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Republic Savior

 異様な光景に、レンサスはすぐさま両目を煌めかせて『防御魔眼』を発動させた。

 死に体の特務執行官が、どうしたことか立ち上がり──これまでにないエネルギーを吹き出し始めたのだ。何はなくとも防御を選択するのは当然だった。

 

「『防御魔眼"ドント・リーヴ"』! ──何をしようがもう無駄だ、小娘!」

 

 小柄な身体を覆う強固なシールド。かの『勇者』の攻撃でさえある程度だが威力を減衰させるそれを、目の前の死にかけに突破できるはずもない。

 迫る特務執行官、振るわれる『電磁兵装』。しかしてすぐに弾き返せるだろう。そしてカウンターで今度こそ始末すれば良い。そうほくそ笑む、瞬間。

 

「──ぁああああっ!!」

「ぐっ──!?」

 

 絶対だったはずの防御が、いとも容易く両断されるのを見た。シールドごと強引に、少女は少年の身体を切り裂いたのだ。

 予想外のダメージ。完全に高を括っていたことによる油断も合わせ、レンサスの胴体は著しく袈裟にかけて血を吐き出す。熱と痛みが一気に噴出し、彼の本能に最大級の警告として逃避を命じた。

 

「馬鹿、な──!」

「ぐぅ、ぅあああっ!! であああああっ!!」

「ひ、ひぃっ!?」

 

 咄嗟に飛び退くスモーラを、更に追撃する人間。蒼い炎に包まれたその姿は、雄叫びもあって人間離れした気迫がある。

 混乱の中、たしかに気圧される。レンサスはもはや余裕などかなぐり捨てて、地面を転がってルヴァルクレークの、異様なまでに跳ね上がった威力の斬撃を回避した。

 

「な……っ!! 何だこれ、何だよアレはっ!!」

「……っ!! がぁ、あ」

 

 地べたを這いずる屈辱さえも感じる暇がない。気を抜けば捕捉され殺されてしまう、強い危機感が『オロバ』大幹部を突き動かしていた。

 壁にもたれ掛かりながらも立ち上がる。斬られた傷から血が吹き出すのも構わず、彼は敵を見据えた。

 そして、絶句。

 

「か、ぐ……ぅ」

「お、前……それ、まさか反動か」

「ぐふ、ごぼっ──や、っぱり。100%は、キツい、なあ」

 

 唖然と呟く視線の先。レンサスを圧倒していたはずのエルゼターニアは、しかしレンサスの受けた傷など問題でない程に身体を損ねていた。

 ルヴァルクレークを振るった右腕が、ぐにゃりぐにゃりと捻れている。砕けた骨があちこちから服をも突き抜け飛び出でて、白いものを覗かせていた。

 左足も似たようなものだった。複雑骨折に、火傷。『ルヴァルクレーク"ブルースド・ジャスティス"』によって発動した、極端な出力によって焼かれた身体が炭化さえしている。

 

 頭部も血に塗れていた。何よりも吐血……すなわち内臓へのダメージが尋常ではない。時折血の塊を吐くその姿は、もはや戦いはおろかこの後、生き延びることさえ不可能だろうとレンサスの目から見ても明らかだった。

 

「そんな……そんな風になってまで、どうして」

「……これ、で。最期」

「どうしてそこまでやるんだよっ!? お前、死んじゃうんだぞっ!? もう手遅れなその身体で、どうしてそこまでやっちゃえるんだよぉっ!?」

 

 恐怖さえ覚えてレンサスが叫ぶ。ことここに至り、彼は憎悪も激怒も悲哀も忘れてただ一人、エルゼターニアへの畏れを抱いていた。

 こんな人間は初めてだ──死をも恐れぬ輩はいたがこの女はそのような領域ではない。明らかに死を恐れているのに、恐れたまま死を受け入れている。

 

 狂っている。自分などよりも、余程。

 息があがり、かちかちと噛み合わず歯が鳴る己を抑えることなく、レンサスは目の前の存在をただ、恐れた。

 

「何なんだよ……お前、お前は」

「レンサス、さん……あ、あんたを、止めます。他ならぬあんた、自身のために」

 

 血みどろの姿で、死にかけの吐息で、なおもエルゼターニアはレンサスへと告げる。

 少女にはもう、時間がない──こうしている間にもルヴァルクレークのフルパワーは、彼女の命を削り奪っている。

 

 死ぬ前に言うべきことを必ず言い、やるべきことを絶対にやる。朧気な意識、霞む視界さえ気にも留めず、少女は続けた。

 

「このまま、だときっと。あんたは、救われない。ただ、八つ当たりして鬱憤を晴らしても──きっと、また、どこかで同じことで苦しむ」

「ふ……ふざけんな! どうしてそんなことが」

「皆、そうだっ、たから。この一年、戦ってきた、亜人の人、たち皆……そんな風に、やるせなさを、どうにもできず……堕ちていった、のを見たから」

「……!」

「だか、ら、止める。絶対に、あんただけは……そんなことにさせない……!」

 

