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ご飯とお風呂と女の子たち

「……さすがは共和国、食文化も海洋国家ならではだね」

「むぐむぐ。そうっすか? あぐあぐ」

 

 共和国は内陸部北東地域の温泉村、その一角にある飯屋にて。

 窓際の席を陣取って、昼食を摂るエルゼターニアを眺めつつマオが呟いた。その表情にはどこか畏怖が込められていて、特務執行官たる少女は首を傾げる。

 

「そうだよ……まさか本当に魚を生で食うとは。亜人種ならそういうのもいるにはいるんだが、人間でそれは珍しい気がするなあ」

「……あ、刺身っすね?」

「左様。普通は煮るなり焼くなりあるだろ」

 

 マオの視線はエルゼターニアの手元にある料理、すなわち生魚の切身に注がれている。共和国の郷土料理とされている『刺身』であり、塩と一緒であったり、大豆を加工したソースと共に食べるのが一般的だ。

 現にエルゼターニアも今、刺身をソースで食べていた。マオが奇異の目を向けるのもお構いなしに、幸せそうな顔でライスを頬張っている。

 よく噛んでから飲み込む。熱い茶を一啜りしてから、少女は口を開いた。

 

「いやーそこはもう、共和国自慢の豊かな海の恵みっすから! 最近じゃ流通技術も進歩してて、こういう内陸部でも普通に食べられる程っす!」

「腹壊しそうなもんだが。寄生虫とか心配じゃないのか?」

「きちんと事前に、適切かつ緻密な処理をしてますから大丈夫っすよ。どうしても寄生虫リスクがあるような種類の魚は、それこそ加熱処理すれば良いですし」

「へ、へぇー……」

 

 そこまでして魚を生で食べたいものなのだろうかと思うが、エルゼターニアの熱の籠った解説にそれを言うのは憚られた。

 事前に調べた時点で既に、刺身という存在があることは把握していたが、いざこうして目の当たりにするとかなり衝撃的だ。

 他の国でも漁業が発展している国はこうなのだろうか? と考えていると、ふとマオには思い出すことがあった。

 

「……そういえば『彼』も、刺身だの何だの言ってた気がするなあ」

「『彼』?」

「私のパートナー……ってとこかな? 遠い国からやって来たんだが、食への好奇心が果てしない国民性だったらしい。刺身も彼から聞いていてね」

 

 肩を竦める。『彼』……王国南西部は大森林に佇む『森の館』の主。遥けき彼方よりやって来たその青年は、たまに故郷について言及することがある。

 今やほとんど覚えていないその国の、記憶のわずかな断片を語ってくれるのだ。その話の中でたしかに、刺身やら刺身を用いた料理やら食文化について言っていた。

 

「何しろ家族の記憶もほとんど失ってる奴の言うことだ、話半分ではあるんだろうが……それでも食文化に関してはやけに執念深いものがあるように感じたよ」

「へー……! あ、だったら今度、その人も連れて共和国に来れば良いんすよ! 案内がてら美味しい魚料理店紹介しますよ?」

「ほう? そりゃ良いかもな……でもあいつ少食だから、食い物で釣れるかどうか」

「共和国は食べ物だけじゃないっす! 豊かな自然、各種産業も発達してますし観光名所や土産物だってたっぷりっす! たとえ今や世界一の観光名所たる王国南西部から来られたって、ぜぇったいに負けやしないっすから!」

「お、おう……そ、そっかあ」

 

 瞳に闘志を燃やして共和国をアピールするエルゼターニア。その勢いに思わずマオも押される。

 どうにも郷土愛が強い特務執行官だ。あるいはここまで国を愛する気持ちがあるからこそ、たった一人でも亜人に立ち向かえているのかも知れない。

 

「ま、まあ考えとくよ。とにかく今は私と君でこの休みを楽しもう。ほらほら食べろ、刺身が傷むぞ」

「あっ。す、すみません! あむあむ、はむはむ!」

 

 感心と呆れを共に抱きながらマオが促せば、エルゼターニアも食事の途中であったことを思い出して頬を染め、また食べ始めた。

 やはり馴染みのない刺身を、至福と言わんばかりに口に入れていく少女。それに対して何とも言えない複雑な表情を浮かべてから、マオはぼーっと店から外を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食をぺろりと平らげて、エルゼターニアとマオはいよいよ温泉巡りに赴いていた。

 この温泉村には6種類の温泉があり、それぞれ異なる特徴を持つバラエティに富んだ構成をしている。

 今回はその一つ、宿から見て一番遠くにある湯を二人は選んだ。

 

