救えオアシスの光、集う英雄たち・7
挨拶も程々に、エルゼターニアたちはソファに座った。エルゼターニアとハーモニが並んで座り、対面にはアインとソフィーリア。そしてセーマが、アインたちのソファの後ろで立っている。事務員は部屋を出ており、今や室内にはこの5人がいるばかりだ。
自分の後ろに立って座る気配のないセーマに、アインが目を丸くして言った。
「セーマさん、座らないんですか?もし難でしたら僕の代わりにどうです?」
「いやいや俺がそこに座るの、かなりおかしいと思うよ? ここで大丈夫」
苦笑してセーマが応えた。アインの心遣いはありがたいが、どう考えてもこの場で自分が前に出ることに意味も価値もない。どうして彼を差し置いて、エルゼターニアと面と向かう必要があるというのだろうか。
王国と共和国の共同戦線となるであろう今回、そのどちらとも距離を置いているセーマは完全に部外者だ。そうでなくともこの場にてエルゼターニアは初対面、ハーモニは一度会って二、三言葉を交わしただけで、そんな彼女らの前に自分がしゃしゃり出たところで微妙な空気になるのは避けられない。
後はお若い方だけで──などと、内心にてそんな軽口を叩きながらも、セーマは続けて言った。
「俺は今回、ただの外部協力者だよ。大まかな話は聞くし必要なら出張るけれど、ことの子細は君たちとそちらのエルゼターニアさんとハーモニさんとで決めてほしい。君たちが決めた方針に、従うからさ」
「せ、責任重大ですね……! せ、せめてアドバイスとか欲しいんですけど」
「そりゃもちろん、ちょっとくらいはするけど……踏み込んだことはしないよ。アインくんもそろそろこういう、場を仕切ることにチャレンジしても良い頃だ。きっと後々役に立つ」
「う、うー。そんなー」
「何ごとも経験、経験。ここは一歩下がってアインくんの采配を見させてもらうよ」
あくまで一歩引いた立ち位置に収まるセーマに、アインは弱った顔で唸る。そんな様子にエルゼターニアは、衝撃的な心地でいた。
ここまで弱気な……というよりはいっそ甘えているとさえ言えるアインは見たことがない。いつだって彼は強くて頼りになって、自分たちを引っ張ってくれていた。魔眼事件においては精神的な支柱だったとさえ言えるかもしれない。
そんな彼がここまで頼る、セーマという男。やはりこの人が『勇者』なのだろうか。
隣でハーモニが伝えてくる。
「エル。紛れもなくこの人が『勇者』セーマさんだよ。大森林で隠居してる、戦争を終わらせた大英雄」
「や、やっぱりそうなんすね。何かこう……もう少し大人な風貌のイメージでした。勝手な感覚っすけど」
「アインさんの師匠ってなると、そう考えちゃうよねー。でもあの人も亜人だし、人間よりかは成長が遅いんだよ」
「一応、年齢は26になります。このナリじゃ、中々そう見られないですけど」
苦笑いを浮かべるセーマ。アインやエルゼターニアとそう変わらない程に若く見えるがその実、ほぼ10歳は年長なのだという。ハーモニが言っていたように亜人であるならばおかしいことではないのだが、それならばそれで不思議に思うことがある。
亜人ならば大抵の場合、種族ごとに外見的な特長があるものだ。オーガならば角が生えているし、エルフならば耳の先端が尖っている。有翼亜人でもハーピーと天使とでは翼の形状が異なるし、無形類亜人に至ってはそもそも定まった形というものがない。
まさしく多種多様な見た目、それらをひっくるめて亜人と呼ぶのである。
ところが眼前のセーマにそうした特長は一切ない。完全に人間同様で、かといって無形類亜人のようにも見えない。
かつてスライムの亜人クラバルは極めて精巧に人間の形を成し、それを隠し通していた。セーマも同様なのかもしれないと、エルゼターニアはおずおずと質問した。
