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アインvsトリエント、そして……

 エルゼターニアが議事堂へと侵入したレンサスを追って、自らも追撃に走った直後。

 特務執行課長ヴィアは蹲るハーモニに駆け寄り、常備している外傷用の軟膏を取り出して言った。

 

「ハーモニ殿、まずは最低限の手当てを受けてくれ!」

「ヴィア、課長……でも、私」

「少しでも傷を塞ぎ、休息して体力を取り戻せばきっとエルに追い付ける! 諦めるな……貴女は、エルに無くてはならない存在だ!」

 

 力強く叫び、ハーモニの腕に軟膏を塗っていく。傷に触れられる度に痛みが走り顔をしかめる彼女であったが、ヴィアの言葉を受け、涙を拭いて軟膏を取り上げる。

 疲れたように、けれど不敵に笑う。失われていた自信を、たとえ空元気でも取り戻した笑みだ。

 

「ありがと……課長。そうだよね、私にはまだ、できることがあるんだ……っ」

「あの子はきっと無茶をする。それを止められるのは、あの子に一番近いところにいる貴女だけだ」

 

 辛そうに唇を噛み締めるヴィア。レンサスに殺気を向けられ、初めてエルゼターニアの味わっていたものをわずかでも体感できた今、確信できることがある。

 エルゼターニアは必ず無茶をする。下手をすればまた、命を投げ捨てることさえしてしまうだろう……すべては共和国を護るため、すべての命と『共和』のために。

 

 だがそれでは駄目なのだ。自分の命をも明日に繋げてこそ、本当の平和は成る。

 新しい、平和な時代を築くのに生贄などあってはならない──エルゼターニアを、時代の人身御供にするわけにはいかない。

 

「頼む、ハーモニ殿……あの子に、生きて平和な共和国を見せてやってくれ。あの子を巻き込んでしまった俺だが、せめて最後にはそのことを、腹の底から良かったと思いたいんだ」

「……うん、分かってる。エルのご両親とも約束したもん、絶対に生きて帰らせるって。エルが皆を大切に想うように、皆もエルを大切に想っているんだ。それを、無下になんかさせない」

 

 もはや哀願に近い特務執行課長に、今度はハーモニが力強く頷いた。服を脱ぎ、上半身裸になって傷だらけの体に薬を塗りたくる。

 人の眼前、男の眼前でも今は関係ない。むしろヴィアも一切気にすることなく、手の届かない背の傷に軟膏を塗っていく程だ。恥じらっている暇など無い、そんなことに気を取られている場合ではない。

 

「ホットドッグにサンドイッチ、持ってきて! 少しでも傷を塞いでエネルギーを補充して、せめて『霧化』ができるくらいまでは回復する!」

「分かった! 栄養たっぷりの果実水もある、どんどんやってくれ!! その間に俺は、あのエフェソスを捕縛する!」

「ありがと──アインさん、ソフィーリアさん! ごめん、ちょっとだけ休ませて!!」

 

 一秒でも一瞬でも早く回復する、そのために敢えて全力で休む。腹を括ってハーモニは未だ、トリエントと戦いを繰り広げるアイン、ソフィーリアの二人に声をかけた。

 燃え盛るヴァーミリオンを振るい、トリエントを徐々に圧倒させながら──焔の英雄はしかと頷いた。

 

「了解! こっちは大丈夫、圧せてる!!」

「倒せたら皆でエルさんと合流しましょう!」

 

 ソフィーリアも『リボルビング・ボウ』にてエフェソスを狙撃しながら答える。矢の最大装填数は六本だが、今回はたっぷりと補充用の矢を用意している。

 『ライフリング・ボウ』の時に問題視されていた発熱による変形も、耐熱素材を要所に仕込むことである程度クリアした。装備を改善したことによる、たしかなパワーアップを果たした彼女がそこにいたのである。

 

 アインは言うに及ばずソフィーリアをも注視しながら戦うトリエント。二人の、息の合ったコンビネーションの前に彼のダメージは一気に増大していく。

 

「ぐっ……! そろそろまずい、か」

 

 どうにか致命的な攻撃を受けないよう、驚異的な技術を以て凌ぐ天使ではあったが……ことここに至り、覚悟を決める時と判断して呟いた。

 レンサスへの義理果たしとして協力したものの、エフェソス共々倒れて捕まっては元も子もない。最低限、どちらかは逃げ延びなければ。

 

