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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『共和国魔眼事件』
92/110

救えオアシスの光、集う英雄たち・5

 共和国首都、治安維持局本部。国政を司る議事堂の真横に構え、国をあらゆる脅威から守護せんと堂々たる威容を放つ保安官たちの総本山である。

 本部施設の正門入ってすぐにある広場では、陽も落ちかけて闇夜の気配が色濃くなってくる中を、仕事もそこそこに帰ろうとする職員たちや交代勤務で今から仕事に取りかかろうという職員たちで賑わっている。

 

 忙しいながらも充実した、ありふれた日常。しかしそんな平穏に、ちょっとしたハプニングが起きようとしていた。

 

「──到着!!」

「うおっ!?」

「何だぁっ!?」

 

 行き交う局員たちの合間、何もないところに突如として人が現れたのだ。それも一人だけでなく四人も。周囲の者たちが驚き叫ぶのも当然のことと言えるだろう。

 何しろまったく影も形も無いところから、完全に突然の出現を果たしたのである。人々は唖然として、何の手品か奇術かと眼を擦っていた。

 そうした周囲に構わず、現出した者たち──特務執行官エルゼターニアとパートナーのハーモニ、『クローズド・ヘヴン』のオルビスとファズは次々に息を吐いた。

 

「は、あ──せ、成功……首都、の治安維持局本部っすね、ここは」

「ふう……危なかった! いやあまさか、あんなガキンチョが『不死魔眼』の持ち主だなんてねえ」

「自分で自分を殺しても発動するからって、ああいう使い方するかね、普通。おい坊や、良かったなァ。お前以上のド変態がいたぜ」

「冗談にしても笑えませんよ、師匠。そもそもああいう、命を軽視しているような娘はむしろ相性悪いと思いますがね。だって怖がらないじゃないですか、死を」

「何の話してるの……?」

 

 緊迫した状態から一気に安全圏にまで避難できた反動か、平時に比べ皆、どこか落ち着きのなさが出ている。恐るべき魔眼の力の一端に触れたという、戦慄を誤魔化すためというのも無意識にあったのかもしれない。

 

 中央オアシス政府領へと調査に赴いた四人は結果、『魅了魔眼』により乗っ取られた人々と『不死魔眼』を操る少女シーラと対峙していた。

 ファズによって一時は捕縛が為され、そのまま治安維持局に連行して聴取を行おうかと考えたが……その矢先、シーラが己が魔眼を発動させた。何と自らの首をナイフで掻き切り、自死に至ることで『不死魔眼』を無理矢理起動させたのである。

 

 炎の鳥へと身を変じ、驚異的な速度で突撃してくる彼女をやり過ごすには、エルゼターニアの『転移魔眼』による撤退以外になかった。急いで四人手を繋ぎ転移を敢行した結果、ギリギリのところでシーラの攻撃を回避し、そして今こうして治安維持局本部へと帰還を果たしたのである。

 オルビスとファズの、何やら不穏な会話を適当に聞き流しつつもエルゼターニアが一人、深く嘆息する。

 

「『不死魔眼』……何て、何て酷い能力。レンサスさん、何て惨いものを作ってしまったんすか……っ」

「そうだね。あんなインチキ魔眼、酷いなんてもんじゃないよ。どういう性能してるのさ、まったく!」

「性能とか以前の問題っすよ、あんなものっ」

 

 『不死魔眼』のあまりの性能──能動的な発動でき、炎と化した際の突進力、破壊力も折り紙付きでしかも完全回復まで成し遂げるという破格の能力に、相対して余計に憤りの増すハーモニ。

 だがエルゼターニアはそこではないと沈痛な面持ちで首を振った。悔しげに、ルヴァルクレークを握る掌に力を込めて言う。

 

「……自らを害することで成立する、そんな戦術を罷り通らせてしまうなんて。あのシーラって子に、自分の命を殺しているという自覚さえ失わせているあの『不死魔眼』は、私にはどうしようもなく酷いものに思えます」

