救えオアシスの光、集う英雄たち・4
突如として天空より飛来した、炎の鳥。すさまじい勢いと熱量で以て砂面を強かに殴り付けた衝撃波が、エルゼターニアたちを襲っていた。
「ぐうううううっ?!」
「な、何ぃっ!?」
気付いた時点で無論ながら、回避しようとした四人。とは言え咄嗟のこと、慣れない砂に足を取られ思うように離れられないところを突き抜けられて、一同は方々に弾き飛ばされる。
オルビス、ファズ、エルゼターニア。三者それぞれ別方向へ散り散りとなる。関所の方向に弾かれた者がいなかったのは幸甚と言えよう──その場合は最悪、兵士たちに取り押さえられることも考えられた。
『エルッ!』
「は、ハーモニさん! ──霧で私を!?」
『まあね! 貴女は、私が護るッ!!』
一方でただ一人、ハーモニだけは冷静に、かつ最優先と定めたことを為していた。自らを『霧化』させ、エルゼターニアの体を包み、衝撃から彼女を護ったのである。
己のある限り、決してパートナーを傷付けさせない。今ではハーモニの最重要目的ともなったエルゼターニアの守護を、とりあえずは行った形だ。
霧から身体を戻し、エルゼターニアの身体を優しく支えつつ、言う。
『炎……アインさんかと一瞬思ったけど違うね。あの人はこんなことしない」
「もちろんっすよ……! それに何より、あの人の焔はこんな程度じゃない。もしアインさんなら今の一撃で私たち全員、戦闘不能っす」
炎の鳥。それを見た瞬間に想起されたのはもちろん『焔魔豪剣』アインだ。炎を自在に操り空から強襲を仕掛けるなど彼くらいの芸当だと思っていたが、それにしては今の一撃は威力が低い。星の端末機構として無限エネルギーのバックアップを受ける焔の英雄の焔が、この程度ですむはずがない。
何より彼は今、王国南西部に帰還して日常を謳歌していて中央オアシスにいる理由がない。共和国を離れる際、もうしばらくは王国で修行を積むと笑っていた赤毛の少年の屈託ない笑顔を浮かべ、ならばとエルゼターニアはルヴァルクレークを構えた。
「この炎は何か別の……アインさんでない何者かによるもの!」
『わはーっはっはっはっはっはっはっ!!』
高らかに響く笑い声。少女らしい声が、燃え盛り砂を焼く炎から聞こえてくる。どういった原理によるものかは不明だが、炎そのものが声を発しているようだった。
やがて炎が収束していく。まるでヴァンパイアの『霧化』さながらの様相で、それなりの範囲を盛っていた火が今や、人間の身体を形作っていた。
『はっはっはっはっはっはっ!! はーっはっはっはっはっはっ!! ははっは──げふっ、ごほっごほっ!!」
「む、噎せてる……」
「ごほごほ、けほ──こほん。ふっふふー、よく来たね共和国から来た人たち。とっても喜んで歓迎するよ、すぐ帰って共和国に行ってもらうけど」
「……?」
あまりに笑いすぎたのか、激しく咳き込みながらも……今や人間の、エルゼターニアとそう変わらない年頃の少女となった炎はそんなことを言ってきた。よく分からない言葉遣いで、何を言っているのかがいまいちぴんと来ない。
だが何を言いたいのかは理解する。つまりはエルゼターニアたちをここで撃退するつもりなのだ。敵意満々に、自信に溢れた笑みを浮かべたその少女へと、特務執行官は叫んだ。
「何者だ貴様ッ! 中央オアシスの者かッ!!」
「ひっ──」
「……え?」
「んん?」
もはやいつでも斬りかかれるように『クイックフェンサー』すら発動させて誰何を問うが、少女は途端に後ずさった。それまでの不敵な表情もどこへやら、ひどく顔を青ざめさせてエルゼターニアから視線をそらしている。
その反応に、ハーモニとオルビスが違和感を覚えた。気圧されている。臨戦態勢に入った特務執行官の、気迫に飲まれているのだ、この謎の少女は。まだ小手先程度にすぎない威圧に、圧されたのである。
敵であることには疑いないだろうが、口振りや能力の割に戦闘経験は少ない……あるいは皆無だろうと、その時点で戦士たちは内心にて見切りを付けていく。
そうしたエルゼターニアたちの内心など露と知らず、少女はハッ、と気付いて激しく頭を左右に振った。己の弱気を吹き飛ばすような仕草の後に、今度は彼女が強気に叫ぶ。
「ふ……ふんっ! 何さエラソーに、ウチと同い年くらいの年の癖してさっ!」
「答えろッ! 今の炎は何だ、貴様は何者だッ!!」
