救えオアシスの光、集う英雄たち・2
中央オアシス政府領。古くは数百年近く前、共和国からの開拓者によって踏破された砂漠において建国されたと伝承の残る地であるが、世界史的見地から言って、大した歴史を遺している土地とは言い難いのが実情だった。
率直に言えば、その地に辿り着いたとして、そこから更に広がるようなものが無かったのだ──そうした意味においては地理上の問題として、かの土地はある種の『この世の果て』と言えるだろう。
「王国南西部は大森林が事実上の断崖絶壁。人の身ではあの森に指一本だって触れられないんだし、行き止まりにもなるよね、それは」
ハーモニが嘯いた。中央オアシスへと続く砂漠に、向かう道すがら。ひたすらに走る馬車の中、基本情報の再確認がてらの呟きだ。
砂漠に到達するまではひたすら平原と、最後に一山越えての道中が続く。そこから先はさすがに徒歩での踏破となるにせよ、そこまでは治安維持局所有の馬車にて移動していた。
車内のソファ、ハーモニの隣に座るエルゼターニアが呟く。
「共和国側からもこうして、山一つ越えて砂漠だってしばらく進まないと辿り着けないんすから……天然の要塞みたいなもんっすね、もはや」
「中央オアシスは戦前に行ったことがありますが、砂漠のど真ん中にしては豊かな土地でしたなァ。大きな湖があって、ある程度緑地もあったくらいで」
「ふーむ? 外部からの干渉を受けにくい立地に、国家として成立する程度には恵まれた土地ですか。なるほど、乗っ取ったらさぞかし楽しい玩具箱でしょうねえ」
「実際、レンサスさんからの情報がなければ気付けなかったでしょう……隣国とはいえ閉鎖的だと、こっちも無関心になっちゃうもんっすね」
エルゼターニア、ハーモニの向かい。中年の大男と華奢な美青年が言った。『クローズド・ヘヴン』のオルビスとファズだ。共和国にては治安維持の依頼を受けて活動している彼ら世界最高の冒険者たちも今、特務執行官と行動を共にしている。
元『オロバ』大幹部レンサスからもたらされた、『魅了魔眼』の存在とそれによる中央オアシス政府領の現状──一目見るだけで人心を支配するという魔眼の力により、国そのものが乗っ取られてしまっているという情報を受けて、共和国はまずオルビスとファズに中央オアシスへの調査依頼を行っていた。
「共和国内の問題に対処していただくためにお越しいただいているお二人に、『中央オアシスに干渉してほしい』なんてこと、とんだ非常識とは重々承知しています。それでも聞いてくださったことには感謝の念しかありません」
「いやいや、そう肩肘張らずに。正直こっちとしちゃ感心したくらいですよ。我々『クローズド・ヘヴン』の上手い使い方を心得ておられるってね」
「超国家規模での活動など、どれだけ理念理想は崇高でも基本、グレーゾーンな案件ばかりですからねぇ。そこを踏まえた上での、良い塩梅の采配でしたよ共和国のお偉い様方は」
申しわけなさげなエルゼターニアに、オルビスもファズもにこやかに否やと応えた。一般的には非常識な話でも、こと国家と『クローズド・ヘヴン』との間では話が変わってくる。
──本来ならば何があろうと他国には干渉を行えない、というのが国際社会における基本であり、それを踏まえれば中央オアシスを目指すエルゼターニアらの行為は内政干渉に他ならない。しかし、こと今回に限っては特殊な事情が絡んでいた。
共和国内で暗躍し、共和国内で捕縛された『オロバ』が中央オアシス乗っ取りの根本的な原因であり、しかも乗っ取ったと思われる人物は元々、レンサスに資金援助を行っていたという『オロバ』の一員とも言える立場の者であるのだ。
ゆえに捜査の一環、共和国の治安維持活動として中央オアシスに流れた魔眼を確保する、という理屈が今回、『クローズド・ヘヴン』を動かすだけの筋として機能していた。
半ば以上、完全に強引な理屈であるのだが、むしろその方がよろしいとオルビスは大笑する。
「余所者に懐探られたくないのはどこの国でも誰でも同じもんでしてなァ。そういう時は結局、多少屁理屈捏ねた方が案外うまいこと話が進むんですわな」
「正論では屁理屈を説き伏せるのは難しいものです。その点、屁理屈同士なら意気の強い方が勝ちますから……うちの師匠はその手のまぜっ返しには定評がありましてね」
「まぜっ返しじゃねえぜ坊や。ゴリ押しだァ」
弟子に向け不敵に笑うオルビス。大柄で粗野な印象の見た目とは裏腹に、どこか知的な雰囲気も醸し出している。
二つ名が『プロフェッサー』であることを思い出すエルゼターニアとハーモニの視線もよそに、オルビスは続けて言った。
「伊達に帝国大学で教授やってたわけじゃないんだぜ、俺も。口先だけの頭でっかちども相手にして来た経験ってやつだな」
「大学の教授さんっすか!?」
「それも帝国大ったら世界最高峰の学府じゃん! うわ、思ってたよりすごい来歴だ!」
思わぬ事実に少女らからの驚きの声があがった。遥か海の向こう、帝国は首都たる帝都に存する最高学府、帝国大学──世界各地に点在する大学の中でも最古の歴史と最大の名誉を兼ね備えている、世界最高の教育機関だ。
卒業はもちろん入学さえも至難と言われる、天才の中でも更に一握りの天才のみが集う知的超人たちの学舎。そのような場所においてオルビスは、何と教育者として在籍していた過去があるという。