「エル……」

 

 息を呑み、ハーモニは相棒を見詰めた。

 悲嘆し、激怒していた。静かに、けれどたしかにエルゼターニアは今、あの『不死魔眼』に対して心底からの哀しみと怒りを抱いている。

 使用者から命に関する倫理観を奪い、価値観をも歪ませ、簡単に何度も何度も自殺を行わせる狂人にしてしまう魔眼。ある意味、この世のどんな存在よりも凶悪で醜悪で、そして惨い能力だ。相対する誰よりも何よりも先にまず己を苦しめることを前提にした能力など、悪夢のような代物としか言い様がない。

 

 シーラを思い返す。元気に無邪気に笑っていたあの桃色の少女は、その裏で何回も何十回も、あるいは何百回と己を殺してきたのだろう。与えられた力を以て『閣下』の役に立とうと、中央オアシス最強の戦士たらんとして、彼女は幾度となく自らを踏みにじってきたのだ。先程、自分で首を掻き切って見せたように。

 高らかに謡うように、誇るようにさえしながら自殺と再生とを繰り返す少女を幻視して、エルゼターニアは全身を震わせた。

 

 惨すぎる。こんな酷い話が、この世にあってたまるものか。爆発寸前の怒りを歯噛みして堪えて、震えながらも唸るように特務執行官は呟く。

 

「許せない……絶対に許せない。あんな魔眼を作った『オロバ』も、それを悪用している『閣下』とかいう輩も。そして自分を殺し続けるあの、シーラも。命を、たった一つの命を何だと思っているんだ……っ!」

「……大したもんだ。マジで『クローズド・ヘヴン』に欲しいぜ、この子」

 

 激怒するエルゼターニアを見て、オルビスは心底から感服していた。特務執行官という国仕えの身の上でなければこの少女、何がなんでも冒険者に仕立てあげて『クローズド・ヘヴン』に推薦しているところだ。

 彼女はシーラという少女について、『不死魔眼』の強さを嘆くのではなく、それによって死を恐れないようにさせられたことを哀しみ、そして憤激している。敵であるとか倒し方が分からないだとか以前にまず一人の人間として、命の価値を奪われてしまった少女の魂に寄り添っているのだ。

 

 ここまで高潔な精神性は中々、お目にかかれない。よほど親の育てが良かったのだろうし、よほど本人の性質が善に寄っているのだろう。何にせよ感嘆を禁じ得ない心根だ。オルビスはここに至り、エルゼターニアの善性をすっかり気に入るようになっていた。

 

「どいたどいた! ……やっぱりエルたちか! 『転移魔眼』で帰ってきたんだな!」

「ってこたぁ、やっぱりクロかよ中央オアシス! まったく、嫌な予感してたんだよな俺ぁ!」

「……ヴィアさん! ゴルディン部長!」

 

 そんな中で人々を掻き分けやってくる男、二人。治安維持局特務執行課長ヴィアと、保安部長ゴルディンだ。ある程度こうなることは覚悟していたらしく、焦りつつも声をかけてくる。

 しばらく放出していた怒りはひとまず内に秘め、エルゼターニアは二人に応えた。『不死魔眼』とそれを用いている者たちへの収まらない怒りは、次に相対した時に直接ぶつけて見せると決意する。

 

「……まずは、王国南西部に行かなきゃ、ね。レンサスさんの言う通り、『あの方』のお力添えを頼まないといけないみたいだし」

 

 そのためにも必要なことがある。『不死魔眼』を確認した場合に最優先で行うべきと、レンサスに警告されたことを思い返して、エルゼターニアは深呼吸した。

 そしてルヴァルクレークを背に戻しながらも、彼女はこれからの行動について思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……共和国め、ついに嗅ぎ付けてきたか」

 

