特務執行隊、発足前夜・2
翌日の午前、治安維持局内にて。エルゼターニアとエイゼスは一定の距離を取り、互いに向かい合っていた。昨日勢いに押されるがまま行うこととなった『特務執行隊』候補生である彼の訓練と、エルゼターニアのリハビリを兼ねての模擬戦である。
地下一階に広く造られた訓練室には向き合う戦士二人の他、端にハーモニ、ヴィア、レイン、ゴルディンもいる。加えて何人か、しきりにレポートを取っている制服姿の者たちも。
観客たちに向け、エルゼターニアは苦い顔で言った。
「何で、開発局の人たちまでいるんすかねえ」
「いや、それはまあ……」
「もちろん理由はあるみたいで……」
「あ、開発局? の人たちだったんだ、この人間さんたち」
呑気に得心をいかせる相方はともかく、ヴィアとレインは僅かながら顔をひきつらせている。エルゼターニアは開発局に対して苦手意識──過去何度も単なる好奇心だけでルヴァルクレークを解体されそうになっており、特務執行官としてはあまり関わりたくないという感覚──を抱いており、当然、上司と同僚の二人もそれを知っている。
どうにか釈明しようと前に一歩進む。
「あー、一応エイゼスくんの使うのが、開発局謹製の量産型『電磁兵装』だしさ。試験段階なのもあって、使用する際にはデータを取りたいんだと」
「ルヴァルクレークをどうこうしたい、とかじゃないから今回は。心配しなくて大丈夫よ?」
「はあ……」
曖昧に頷く。エイゼスが用いるという量産型のデータを得るため、というのは理解できるものだがルヴァルクレークが眼中にないのは嘘だろうな、とエルゼターニアは確信していた。
何故か? 開発局の者たちが皆、明らかにルヴァルクレークに視線をやりつつも議論を重ねているからである。
「ルヴァルクレーク……是非ともフルパワーを見たいところだが」
「さすがに無理でしょうな。まさか模擬戦で死ねと頼んで通るとも思えませんし」
「そもそもこの施設では出力制限が掛かっていますからね……とはいえ本家『電磁兵装』の、実際に戦闘しているデータは重要です」
「なるべくエイゼスくんには長引かせてもらわなければな……エイゼスくん! 健闘を祈る」
「え……あ、はい! 頑張ります!」
どちらかと言えばルヴァルクレークのデータを取りたい──そんな思いを隠すことがない開発局の面々。エイゼスへの声援も完全に自分たちの都合によるものでしかなく、それは他の面々には渋面を浮かべさせるものだ。
けれどエイゼスは爽やかに笑い、頷いた。最初から長引かせることだけを要求されている、ぞんざいな扱いにも拘らず気炎をあげてエルゼターニアと相対する。
困惑しつつ、エルゼターニアが告げた。
「あ、あの……何もあの人たちのためにそこまで気合い入れなくても」
「いえ! 期待されているからには応えたいのです! よろしくお願いいたします、特務執行官!!」
「そ、そっすかあー……よ、よろしくお願いします、エイゼスくん」
生真面目そのものな受け答えのエイゼス。何と言うべきやら、素直な熱血漢という感じで好感は持てるのだがそこを悪辣な大人たちに利用されそうな危うさもあり、エルゼターニアは複雑に微笑みながらもひとまずは構えた。
手にはルヴァルクレーク。相も変わらず馴染む握りの感触が、一気に彼女を『特務執行官』へと変えていく。
久しぶりだと胸中にて思いつつも、少女は決め台詞を発した。
「──我が名はエルゼターニア。『特務執行官』の使命と責務の下に」
「……っ!?」
瞬間、エルゼターニアの顔付きが変わったのを察知して、エイゼスは息を呑んだ。彼女から放たれる気迫に、気圧されたのだ。
──正直なところここに至るまで、彼はエルゼターニアが『特務執行官』であることについて半信半疑だった。挨拶したは良いものの見るからにのんびりとした空気で、右目に眼帯をしているのが特徴的なくらいのどこにでもいる村娘にしか見えないでいたのだ。
無論、そんな少女でも『特務執行官』であるのだろうというのは周囲の上役たちの態度や言動から容易に察せられる。しかし理屈で分かっていても納得できないことも当然あり、彼はそんな複雑な困惑を胸にしたまま、それでも持ち前の実直さで今回、模擬戦に臨んでいた。
