エピローグ・前――それぞれの日々へ
年末。共和国首都にも雪が降り、行き交う人々を目で楽しませつつもその身体を凍えさせている。
全国議会もそろそろ終わりを迎える年の瀬。初日に起きた大規模テロ『魔眼事件』からそろそろ一月経つ頃合いだ。
当初こそ大騒動となり、マスコミもあることないこと書き立てた事件ではあったが……何しろ未だ祭り騒ぎの続くこの首都だ、浮かれた熱気の前ではそのようなことさえ些事として、いつしか記事になることも少なくなっていた。
「ま、そっちの方が我々としては助かるんだえどな。何しろ記者どもがうるさいったらない」
「違いないな、ガハハハハ!」
治安維持局特務執行課の事務所、ソファにて座る男が二人。特務執行課長ヴィアと保安部長ゴルディンは、コーヒーを啜りながら新聞を眺め、他愛のない記事ばかりが載っていることを確認して笑い合った。
麗らかな昼前、肌寒いが日は照っているそんな空模様。窓から外を眺め、彼らは一時の休憩を楽しんでいた。
「……で、取り調べからは何か分かったんですか? 『オロバ』のこととか」
「ああ、まあそこそこはな。つってもレンサスも雇われみたいなもんだったようで、首領とやらの本名さえも知らんのだとよ」
「徹底してますね……たしか事実上、その首領による独裁体制なんでしたか」
「大幹部四人に幹部が十数名──けれど内実は全員、首領をトップとした一列横並びの扱い、か。薄気味悪い、まるで何かの教祖だぜ」
吐き捨てるゴルディン。ヴィアも、朧気ながら実像が掴めてきた『オロバ』の実態に、どうにもうすら寒いものを覚えて深く頷いた。
──『魔眼事件』の首謀者、レンサスが特務執行官たちの活躍により捕縛され、本格的な取り調べを始めてから一週間程になる。
それまでは彼自身の負傷もあったため傷が癒えるのを待っていた保安部だったが、いざ取り調べが始まると思いの外、スムーズにことは進展していた。
何しろレンサス本人が非常に協力的で、『オロバ』から『ミッション・魔眼』から、己自身の来歴に関してまで洗いざらい言及しているのだ。
姉を共和国の人体実験にて殺された点から、国の在り方そのものについては辛辣ではあるものの……総じて極めて態度の良好な犯人だと、治安維持局内での評判も上々なくらいだ。
「ありゃー、やっぱりエルちゃんがいるからなんだろうなあ。姉の子孫が命張って自分を糺しに来た、なんて俺には想像もつかん話だ」
「共和国の、過去の不誠実さから生まれた復讐者。まったく、清廉潔白などと国に求めるべきでないとは分かっていますが、中々堪える話ですね」
「俺らの立場からすると余計にな……まあ、だからっつって今を生きる民に危害を加えさせて良いわけも、ないんだけどよ」
二人して難しげに唸る。どうあれレンサスは国家転覆を図った大罪人だが、しかしその発端は紛れもなく共和国側の非人道さにあるのだ。
彼の語った動機の裏付けを取るべく、過去の文献を調べた結果明るみに出た、非人道的実験の数々。文明を発展させるためと称して生み出された犠牲の多くが、時の権力者の手によって歴史の闇に葬られていたことが最近、発覚していた。
巡り巡って反ってくるものなのだ、善いことも、悪いことも。今回はそれが国家規模であった、ただそれだけのことなのかも知れなかった。
「何を難しい顔をしてらっしゃるんですか? 甘いケーキでもいかがです?」
「あ、ああ……いただくよレインさん」
「俺はいいや、最近甘いもん食い過ぎててなあ」
特務執行課のメンバー、レインがケーキを持ってやって来た。穏やかな笑みでそれを薦めてくるのを、ヴィアは受け取りゴルディンは固辞する。
鬼の保安部長が、最近甘いものを食べ過ぎだというのも珍妙な話だ。彼には特段、甘味を嗜好とするところはなかったはず。
そう不思議がるヴィアとレインに、ゴルディンは困ったように打ち明けた。
「いや、その……実は『クローズド・ヘヴン』のオルビス殿とファズ殿が、揃って甘党でな」
「へえ? ファズ殿はともかくオルビス殿もですか」
「何だか意外ですねぇ……」
思い浮かべるはS級冒険者集団『クローズド・ヘヴン』のメンバー二人、オルビスとファズ。
『魔眼事件』にも参加し多大な貢献を果たし、今では特務執行課に協力して治安維持を受け持っている彼らは、ゴルディンと馬が合うのかやたらとプライベートで親交を深めている。
耽美な美青年のファズならばともかく、山のような大男のオルビスが甘いものを、というのも中々、勝手ながらイメージにそぐわぬ話だ。
そんなレインの思考を読み取ったか、ゴルディンは茶目っ気めかして笑って応える。
「むしろ最初はオルビス殿の趣味だったんだよ……ファズ殿のは師匠譲りなんだとよ」
「そうなんですか! 意外な話ですね」
「だからか食う量も味へのこだわりもオルビス殿の方が強いんだよ。ぶっちゃけ面倒くせぇ、セッティングする身にもなれってんだ」
「は、ははは」
ぼやくゴルディン。どうやらずいぶんと、甘いもの関係で『クローズド・ヘヴン』に困らされているらしい。
呑気な悩みに、これが平和か? と苦笑いをこぼす、そんな治安維持局の面々であった。
「ぶぇーっくしゅん! あー、風邪引いたかなァ?」
「ただのくしゃみ一つでそう思い至るとか、そういうのはゴッホレールさんだけにしてもらえますかね、師匠?」
