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共和国魔眼事件エルゼターニア-共和の守護者-【完結】  作者: てんたくろー
エクストラ・デイズ『共和国魔眼事件』
78/110

復活のエルゼターニア・3

「退院おめでとう、エル!!」

「おかえりなさい、エルちゃん!」

 

 迎えの馬車──これも当然のように治安維持局お抱えのもので、やはり見知った局員たちが手綱を引いている──の中で、祝福の声が盛大に響いた。設置されたソファに座るエルゼターニアの対面に、並んで座る男女だ。

 特務執行課長ヴィア。同じく特務執行課員レイン。戦闘要員ではないものの、陰からエルゼターニアを支えてきた心強い理解者たちである。

 

「ありがとうございますヴィア課長、レインさん。一月、仕事を空けることになってしまって申しわけありませんでした」

「何言ってるんだ……むしろこちらこそ、そんな目に遭わせてしまったことを謝罪しなきゃならない立場なんだぞ?」

「そうよ、エルちゃん」

 

 頭を下げるエルゼターニアに、ヴィアもレインも神妙にそれを止めた。国を守る大業の果てに一月、入院しての治療を余儀なくされた少女がそのように謝るなど、断じて認められない話だ。

 特務執行課の二人は、改めて向き直り、言った。

 

「特務執行官エルゼターニア殿。この度はよく、『オロバ』の手からこの国を守り抜いてくれました。治安維持局特務執行課長として、何よりこの共和国の一員として心から感謝します」

「ありがとうございました、特務執行官。そしてハーモニさんも多大なお力添え、感謝に絶えません」

「そんな、礼なんて……いいっすよお二人とも、勘弁してください」

「そうだよ。ましてや私にまでなんて」

 

 深く感謝の意を述べてくる二人に、エルゼターニアもハーモニも慌てて手を振り制止する。彼女らとて、自分たちのできる範囲でできる限りを尽くしただけであり──それはヴィアにしろレインにしろ、あるいはアインやソフィーリアたちにしろ皆、同じなのだ。

 全員が等しく、為すべきことを成したがゆえの今、この時。ゆえに、自分たちだけが感謝を受ける道理など決してないと、少女たちは笑う。

 

「月並みっすけど、皆で掴みとった平和っすよ、お二人とも」

「ヴィアさんもレインさんも、もしもいなかったら今頃この国は滅茶苦茶だったと思うんだ。だからさ、皆でありがとう、それとお疲れさまでした! でいいじゃん」

「エル……、ハーモニ殿」

 

 あっけらかんとした言葉と表情に、呆気に取られるヴィアであったが、すぐに淡く微笑んだ。

 この二人はきっと、こう言うだろうとは心のどこかで思っていたことだ。決して傲らず高ぶらず、どこまでも真摯に誠実に平和と正義に向けて突き進む、信念の戦士たち。

 

 今や『共和の守護者』という異名にて国内外にも認知が進んでいる、新たなる英雄──エルゼターニア。

 『焔魔豪剣』アインにも通ずる気迫、風格を纏い始めた少女を眩く想いながらも、特務執行課の二人は目を細め、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一月ぶりの特務執行課オフィスは、当たり前ではあるが特に変わるところがない。精々がヴィアとレインの机に置いてある書類の数が多少異なるくらいで、それ以外は入院前に見ていた光景と同じものだ。

 

「ただいま! ……って、奴っすねこれは」

「おかえり、エル」

 

 それでもどこか、万感の想いを込めて帰還を告げれば、そんなエルゼターニアにハーモニが応えた。当たり前の日常に、これでようやく戻ってきたのだ。

 とりもなおさず特務執行官は部屋の隅、設置されている物々しい装置まで足を運んだ。ある意味ではハーモニにも並ぶ相棒がそこにいる。

 

「……久しぶり、ルヴァルクレーク」

 

