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事件の子細、ひとまずの休憩へ

 成り行きから旅行に来ていた少女マオを伴い、共和国は内陸部北東地域にて頻発している放火事件に着手することになったエルゼターニア。

 何ら関係のない亜人が参加することについて愚痴りたいことなどいくらでもあるが、そこはぐっと飲み込んで事件に向き合う。ともあれ最優先は犯人の逮捕、及びその協力者たる亜人の討伐だ。

 

「さしあたり、放火犯の居場所は既に突き止めているのですが……ご存じの通り逮捕には至っておりません」

「協力しているという、有翼亜人の存在ですね」

「ええ……犯人に近付こうとすると奴が阻むのです。積極的に攻撃を仕掛けてこないお陰で監視まではできていますが、そこからがどうしようもなく」

 

 保安部駐在所にて、席についてエルゼターニアと保安官が話している。まずは事件の概要、そして捜査の状況について把握しておかなければならない。

 マオと並んで椅子に座る特務執行官に、保安官の男は成り行きを話していった。

 

「今月に入ってから頻発し始めたこの放火事件、2名の死者が出ておりますが実のところ、目撃者も幾人かおりまして……例の有翼亜人の方はともかく、犯人自体は特定できています。こちらの調査報告書をご覧下さい、特務執行官」

「どれどれ? ……おい、隠すなよ。ケチ臭いぞ」

「いやこれ個人情報満載っすから。さすがに直には見せられないっすよ」

 

 渡された紙を見る。マオが覗き込もうとするのを制しつつ、エルゼターニアは必要な、そしてマオに知らせても問題の無さそうな部分だけを読み上げていく。

 

「ええと? 名はマルケル、26歳男性っすか。戦後この村にやって来て、職業は冒険者と……級はC。至って普通っすね」

「戦争からの『出戻り』では無いようです。ギルドからのデータでは受ける依頼もささやかな、典型的なその日暮らしの中位冒険者だったと見受けられます」

「ふうん? そんなぱっとしない奴が、いきなり連続放火に走るとはねえ。動機はさて何なんだか」

 

 マオが首を傾げる。戦争に参加し、生きて戻ってきた通称『出戻り』でもない平凡な冒険者……そんな男が何故いきなり連続放火魔へと成り果てたのか、理由が今一つ掴めない。

 保安官はそれに対して答えた。

 

「動機に関しては不明です。この村に越して以来、近隣住民との関係も良好でした……ただ、ここ数ヶ月程は村を出て山の麓、放棄された小屋に住み着いています。有翼亜人の女も一緒ですね」

「……ふむ。まさか人間と亜人の種族間恋愛でもあるまいが。そこはどう見る? 特務執行官」

「そうっすねえ。男女の関係とかはともかく、有翼亜人がマルケルを利用している線とかあり得るんじゃないっすか?」

「羽付きが放火を唆してる場合か。最近似たようなケースが王国でもあったし、無いとは言い切れないんだよなあ」

「あったんすか、そんなこと……王国も大変っすねぇ」

 

 来歴に不審なもののない犯人の、ここ数ヶ月程の謎の行動……あからさまに怪しいそれに、エルゼターニアも顎に手を当てて思案している。

 とはいえ、と彼女は首を振った。

 

「もう犯人はマルケルで確定していますし……諸々の動機は亜人共々、捕まえてから聞けば良いと思うんすよね。そうでしょう、保安官?」

「ええ。先程も言いましたが目撃者が多数いることと亜人による妨害もあったことから、既にマルケルが犯人であることに疑う余地もありません」

「とりあえず叩きのめして、後でゆっくりと口割らせれば良いってことだな……っていうか逃げたりしてないのか、その犯人は。そんな包囲されてるなら成否はともかく逃げるくらいするだろ、普通」

 

 問いかけるマオ。ことここに至り、犯人が逃亡を図っていないというのもおかしな話だ……エルゼターニアもそこは気になっていたので保安官を見る。

 彼も予想していた問いが来たことに冷静に頷いた。

 

「『この国の誰一人として自分には勝てないのだから、逃げるだけ時間の無駄だ』と。有翼亜人がマルケルにそう語るのを、部下が聞いていました」

「──くくく。ずいぶん自信家のようだな、その羽付き。そういうのが吠え面かくと愉しいんだよなあ」

 

 嘲笑する、マオ。有翼亜人の大言壮語をいたく──歪んだ形ではあるが──気に入ったようで、しきりに喉を鳴らしている。

 案外趣味悪いなあこの人、と内心で思いながら、エルゼターニアは保安官に尋ねた。

 

「あの。部下というと、もしかして」

「ええ……亜人めに半殺しにされた、3人の保安官です。今は病院ですよ、殺されなかっただけ幸運だと笑っていました」

「そう、ですか。そうですね……」

 

 とりあえず死んでいないことは良しとしつつも、やはり怒りは込み上がるエルゼターニア。

 何が目的か知らないが犯罪に荷担し、あまつさえ罪なき人々まで痛め付けるなど、『共和』を護る特務執行官としては断じて捨て置けない。

 彼女は未だ見ぬ有翼亜人へと闘志を燃やしていく。横目でそれを見、興味深そうにしながらもマオが言った。

 

「……で? 件の羽付きに対抗できるエルゼターニアがこうして到着したんだ。もう今から現場に向かうのか?」

「私なら行けますよ。ルヴァルクレークも万全っす」

「心強い限りです、執行官……しかし今からでは現場に着くのは夕方頃、成り行きによっては夜を迎えます。ここは明日の朝まで待つのが良いかと」

「う……たしかに夜戦はまずいっすね」

 