 中央オアシス、今は政府領でなくユートピアと続くらしいその国の居住区。オアシスに築かれた町の中で一番大きく華美な、為政者たちが政を行う議事堂の中の一室にて。

 男は最高品質のチェアに座り、デスクを隔ててシーラの報告を聞いていた。いまいち何を言っているかは分からないが、何が言いたいかは何となく分かる。そんな彼女の言葉遣いにも耳を澄まして聞き取り、解釈した上でふうむと呟いた。

 

 報告によれば先程、共和国方面から武装した男女が四人、関所に近付いてきていた。あわや戦闘かという一触即発の空気だったが、最前線に配置していた目の前のシーラが『不死魔眼』を用いて撃退したらしく、男女はすぐさま姿を消したらしい。

 シーラの活躍が期待通りであったことに目を細めつつも、男は報告から読み取れたことを確認していく。

 

「レンサスが捕縛された時点でこうなることは予測していたが、予想よりかはいくらか早いな。それにしても共和国も中々強かだ……まさか『オロバ』と敵対していたはずの奴らに、魔眼保持者がいるとはな」

「虹色に光る金色の魔眼でしたよ! 発動した途端に消えて見えなくなって、すぐどっか行って消えちゃった」

「ふむ」

 

 男が気になるのはやはりそこだった。報告では少女の瞳が光輝いた瞬間、男女は姿を消したという。

 何も知らなければ夢か幻かと一笑に付していたところだろうが、男は知っていた。超常現象を引き起こす奇跡の眼には、そのような類のものもあるということを。

 

「……考えられるのは『転移魔眼』くらいなものだが、あれはたしかレンサスの右目に埋め込まれていたはずだ。まさか抉り取られて奪われでもしたか」

 

 かつて協力していた『オロバ』大幹部の少年を思い出し、顎に手をやる。共和国に潜ませている諜報員からの情報にて、彼が一月前の魔眼事件で敗れて捕縛されたことは把握済みだったが、『転移魔眼』を失ったのかまでは分かっていなかった。

 

 無能な諜報だ。ならば変えるか。

 即座にそんなことを考えて、そして実行に移す。男の左目に宿る魔眼は、そういった性質のものだ……一度見れば意識を塗り潰し意志を奪い、そして離れていても指示を出せる。彼のちょっとした思い付き一つでも『人形』たちは、即座に何でもやる。殺人でも、自害でさえも。

 

 『魅了魔眼』。左目を白く輝かせ、男はシーラに問うた。

 

「我が国最強の戦士シーラよ。一つ聞こう……奴らはまた来るだろうが、何度でも返り討ちにできるものかな?」

「もちろん! この国で一番強い最強のウチの『不死魔眼』に、勝てるやつはいないよ!」

「そうか……安心したよ。ふふ、ふ」

 

 妖しく笑う。口振りとは裏腹に、男は心配も安心もしていなかった。シーラが、『不死魔眼』が勝つのは当たり前だからだ。

 己が『魅了魔眼』こそ最高の能力だと確信している男であるが、唯一『不死魔眼』にだけは拮抗され得るだろうと常々考えていた。何しろ何をどうしても負けないという性質の魔眼だ、どうしようもない。

 

 ゆえに男にとって『不死魔眼』を持つシーラは、この世でたった一つ対等な存在であると言えた。馬鹿で浅はかで何を言っているのか分からない小娘だが、その無敵性だけは他のどんなことよりも認め、信じている。

 だからいつだって、男は彼女にこのように言うのである。

 

「頼むぞシーラ、我らが最強の戦士よ。その無敵の力でお前の国、お前の土地、そしてお前の主君を守るが良い」

「分かった、任せて! ウチがきっと敵の皆を全員倒してやっつけて、ウチの国と土地と閣下を護ってみせるから!」

 

 胸をどん、と叩いて強気に笑うシーラ。それを見て、男はやはり、密やかに嗤うばかりであった。

 

 ──すべて万事滞りなし。

 そんなことを、小さく口元でだけ呟いて。

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