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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『共和国魔眼事件』
88/110

救えオアシスの光、集う英雄たち・1

 共和国内陸にある、花の香りがそこかしこから漂う町。名産として売り出している花畑をあちこちに拵えているため、仄かに甘い香りが町全体を包んでいるのだ。

 華やかな匂いに包まれた、古くから変わらぬ家の立ち並ぶその町の中央部。そこには一際大きな、豪邸とまではいかないがそれでも裕福な身の上を感じさせる家があった。景観に馴染みながらも品のある雰囲気で、落ち着いた空気の町にもしっかりと溶け込んでいる。

 

 特務執行官エルゼターニア。今や『共和の守護者』とも渾名される英雄の、実家である。

 

「べろべろー、ばあ! べろべろべろー、ばああ!」

 

 居間のソファにて、母の腕元にて抱かれる赤子が無垢に笑った。女のおどけたあやしに反応したのだ。

 灰色の髪、真紅の瞳。ともすればクールな印象を受ける顔立ちだが、表情は明るくむしろひょうきんですらある言動の、そんな女だった。

 赤子を抱きしめる、母親が微笑んだ。

 

「ふふ、すみませんハーモニさん。あやしていただきまして」

「いえいえそんなそんな! むしろこっちこそ楽しく遊んじゃってて、申しわけないっていうか」

「存分に遊んでやってくれよー。ホルンも楽しそうだし、きっと貴女のことが好きなんだよ」

「えへ、そうですかねー? えへへ、ホルンちゃーん! ハーモニお姉さんでーすよー」

 

 ホルンと名付けられた赤子の、両親からのお墨付きに、女──ハーモニは、喜色満面に笑う。ヴァンパイアの亜人、この家の一員であるエルゼターニアの唯一無二のパートナーだ。

 

 以前にも一度だけ立ち寄った、相棒の実家。年始となって少ししてから、エルゼターニアは休日を利用しての里帰りをしていた。年末年始には体調面の問題からできなかったことを、日程をずらして行ったのだ。

 そしてハーモニはそれに乗り掛かった形で同行したのである。エルゼターニアも無論ながら快くそれを受け入れ、こうして二人での休暇を実家で過ごすことになったのだ。

 

「ハーモニおねえさん、ぼくもぼくもー」

「んー? 良いよ良いよテルフィスくん、べろべろー?」

「ばあー!」

 

 のんびりと過ごしている中で、彼女は頻繁にホルンや他の子供たちとも遊んでいた。この家は父コルドベインと母ミトとの間に9人、子がいるという賑やかな家庭であり、ハーモニが暇をもて余すということにはならないでいる。

 

 他の子供たち、たとえば4歳になる次男テルフィスや、2歳になる三男ハウネス。それにもう少し年長の、三女テトラや四女クレア、五女シミラなども傍におり、ハーモニと遊んだり話をしたりして過ごしている。

 例外と言えば長男のガイガンと次女のアールリリィくらいだろう。彼と彼女だけはより年長なゆえか落ち着きがあり、また多感な年頃の繊細さによって、どこか遠巻きにいる。もっとも、孤立しているというわけではない……彼らの傍には、長女たるエルゼターニアがいるのだから。

 

「姉ちゃん、その右目……大丈夫なのか?」

「痛いとか、苦しいとかない? 後遺症……だなんて、ないよね?」

 

 揃ってエルゼターニアの体調、特に先の『魔眼事件』にて潰れ、魔眼を埋め込まれた右目の具合をしきりに心配する弟妹たち。かつて姉が入院中に見舞いに行った折、四肢どころか顔面まで包帯で覆っていた凄惨な姿を目の当たりにしたことが、姉弟の中でも年長にあたるガイガンやアールリリィに強いショックを与えていた。

 普段から明るく優しく美しい姉の、今にも息絶えそうなまでにすべてを使い尽くした姿が、今でも脳裏を掠めてどうしようもなく彼と彼女を不安にしているのだ。

 