 エルゼターニアは呻いた。夜、暗がりの中で亜人を相手取るなど自殺行為以外の何物でもない──亜人は五感も人間を遥かに凌駕しており、夜目が利くばかりか『気配感知』という、知覚範囲内の人間や亜人の気配を読み取る能力まで生まれつき備えている。

 

 人間ならば武術を極めた達人クラスにしか身に付けられないような技能を、亜人は生まれながら使えるのだ。そんな者を相手に夜、視界の塞がる暗闇の中で戦いを挑むなど無謀にも程があった。

 マオが腕組みして提案する。

 

「何なら私も加勢するけど? 『サーチ』……もとい『気配感知』なら私もできるし、暗がりが嫌ってんなら辺り一面、夜間だろうが昼間より眩しくしてやっても良いし」

「『気配感知』はともかく、眩しくするってどういうことっすか? ──お心遣いは嬉しいっすけど、マオさんを矢面には立たせられないっす」

「おいおい、もしかして私の実力を低く見積もってないか? こう見えてもこのマオさん、滅茶苦茶強いんだぞ?」

 

 けらけら笑う、揺れるエメラルドグリーンの長髪が美しい少女。愉しげだがどこか空恐ろしい威圧をも感じさせるマオの姿に、エルゼターニアはごくりと息を呑んだ。

 

 何となく、エルゼターニアには直感することがあった──マオの強さについて。

 あるいは自分とルヴァルクレークでさえ足下にも及ばないだろう、その確信がある。ただの亜人ではないと、いやただの生物ではないと本能が訴えているのだ。

 

 であれば彼女の提案を受け入れ、共闘するのが最善なのかも知れない。

 けれど、エルゼターニアはそれでも首を横に振った。

 

「王国の賓客を矢面に立たせて万一が起きたら、それこそ共和国そのものの危機っすよ……それに何より、あなたのせっかくの楽しい旅行を、こんな犯罪なんかで台無しにさせたくないっす」

「……ほう?」

「命を懸けて護ります。共和国も、『共和』の理想も、罪なき人間も亜人も……そしてマオさんの楽しい旅行も。それが特務執行官の使命っすから!」

 

 朗らかに笑う。強い信念と正義感、使命感を秘めたエルゼターニアの姿は、マオをして驚かせる程の強さを感じさせていた。

 単なる職務だからだけでなく、心から共和国を愛するがゆえの熱意。王国で言えば騎士団の騎士が持ち得るような、国への忠誠心。

 

 マオは内心、呟いた……この特務執行官の少女はどこか、数ヶ月前に知り合った少年の姿を彷彿とさせる。

 かつての宿敵にして今現在は家族同然となった『彼』が、次代の英雄と見込んだ『小僧』。正義感や信念の強さにかけては方向性の違いはあれど、負けず劣らずと言えるだろう。

 ふっ、と微笑む。

 

「期待以上、そして予想外ってとこか──エルゼターニア。君、面白いな」

「……ギャグで言ったつもりもないんすけどぉ」

「皮肉じゃないよ、心からの称賛だ。小僧といい君といい、今後が楽しみになるねこれは。『彼』への良い土産話ができたよ、あははっ!」

「え、えーと?」

 

 何が楽しいのか声をあげて笑うマオに、エルゼターニアは戸惑う。保安官も不思議そうにする中、エメラルドグリーンの少女は続けた。

 

「分かった、エルゼターニア……君の言う通りが良い。是非ともこの国や私の楽しい旅行を護ってくれたまえ、特務執行官殿」

「え? あ、はい!」

 

 肩を叩かれ励まされ、エルゼターニアは頷いた──何だかとてつもない存在に、とてつもない『何か』を見込まれた気がする。

 そんな不可思議な感覚に首を捻っていると、マオはならばと声をあげた。

 

「そうと決まれば君、明日の朝まで暇だろ? 温泉行くぞ! 体を休めて旨いもん食ってぐっすり寝て、鋭気を養ってから羽付き女の羽もいでやれ!」

「──え、と?」

「おい保安官、話はこのくらいで良いだろ? こいつは今日はこれで店仕舞いだ、後は私が連れてくぜ」

「あ、はあ……まあ、本番は明日の朝以降ですから、構いませんが」

「よっしゃ! じゃあエルゼターニア、行こうか!」

「え? え? えええ?」

 

 急な転換に付いていけない。そんなエルゼターニアを尻目に強引に話が進んでいく。保安官の許可までさっくりと取って、あっという間にエルゼターニアの午後は自由時間となってしまった……いや、マオに引きずられるわけなのだから自由とは言い難いが。

 

 すっかり連れ立って温泉に向かう態勢のマオに腕を取られて立ち上がる。流されるままに駐在所を出る間際、はっとエルゼターニアは保安官に問い掛けた。

 

「あ……いやいや保安官。明日の朝一に殴り込みかけるのは良いんすけど、今日中にまた事件が起きたらどうするんすか? 何ならもうその場で──」

「ああ、それはないと見て良いですよ執行官。犯行はこれまで3日に一度の周期で決まった時間に行われていますし、直近の放火は昨日の昼前でしたから」

「そうなんすか!?」

「はい。それにこの辺りのほとんどの保安官が出払って、マルケルの位置を把握しています。何かあればすぐさま各町村の駐在までやってきますから、村の中でゆっくりなさる分には何ら問題ありませんよ。半日ですが、ごゆっくりお楽しみください」

「は、はあ……」

 

 あっけらかんと言ってのける保安官に絶句するエルゼターニア。どうも呑気というか、のんびりした気質の保安官な気がする。

 長閑な温泉村に勤めていると、心がおおらかになるのだろうか? ──何とも釈然としない心地を抱えたまま、マオに引きずられていく特務執行官の少女なのであった。

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