「いくらなんでもあのアホと一緒くたは止めてくんねぇかなァ……」
ところ変わって共和国の海沿い。倒れ伏す亜人三体を見下ろしながら豪快にくしゃみをした師匠オルビスを、弟子のファズは呆れた目で見ていた。
『クローズド・ヘヴン』No.4とNo.6の揃い踏みだ。最近ではめっきり減少した亜人犯罪の鎮圧に出向いて、即座に仕事を終わらせてすぐの光景だった。
「しかし俺たちも間が悪いよなぁ。まさか初陣の『魔眼事件』でこの国の治安維持、粗方片付いちまったなんてよォ」
「そこは誰にも予想できなかったのですし、仕方ないですよ……特務執行官殿がまさか、亜人犯罪者のほぼすべてを捕縛していたなんて、ね」
ぼやくオルビスを、ファズが苦笑して宥めた。共和国を巡る治安事情──前評判の割にずいぶんと平定している実際を鑑みての、拍子抜け感が二人にはあった。
一年以上、一人で戦い続けていた特務執行官。彼女の努力が今になって表面化し始めているのだ。亜人犯罪の激減という、目に見える形として。
感心してオルビスが腕組みした。
「大した根性だぜ、あの嬢ちゃん。『クローズド・ヘヴン』に加えたいくらいだぜ。お前はクビな、変態」
「冒険者でないのが悔やまれてなりませんね……そちらこそ後進に道を譲っては? ロートルさん」
憎まれ口を叩きながらも互いに、この国を護り続けた『共和の守護者』を讃える。『魔眼事件』を解決に導いた特務執行官エルゼターニアにマスコミが名付け浸透しつつある、事実上の二つ名だ。
そして、もう一人。予てより気になっていた新進気鋭の冒険者についても二人は言及した。
「『焔魔豪剣』に至っては俺らの誰より強いってんだから驚きだよなァ。こっちはマジで推薦しとくか」
「そうですね、彼に関しては私も推してみようかと思いますよ。『疾狼』ジナ共々王国南西部は期待の若手が多くて良いですね」
「『疾狼』か、ワーウルフの冒険者で『剣姫』様のコンビだったな」
「正直二人とも、僕らが束になったって傷一つ付けられないでしょうねぇ」
『クローズド・ヘヴン』への加入を推したい、二人の冒険者──一人は言わずもがな『焔魔豪剣』アインであり、もう一人は未だA級だが、その実力はかの『剣姫』リリーナにも迫るかとされる『疾狼』ジナ。
この二人については今回の依頼を終えれば直々に提案しようとオルビスは考えていた。帰路の途中、王国南西部に立ち寄って彼らに接触しようと画策しているのだ。
「つっても二人とも、『勇者』の関係者なんだよな……」
「僕としては『勇者』様にこそ『クローズド・ヘヴン』入りして欲しいんですけどねぇ」
唸るファズ。『クローズド・ヘヴン』発足の切欠ともなった伝説の『勇者』。彼もまた王国南西部に住んでおり、アインやジナと深い関係があるという。
戦争を終わらせた救星の英雄。そんな彼こそが自分たちと共に活動してくれるのならば、どれだけ素晴らしいことだろうか。
夢を思い描く弟子に、師匠はすげなく答えた。
「やー、そりゃ無理だろ。ゴッホレールとカームハルトの報告によれば完全に隠居生活を決め込んでて、冒険者活動も身内とのレクリエーションのためにやってるって話だし」
「『森の館』ですか。悠々自適なスローライフとは、正直憧れますねえ」
「俺ももうちょい歳食ったら、そんな感じに暮らしてぇなァ」
羨望の吐息。今や隠居して日々を楽しく暮らしているというかの『勇者』に、もうじき56になるオルビスは自分もそうなりたいという願いを隠そうともしない。
成り行きから冒険者となり、S級に登り詰め『クローズド・ヘヴン』初期メンバーの一人となった。そのこと自体に不満などありはしないが、如何せんそろそろ歳だ。身体もいい加減動かなくなってきているし、そんな状態で亜人と渡り合うのも正直、かなり不安が出てきている。
弟子の言うことは実際冗談でなく、ロートルなのだ、オルビスは。その自覚もあるし、だからこそ自分の後釜を誰かしらに託して、セミリタイアなり隠居なり決め込みたい想いが彼にはあった。
「……坊やがもうちょいまともで、もうちょい頼りになってくれりゃなあ。俺も安心して後を任せられるんだけどよ」
「無い物ねだりは体と心に毒ですよ、師匠」
「まともさと頼り甲斐を『無い物』呼ばわりされちまうと、もう打つ手ないわなァ……」
恐ろしく素っ気ない弟子に、いっそ戦慄するものさえ覚えながらもオルビスはため息を吐いた。
ファズがこの調子では、本当に別口から後釜を見付けて来なければならないのだろう。
そういう意味もあり、『焔魔豪剣』あるいは『疾狼』には本当に期待しているのだ。早く王国南西部に向かいたいところだと、逸る心を彼は抑えた。
「……とりあえず一仕事もしたし、帰って呑むかなァ」
「お供しますよ。どうにも一人でいると言い寄られて敵いませんし」
「パッと見美形は辛いねえ? さて、そんじゃ行くか、ファズ坊」
「ええ、師オルビス」
さしあたり、今は一時の安らぎを楽しもう。
オルビスはファズを連れ立ってその場を後にする。平和に向かいつつあるこの国での仕事など、言ってしまえばバカンスに近い。
羽休めくらいはさせてもらうかと、『クローズド・ヘヴン』No.4オルビスは、同じくNo.6ファズを伴い、近隣の町村の酒場を巡ることにしたのであった。




