新たなる年を迎えて・2
見繕われたいくつかの防寒着をたしかめる。これまで良さそうだと判断していたものに比べ、たしかに格段良質であることを触り心地やデザインの機能性から悟り、エルゼターニアは感嘆の念を漏らした。
「すごい……! これなら連邦の気候にも対応できるかもしれません!」
「やー、さすが『クローズド・ヘヴン』だね二人とも。厳しい極寒の地にもしっかり適応済みなんだ」
「そこはもちろん。仕事柄世界中、暑いところも寒いところも行ったり来たりなもんで」
ハーモニの言葉に、防寒着を見繕った張本人たる『クローズド・ヘヴン』No.4ことオルビスはにこやかに答えた。
特務執行官とその相棒が、二人で連邦での活動を想定しての防寒対策を練っているところにたまたま居合わせた彼。そこから成り行きでアドバイスをすることになったのだが、概ね高評価を得る結果となっていた。
師の隣、こちらも寒冷地用の靴など見定めている『クローズド・ヘヴン』No.6のファズが続けて言う。
「事前の準備もしっかり目を肥やしておかないと、現地でひどい目に遭うのは経験済みですからね。冒険者には付き物ですが」
「お二人程の冒険者さん方でも、そんな経験があったりするもんなんすねえ……」
「間違っても天才ではありませんからね、我々は。いくらでも失敗して、それでも諦めずにがむしゃらだっただけですよ」
「たまには良いこと言うなァ、ファズ坊」
「師の教えがよろしいもので」
清々しく答える耽美な美青年。一見華奢な優男でしかないこの青年もやはりS級冒険者なだけはあり、その発言には経験に裏打ちされた自信が垣間見える。
世界を股にかける国際的治安維持組織『クローズド・ヘヴン』。戦後世界においては人間側の切り札の一つとして数えられる彼らの言葉に、エルゼターニアは感銘を受けるばかりだ。
「S級冒険者でもやっぱり、アインさんとはタイプが違う感じだね、二人ともさ。安心感はどっちもあるけど、種類が違うって言うか。あっちはもう何か、領域そのものが違うとこもあるし」
ふと、ハーモニがこの場にいない、もう一人知り合いのS級冒険者の存在を口にした。『クローズド・ヘヴン』以上に頼り尊敬する、新時代の英雄についてだ。
『焔魔豪剣』アイン。星の端末機構として焔を操る超能力を備える彼は、シンプルに極めて強い戦士だった。エルゼターニアやハーモニの知る限り彼に匹敵する存在など、それこそかつての魔王であるマオや、最強最古のヴァンパイア・アリスくらいのものだろう。
「アイン……『焔魔豪剣』アインですな!」
「新時代の英雄『焔魔豪剣』。残念ながら結局この国では終ぞ、出会うことはありませんでしたねえ」
オルビスとファズはアインの名を聞き、瞳を煌めかせて反応した。他ならぬ彼ら『クローズド・ヘヴン』のメンバーたちもまた、かの『焔魔豪剣』には並々ならぬ期待と関心を寄せているのだ。
「彼こそまさしく天才ですよ。魔剣騒動の顛末は仲間から報告を受けていますが、正直我々なような一般的な冒険者とは次元が違いますね、色々と」
「星の端末機構……にわかには信じがたい話でしたが、あの『剣姫』様や魔王、挙げ句あの勇者のお墨付きすらあります。『オロバ』討伐の使命を背負う新時代の英雄である彼は、まさしく勇者の後継者と言えるでしょうなァ」
「あ、そんなところまでご存じなんすね」
「ゴッホレールとカームハルト……まあうちのメンバー二人が色々と教えてくれまして」
今年の夏に初めて『オロバ』が出現した、王国南西部の魔剣騒動。アインが絢爛たる活躍の末に大成することとなった切欠の騒動には、オルビスやファズ同様『クローズド・ヘヴン』メンバーが参戦していた。
No.9『翔龍』ゴッホレールとNo.5『凶書』カームハルト。共にメンバーの中では特に武闘派である彼らによってもたらされた報告書において、他のメンバーは『オロバ』の存在と焔の英雄アイン、魔王マオ、世界最高の冒険者リリーナ、そして勇者セーマが新たな戦いに乗り出していることを把握したのである。
「勇者セーマの弟子にして星の端末機構である焔の英雄……是非ともうちのメンバーに欲しい人材ですなァ」
「そうでなくとも友好的な関係でありたいものですよ。彼の師匠、勇者セーマ様こそ我々『クローズド・ヘヴン』の発足した切欠たる御方なのですから、ね」
「え……そ、そうなんすか!? アインさんのお師匠さんが、『クローズド・ヘヴン』の!?」
思わぬ言葉に驚くのはエルゼターニア。アインの師匠、何度か耳にはしていた勇者セーマが、『クローズド・ヘヴン』の設立にも深く関わっているのだという。
オルビスが穏やかに説明する。
「うちのボス、No.1が勇者の大ファンでしてなァ……戦争を事実上終わらせた救世の英雄、巷では戦場の伝説として扱われる程の最強である彼の意志を継ごうってのが、『クローズド・ヘヴン』の設立理由なわけです」
「魔剣騒動の報告の時なんかもう、やかましくてやかましくて。『自分も王国南西部に行く! むしろ住み着く!!』だの『何ならクローズド・ヘヴンの本拠地はそこに決定! はい決定! 今決めました決定!』だの……こんなミーハーな人がトップなのかと呆れてしまいましたよ、私は」