 料金を払って脱衣場に入り、浴衣から下着から何までロッカーに収める。

 タオルだけ手にした一糸纏わぬ姿……エルゼターニアとマオは、互いに互いの姿をコメントした。

 

「……案外でかいな。背は低めでそれだと、いかにも男受けしそうじゃないか?」

「男の人にウケるかどうかはともかくとして、まあそんなに育ってない体型じゃないとは思いますねー。それにマオさんだって、くびれの綺麗な良いスタイルじゃないっすか」

「余裕のコメントどうも。うちの貧者どもに聞かせてやりたい台詞だね……と、髪結ばないとな。頭洗ってからにするか」

「ていうか改めて、すごい伸ばしてますねえその髪……切らないんすか?」

「今やトレードマークみたいなもんだからね」

 

 言いながらいよいよ温泉へと赴く。脱衣場からドアを開ければもうもうと立ち込める熱気。

 視界が悪くなる程でもない湯気の中を進み、まずは掛け湯を行う。熱めの温泉を肩から被れば痛みにも似た心地好さが生まれ、マオは体を震わせた。

 

「んー、ちょっと熱いかな? まあそろそろ寒くなる季節、むしろありがたいがね」

「身体、先に洗いましょうか。髪纏めるの手伝いますよ」

「助かる。どこでもマナーは守らねばね」

 

 マオのエメラルドグリーンの長髪、まずはこれをまとめてからでなければ温泉には入れない。

 洗い場へと向かい、並んで椅子に腰掛ける。水道もしっかりと引かれていて蛇口を捻れば湯が出てくるのを、桶に満たす。

 

「髪を結ったらお背中流しますよ?」

「至れり尽くせりだな……頼む。後で君のもしてあげよう」

「えへへ、どうもーっす」

 

 提案を受けて、まずは髪を洗う。普段使っている高級品には及ばないにしろ、それなりに出来の良いシャンプーでエメラルドグリーンに輝く長髪を丁寧に洗っていく。

 一頻り洗い、湯で流せばエルゼターニアがそれを結い始めた。痛くないように慎重にまとめ、紐で結んでいく。

 

 さすがに長いことから手間は掛かったが、最終的にはすっかり肩口辺りまでで収まる、温泉に浸かるのに適した纏まり方となっていた。

 出来映えに満足してエルゼターニアが笑う。

 

「ふう、完成っす! にしても綺麗な色っすねえ……染めてたりするんすか?」

「まさか。地毛だよ地毛……ありがとうエルゼターニア、助かったよ。一人だともっと手間がかかってたからね」

「いえいえ!」

 

 髪を洗い、結い終えたら次は身体だ……まずは自分一人で洗える範囲を洗っていく。

 桶にお湯を満たしてタオルを投入、しっかりと水分を含ませてから石鹸で泡立てる。そこから身体を洗っていけば、日常生活の中で当たり前に付着している汚れや埃も取り除かれていく。

 

「いやー、身体を洗うって良いよね。昔はどこ行っても行水が基本だったから、こう石鹸とかタオルを使い始めるとそれが病み付きになっちゃって」

「……え、マオさん王国の人じゃないんすか?」

「今でこそ王国だけど、その前は各地を転々としてたよ。本当に忙しなくどこでも行ったから、風呂になんてありつけやしなかった。そもそも亜人に入浴の文化なんてのもあんまり無いしね」

「ふぇー……」

 

 不思議な来歴を持つらしいマオに感嘆の声をあげるエルゼターニア。

 実のところ、彼女の正体はエルゼターニアの予想など遥かに超えたものであるのだが……それを告げればいらぬ争いが起きるだけだと判断し、マオは黙っていた。

 

 背中を互いに洗い、掛け湯を流す。そうして綺麗さっぱり落ち着いた身体となり、二人はついに湯船へ向かった。

 ゆっくりと足から入っていく。肩までどっぷりと浸かれば、熱めの湯が心地好い刺激をもたらし、少女たちの身体を労っていった。

 

「はふ……良いねえ」

「ほあぁ……良いっすぅ……」

 

 恍惚の吐息を漏らす。上気して赤らんだ頬を緩めつつ、温泉の温もりをたっぷりと楽しむ。

 ふと周囲には幾人かの客。当然ながら女湯ゆえに女性ばかりだが、案外人が少ない気がしてエルゼターニアが呟いた。

 