 一言ごとに血が流れる。痛みすら感じなくなっていく身体が、冷えきって熱を失う。

 迫る死の予感、けれど心はなおも燃える。止めるべき者、救うべき者を前にして特務執行官エルゼターニアは、かつてなく心を静かに、そして激しくしていた。

 

「誰がっ……誰が止めてくれなんて頼んだ!? 誰が助けてくれなんて言ったんだ!! 大きなお世話なんだよ、お前っ!!」

「──あんたの、姉さんに」

 

 ぽつりと出た言葉。レンサスの、姉。

 何故今、姉が出てくるのか。とうに死んだ亜人が、どうやって頼むというのか。

 

「姉さんだと……!?」

「私の家が、血筋が、代々受け継いできた想い……! きっとこの日のために、あったんだ。あんたを止めて、救ってくれと。そのために私たちは『共和』を、繋いで来たんだ……っ!!」

「おかしいぞさっきから……! 家? 血筋? 何を、何を言ってるんだお前っ!?」

 

 意味の分からないことを呟き続けるエルゼターニアへの恐れで、どうにかなりそうな心地に叫ぶ。

 本当は、心底では薄らと分かり始めていることを認められない。そんなわけがない。そんなはずがないと、レンサスは痙攣めいた震えと共に恐慌状態へと陥る。

 

「何だお前っ……来るな、来るなぁっ!!」

「あんたに、私の、私、たちの──シエルさんから私までの、すべての想いをぶつけて止める……ッ!!」

「──し、える」

 

 シエル。その名前が決定的だった。

 左足を引きずり、右手を垂れさせ、ルヴァルクレークを杖がわりにしてそれでも近付くエルゼターニア。

 その姿が──いつか見た、誰かの姿に重なって見えて。レンサスの口から悲鳴が、唸るように這い上がる。

 

「しえる、しえる──シエル、シエル!! そんな!!」

「『ルヴァルクレーク』……!!」

「シエ──う、ううう、うわあああ、あああああああああっ! あああ、ああああっ!!」

 

 最期の力を振り絞り、左手で大鎌を振り上げる少女の顔めがけて。まるで求めるように、殺戮の爪を少年は伸ばした。

 回避できるはずもなく、迫る爪。血に塗れたエルゼターニアの顔、右目を直撃する。

 

 抉れる瞳、噴き出す血、体液。

 間違いなく致命傷となった、その攻撃を通して。

 

「ッ──『リパブリックセイバー』ッ!!」

「ぁ……シエル、ねえ、さん」

 

 少年は遠い日の笑顔に邂逅し。

 少女は救いの刃を放った。

 

「──やっと、笑ってくれた」

 

 どこか、穏やかな顔のまま。

 ルヴァルクレークはたしかにレンサスの身体に直撃し、『防御魔眼』のシールドさえも貫通した威力が、彼の何もかもを打ち砕いた。

 

 ──今ここに、『オロバ』大幹部レンサスは打ち倒されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エル……」

 

 静まりかえった戦場跡に、呆然とした声が虚しく響いた。ヴァンパイア・ハーモニの、受け入れられない現実を目の当たりにしての第一声である。

 

「……そん、な」

「エル、さん……!」

 

 共にやって来た仲間たち──アイン、ソフィーリアもまた、広がる光景を受け入れられないでいた。

 倒れ伏す二人、少年と少女。どちらも重傷だが、特に少女の方は……既に息絶えていてもおかしくない程に、人の形を留めていない。

 

「……マオ、頼むから抑えとくれ。後でいくらでも、わしを殴ってくれていいから。ここで、自棄を起こさんでおくれ」

「──分かってる。戦争でこんなもの、いくらでも見たことだ。分かってるよ」

 

 痛ましげに、けれど冷静にマオの激昂を危惧し抑えるアリス。応えるマオも、冷静だった──唇を噛み千切り、口元から血を止めどなく流す程に、落ち着いていた。

 

 半ば、予想していたことだった。起きないことを祈っていたが、起きてしまった。

 『勇者』の時と同じだ……こうなってしまった。過ちは繰り返されてしまった。時代を越えても、なお。

 

「エル……エル、エル」

 

 そして。ハーモニは一人、静かに少女の元へと歩を進めた。死臭さえ漂う倒れたエルゼターニアの傍に、そっと、跪く。

 壊れ物を扱うように、優しく抱き起こす。血と損傷でもう、元の面影などどこにもない姿だが……それでもハーモニは、その顔に頬を寄せた。

 

「ごめん……ごめんね。一人で、逝かせちゃった」

 

 涙は出なかった。涙など流すより、一緒に死んでしまいたかった。

 護りたかった、本当に大切な存在。共に生きて共に死ぬと、誓ったはずなのに。

 現実はエルゼターニアとハーモニが、一人ぼっちで終わりを迎えただけだった。

 