 そんな弟妹たちに、エルゼターニアはにこやかに笑った。既に眼帯も取れた、何ら制限のなくなった視界で愛しい家族の頭を撫でて、答える。

 

「大丈夫大丈夫! 痛みも違和感もないし、何なら体調だって良いくらいなんだから!」

「で、でも……その目、魔眼? っていうのか。なあ、リリィ」

「う、うん……姉さん、その目、色が、違うじゃんかぁ……!」

 

 泣き出しそうにすらなりながらもアールリリィが指摘するのは、件の魔眼の、瞳の色である。レンサスが用いていた『転移魔眼』が今やエルゼターニアの右目に移植されたのであるが、元々の右目が黒色の瞳をしていたのに対し、転移魔眼の方は見るも鮮やかな金だ──うっすらと、緑がかってさえいる。

 左目が依然黒い瞳であることを踏まえれば、黒と金とで左右、瞳の色がまったく異なるというのが今のエルゼターニアであった。いわゆる、オッドアイである。

 

「あー、あはは、そうだねー。でもこの目、すごいんだよ? 何かね、力を使おうとすると模様が浮かんで虹色に光るの。格好いいでしょ」

「何がだよ!? 気楽すぎんだろ姉ちゃん!!」

「そんな……そんなになるまで何でやっちゃうのよ、姉さん……」

「な、何でと言われても……うーん」

 

 呑気に笑い、アールリリィの呟きに応える。答えなどとうに決まりきっていることだが、もはや半泣きの妹を納得させきれる内容であるかはエルゼターニア自身、考えどころだ。

 それでも想いが伝わるように、特務執行官は言葉を紡いだ。

 

「……ざっくり言うと共和国のため、かなあ。何でって言われるとそう答えるしかないかも」

「そんなこと……!?」

「本当にざっくりと、だからね? アールリリィ」

 

 ゆるり、顔をあげる。ソファに背もたれ、天井を見上げる。

 けれど視線は天井ではない……目に浮かぶ光景、それは共和国。生まれ育った大切な国と、掲げる信念の『共和』。

 

「私たちが生きるこの国の、町や村、それにそこに住む人々。それ以外でも、自然の中で平穏に暮らしている亜人の人たちとか……私たち自身だって含めた共和国の全部」

「全、部?」

「──何も、何一つだって決して見捨てたくない。諦めたくない。今この時を生きるすべてを、無事に明日に、未来に繋げたい。そんな想いで私は今まで戦ってきたんだ。当たり前の平穏を護る砦となる、それこそがいつか、人間と亜人の『共和』に繋がるって信じているから」

 

 強く言い切るのは、エルゼターニアの特務執行官としての矜持、背負う正義だ。

 ただの村娘から対亜人犯罪の戦士へと。共和国が切り札『電磁兵装』を託した、たった一人の少女。数年間戦い続けた末に至った、英雄としての境地。命を燃やして共和国を護り抜いた彼女の信念が、そこに現れていた。

 

 思わずして気圧されるガイガンとアールリリィ。そればかりか少し離れたミトやコルドベイン、幼く話の内容もあまり分かっていないテルフィスたち弟妹らさえも、長姉の放つ英雄の相に目を奪われている。

 それに気付いてか、照れたようにエルゼターニアはこほんと咳払いをひとつ。

 

「え、えーと。つまりねガイガン、アールリリィ。この国、この町、この家の皆。共和国に住んでる色んな人たちを護るためなら、お姉ちゃんは何だか力が湧いてくるの」

「姉ちゃんの、力?」

「うん。絶対に『救う』んだって。脅かされる命は全部、必ずこの手で護るんだーってね。体の奥底から、燃え上がるくらい、熱いんだ」

 