「人、少ないっすねー……ぎゅうぎゅう詰めじゃなくて良かったっす」

「6つ温泉があるんだから分散してるんだろうな。しかしこの賑わいなら、村を挟むように位置してる二つの町なんてとんでもなく混雑してるんじゃないか?」

「まあ、北東地域の温泉街と言えば村よりかは町の方が人気ありますからねえ。ここは知る人ぞ知る名所! みたいなところっすよ」

「多いな、知る人……」

 

 村の通りの喧騒を思い返せば、決して閑散とはしていない。

 にも拘らず隠れた名所扱いなのだから、むしろ町はどれだけ盛況であるのか気になってくる程だが……あまり人で混み合うのも落ち着かない。

 何となく田舎の方が良いかなと適当に村を選択した当時の自分の判断を良しとしつつ、マオは入浴を楽しんでいた。

 同じように蕩けた顔をしているエルゼターニアに話しかける。

 

「……にしてもエルゼターニア。やっぱり特務執行官の仕事ってのはキツいみたいだね」

「はい?」

「傷。身体にうっすらと残ってるぜ。無数にとは言わんがちらほらとな」

 

 背を流した時に気になっていたことだ……目立たないが傷痕がいくらか見られた。塞がってはいるが古傷と呼ぶにも些か新しい、生々しさの残るそれらは恐らく、特務執行官として多くの亜人との戦いで負ったものなのだろう。

 

「あー、あはは……まあ、戦ってますからねー」

「年頃の娘がたった一人、辛くないのか?」

「……辛いと言えば辛いっすけど。でも、遣り甲斐はあります」

 

 ゆったりと足を伸ばし、リラックスしながらエルゼターニアが言う。

 特務執行官としての戦い……毎回人間を遥かに越える存在との死闘を演じることがもたらすのは、何も悪いことばかりではない。

 

「人間と亜人の関係は今、正直、すごく悪いっす」

「……ま、戦争から10年と経ってないからな」

「はい。未だにあちこちでテロや小競り合いは起きています。共和国だって例外じゃないっす……だからルヴァルクレークが運用されることになったわけっすね」

 

 それでも、と少女は続ける。

 

「ちょっとずつ回復の兆しは見えています。亜人のすべてがあの戦争で敵対していたわけじゃないっすし、人間社会の復興に協力してくれる亜人種だっています」

「……」

「私は、そんな風に少しずつでも歩み寄ろうとしている人間と亜人の関係構築を、私ができることでお手伝いしたいんす。『共和』の理念を信じて」

「『共和』ねえ。人間と亜人の、適度な友好関係の構築だったか」

「はい。近すぎず遠すぎず、お互いにお互いを尊重し合える距離での繁栄……私は小さい頃から、この理念が大好きなんす。親がそうだったんで、教育の賜物かもしれないっすね」

 

 熱く笑うエルゼターニアは、紛れもない使命感と正義感に満ちている。心から、『共和』の理念を愛しているのだ……そして人間と亜人の友好関係を護ろうと考えて特務執行官の職責を全うしている。

 この信念の強さ。マオはにやりと笑い、告げる。

 

「……気に入ったよ。大した熱意だ、エルゼターニア」

「そ、そうっすかね?」

「そうとも。ふふん、だからこのマオさんが特別に、君にプレゼントをあげよう」

「え、良いっすよーそんなの。ただでさえ、こんな風に一緒に遊んでもらってるのに」

 

 笑って両手を振る少女に笑みを深める。

 現状、たった一人で亜人と戦い続ける特務執行官エルゼターニア。彼女に向けてのプレゼントとはやはり一つだろうとマオはその肩を抱き寄せた。

 

「そうだな……私が王国に帰ったらすぐ手配してやる。っていうか今のままだと君、ろくな末路を迎えなさそうだし。そこも心配なんだよね正直」

「え、と? 末路? 何だか、酷いこと言われてるような……」

「いやあ身近に一度、酷い末路を迎えた奴がいるもんでねえ。気に入ってる奴があんなことになるのを繰り返したくはない。そうだな……半月だ。半月だけ耐えておけ、きっと素晴らしいプレゼントを君に送ろう」

「は、はあ……?」

 

 意味の掴めない発言に要領を得ず頷く。

 何が何やら分からないエルゼターニアに、マオはただ、笑みを向けるばかりであった。

番外・森の館にて

貧者A「む……何故か無性にマオを殴りたくなった」

貧者B「おう、わしも今何でかそんな気になったわ。噂でもしとるんかのう」

ロリ巨乳「何言ってんのさ二人とも……」

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