「エル……つらかったね。寂しかったね。ごめんね。最期まで一緒に、居てあげられなかったね」

 

 言葉を紡ぐ度、心が死んでいく。ハーモニの世界から、色合いが消えていく。

 彼女は、唯一無二の存在を失ったのだ。

 

「ぐ……っ、あっ、が、は」

 

 近くで、少年が──レンサスが、呻くのが見えた。どうでもいい。

 血を吐きながら、何やら呟いている。どうでもいい。

 

「……結局、殺さなかった、のか。馬鹿な……ああ、何て馬鹿な子だ。そんなとこまで、あの人に似ちまわなくても、良いのに。ぐ、うっ」

「レンサス……貴様、貴様ぁっ!!」

 

 アインが激高して剣を抜いた。どうでもいい。

 ソフィーリアや他の皆も、殺意を以て相対していく。どうでもいい。

 

 もう、どうでもいい。とにかく今は、エルゼターニアを抱きしめていたい。

 ハーモニが俯く。まるで殻に閉じ籠るように──

 

「おい、ヴァンパイア……その子、助けるぞ。どいてくれ」

 

 ──その言葉がけれど、彼女を絶望の底から呼び戻した。

 ゆっくりと顔をあげる。レンサスが、ボロボロの身体のまま、ハーモニとエルゼターニアの元へと這っていた。

 

「たす、ける……?」

「その子はまだ、辛うじて息がある。急いで治療すれば、助けられる……!」

「……でも、どうやって。こんな、手足も顔も」

 

 困惑ですらない、呆然。現実味のまったくない想いで、けれどレンサスに問う。

 エルゼターニアの負傷はもはや、治療をすればどうにかなる段階ではない。手足は原型を留めておらず、顔も右目が抉れて血と体液が溢れている。下手に動かすだけでも今以上に酷いことになるのは目に見えている。

 

 縋るようなその言葉に、レンサスは──憑き物の取れた、ひどく穏やかな顔で笑った。

 

「右目が無くて逆に良かった。最後の一手が打てる──きっと姉さんの導きだ。僕に、最後くらいは正しいことをしろって言ってるんだ。だからこの子は助かるよ。絶対に助ける」

「え──」

「────くっ!!」

 

 あまりに優しいその声音に、困惑の声をあげる間もなく。

 ハーモニの目の前でレンサスは、己の右目、『転移魔眼』を自らの手で抉り取った。

 

「な……!?」

「自ら、眼を!?」

「ぐっ……ぎ、ああああっ!!」

 

 戦慄の行為。警戒していたアインたちも思わず目を見開き硬直する。眼前で目の当たりにしたハーモニなど余計のことだ。

 当然痛みはある。涙を流し、それでも眼球を取り出すレンサス。今にも気を失いそうな意識の中で、けれど、透き通る笑みを浮かべる。

 

「く、クラバルはかつて、この方法で双子を助けた……! 実例があるんだ、絶対にいける……っ!」

「……マリオスとリアス! あの二人のように、まさかエルに魔眼を!?」

「そ、そうだ。『転移魔眼』……そして『防御魔眼』の、制御の半分。あいつらの『磁力魔眼』とは、エネルギーの桁が違う……! 手足だって完治させて見せるさ……!」

 

 説明と共に激痛の中、それでも彼はエルゼターニアに寄り添った。失われた右目に、己の『転移魔眼』を添える。

 ──そこでマオが声を掛けた。彼女とて邪魔をするつもりはないが、しかし確認すべきことがあった。

 

「元はお前の眼だろ……適合するのか? サイズも違うだろうし、何より人間と亜人の種族差があるんじゃ──」

「……誰か知らんが、この子に限っては大丈夫だ。だってこの子は、この子の家系は──僕の姉シエルの、末裔なんだから」

「……何!?」

「エルちゃんが、レンサスの姉の子孫!?」

 

 明かされた真実──エルゼターニアの先祖たる亜人シエルこそ、レンサスの姉。共和国の人間に嫁ぎ、けれど哀しき末路を迎えた女性であった。

 つまりエルゼターニアとレンサスには、もはやわずかながらだが血の繋がりがあるのだ。

 これには驚く他ないハーモニたちに、レンサスはなおも力強く断言した。

 

「僕と血の繋がったこの子なら、大丈夫。『転移魔眼』とも問題なく適合する……!」

「レンサス……お前は……!」

「姉さん……シエル姉さん。どうかこの子に生きる力を。この子は、これからの時代に必要な子だ──!!」

 

 祈るように、遥かな姉に言葉を投げて。

 レンサスは『転移魔眼』を、エルゼターニアの右目へと移植した──

明日、明後日でエピローグを投稿し、本編完結となりますー

とはいえまだまだ物語は続きますので、どうぞお付き合いいただけると幸いですー

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