「あの。もし差し支えなければ何の亜人か、お聞かせ願えたらなあと。もしかしたら今回の件で、セーマさんの亜人としての能力に頼らせていただくこともあるかも知れません」
「あー……何て言ったら良いかなあ。俺、結構特殊なタイプの亜人でして。それこそマオと同類と言いますか」
「マオさんと、同類……って『魔王』じゃないっすか! まさかセーマさんも?」
亜人種『魔王』たるマオと同類というならば、つまりはセーマもそうであることになる。
さすがにそれは信じがたいと率直に告げると、むしろ彼はエルゼターニアが即座にマオの種族を言って見せたことに驚いたようだった。瞠目して、逆に聞いてくる。
「マオの正体を、知っているんですね。あいつが直接言うわけないし、どうして」
「星の端末機構と、『魔王』という存在の役割について知った時点でもう、確信はあったんすけど……事実として知ったのは、マオさんが最上位天使ニケイアと相対したという話をハーモニさんから聞かされた時っすね」
「思いっきり魔王として振る舞ってましたから、その時のことを話すとなると触れざるを得ませんでした……すみません! 何だか余計なことを」
「あ、いえいえ! 仕方ないですよ、そればっかりは。大体隠していたってその内バレるのは、他ならぬマオ自身が覚悟していましたし」
ハーモニに向けて応える、セーマの顔はどこか憂鬱が見えた。マオが魔王であること、かつて戦争を起こし人間世界を脅かしたことを踏まえれば当然、いずれエルゼターニアに真実が知られるとは分かっていたことだ。
それはマオ当人も覚悟の上であったし、エルゼターニアの話となるとどこか悲観的な物言いが増えていたのは、初めての友人を失うことへの寂しさと諦念とについて折り合いをつけていたためだろう。魔王の所業を知ってなお、友人でいられるような人間など早々いるものではない。
この場に彼女がいなくて良かったのかもしれない。そんなことさえ考え出すセーマ。しかしエルゼターニアの言葉で、彼はそのような悲観が思い違いであることに気付かされることになる。
「あの、マオさんは今どこにいらっしゃいますか?」
「ん……あいつなら今、『オロバ』を調べるためにまた旅に出てますよ。今度は聖国ですね」
「そう、っすか。お会いできると思っていたんすけど、残念っす。また一緒に遊びたかったなぁ」
「……え」
思いもよらぬ発言だった。魔王と知ってなお、エルゼターニアはマオと遊びたがっているのだ。
あからさまに予想外だという表情のセーマに、彼女は柔らかく笑って言った。
「魔王でも、私にとってマオさんは友達っす。仕事ばかりの私を気遣ってくれて、ピンチの時には助けてくれて、アインさんとソフィーリアさんを連れてきてくれて、そして一緒に遊んでくれた……心から信頼できる友人」
「エルゼターニアさん……君は……」
「私にはそれがすべてっす。他の誰が何と言おうと思おうと、この心が、あの人を友達だと思いたがっているなら──それだけで十分なんすよ、私には」
偽りなき真実の想いが、セーマの想像を超えていく。エルゼターニアという少女についてはあらかじめ、マオやアイン、ソフィーリアからある程度の話は聞いていた。聞いてはいたがまさか、ここまで一途でまっすぐで、そして強い人物だとは思ってもいなかった。
真正面から見つめてくる少女の顔は、アインにも通じる英雄の相。どんなに厳しく険しくとも、正しいと信じたことを貫き通す覚悟を秘めた煌めきがそこにはあって。
セーマは軽く吐息し、感謝と敬意を以てエルゼターニアへと告げた。
「ありがとう。きっとマオも喜ぶよ。あいつは、本当に得難い友人を得た」
「そ、そんな大袈裟っすよ。あはは」
「──そして俺も、改めて言わせてもらおう。エルゼターニアさん、ハーモニさん」
「……っ!?」
礼と共に変わる雰囲気。セーマの纏う空気が、どこかのんびりとした牧歌的なものから一気に引き締まる。