 それに──と、懐に意識をやる。そこに携えたる最後の『魔眼』の、状態を確認したのだ。

 本来であれば無数の人々の命を礎に、足りなければアインの用いる無限エネルギーを糧に完成させる予定だった、この『運命魔眼』。しかし現実は人々を殺戮するためにと考えていた亜人犯罪者たちはほとんどおらず、しかも首都に侵入することさえ未だ、できていない有り様だ。

 

 そして今、『運命魔眼』はアインとの戦いを経てもなお、完成に足るエネルギーには程遠い。

 諸々の状況を加味して、トリエントは静かに呟いた。

 

「……最後の義理だけは果たしてやるか。『オロバ』などでなく、レンサスのためにな」

「何を言っているっ!?」

「そろそろ決着を付けるかという話だ、『焔魔豪剣』!!」

 

 アインの攻撃、ソフィーリアの牽制。それらから逃れるように上空に逃げ、トリエントは叫んだ。

 詰めていた距離を、空ける──不利な状況に敢えて自らを置く。逃げることは叶うまい、あの『オクトプロミネンス・ドライバー』がある内は、早々逃げ切れるものではない。

 

 だが、そのエネルギーを逆に利用できれば。

 少なくとも目的の一つは果たせるのかも知れない……そして不肖の弟子の、救助さえも。

 

「師として、これが最後にしてやれることだエフェソス……元気でやれよ。今のお前ならばいつか、ニケイア様やコンスタンツ様の領域にさえも至れる」

「……来るのか、トリエント」

 

 呟きながら、周囲に雷光を漲らせるトリエント。残った力のすべてを込めた、最後の一撃を放つつもりであることは明白で。

 アインは静かに構え直した。自らもまた、最強の一撃を放つために。

 

「アイン……援護は?」

「いや、いい。敵だけどすごい戦士だ、トリエント……だから、最後の最後は一対一で決着を!」

「分かった! ──勝ってね!」

「うん!」

 

 ソフィーリアの応援を受けて、アインの意気はますます燃え上がった。同時に体全体から迸る、星の無限エネルギー。ヴァーミリオンへと伝導していく。

 銀朱の剣が光輝く。暖かくも激烈なその煌めきに、ソフィーリアもトリエントも、体力回復に努めるハーモニも、エフェソスの捕縛のため、縄を持ち出しているヴィアでさえも目を奪われる。

 

 神々しささえ感じる光に、トリエントはそこで……清々しく笑った。

 

「まったく、大した男だ……このような戦士と戦えたこと、神に感謝せねばな」

「来い、トリエント……っ!!」

「ああ、『焔魔豪剣』アインよ──我が最強最後の奥義、受けるが良い!」

 

 そしてトリエントも構える。槍に神雷をすべて注力し、一点集中の超威力と成す。

 かつて憧れた天使、リリーナ。最強と謳われた彼女の技に倣い編み出した、彼の究極奥義。

 

 もはや必死必生関わりなし。無我無心の境地に至り、最上位天使『第四位』トリエントは己のすべてを解き放った。

 

「これで終わりだ──『天衣無縫・アストラルスマッシャー』!!」

 

 稲妻纏いし神槍を掲げ、すさまじい勢いで突進していくトリエント。あまりの速度に、残像さえ見える程のトップスピード。

 まっすぐに狙うは無論、アイン。間違いなく最強にして最高の一撃を前に、新時代の英雄は一切、怯むことなく構え続ける。

 

「──ヴァーミリオンよ、今ここに、真の力を示せ」

「食らえぇぇぇっ!!」

「新たな時代に邪悪を遺さないために。共和国の明日のために……そして今、決死の戦いを挑もうとする特務執行官のために!」

 

 立ち向かうアインの、全身からエネルギーが吹き荒れる。ヴァーミリオンにさえ収まり切らない程の熱量が、星の端末機構としての彼を最大限に強化していく。

 あの時──『プロジェクト・魔剣』首謀者バルドーを倒した時と同じだ。迷いなど欠片もない。ただ胸に宿る大義と信念と正義、そして数多の絆を信じて今、一撃を放つのみ!

 

 『焔魔豪剣』アインは、己が最終必殺剣を繰り出した!

