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エピローグ・後――共和の守護者

 王国南西部は『砦町』、酒場。いつも利用している冒険者ギルド内の食事処よりもずいぶんとグレードの高い店内の一角にて。

 『焔魔豪剣』アインとそのパートナーであるソフィーリアは、テーブルに広がる高級料理の数々にごくりと息を呑んだ。

 

「さあ、二人ともジャンジャンやってくれよ……何せ今日は君たちの帰還祝いだ。そして俺たちの依頼を、見事達成してくれたお礼でもあるんだからね」

「は、はい! ありがとうございます、セーマさん!」

「ご、ご馳走になります!」

 

 ニコニコと、笑顔で向かいの席に座る男が告げた。『勇者』セーマ──前大戦を終結させた、救星の英雄だ。

 師であり友人でもあるその男がセッティングしてくれた、これは宴の席。『魔眼事件』の解決に大いに寄与した新時代の英雄とその相棒に対する、彼なりの感謝の気持ちであった。

 

「……こんな良さげな店まで来て、やっぱり私は酒抜きかよ! ちくしょう、どうなってんだこの国の法律!!」

「まあ亜人でも20歳までは飲酒禁止ってのは、種族ごとの発達を完全に無視しとるから微妙じゃが……どうあれお主は飲むなよ、お子様なんじゃし」

「何だとこの野郎! 見かけだけお子様が、しれっとお前は呑んでんじゃない!!」

「わしは大人じゃもーん。齢もうじき1000歳じゃもーん」

 

 更にセーマの隣で騒ぐのは、こちらも『魔眼事件』に関与した二人の少女。

 『魔王』マオと『エスペロの女帝』アリスだ……酒を飲めない年齢のマオが、それでも呑みたいと駄々を捏ねているのをアリスがからかっている。

 

 とてもかの事件にて、最上位天使『第一位』ニケイアを相手に圧倒さえしていた存在と同一とは思えない。アインは改めてそのギャップに眼を白黒させて、しかし今の方が親しみやすいとくすりと笑った。

 

「……あ? 何笑ってんだお前。おい」

「え。あ、いえ。いつもの皆さんだなー、と。何か懐かしくて」

「はー? 何お前、共和国に馴染み過ぎか? そんなに刺身旨かったのか? あんなもんよく食えるなお前」

「最初は躊躇ったんですけどね。いざ食べてみると案外美味しくてビックリしましたよ」

 

 ふにゃりと相好を崩す少年。戦闘時は勇ましい英雄も、日常となればどこにでもいる子供のように笑う。それがアインだった。

 セーマも微笑み、そして言う。

 

「それにしてもアインくん、ソフィーリアさん。本当にお疲れ様でした──突然の依頼にも関わらずやり遂げてくれて、ありがとう」

「いえ、こちらこそ! とても良い経験になりました!」

「エルさんやハーモニさんとも知り合えましたし、行って良かったって思ってます」

 

 快活に笑う二人。アインもソフィーリアも、共和国に行き、特務執行官の助けになれたことを本当に良かったと思えている。

 良い経験だったのだ、本当に……良き絆を結び、そして共和国の明日を繋げることができた。反省すべき点や、まだまだ至らぬ点も多々見つかったが、それもまた、今後の成長の糧となるだろう。

 

 どこか大人びた顔の子供たちに、セーマは目を細めた。また一つ、彼らは大きく成長してくれた。託した者として、そのことがひどく嬉しい。

 横に座るマオとアリスにも、彼は労いの言葉をかけた。

 

「マオにアリスちゃんも、お疲れ様……俺も手伝いに行けると良かったんだけど、悪いな」

「来るなって言ったのはこっちなんだし、私の方こそ悪かったよ。色々事情があってな、君だけはあの場に呼ぶことはできなかったんだ」

「わしとてぶっちゃけ、その場にいただけみたいなもんですじゃし? ハーモニの成長をたしかめたくらいですし、大したこともしとりませぬよ」

 

 肩を竦めるマオとアリス。実際、この二人はただ現場に赴いただけではあった──対ニケイアに際し重要な役割を果たしただけであって、『魔眼事件』解決にはいてもいなくても変わらなかったくらいだ。

 

 とはいえ得たものは大きい。ニケイアから聞かされた、『オロバ』の暗躍する地域をマオは口にした。

 

「連邦で『オペレーション・魔獣』、そして帝国で『魔人計画』か……『ミッション・魔眼』はどうやら成功されてしまったみたいだが、残る二つはどうなるやらな」

「連邦に、帝国か……さしあたりは連邦かな? 近いし」

「っちゅうかリムルヘヴンとリムルヘルがまさに出向いとりますのう。大丈夫じゃろうか……」

 

 アリスが不安げに声を出した。リムルヘヴン、リムルヘル……彼女の義娘といっても良い、ヴァンパイアの双子だ。

 『魔剣騒動』にて水の魔剣を獲得したリムルヘヴンは今、自らの実力を向上させるために連邦へと旅に出ていた。双子の妹リムルヘルも当然、一緒である。

 