それがこれだ。ルヴァルクレークを構え名乗りをあげた途端、ただの村娘は歴戦の戦士へと姿を変えた。鋭い目付き、隙の無い所作、迷いなき闘志。
いずれも今のエイゼスなど比較にもならない程の境地だ。この時点でようやく彼は、エルゼターニアという少女こそ特務執行官、すなわち『共和の守護者』であることを心から理解して納得できたのである。
ゆえに。彼は怖じける己を振り切るように叫んだ。
「挫ける……ものかッ! 『プラスリムラス』ッ!!」
「! ……それが、量産型『電磁兵装』!」
腰のホルダーから取り出した細剣を取り出してその名を呼べば、エイゼスの周囲にプラズマが巻き起こる。出力は弱いながらも、たしかにそれはルヴァルクレークと同質のものだ。
『プラスリムラス』。細身の剣であるがたしかに電磁兵装の特徴、すなわち強力なエネルギーを秘めた共和国の新兵器である。
プラズマを纏うその姿に、外野で見物をしているハーモニが反応した。
「あれって……まさか『クイックフェンサー』? え、ボトルとか無いんだ」
「ええ、ボトルシステムは完全にオミットしました。技術や出力的な問題もあるのですが、そもそも戦術の起点になる機能を一々マニュアルで発動するのは外連味が過ぎますからね。あの『プラスリムラス』は起動と同時に小規模な『クイックフェンサー』をオートで発動させています」
「えっ……そ、そうなんだ?」
ぽつりとした呟きに、即座に開発局員の一人が反応した。早口で一気に捲し立てるのを、目を白黒させながらヴァンパイアは耳にする。
変人だなあ、と内心で思いつつもバトルジャンキーゆえか発言の内容はしっかり吟味する。ルヴァルクレークのボトルシステムは廃止し、起動と同時に使用者を強化する。『クイックフェンサー』程の強化ではなさそうだが、それでも中々の補正具合に見える。出力が低いゆえか反動も少ないだろうことも鑑み、ハーモニは頷いた。
「うん……良いね、あれ。量産型ってだけあって洗練されて安定してる。あれ持った人間さんが増えたら、亜人も中々苦労するんじゃないかな」
「プラスリムラス一つ造るのに莫大な費用がかかるので、コストダウンも当面の課題ですがね……と。動きますか、エイゼスくん」
会話しながら視線の向こう、放電しながらもエイゼスが構えた。半身に握ったプラスリムラスをエルゼターニアに向け、左手は後ろ手に軽く広げる。同時に呼吸を深く沈め、静かに機を窺う。
それなりに堂に入った姿で、腕に覚えがあることが一目で分かる。元より剣術を修めているのだろうと当たりを付けつつも、エルゼターニアもまた、間合いを取りつつも戦闘態勢に移行した。
そして、告げる。
「──特務執行。量産型『電磁兵装』の力、受けて見せましょう」
「よろしくお願いいたします……せぁああっ!」
唸るような応えと共に、エイゼスは踏み出した。爆発的な加速、一気に詰められる間合い。速い──咄嗟にそう思いながらも、特務執行官はまったく危うさもなく迎撃した。
「甘い!」
「!? 来るのか、こちらに!?」
即座に自らも踏み出し、あえて距離を詰める。相手の攻撃範囲にもちろん入るが、踏み込んだ分エイゼスの意図した間合いよりも近く、タイミングも噛み合わせさせない。
それでいてエルゼターニア自身は振りかぶりつつの接近なのでスムーズに攻撃に移行できるという、一種のカウンターの状態だった。
「──くっ! プラスリムラス!!」
「ルヴァルクレーク!」
完全に不意を突かれたエイゼスが、それでも無理矢理に細剣を振るう。プラズマを纏っての蒼い一撃が、エルゼターニアに向けられる。
鋭い一撃。それに対して少女は慌てることなくルヴァルクレークを一閃してプラスリムラスと激突させた。『電磁兵装』同士の、世界初のぶつかり合いである。
「ルヴァルクレークッ! このまま押しきれぇっ!」
「ぐ……っ!? くっ、この!!」
鎌と剣、ぶつかり合う二つの電磁兵装。しかしてやはり、優位にあるのはエルゼターニアのルヴァルクレークであった。
エイゼスをその鎌首にて横合いから襲い、彼を防戦に転じさせたのだ。近距離用の細剣と、中距離用の鎌との相性が如実に出たのである。
加えてエルゼターニアの攻撃は、重さと速度においてエイゼスを圧倒している。先手を取られたにも関わらず彼女は今、攻める立場にあるのだ──培った戦闘経験から来る熟達した技術に、エイゼスが歯を食い縛る。