「今回我々が共和国に来るにあたっても、着いて来る気満々で困ったもんでしたわ。まったくあの小娘ときたら平時は各国首脳さえ手玉に取る神童のくせ、勇者の話になると途端に暴走するから手に負えませんで」
「そ、そんなに……」
苦笑して上役を語る二人。彼らや他のメンバーも大なり小なり、勇者への敬意と憧れから『クローズド・ヘヴン』に加入したところはあるが、それでも常識的な範囲でのものだ。No.1程に常軌を逸した熱狂は理解できるものでなく、もはや笑うほかない。
この中で唯一、少しだけだが勇者と接したことのあるハーモニが、顔をひきつらせて呟いた。
「あ、あの人そんな影響力あるんだ……リリーナさんやアリスさんをメイドにしてる時点で半端じゃないけど、うーん」
「……あ。そう言えばハーモニさんはその『勇者』様と面識あったんすよね。たしか喧嘩売って殺されかけたとか」
「い、言わないでぇ……! 今思うととんでもなく無謀だった! 勇者相手なんてそりゃあ、一瞬で半殺しにされるわけだよ、もー!」
頭を抱えるハーモニ。数ヵ月前、王国南西部にて行われたヴァンパイアの集会に参加した彼女は、アリスやリリーナの伝でそこに居合わせた勇者に危うく殺されそうになっていた。
再会した師に対してバトルジャンキーらしく、挨拶代わりと言わんばかりに攻撃を仕掛けたのであるが……その場にいた彼に顔面を鷲掴みにされ、行動不能にされたのだ。
当時を思い返し、恐怖に身を震わせて呟く。
「霧化してるはずの私を、それでも顔面鷲掴みにしたんだよあの人。今思い返してもどうやったのか分かんないんだ、意味分かんないよほんとに」
「……え、いやどういうことっすかそれ。霧になってる相手の顔面掴むって何すか」
「何かこう、無理矢理能力を解除させられたような感じだったんだよね、今にして思えば。もしかしたら何かの技術なのかも」
基本的にヴァンパイアの霧化を解除する方法はない。霧化した状態のままダメージを与える方法や技術はいくらか編み出されているものの、そもそも能力そのものの解除法など、使用者本人が己の意志で霧から人の形へと戻る以外に発見されていないのが現状だ。
だが話を聞くに勇者セーマはそれを成し遂げた。霧と化した状態のハーモニをどうやってのものか元の姿に固定し、そのまま顔面を鷲掴みにして封殺したのだ。
「握力も半端じゃなくてさ、冗談抜きに顔面握り潰されるかと思ったよ。反撃一つろくにできないまま負けたのなんて初めてだったけど、悔しさとかよりまず、恐ろしさがあったね」
「そ、そこまでっすか」
「うーむ……報告でも何やら、荒野を一撃で崩壊させたとか、数十人もの亜人をたった一人で全滅させたとか滅茶苦茶な話を聞きましたが、どうやら誇大表現でもなさそうですなァこれは」
「これはますます王国南西部に行くのが楽しみですねえ。是非ともご助言などもいただきたいものです」
にわかには信じがたいレベルの逸話を出しつつも、勇者への期待を膨らませるオルビスとファズ。『クローズド・ヘヴン』として予てより是非とも会ってみたいと思っていた存在が、今では所在も知れて目の鼻の先にいると言っても過言ではない状況に、二人は興奮を隠せずにいる。
当然ながら、そこまで勇者に対して熱量を持たないエルゼターニアはただただ伝え聞く勇者伝説に畏怖の念を抱きながらも……今しがたのファズの言葉に反応した。
「……え、お二人は王国に行かれるんすか?」
「ええ、その予定です。もちろん共和国の治安維持機構たる保安部や、今度創設される特務執行隊の体勢が整ってからになりますから……来年の春以降になるでしょうが」
「『焔魔豪剣』アインや『疾狼』ジナをスカウトしに行くんで、必然的に勇者とも接する機会はありましょうや。方や勇者の弟子、方や勇者のメイドですからなァ」
「むむ。『疾狼』ジナ……アリスさんも認めた、ワーウルフかぁ」
ハーモニが唸る。以前に師匠アリス当人から、彼女の同僚にして親友たるワーウルフとして聞いていた名前、ジナ。ハーモニより年若であるにも関わらずその実力はアリスさえも超え、かの『剣姫』リリーナにも迫らんという程の麒麟児だという。
「アリスさんやリリーナさんとも肩を並べる、若き天才戦士。いつか手合わせ願いたいところだね」
「彼女も魔剣騒動においては『剣姫』様や『エスペロの女帝』と組んで大活躍したそうですし、じきにS級冒険者に昇格するでしょうな」
「その時、『焔魔豪剣』共々『クローズド・ヘヴン』に加入しないか打診するつもりなんですよ……そのために王国へ向かうのです」
そう言ってファズは微笑んだ。新進気鋭の冒険者たちへの期待が大いに込められた、そんな微笑みだった。
時代と共に、あらゆるものが受け継がれていく。『クローズド・ヘヴン』の者たちもまた、新たなる時代に向けて己たちの意志を継承しようとしているのだ。
「……まあ正直さ、『疾狼』は知らないけどアインさんは加入しなさそうだよね、エル」
「そうっすねえ……あの人だけはそもそも星の端末機構っすから、特定の組織に与するなんて余計なしがらみで動きづらくなるだけでしょうし」
「だよねえ」
──とはいえ受け継ぐ側にも都合がある。少なくともアインに関しては中々、スカウトも上手くいかなさそうな気配を感じて小声で話す、エルゼターニアとハーモニであった。