「っ……う、ウチはシーラって名前! この砂漠、『中央オアシスユートピア』が一番偉い軍団長にして、最強の一番強い人だい!」
腰まで伸ばした桃色の髪。スレンダーな身体で胸を張りそう名乗る少女シーラは、それでもやはりエルゼターニアの気勢が怖いのか、どこか及び腰な気配が漂う。
やはり虚勢であることは間違いないにしても、今の名乗りで気になる点がある。オルビスが怪訝に問うた。
「『中央オアシスユートピア』……? 何だそりゃあ。政府領じゃないってのか、お嬢ちゃん」
「誰がお嬢ちゃんだよ!? シーラ! シーラ軍団長って呼べー!」
「それではシーラ軍団長殿、お教えいただけますか? たしか以前はユートピアなどという呼称は、無かったはずですが」
「──ふあ!? か、かっけー男前……!?」
続けて問いかけるファズを見るなり、その端正な容姿に顔を赤らめるシーラ。その反応から、いよいよ御しやすさ──敵であるにも関わらず隙を多く見せる、そのつけ込みやすさ──を感じとる一同は静かに、そして悟られぬ程度に態勢を整えていく。何にせよ炎の鳥と化していたことから超常の力を持っているのは間違いない以上、なるべく慎重に立ち回りたい。
そうした点で言えば極めてやりやすい相手と言えるだろうシーラは、何やら照れ臭そうにニタニタと笑いつつ、先の問いに答えた。
「え、えっとー! 閣下は『新しい中央オアシスは私の理想郷、私のユートピアゆえに』とか何とか仰られてたからだよ! ウチがこの耳でちゃんと聞いて耳にしたことだから、間違いなく間違いないねきっと!」
「そうですか……ありがとうございますシーラ軍団長。ちなみにですがその閣下とやら、魔眼をお持ちの方でして?」
「うん、『魅了魔眼』! よく分かんないけど皆大人しく全員、言うこと聞くからさ! やっぱり閣下はすごい力を持つから閣下なんだなーって、ハッ!?」
ペラペラと問われたことに逐一答えていくシーラであったが、話が『閣下』と『魅了魔眼』に及んだ時、そこで自分が口にした情報のまずさに気付き、顔を青ざめさせた。
確定だ。中央オアシスはその『閣下』によって少なからぬ影響下に置かれている。魔眼もその者が保持している。そう判断したエルゼターニアは、即座にルヴァルクレークの柄尻をシーラへと向けた。
「『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』ッ!!」
「ふなっ!?」
そして放たれる電磁ネット。捕縛用機能の『エレクトロキャプチャー』だ──動きを止め、その間に共和国へと帰還する。可能ならばこの少女、シーラをも連れて。
不意を突く形で放たれた電磁網であるが、そこはシーラも咄嗟に反応して横飛びに回避した。軍団長だとか最強だとか名乗るだけはあり、俊敏性は目を見張るものがある。
ただしそれだけだ。すかさず『クローズド・ヘヴン』は反応した。
「坊や、任せた」
「人間相手だと加減が難しいんですがね──『ソフトバインド』!」
「ふみゃあっ!?」
オルビスが呟き、ファズが呼応する。彼の愛用武器、鋼鉄製の鞭が風裂く音と共に唸り、シーラの身体に幾重にも巻き付いた。
本来ならば掠めただけでも肌を裂く威力の鞭であるが、相当に加減されている。服さえ痛めることなくただ捕縛するに留めているという、地味ながら精密な力加減のなせる業だ。
亜人だけでなく人間をも相手することが多い職業柄、それゆえに痛みも後遺症もないようにと訓練したゆえの、ファズの捕縛術が一つである。
右腕をも巻き込み胴体に絡み付く鋼鉄鞭は、並の人間では到底打ち破れない強度だ。元が亜人との戦いに用いられる特注品であり、シーラの膂力では当然、どうにかできるはずもない。
唯一空いた左腕をじたばたともがかせるも意味はない。むしろ余計に締め付けられていき、少女は苦痛に顔を歪めた。
「ふぎっ……ぐ、っに……!!」
「対亜人を想定して用意したこの鋼鉄鞭ですがこの通り、訓練すれば人間相手でも便利なものでしてね……さてお嬢さん? 共和国首都までお連れしましょう」
「共和国……首都……っ?」
「洗いざらい吐いてもらうってことだよお嬢ちゃん。中央オアシスの現状から侵入方法、『閣下』とやらの素性まで全部、な。フカシな気もするが軍団長とやらなら、そこそこは知ってるだろ?」