速度だけならば早々当たり負けはしないと気負っていた青年にとり、この状況は少なからずショッキングだった。相手は未だ電磁兵装による身体強化も行っていないというのに、プラスリムラスを用いている己が押し負けているのだ、当然の動揺だ。
それでもどうにか力を込めて踏ん張り、拮抗状態を生み出す。わずかな時間、精神的な揺らぎを整えるのに息を散らすエイゼスだが、そのような余裕などエルゼターニアは見逃さない。
すかさずプラスリムラスを払いのけ、腰のボトルホルダーから一本のボトルを取り出し、ルヴァルクレークのソケットに挿入する。
にわかに体勢を崩したエイゼスへと、言葉を放つ。
「すみませんけど、こっちもリハビリっす──」
「何……を!?」
「──色々試させてもらうってことっすよ! 『ルヴァルクレーク"クイックフェンサー"』!!」
そして彼女は叫んだ。ルヴァルクレークの機能、『クイックフェンサー』を発動させたのだ。
エルゼターニアの周囲に迸るプラズマ。プラスリムラスのそれとは比較にならないエネルギーの奔流が力となって、少女の身体能力を大幅に強化していく。対亜人用兵器たるルヴァルクレークの、ここからが本領である。
「……!」
対するエイゼスもただ見ているだけではない。プラスリムラスを握りしめて即座に飛び退き、息と体勢を整える。汗が吹き出て喉が乾く緊張の中で、彼は己の甘さを痛感していた。
もっと早く、初手から切り札を切るべきだった。距離を取って防戦しつつでも、早急に全力を出さなければならなかった……後悔が沸き上がる。すべてはエルゼターニアを、心のどこかで侮っていたことがこのような油断をもたらしたのだろう。
そう、彼は素直に己の非を認めた。
「申しわけありません、特務執行官。どうやら無意識に思い上がっていたようです……少しくらいは食い下がれる、などと」
「え……いえ、今の攻防からでも正直、予想以上だなーって驚いてるんすけど」
恥じ入るようなエイゼスの言葉に、きょとんとエルゼターニアは応える。実戦ならば反応すらせずに追撃しているところだが今は模擬戦、互いの調子を確認するのが目的だ。多少隙を晒しても交流を深めることも大事である。
そして今しがたの言の通り、エルゼターニアの予想以上にこの青年、この『プラスリムラス』は強力だ。オートで身体強化が施される手間の少なさも魅力的であるし、エイゼス本人の戦闘技術とセンスも既にこなれているように思える。
正直に言えば、戦い始めた頃の自分よりもよほど、しっかりした戦士だ。率直に認めるエルゼターニアだが、エイゼスは深刻な表情でなおも続ける。
「自分は挑戦者なのです……それを芯から実感しました。ありがとうございます。もう、二度とこのような無礼はいたしません」
「は、はあ……」
「──だからこそッ! 今この時、全身全霊の一撃を放ちますッ!!」
叫び。静から動へ、一瞬にして大胆な変化。
プラスリムラスを右手に構え、左手でその刀身を先端から手元にかけてなぞっていくエイゼス。瞬間──不思議なことに、刀身が眩い光を放ち始めた!
「その光……ルヴァルクレークと同じエネルギー! 放出させずに刀身に込めたの!?」
「電磁兵装に用いられているエネルギーを、開発局は擬似的に再現することができました! これこそその本領、その核心!」
どうにも生真面目さんだなあ、などと呑気なことを考えていたエルゼターニアもこれには驚愕する他なかった。ルヴァルクレークがその機能を発現する際に発生するエネルギーと同様のものが、プラスリムラスの刀身を光に染め上げているのだ。
量産型というからには少なからず用いているのだろうと思ってはいたものの、まさか中空に放出させるでなく、まるごと刀身に込めさせるとは予想がつかないでいた。想像を超えて見せたエイゼスは、凛とした表情で唖然としたエルゼターニアに言い放つ。
「これぞ必殺剣『オーラ・ブレード』!」
「オーラ・ブレード……!」
「ここからが本当の戦いです、特務執行官ッ!! ──参りますッ!」
そして光輝く剣と共に、エルゼターニアに飛び掛かるエイゼス。
模擬戦は予想外の展開を見せようとしていた。