瞬間、エルゼターニアは息を止めた。『気配感知』を持たない人間の身であっても分かる程に放たれる、セーマという男の存在の大きさが無意識の内に彼女の全身を硬直させたのだ。
肌を刺すような力の波動が、自然と特務執行官を圧倒していく。わずかに漏れでたセーマの力、秘めたる無限エネルギーのほんの一欠片が、歴戦の特務執行官をさえ絶句させたのだ。
──次元が違う。アインにも、マオにさえも感じたことのないような格の違いというものを悟り、エルゼターニアは震える声で呟いた。
「ゆ……ゆ、『勇者』。こ、これが……この人が!」
「アインくん、ソフィーリアさんに続いてこの俺、『勇者』も力を貸そう。気ままな隠居暮らしだがそれでも多少、腕に覚えはあるつもりだよ。よろしく頼む、エルゼターニアさん」
「セーマさん……! はい、よろしくお願いいたします!!」
威厳さえ漂わせるセーマの、頼もしさを感じさせる言葉を受けてエルゼターニアは頭を下げた。
絶対的な確信がある──この人の助力を得られた時点で勝利は確定した。『魅了魔眼』も『不死魔眼』でさえもこの人の前では赤子も同然だ、間違いなく。ハーモニがかつて数秒で半殺しにされたという話も、今なら当然のことだと納得できる。
『魔王』を倒して戦争を終結させた救世の英雄というのは真実なのだと、エルゼターニアは心から実感したのだ。
「セーマさんと一緒にエルちゃんと共闘か……! 何か燃えてきたっ! どんな敵が来ても負ける気がしないや、ソフィーリア!」
「そうね、アイン! 私も頑張ってサポートするから!」
尊敬する師と、共に闘った仲間と。信頼できる戦士たちと協力できる場が整ったことに俄然張り切るアイン。気炎を吐けばソフィーリアも隣で同じように気合いを入れる。
エルゼターニアの隣では、ハーモニが不敵に笑っていた。
「いやー、こうなるとあのシーラっての、可哀想になるね! セーマさん相手にするなんて、私なら発狂するよ!」
「そんなに!? っていうか、シーラ? ハーモニさん、それが俺にどうにかしてもらいたい敵なのかな」
「あ、はい! 『不死魔眼』っていう、死んでも完全復活するインチキ魔眼を持つ少女なんですけど……」
「使用者のシーラは能動的にその能力を使うんすよ。自殺して、復活する際に一旦炎に化けるんすけど、その炎で攻撃してくるんす」
話の流れではあるが端的に『不死魔眼』の能力を伝える。何はさておいてもセーマに何とか対処して欲しいのは、かの魔眼を持ち戦闘に使用してくるシーラという少女だ。
得た情報から少し考えるセーマであったが、そう長いことはかからなかった。あっけらかんと、何でもないことのように言う。
「話を聞く限り、要は死ぬこともできない状態にすれば良いのかな。まあ、何とかならなくはないよ」
「ほ、本当っすか?!」
「ああ……まあ、なるべく穏当には済ませたいけどね。まずはその『不死魔眼』とやらの性能をこの目でたしかめたいところだ」
実際に見てからどうするかを決める、という場当たり的なセーマの物言い。けれどそこには何とかなると断定するだけの説得力が不思議とあり、エルゼターニアはこれでシーラを抑えることには成功すると確信を持てた。
となれば後は中央オアシスへ再度進入するにあたっての、全体の計画を練る必要があるだろう。そもそもどういった成り行きになっているのかも話さねばならない。
改めて説明しようとするエルゼターニアに、ちょっと待ったとセーマはストップをかけた。室内の時計を指差し、片目を瞑って笑う。
「そろそろ昼だ、話は食事がてらしようか」
「あ……そうっすね! そういえばお腹、ペコペコっす!」
「場所は身内に確保してもらってるし、それじゃあ行こう。ここの食事処の料理は美味いよ」
ちょうど頃合いだとギルド内にある食事処に一同を促すセーマ。何はともあれ、まずは腹拵えだ。話はそこででも悪くはない。
かくして戦士たちは、面談室を退出するのであった。