捕縛が成功しても油断なく、オルビスとファズは少女に注視している。何がトリガーで先程のように炎と化すか分からない以上、ここに至ってもまだ無力化したとは言い切れないのが辛いところだ。
一方でエルゼターニアは帰還の準備を始めた。右目に宿る魔眼を起動させ、虹色に煌めかせる。『転移魔眼』、用いる際には虹に輝く。
このまま膠着していてくれればあと一分とかけずに首都に帰れるだろう。その時はシーラも連れて帰れば、オルビスの言うように中央オアシスの現状について更に新情報が得られる。
まずは彼女を連れ帰る。そこに目的を置いてエルゼターニアは転移の準備をしていく。ハーモニがそこに横槍を入れさせまいと、すぐ傍で護衛をしてくれているため、安心して集中することができた。
──問題は少女シーラだった。しばらく抵抗を試みたがどうにもならないと悟ってか、急に全身の力を抜く。
「ぐにに……! く──ふ、う」
「諦めましたか。その方がよろしい……変に暴れると怪我しますからね。可愛い女の子が傷付いてはいけない」
「……怪我? 怪我なら傷付かないよ。してもすぐ治る。今からすごく痛いけど、それが終わったら傷付いた怪我も全部、完治する」
「どうも変な言い回しするなァ、お嬢ちゃん……」
口癖なのか習慣なのか、ひどく奇妙な言葉遣いのシーラにいい加減、辟易するものを覚えてオルビスは頭を掻いた。何かあるのかないのか、それさえ分かりづらいややこしい口調だ。
そんな反応にも構わず、シーラは自由な左手で、腰に提げたナイフを取り出した。まさか攻勢に出るのかと身構える一同を見渡して、不敵に笑い、叫ぶ。
「ウチに与えられた力の強さはとっても最強なんだ! 誰もウチには敵わない、だってウチは無敵だから!」
「与えられた……まさか!?」
「共和国からやって来た共和国の人たちめ、心して覚悟しろ! 『すべてを手放しすべてを掴む』、ウチの魔眼──不死、魔眼ッ!!」
「──貴様がッ!?」
愕然とするエルゼターニアにも構わず、そのままシーラは手にしたナイフで己の首を掻き切った。噴き出す鮮血。
息を呑む戦士たちだが、不死魔眼──シーラに埋め込まれているらしいこととその性能、そして先程の炎の鳥を思い返して即座に反応する。
「全員集合ッ!! 帰還しますッ!」
「ファズ! 鞭しまえ、炎が来るぞっ!!」
「言われずもがな……!」
「全員手を繋ぐ! 早くッ!」
必死の形相で四人、集まって手を繋ぐ。複数人で転移する場合、必ず全員がどこかしら触れ合っていなければならない……レンサスから聞いた仕様の通り、手を繋いで万全の態勢を整える。
エネルギーは充填済み、後は発動するだけだ。だがエルゼターニアは今しばらく待った。今からシーラに何が起こるのか、ギリギリまで見届けるために。
そして。
魔眼は発動した。
「は、つ、どう、せよ──』
「嬢ちゃんの、姿が……!」
「炎に、変わっていく……!!」
『──発動せよ。"不死魔眼・リインカーネート"!』
倒れていきながらも体が、炎へと変わっていく。吹き出た血ですらも燃え上がり、シーラへと還っていく。
最初に襲撃してきた炎の鳥は、つまりこういうことだったのだ──己の致命傷を以て発動し、変じた姿にて強襲した。それが『不死魔眼』の力なのだ。
ふたたび蘇る炎の鳥。
それは猛烈な勢いで、エルゼターニアたち目掛けて突撃してきた!
『"不死鳥ファイアーバード・アタック"ーッ!』
「くっ──『転移魔眼"ウィー・アー"』!!」
突き抜けてくる炎の鳥シーラの速度は異常なもので、限界まで観察するつもりだったエルゼターニアもこれには堪らず即座に魔眼を発動させた。
際どいタイミングだった。虹と煌めく『転移魔眼』がその力を発動させ、四人の姿を掻き消した刹那──炎の鳥シーラがそこを、猛烈な勢いで突破したのだから。
『──あれ!? いない! え、どこ行った!?』
こうなると慌てるのはシーラの方だ。確実に仕留めたと思っていた四人が、霞か幻か消えている。
目を白黒させながらも、彼女は誰もいなくなった砂漠に一人、呟いた。
『……えっと……まあいいや、ウチの勝ち! 慌てて逃げて姿を消したんなら、それってウチが無敵ってことだもんね!』
細かいことは考えず、結果だけを見る。『不死魔眼』の発動時間が切れて人の姿に戻っていく最中、シーラはふふんと高らかに笑うのであった。
『大勝利! やっぱりウチってば一番強い最強だよね! わはーっはっはっはっははっはーっ!」




