の前にいる。
震える程の感動で、エルゼターニアは信じられないとばかりに呟いた。
「ぼ、『冒険者リリーナの栄光』シリーズ、今も時々読んでます。お会いできて光栄っす……っ」
「う──そ、そのタイトルは……!」
「『冒険者リリーナの栄光』シリーズ? え、何それ、本?」
「はい! リリーナ様の過去の冒険について書かれたシリーズで、世界中で人気の小説っす! 最近だとそれをテーマにした美術展が開かれることもあるとか」
「そんなに!?」
リリーナに関して、そのようなメディア展開が行われているなどまるで知らなかったセーマは驚きに叫んだ。彼女が古くからの冒険者であり、時代ごとに様々な英雄たちと共闘してきたらしいことは知識として知っているものの、まさかそうした話が書籍になっている程とも思っていなかった。
思わず尊敬の目でリリーナを見つめる。知ってたけど超有名人じゃん……と、どこかミーハーな気質すら垣間見えるその視線に、リリーナは顔を赤らめて俯いた。
「くっ……! わたくしの預かり知らぬところでそのような本を書かれて、あまつさえ世界中に広く知られて……! お恥ずかしい、どうせならば主様の御功績について書いてくれと言うのに」
「いや俺そんな本になる程のエピソード無いし。すげー……リリーナさんすげー。あっ、ジナちゃんなら持ってるかな、その小説」
「持っておりません! 絶対に買うなと念入りに釘を刺しておりますれば!」
「あ、でもアリスさんは持ってるはずですよセーマさん。あの人もその本の流通に一枚噛んでるはずですし」
「マジか! 後で聞いてみようっと」
他人が書いた、自分についてあることないこと好きに盛った娯楽小説など主セーマに見せたくない。その一心でリリーナは言うのだが、ハーモニからの思わぬ密告に呻くこととなる。
アリス──ハーモニの師でありリリーナの親友、そしてセーマのメイド。彼女こそ昔日、件の本について関わりがあるのだという。リリーナが低く声を発した。
「ハーモニ……余計なことを、貴様」
「ひえぇっ!? い、良いと思いますけど見せたって! 悪いこと何にも書いてない、ほとんどファンブックみたいなものですし、あれ!」
「評価されていることはありがたいがそれはそれとして、主様にお見せできるものではないだろう! 大体……わたくしも知らない、わたくしのエピソードがかなりある時点で論外だ。わたくしは、主様と出会うまで恋などしたことはない!」
「あ、そういうエピソードもあるんだ。ってか読んだんだねリリーナさんも」
「遺憾ながらですが……」
自らの半生が他者によって本にされた。そのことを受けてリリーナも興味本意で手にとってみたことがある。
はっきり言えば虚実相交わりたり、だ。覚えのあるエピソードと全く覚えのないエピソードとが入り交じっており、下手をすれば半分近くは捏造の冒険譚なのである。そもそも誰にも語ったことのないリリーナが冒険者となった理由、すなわち天使を追放されて堕天使となった経緯についてでたらめばかり並べているのだから堪ったものではない。
これについては当然、アリスにも抗議したのであるが──
『有名人には付き物じゃ、諦めい。それにこのくらい適当な方がかえって箔が付く……どうせなら神格化されちまえば、お主に近寄ろうなんて羽虫もちったぁ減るじゃろうよ。ナハハハハハ!!』
──などと豪快に笑い飛ばされて、それ以来その本には触れまいと決めたのだ。元より他者からの風評など気にしない性質のリリーナらしいさっぱりした態度ではあるが、とはいえそんな彼女でもさすがにセーマに見せるとなると普通に拒むものだ。
ぶつぶつと小声で呟く。
「大体、なぜわたくしが堕天した理由にまで適当を並べるのだ……ただただニケイアやコンスタンツとそりが合わなくなっただけで別段、人間の世を憂いてなどいなかったというのに」
「ニケイア……最上位天使『第一位』。やっぱりリリーナさんはあの化物とも知り合いだったんですね」
しっかりと愚痴を耳にしていたハーモニが、恐々と反応した。魔眼事件最終盤にて現れたかの天使は、放つ圧や持ち出した武器の威容からしても明らかにはるか格上だった。あるいはアイン以上、それこそリリーナやアリスに匹敵するかもしれない。
マオがやって来なければどうなっていたか分からない。そんな恐ろしさを思い返して震えるハーモニに、リリーナはうむと頷いた。
「それはまあ、わたくしも天使だったから当然な。誰より天使らしい天使で苦手だったよ……悪い奴ではないのだが」
「あの女、実際どのくらい強いんですか? マオさん相手にはさすがに具合が悪そうでしたけど、正直リリーナさんクラスかもって思っちゃいました」
「ふむ? ……まあわたくしならば勝てなくはないだろうし、そうなると主様やマオには傷一つ付けられまい。良いところジナ程度か。アリスでは厳しかろうな、相性もある」
「つまりアインくんでも大分怪しい相手だったと。そんな天使もいるんだねえ」
「にわかには信じられないっすよ……アインさんはあんなに強くて頼れるのに」
バトルジャンキーらしい格付けを求められて律儀に答えれば、そんなリリーナの所見からセーマが唸った。自分が後継と認めたアインでさえ、現段階では厳しい程の相手だというのだから驚きだ。
エルゼターニアもまた、アインでも及ばないというその天使に対してどこか釈然としていない。彼のことを間違いなく世界トップクラスの戦士だと信じているゆえに、無意識に彼の方に依った意見になりがちなのは、これもやはりファンの心理というものだろう。
世の中、改めて広いものだと感じる。ニケイアという天使にしても、リリーナの書籍についても。
そんなことをセーマ共々考えながら、エルゼターニアはひとまず食事の席に着くのであった。