 祈りのような願い。共和国のすべての人間と亜人を護りたいという、そんな想いがエルゼターニアを不可解なまでに突き動かしてきた。たとえ亜人の力で打ちのめされようと、魔眼の力に翻弄されようと、果てには己が武器にさえ、四肢を砕かれようとも。

 それでも立ち上がり、彼女は迫り来る災厄を打ち倒してきたのだ。すべては『共和』のために。

 

「これからも私は戦うよ。今度は共和国だけじゃなくて世界を守るため……だからどうか皆は、平和に平穏に過ごしててね。戦後の、新しい時代を真に平和なものにしてみせるから」

「エル……」

 

 もはや家族すら、両親すらも言葉を失う。愛娘は幾多の苦難、数多の戦いを経てついに遥かな世界へとその目を開けたのだ……共和国という尺度でない、世界すべてを護ってみせる気構えと共に。

 まるで遠い人物になったような、そんな誇らしさと寂しさが、それぞれの胸に去来していた。家族の長姉でなく、特務執行官として立派に大成したのだ、エルゼターニアは。

 

 ミトが涙ぐみ、コルドベインがその肩を叩く。親心も当然、心配はあれどそれ以上に清々しさと応援したい気持ちが強い。

 そんな二人の隣、ハーモニが言った。

 

「まあ、まずはお隣から! ってね。ね、エル」

「そうっすね。もう許可も下りたことっす、数日後にはオルビスさんとファズさんに同行してあっちに行けますよ」

「そっか! うー、腕が鳴るなあ! 『魅了』だの『不死』だの、相手にとって不足なしだよ」

 

 好戦的な笑みで来るべき戦いを待ちかねる様子のヴァンパイア。お隣──共和国の隣に位置する中央オアシス政府領を支配していると思われる『魅了魔眼』、そして魔眼製作者のレンサスが警告する程のデタラメな力を秘めた『不死魔眼』との新たなる戦いの予感に、胸が踊るばかりだ。

 バトルジャンキーはこれだからと、ため息混じりにエルゼターニアは応える。

 

「できれば相手にしたくはないんすけどねえ。穏便に確保できればそれが一番なんすけど」

「それはさすがに無理でしょー。手にした途端に行動するなんて、どう考えても最初からそれ目当てで支援してたんだろうしさあ」

「っすよねえー。まったくもう……悪い人には人間も亜人も無いんすから。当たり前っすけど」

 

 『オロバ』に資金援助を行っていた謎の人物。見返りに二つの魔眼を受け取って即座に中央オアシスを掌握したというその者の行動を考えるに、まず間違いなく戦いになるだろう。

 どうしても荒事は避けられまいと心中にて諦め境地のエルゼターニアに、ここに至るまでほとんどの固有名詞をぼかしていたため、よく事情の読み取れないでいるコルドベインが声をかける。

 

「何だかよく分からないけど……またどこか、争いに行くのか?」

「ええ、まあ……情報漏洩とかあるとまずいので、詳細は言えないっすけど」

「そうか……大変だが、どうか生きて帰ってきてくれよ。もうお前の包帯姿なんて見たくない」

 

 娘の、特務執行官としての働きを決して否定はしない父コルドベインであるものの、それでもやはり、叶うならば五体無事で帰ってきてほしい。

 一月前、病室で見たエルゼターニアの姿は率直に言って絶望的な心境に陥るものだった。自分のことよりも遥かに辛く、できることなら代わってやりたいくらい、ひどい有り様だったのだ。

 

 だからせめて、二度とそのようなことにはならないでくれと願う。使命感、責任感のあまり無茶をしてしまう愛娘に、どうか、自愛をと。

 

「頼むから、自分を大切にしてくれ。俺たちは、世界の平和なんかより家族皆が無事でいることの方がずっと、大事なんだ」

「……はい、分かりました。必ず無事に、帰ってきます」

「今度こそ、私も……エルを護り抜いて見せます。何があっても、絶対に」

 

 親の言葉にエルゼターニアと、相方のハーモニは強く頷くのであった。

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