 『電磁兵装』ルヴァルクレーク。保管装置に置かれ、十全の態勢を整えている愛用武器に、エルゼターニアはそっと手を触れた。一月ぶりの感触に、どこか安堵を覚える。

 一年以上、そろそろ二年近くにもなるかもしれない。そんな期間をずっと、共に戦い抜いてきた相棒。何だかんだと想いは深いのだ──そっと呟く。

 

「分かってたけど、頑丈っすね……傷一つ無くて良かった」

「……エルちゃん。まだ、それを使うつもりなの?」

「え?」

 

 不意に聞こえてきた声に振り向く。レインが、沈痛な面持ちで視線を向けていた。エルゼターニアへの不安と心配、そしてルヴァルクレークへの恐怖と嫌悪が入り交じった表現で続ける。

 

「もう、良いじゃない……この国はついに平和と平穏を取り戻すのに。ようやく、エルちゃんが戦わなくても良い世の中になってくれるのに」

「レインさん……」

「そんな、使用者まで殺そうとするおぞましいものなんて。これからのエルちゃんには必要ないはずよ……!」

 

 震える声は、悲嘆にも似ていて。『魔眼事件』にてエルゼターニアが辿った末路を、レインがどうしようもなく気にしていることを周囲に知らしめていた。

 元より心優しく、特にエルゼターニアを妹のように可愛がっていた女性だ。そんな彼女にとり、特務執行官がその戦いの果てに両手両足、そして顔の半分を崩壊させて虫の息に追い込まれたなど……たとえ今や『転移魔眼』の移植により奇跡の復活を遂げたとしても、到底受け入れがたいことなのである。

 

 ましてそこまで少女を追い詰めたのが、半分は愛用するルヴァルクレークによる反動なのだ。フルパワーを引き出したがゆえの余剰エネルギーによって、彼女は殺されかけたと言える。

 そのこともあり、今やレインは『電磁兵装』への不信と嫌悪を露にしていた。人間を亜人以上にする夢の武器だったとしても、彼女にとってはもはや、いたいけな妹分を無惨に痛め付けた残忍極まる凶悪兵器に過ぎない。

 ゆえに。レインは自然と昂る声音で、なおもルヴァルクレークを使う素振りを見せるエルゼターニアを引き留める。

 

「もう、そんなの使っちゃ駄目よエルちゃん……! それは開発局にでも引き渡して、後は後方で平穏に、事務や後進の育成に注力すれば良いのよ」

「それは……一線を退いて、引退しろってことっすか? ヴィアさんも同じお考えで?」

「ん……まあ、個人的にはな」

 

 頭を掻いて、ヴィアもレインに追随した。こちらはもう少し意気は弱い……特務執行課長としては正直、今後もルヴァルクレークを運用していきたいところではあるが、個人としてはこれ以上エルゼターニアを死地に向かわせたくはない。

 幸いにも国は平定しつつあるし、特務執行課も今後、更なる変化を遂げる土壌が形成されつつある。それを思えばこれ以上、エルゼターニアに負担を強いる気にもなれないというのがヴィアの本音であった。

 

「今後エルには、バックアップとして活躍してもらえたらってのは、あるよ……お前さんはもう十分すぎる程戦った。そろそろ身を落ち着けても良い頃だろうし」

「そうよ、エルちゃん……ね、これからは私たちとずっと、このデスクで頑張りましょう?」

「……ふふ。魅力的っすね、それは」

「でしょう……!?」

 

 不意に笑みを溢したエルゼターニアに、レインが必死に微笑む。もはや戦わせたくなどないと、それだけを想っての痛ましい笑顔。

 心が痛むものを覚えながらも──けれど『共和の守護者』は、そこから真顔で向き直った。

 

「でも、ごめんなさい二人とも。私には──私たちにはまだ、やるべきことがあります」

「エル……ちゃん?」

「この国を利用した、邪悪な組織。あの『オロバ』を私とハーモニさんは追いたいんす」

「……やっぱり、言うよなお前は。そういうこと」

 