 

「輝け──『エボリューション・ドライバー』ッ!!」

 

 走る剣閃。無限エネルギーの光を後に遺して刃は放たれる。

 『エボリューション・ドライバー』。星の端末機構としてヴァーミリオンを扱うアインの、最強の技だ。無限エネルギーをそのまま破壊力に転じることで極めて高い殺傷力を実現した、彼の切り札である。

 

 もはや無限エネルギーそのものを宿したヴァーミリオンの剣筋は、トリエントの槍に寸分違わず激突し──そして槍ごと彼の右腕を、軽々と消し飛ばした。

 

「く……か、ぁ」

 

 バランスを崩し、勢いのままアインの横を通り過ぎる刹那。天使と英雄は、たしかに会話を重ねる。

 

「見事、だ」

「そちらこそ」

「ふ、ふ──」

 

 短い言葉のやり取りだが、そこには互いへの敬意がある。敵ながら大したものだと、双方認め合ったのだ。

 

 そのまま地面に転がる天使。決着は付き、もはやすべてが終わったと誰しもが思った、その矢先。

 

「──だが、悪いな! 目的と後始末だけは、させてもらうっ!!」

「何っ!?」

 

 右腕を根本から失ったトリエントが、残る左手で強引に大地を叩き、跳ねた。

 わずかな距離──しかしそこにはたしかにいる、弟子のエフェソス!!

 

「捕縛にはさせんっ……人間よ、どけぇっ!!」

「うおわぁあっ!?」

「ヴィアさん!」

「トリエント、貴様!?」

 

 捕縛せんと近付いていたヴィアを突き飛ばし、エフェソスの元へ辿り着く。未だ意識はないがたしかに生きていることに安堵し、トリエントは懐から『運命魔眼』を取り出した。

 禍々しい瞳。今しがたの『エボリューション・ドライバー』によって、この魔眼には必要最低限ながらエネルギーを充填されていた──完成したのだ。

 

 天高く掲げ、叫ぶ。予めレンサスから教わっていたコード。かの『オロバ』首領の元へと送り届けるための、決定的なワードを。

 

「今こそ完成の刻! さあ、あるべきところ、収まるべきところへ向かうが良い!」

「何だ、眼球!? ……『魔眼』か!?」

「義理は果たすさ、レンサスっ──『運命魔眼"ウルティメイト・ワン"』!!」

 

 発動するや淡く輝き、そして消える『運命魔眼』。これで良い、とトリエントは息を漏らした。

 『運命魔眼』に宿るいくつかの能力、その中でもセットアップのためのものが、今しがた発動したものである。効力は至ってシンプルで『首領の元へ転移する』、これだけだ。

 だがこれで良いのだ。愕然とアインが呟く。

 

「『運命魔眼』……!? 馬鹿な、まさか『宿命魔剣』のような!?」

「そうだ、『焔魔豪剣』……レンサスたち『オロバ』は、この地でアレを作るために活動していたのだ。だが、それももう、終わる」

 

 痛みを堪え、微笑むトリエント。これを以て『ミッション・魔眼』は達成されたのだ。不完全に終わった『宿命魔剣』とは異なる、完璧に仕上がった『運命魔眼』を首領に託したのである。

 もはや立ち上がれない程に消耗しながらも、トリエントは天を仰いだ。レンサスへの義理は果たした。後はこちらの、天使としての都合のみ。

 

「──ニケイア様っ!! 『七支天獣』大陸蝶、及び我が弟子エフェソス! どうかよろしくお願い仕りますっ!! トリエントは、ここで果てますればっ!!」

「に、けいあ?」

「後のことはどうかお頼み申す!! 人の世を妄りに乱した落とし前は、我が身にてすべて償いましょうぞっ!!」

 

 突如、大声で叫ぶ。気が触れたかのような天使の様子に、アインたちには何が何だかまるで理解が追い付かない。

 ──けれど。すぐに彼らは知ることとなる。彼が何を呼び出したのか、何を頼んだのか。

 

『承知しました、トリエント……大義でしたね、エフェソスも』

「! 声!?」

 

 唐突に聞こえてきた声に、周囲を見渡すアイン。しかし誰も、闖入者はいない──否。

 トリエントの傍に、空間が淀むようにうねっていた。あり得ない光景だ……やがてそこから、一人の女が出てくる。

 

 金髪のウェーブがかった、ロングヘアー。この世のものとは思えない程に整った、優しい顔立ち。豊満で女性的なスタイル。

 そして……背から生えた、左右三枚ずつ、計六枚の翼。有翼亜人としても聞いたことのない、特異な姿。

 唖然とする一同に、彼女はにこりと微笑み、恭しくも頭を下げた。

 

「皆様、この度は部下が大変なご迷惑をお掛けいたしました──人の世を乱したこと、大変申しわけなく思っております」

「部下……だって? じゃあ、貴女は」

「はい」

 

 困惑と警戒も露に誰何を問うアインに、親しげですらある朗らかな声音で答える女性。

 そして彼女は、己を名乗るのであった。

 

「初めまして皆様──最上位天使『第一位』、ニケイアと申します。偉大なる神に仕えし最古の天使として、どうぞお見知りおきの程お願いいたしますね、うふふ」

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