まったく外見から想像できない経歴にエルゼターニアもハーモニも目を丸くしていると、当の本人は苦笑いと共に答える。
「いやァ、ガキの時分から亜人についてばっかり調べてた末の結果でしてなァ。末席ながら一時期ばかり、亜人学における教授職についとりましたわ。あんまり褒められても困りますぜ、お二人さん」
「いやいやそんなことないってオルビスさん! そっかあ……教授さんが今では『クローズド・ヘヴン』なんだぁ。すごい変遷だね、世界最高学府の権威が世界最高の冒険者の一人になるだなんて」
「……ずいぶんと詳しいんですね、ハーモニさんは。正直なところ意外ですよ、亜人の方がそこまで人間の教育者に興味を示すとは」
「ああ、たしかに。人間だってそうそう関心を持つことじゃないのに、ずいぶん専門的なところに興味を持たれてますな」
「えっ、そう?」
ファズやオルビスの指摘はエルゼターニアも何となく思っていたことで、亜人がこのように大学だの教授だのに関心を示すというのは、それがいかな相棒ハーモニであっても中々に不思議な感触だ。
『亜人は人間の文化文明に忌避感を抱いている』──人間社会に寄り添って暮らしているヴァンパイアやサキュバスなどを例外としてほとんどの場合、亜人というのはそういった思想を抱いている。長年の亜人研究から判明している事実でもあるし、先の戦争においても以降の亜人犯罪においても、そうした怨恨により活動していた者は多い。
何ならエルゼターニアも多く、そうした手合いと向き合ってきた口だ。人間への恐怖、怒り、憎しみ。それらを受け止め、それでも凶行を止めるのが彼女の役目であったがゆえに。
だからこそ、ヴァンパイアが人間に対して好意的な種族であったとしても、そこまで細かな制度や身分にまで興味を抱くようなものなのだろうか? という疑問はどうしてもあった。
パートナーのそうした疑念まで踏まえた上で、ハーモニは笑って言う。
「やー、たしかにヴァンパイアでもそんな、人間さんの教育制度にまでどうのこうの考えてるのは少ないよ? でも私は……っていうか私ら七人は特別でね、色々人間さんについて学ぶことが必要だったから」
「……あっ、『新世代の七人』っすか。旧いヴァンパイアを追い出して世代交代を果たした、ハーモニさんも含めた七人の英雄」
「ん、たしかハーモニ殿を筆頭とした集団の総称でしたか。新世代のヴァンパイアを導いた七人がゆえ、『新世代の七人』と」
「その通り! 私ら主導で人間さんたちに寄り添う方向に舵を切った以上、まず私たちが率先して人間さんの良いところ悪いところ、細かいところまで勉強しなくちゃいけなかったんだー」
懐かしげに語る、ヴァンパイアの歴史。古くは残忍非道な種族であったヴァンパイアを、新しく人間との融和へと方針転換してみせた七人の英雄。そのリーダーであったハーモニは当然、上に立つ者として様々な知識を身に付ける必要があった。
主に人間についてのことだ──彼女ら七人の師匠ある『女帝』アリスの下、人間社会の成り立ちから長所と短所、合理的な面と情緒的な面から思想や哲学論に至るまで一通りのことは学んでいたのである。正しく人間の世について知ることは、正しくヴァンパイアとして人間と友好関係を築くために不可欠であったのだ。
「幸いアリスさんが人間にもヴァンパイアにも依らない、俯瞰的な中立に近い立場での視点を持っていたからね。色々な価値観があることを教えてもらったよ」
「さすがに『エスペロ』の主たるヴァンパイアは、考え方もひと味違いましたか……彼女も分類すれば旧世代のヴァンパイアでしょうに」
「あの方は昔から、旧い連中のやりたい放題についてはずっと怒ってたよ。私らにもたくさん影響を与えてくださった、偉大な方さ」
自慢げに師を語る。王国南西部はカジノ『エスペロ』の主にして最強最古のヴァンパイア・アリスがどれだけ特異で偉大な存在であるのか、鼻も高々にハーモニは述べていった。
「まあそんなわけでアリスさんに教えを乞うてさ。お陰様で人間さんに対しての、正しい考え方や認識が備わったと自負してるよ」
「なるほど、それで我が師の前職にまで食い付いたのですねぇ。マニアックなところに行くなあと思いましたが、納得です」
「マニアックって坊や、お前さんにゃ言われたくねえなァ。俺の『気配感知論』に影響を受けたとかである日、いきなり弟子入り志願してきた奴のがよっぽどマニアックだぜ」
「そのお陰で師匠は大学を離れても、こうして食いっぱぐれだけはせずに済んだんですよ? お互い様でしょうそこは」
「違いない」
軽口を叩き合う師弟だが、そこに宿る絆は固いものであることはエルゼターニアにもハーモニにも分かる。今の口ぶりからすると当時大学にて教鞭を振るっていたオルビスに、冒険者ファズが弟子入りしたのだろう。そしてオルビスは教職を辞した後、弟子に紹介されて冒険者としての道を歩み始めた。
一つの出会いが人生をも変えることがある。それを体現するかのようなオルビスとファズの関係性は、少女らにも他人事ではない。エルゼターニアもハーモニもいくつもの出会いの中で、今現在の彼女たちへと至ったのだ。
自分さえ変えてしまうような関係性の妙に、それぞれ己を振り返り、歩んできた道を思い返す二人であった。