 告げられた言葉に、ヴィアは苦虫を噛み潰した。エルゼターニアのことを理解している彼には、彼女が『オロバ』を追撃するつもりだろうことは既に、分かっていたことだ。

 共和国をこうまで荒らされて、挙げ句その目的とされる『運命魔眼』の製造をまんまと果たされて──特務執行官がそれを良しとするはずもない。共和国が利用された結果、下手をすれば世界全土が危機に晒される可能性とてあるのだ。そのようなことを、この『共和の守護者』が放っておくはずがない。

 

「アインさんやソフィーリアさん、それにマオさん、アリスさん……! あの偉大な戦士の皆さんのように、私とハーモニさんも『オロバ』と戦います! 今度は共和国や『共和』のためだけでなく──世界平和のために、奴らの陰謀を打ち砕きます!!」

「決意は固いよー二人とも。分かってるでしょ? こうなったエルは何が何でも『オロバ』を追うって」

 

 言いながらも不敵に笑うハーモニ。こちらも戦意は十二分のようで、漲る気力がエルゼターニア共々、英雄らしい覇気として発揮されている。

 人間とヴァンパイア、二人の英雄がこうまで信念を貫かんとしている姿が、只人たるヴィアとレインを圧倒していく。元より英雄とはそのようなものだ──常人には理解できない程の大義を背負い、どこまでも理想へと突き進む。誰に言われたからでもなく、己で決めた信念を貫き通す存在である。

 

「っ……!」

 

 唇を噛み締めるレイン。もはやここに至り、彼女にももう、エルゼターニアを止めることはできないと分かっていた。

 英雄として花開いた少女がこうと決めたのだ、止められるはずもない。ましてやハーモニまでもが乗り気なのだ。誰が止められよう。

 

 結局、エルゼターニアはレインの思惑など飛び越えていく存在なのだ。これからは平和なところでのんびりと、デスクワークでもして過ごしていけば良い、などと──もはや共和国だけでなく世界にまで目を向け始めている少女を、そのような文言で止められるわけがなかったのだ。

 共和国は平和になったのだからと、そこで満足していた己をも指摘された気さえして、レインは俯いた。そんな彼女の肩を慰めるようにヴィアが抱き、エルゼターニアに言う。

 

「分かってたさ、お前ならきっと、そう言うんだろうなって」

「課長……」

「何ていうかなあ……すごい人になったよ、エルは。特務執行官になったのもきっと、運命だったんだろうなってつい、思っちまうくらいに」

「……運命っすよ、間違いなく。その果てに私はハーモニさんと出逢い、レンサスさんを止めることができたんすから」

 

 向かい合い、清々しく笑い合う。エルゼターニアとヴィア──つまるところこの二人が出会ったところから、ただの村娘が『共和の守護者』へと至る道筋が成ったのだ。復讐に狂う哀しい亜人を食い止めて、共和国を救う道筋が照らされたのである。

 ならばこれから照らされるのはきっと、世界さえ救う光の道筋なのだ。懸命に戦い続ける『焔魔豪剣』アインと共に、強大なる『オロバ』を打ち倒すという運命の道程。

 

 すべてのことが、きっと、繋がっている──

 漠然とそう感じ取り、ヴィアは強く頷き、そして特務執行課長として指示を飛ばした。

 

「ならば特務執行官エルゼターニア! 特務執行課長として命ずる!」

「はい!」

「──共和国どころか世界さえ脅かす『オロバ』の馬鹿野郎どもを、お前のルヴァルクレークでぶっとばしちまえ! 『共和の守護者』は世界の平和も護るんだって、裏でこそこそしてる奴らに叩き込んでやれ!!」

「──了解しました! 特務執行官エルゼターニア、必ずこの特務、執行してみせます!!」

 

 強い宣言。そして敬礼。

 特務執行官エルゼターニアは今ここに、正式に打倒『オロバ』への使命を帯びたのであった。

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