 何やらおかしなことに巻き込まれてなければ良いのだが。

 難しげに唸るアリスに、アインが笑って答えた。

 

「リムルヘヴンなら大丈夫ですよ……彼女は強い。そのことは、同じ魔剣使いだった僕がよく分かってます」

「それに、何かあったらまた私たちが行きますよ……いつでも頼ってください、ね?」

「お主ら……かたじけない」

 

 力強いアインとソフィーリアに、アリスは感謝の言葉を伝えた。新しい時代を担う英雄へ、信頼を示す。

 ふっ──と、セーマは微笑んだ。アインは今や、自然と他人の心に希望を灯せる存在となっている。それこそが真の英雄たる証なのだと、彼を見出だしたことの正しさを実感してのものだ。

 

「さあ、そろそろ本当に食べよう、皆。しっかり鋭気を養って、またそれぞれの日常に戻って欲しい」

「はい! いただきます!! よーし、たべちゃうぞー!!」

「もう、アインたら……ふふ、いただきます!」

 

 さておき今は一時の安らぎを。

 『勇者』セーマは『焔魔豪剣』アインへと、にこやかに食事を勧めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国首都、総合病院。

 名医が集う国内でも最大規模の病院で、医療に携わるスペシャリストたちが日夜、病や怪我に苦しむ人々を救うために懸命に闘っている。

 

 施設内に設置されている100近い病室の内、一つ。要人などが入院するにあたって用いられる、最高品質の個室において。

 ヴァンパイア・ハーモニはベッドの隣、椅子に腰かけて果物の皮を剥いていた。

 

「……ん、できた。はい、あーん!」

 

 皮だけでなく、果実も大幅に削いでの不恰好極まりない形だが……それでも剥けた果物を一口サイズに切り分けて、彼女はそれを差し向けた。

 傍のデスクには多種多様な果物が、似たような感じに剥かれ切られている。いずれもいくつか食べられた形跡はあるが、まだまだ多く残っていた。

 

 ベッドの上、ハーモニに果物を押し付けられている者が、うんざりと呟く。

 

「……あの、もうお腹いっぱいなんすけど。後さっきから言ってますけど、自分で食べられるのでそういう『あーん』とかはちょっと」

「えー? 良くないよちゃんと食べなきゃ。まだまだ体力は回復してないだろうし、ここは何から何まで私がしてあげるから任せて!」

「任せてたらそれこそ体力が落ちる一方なんすけど!? 大体もうすぐ退院なんすよ、いつまで重傷扱いしてるんすか!」

 

 甲斐甲斐しい世話の姿勢を見せるハーモニに、入院患者の少女──今や『魔眼事件』を解決した共和国の英雄、特務執行官エルゼターニアは激しく抗議の声をあげた。

 手足もすっかり直っている……入院用の患者服であることと、右目に眼帯を着用していることを除けば、以前のエルゼターニアと何ら変わるところがない程だ。

 

 ──レンサスの『転移魔眼』を移植された直後から、既に超エネルギーによる身体の修復は始まっていた。ボロボロだった手足を復元し、右目周りの傷も癒してみせたのだ。

 とはいえ両手足と顔半分が崩壊するような大怪我だ、即座に完治とは至らなかった。どうにか移送できる程度に回復したのを見計らって病院へと連れていったのであるが、そこから完治とリハビリを含め、一月を病室で過ごすことになってしまった。

 しみじみとエルゼターニアが呟く。

 

「一月……長かったっす。お見舞いにたくさんの人が来てくれたのは、嬉しかったっすけど」

「アインさん、ソフィーリアさん、ヴィア課長にレインさん。それにゴルディン部長に『クローズド・ヘヴン』の二人」

「マオさんに、アリスさんも。それと……私の家族、皆」

「大概叱られてたねー。まああんな無茶したんだもん、当然だけど」

 

 思い返す。この一月、入院している間に多くの見舞い客がエルゼターニアの元を訪れていた。

 総じて皆、心配と安堵と共に彼女を一言、叱ってきたのだから少女としては申しわけなく、またありがたい。こんなにも自分を大切に想ってくれている人たちがいたのだと、改めて確認できたのだから。

 

「……これで、一段落つきましたね。特務執行官としての仕事はこれからも続きますけど、何だかやり遂げた気分っすよ」

「そうだね……お疲れ様、エル」

 

 共和国にも、エルゼターニア自身にも。『オロバ』打倒と共に一つの区切りを迎えた心地がして、彼女は深く、深く、息を吐いた。

 やり遂げた。辛く苦しい戦いを、多くの助けと支えのおかげで走り抜くことが、できた。

 そんな感謝で、胸がいっぱいになる。

 

 そして何より、眼前のハーモニ。

 この世で一番の、最高のパートナーに向けて、エルゼターニアは微笑みかけた。

 

「ハーモニさんこそ、お疲れ様でした。本当に……ありがとうございました」

「何もしてない……できなかったよ、私は。力になるって息巻いといて、何の役にも立てなかった」

「そんなことないっす。ハーモニさんがいてくれたから、私は……最後まで立ち向かえたんだと、思います」

 

 自嘲するハーモニの、柔らかな手に己の手を添える。

 伝わる温もりが、互いに互いが今、たしかにここに生きているのだと示していた。

 そして、エルゼターニアの方も頭を下げた。

 

「私こそ、ごめんなさい……あれだけ言われていたのに、やっぱり無茶をしました」

「エル……」

「ハーモニさんや父さん、母さん。ヴィアさんやレインさん、そしてマオさん……色んな人に心配されて、気遣われておきながら。私は結局、そんな暖かい想いを全部、無視したんす」

 

 俯き加減の顔に陰が差す。レンサスを止めるためとは言え、文字通り死ぬ程の無茶をしたのだ。多くの人たちの心配や忠言を、ことごとく無視する形で。

 特務執行官として為すべきことは成したが、人としては、自分は最低だ。そんな思いで沈痛に浸るエルゼターニアを、ハーモニは切なげに見つめた。

 

 眼帯で覆われた顔半分を、慰めるように撫でる。

 そのまま頬に柔らかな手を当て、ハーモニはエルゼターニアに向き合う。

 

「そうだね。エルは、たくさんの人を裏切った」

「……はい」

「私も、皆も辛かったよ。大好きなエルがあんな風に死んで、悲しいどころじゃなかった。私なんてもう、その場で死んでしまいたかったくらい」

「ハーモニ、さん」

 

 紛いなく本音だ……ハーモニはたしかにあの時、死にたかった。エルゼターニアの後を追って、命を投げ捨ててしまいたかったのだ。

 本気の声音から、彼女の言葉に嘘偽りがないことを察したのだろう。少女は息を呑み、圧倒される。

 

 少しの沈黙。他に誰もいない部屋、互いの吐息さえ感じるくらいの距離で、見詰め合う二人。

 ──そしてハーモニは、微笑んだ。

 

「だからさ、エル。これからはたくさんの人を裏切っちゃった分、今度は期待に応えようよ」

「期待に、応える……?」

「うん……生きて、生き抜くことで、ね。病気でも怪我でもなく、寿命で死ぬまで絶対に生きるんだ、エルは。私も付き合うからさ……一生、傍にいるから」

 

 死のうとした報いは、生きようとすることで果たせ。自分が一生、傍にいるから。

 

 それはつまり、エルゼターニアをあらゆる辛苦から護り、必ず寿命を迎えさせてみせるというハーモニ自身の決意を漲らせた宣言でもある。

 あまりにも真剣な顔で、間近でそんなことを言うものだから──破顔一笑。エルゼターニアはつい吹き出し、からかうように言うのだった。

 

「まるでプロポーズか何かっすよ、それ!」

「え──もう! からかわないでよ、本気なんだよ!?」

「分かってます! けど、けど……くっ、あははっ!!」

「……ぷっ、ふふ、あはははは! エルったら、ははははっ!」

「あはははははっ!」

 

 次第にお互い、面白くなってきたのか声をあげて笑い合う。他愛もないやり取り──けれどそれこそが、共和国に取り戻された平和を象徴していた。

 

「──あ、雪だ」

「え? ──本当だ。年末っぽいっすね」

 

 ふと窓に、ちらつく雪が見えた。二人、身を寄せ合いながら窓辺へと移る。

 薄暗い空から、純白が降り注いでいる。もしかしたら直、積もるかもしれない。共和国の冬は温暖だがその分、雪が降るとやたらと積雪するのだ。

 

「……エル。ずっと、一緒だよ」

「……はい。ハーモニさん、これからもよろしくお願いします」

 

 そして、淡々と白に染まる町並みを二人見詰めて。

 エルゼターニアとハーモニはそっと、しかし固く手を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これにて共和国にて繰り広げられた、魔眼に纏わる戦いは幕を下ろした。

 今しばらくは休息の時。特務執行官エルゼターニアも焔の英雄アインも、一時の平和に身を休めるのだろう。

 

 『共和国魔眼事件』。セーマからアインへ、そしてアインからエルゼターニアへ。移り行く季節、流れ行く時間の中でたしかに、正義と信念の絆もまた、結ばれ繋がれていく。

 それは次なる舞台──連邦においても変わらない。受け継がれてきたバトンを受け取る者はいて、受け継ぐ物語があるのだ。

 

 第三の戦い『連邦魔獣戦役』。

 かつて邪道に堕ちた男。錆び付いた刃が蘇る物語は、少しずつ開幕へと近づいていた──

これにて「共和国魔眼事件エルゼターニア」完結です!

長らくの御愛読、誠にありがとうございましたー

次話が後書きになりますので、どうかそちらもご覧くださいー

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